log02:ソフィア(01)

…最悪の目覚めだ。

いつの間にかベッドから落ちていたらしく、途中から床で眠っていた。

機能性重視なのか知らないが住居区の部屋はコンクリート打ちっ放しになっており、そこで寝ていた為に体の節々が痛くて堪らない。

部屋も狭いがベッドも狭い。第一体にちっとも合ってないのだ。大体ここらの人々の平均身長が170cmだからといって、そのくらいでベッドを作ってるようだが私にはあと15cm程足りないぞ…。

時計を確認すれば朝の時間帯だ。朝と言えば太陽の光を浴びて目を覚ましたい所だが、窓は分厚い金属板で外側から打ち付けられて開く事が出来ない。集光装置もあるにはあるが、故障しているとの事で動作してないと来たものだ。まあ嵐がほぼ毎日吹き荒れているらしいので、そんな装置も無用の長物なのだが。

仕方なく電気を点灯し、部屋を明るくする。無駄遣いするなとスカーレットは言うが、暗い部屋で食事などしたくない。

昨日残した乾パンとビーフジャーキー一枚、温めなおしたコンソメスープをサッとかきこんで、管理区画の地上制御電算室(スカーレットの部屋の正式な名前らしい)へと向かう。


「グッドモーニング。良い目覚めが出来たかしら?」

「体中痛い。ナンバーテンだよ全く。所で口調が昨日と違うが」

「昨日はあえてあんな風に喋ってみたの。いかにも人工知能って感じ、出てたでしょ。でももっと人間らしく喋れる事も証明したいし今日からこんな風に喋るからよろしく」

「…」


スカーレットのアバターは優雅に朝のティータイムを楽しんでいる。電子の存在とはいえ人と同じような事を好むものなのか。


「そういう設定だからね。身も蓋もない答だと思う?」

「本当に身も蓋もないぞそれは」

「本音を言えば好きといえば好きよ。こういう事してると人間に近づいてるような気もするし」


肉体が無いから紅茶の風味もスコーンの甘い味も確かめられないけどねとボヤきながら、紅茶を飲み干してこちらを向いた。


「で、何処から話を聞きたい?」

「外の世界で何があったのか、そして今現状はどうなっているのか…。私は何者なのか。この3つだな」

「OK。長くなるからそこらにある椅子にでも座って、コーヒーでも飲みながら聞いてね」


言うや否や、壁のくぼみから折りたたみ式テーブルと椅子が自動で出てきた。テーブルには電気ケトルが付属し、既にお湯が沸いている。ケトルの横にはパックのインスタントコーヒーが同じく付属されている。私はカップにコーヒーのパックを入れ、お湯を注いだ。インスタント物とはいえ、やはりコーヒーの匂いは心を落ち着かせてくれる。

椅子に腰掛けながら、スカーレットが自分の知る範囲でと言いつつ今までの歴史を語る。


数百年前、燻っていた各地の紛争が飛び火していつしか世界を巻き込んだ戦争が始まった。ある映画で例えられる第三次世界大戦という奴だろう。あの映画では筋肉モリモリマッチョマンのスーパーヒーローが大活躍していたが、現実にはそんな奴は居ないし居た所で銃弾が避けていくわけがなく、一発額に流れ弾がブチ込まれてあっさり死ぬのが相場だがな。

本来ならばある程度の所で仲裁に入るはずの国際連合とやらが全く機能しておらず、かといって某大国も積極的に介入して世界の警察を自負するわりには戦火を拡大させるばかりだったという。

戦争は100年継続した。勿論その間ずっと戦闘行為を行っていたわけでなく、時間稼ぎの為の停戦や休戦が行われていたが、実際それがキッチリと守られていたわけでもなかった。ゲリラ戦やだましうちの奇襲に近い攻撃が常態化し、戦時国際法も全く守られなかった。民間人も戦闘員も分け隔てなく戦火に晒されて世界の人口は30%減った。

ダラダラとした戦争が続いた事に業を煮やした某大国その2が、極秘裏に開発し続けていた兵器「衛星軌道レーザー射出装置」なるものを投下したおかげで世界は荒廃の極みに陥った。またその頃から異常気象が頻発し、地上の植物がほとんど死滅し、人々は戦争どころではなくなった。国家は瓦解し、秩序を失った世界で生き抜く為には各地の有力者が建設したシェルター施設に逃げ込むか、地下に都市を建設してそこで暮らすしか無かったという。

しかし地下都市は地震やマグマの活動によって全てが壊滅。シェルター施設に居る人類だけが生き残りとなった。各シェルターはネットワークによってつながっていたが、どこかの狂ったハッカーによってコンピュータウィルスが蔓延し、ネットワーク及びシェルターのメインシステムがダウン、施設の中にあった食料生産施設や水の循環システム等生存に必要不可欠な設備が使えなくなる。

その先に見えるのは骨肉の争い。彼らは争い続け、いつしか各シェルターからの連絡は途絶えた。

ここまで聞いて、疑問点が生じる。


「よくこれだけの広大な施設を作れたもんだな、ここの有力者とやらは」

「お金とか土地提供したのは貴方の先祖らしいわ。その頃の情報、私には無いから詳しくはわかんないけど」

「しかし衛星レーザー兵器ね…手っ取り早く核でも使えばそれで済んだんじゃないのか」

「核兵器は条約でガチガチに使用を禁止されてたからね。使っても良いけどその場合袋叩きになるだろうし。それに汚染された領土なんて占領した所で意味がないから、そういう意味では都合が良い兵器だったようね」


話を聞いていたら折角淹れたコーヒーが冷めてしまった。ぬるくなったコーヒーを口に含み、飲み下す。


「このシェルターだけ今まで機能を維持している理由は何だ?少なくとも私がコールドスリープに入ってから200年くらいは経ってるようだが」

「設計主リチャードが他とのネットワーク接続を嫌がったってのが1つ。おかげでウィルスからの攻撃は物理的に難を逃れられたわ。あとはリチャードが指導者としても有能であったのと、ほぼ完璧な人工知能達が施設を統括してたからだと思う」

「自慢かそれは」

「自慢よ。過去の遺産とはいえ、超高性能に仕上げられた大型コンピュータによる演算速度は気象予測を単独で、短時間で行えるほどの優れ物だからね。…それに他のシェルターは人間が統括してたけど、普段ならともかく、極限状況下では民主主義的なやり方は非効率で時間ばかり掛かって、そのくせ判断が良いとは限らないのよね。それで争いが絶えなかった訳」

「優秀な独裁者の統治の方が民主主義より優れてるとか言うしな」

「そう。ここの指揮してたリチャードは、ちょっと偏屈で頑固な所はあったけど、指導者としては判断が素早くて常に正しく、何より人格者だったから大抵の人達は大人しく従ってたわ。残念ながら数十年前に亡くなっちゃったけど…」


ふう、と溜息をついて俯いたスカーレット。少しの間沈黙が流れる。


「リチャードがコールドスリープで寝ている間と彼が死んだ後は私達が代わって統治を行っていたわ。ディストピアと揶揄される事もあったけど、外とは違って概ね平和な生活が出来てたはずよ。…もう、ほとんどの人が死んじゃったし、施設の資源が残り少なくなってからはソフィアもセーフモードでしか活動してないから何年もデータの同期を行ってないけどね…」

「リチャードはスリープで何年かをやり過ごしてまた統治する、っていうやり方をしていたのか?」

「そうよ。彼ほど優秀な人はこのシェルターでは見つからなかった。ソフィアとメアリーとも相談して、そうやってここを運営していこうって決めたの。でも、人間だったから病気には勝てなかった」

「彼も同意してたのか?あまり良いやり方とは思えないぞ」

「非常時だから、の一言で片付けられるとは思ってないわよ。ベストではないけどベターなのがそれだった、ってだけ」

「…」


ここまでが、今まで世界で何が起きたかの状況説明だ。

昨日夢で見た光景はやはり現実だったようだ。逃げ惑った果てに辿り着いたのが自分の先祖が関わったという施設というのも何らかの因縁を感じる。先祖といってもそう遠くない先祖だとは思うが。


「では、今この施設の状況は?」


コーヒーの二杯目を入れなおし、改めて腰を据えてスカーレットのアバターが表示されている端末を見据える。


「貴方以外の人々は死んでいる。施設は数百年、嵐や老朽化をどうにかやり過ごしてきたけどもう資材も底をつき始めて修理も不可能になり始めて、あと数年で限界を迎えるわ」

「中々ハードな現状だな。私が施設の修理をある程度出来るといっても、これだけ広大な施設では一人では手に余る。何より資材が無いのではお手上げだ」

「元から貴方に全てやってもらうなんて無理だからそれは頼む気はないわよ」


そういえば、先程から知らない人名が出てきてる事に今更気がつく。


「ソフィアってのは誰だ?」

「ソフィアはこの施設全てを統括して管理してるメインコンピュータよ。私とメアリーは役割としてはサブで、私は地上施設を管轄してるの。メアリーは地下施設を管理してるわ」

「昨日もメアリーって言ってたな。しかし地下か…地下にはなにがあるんだ?」

「地下施設には、ソフィアの本体がある中央電算室と資材貯蔵区、メアリーの本体がある地下施設管理電算室、そして地上に続く地下道とそれを閉鎖してる隔壁があるわ。ただ、ここ50年くらいメアリーとは全く連絡が取れてないから私は地下の情報は限定的にしかわからない」

「50年前に何があった?」

「地下道を通じて外部からの侵入者が何人か来たらしいわ。野盗の類で話し合いにも応じず、戦闘に陥った。メアリーは自分の人工知能をコピーしたアンドロイドを使用してシェルターの住民と一緒に戦ったんだけど、あまりにも凄惨な現場だった。アンドロイドボディを通じて戦闘の様子やその後の住民の悲惨な有り様を見て、回路に異常をきたしたみたいね。以来ソフィアや私とのデータ同期を拒否して単独で行動してるの」

「…50年前に、外部からの侵入者か…。ってことは、異常気象もだいぶ落ち着いて来てるんじゃないのか?」


無精髭をなぞりながら希望となる情報を聞け、私は少なからず興奮した。

もしかしたらここから出る事が出来るかもしれない。先ほどの話では他のシェルターは争いで連絡が途絶えたと言っていたが、設備が壊れただけで生きている人は居るかもしれない。

案外、私は楽観的だった。


「それを判断する材料を私は持ってないからわからないわ。外の様子を知りたければ、ソフィアを叩き起こさなきゃいけないの。私からソフィアにアクセスする権利は無いし、ハッキングを仕掛けてもファイアーウォールで弾き返されて駄目だった」

「だから私が起こされたわけか…しかしよく無事だったもんだな。あのコールドスリープ部屋、他のベッド全部壊れてたぞ」


あの光景を思い出して、反射で吐き気が催される。あの部屋はずっと封印しておかねばならない。


「生存の優先順位、あの中では貴方が一番高かったからね。他のベッドを部品取りにまわしてでも貴方を生かす必要があった」

「…誰の判断だそれは」

「…私よ」

「それが最善だと思ったのか?私ひとりを生かす為に他を殺す選択をするのが正しいと思ったのか」


思わず、言葉に怒気がこもる。いくら優先順位があったとはいえ1基のコンピュータの判断で他を数人も殺していいという判断を下したのは、理解は出来ても納得は出来ない代物だった。

人の生命を軽んじている。ここだけは人工知能とは相容れない。

何かを言いたげな雰囲気のスカーレットだったが、口ごもって喋る事が出来ない。


「ごめんなさい。でも、貴方が残ってなければ行けない理由があったの」

「言えないのか」

「プログラムで禁じられてて…ごめんなさい」


深い溜息をつき、ひとまずの怒りを鎮める事に務める。それでも怒りは収まりそうにないので、私はすっかり冷めてしまった二杯目のコーヒーを勢い良く飲み干す。これで少しはマシになった。


「まあいい。…最後の質問だ。私は一体どういう人間なのか、教えてくれ」

「…私のデータベースにある限りの情報で良ければ」

「かまわない」

「貴方は30歳の人間で、機械技師や電気工事の技術を持っている。両親は既に死んでて子供などはなし。

 この施設には220年前にやって来て、リチャードによって説得されてコールドスリープで寝ては修理の要請があった時に起きるという生活を繰り返すはずだった。でも私がそれを留めた。独断でね」

「何故?」

「それはプログラムで禁じられているわ」

「お前を造ったエイダってやつのプログラムの中身を見てみたいもんだな」


もっともプログラミングの知識は無いので、見たところでさっぱり意味がわからんだろうが。

何の意図か知らんが明らかな優遇を感じるのは何故だ。エイダとやらは一体何者だ…。

エイダに関する情報も聞いてみたいが、スカーレットにはその情報は残されて無く、結局ソフィアを叩き起こさねば全ての事はわからないようだ。


「しかし地下か…お前の管理が行き届かない場所なんだろ?チョット厄介だ。見取り図か何か無いのか?」

「一応、中央電算室と資材貯蔵区周辺の一部の見取り図は残ってる。けど、50年前から更新されてないから今はどうなってるかわからないわ。メアリーが施設を改造してるかもしれない」

「やれやれ、降りてみないと結局はわからんということか…コーヒー美味かったよ。装備を整えて行ってみるか」

「一応こちらでもモニター出来る限りはするから、タブレット端末は持って行ってね」

「ああ」


ひとまずの状況は把握出来た。テーブルと椅子をくぼみに戻して、電算室を後にする。

私は一端自分の部屋に戻り、地下を探索するために工具箱とタブレット端末を入れた鞄を抱え、ヘッドライトを装備した。

謎はまだ残っているが、出来る事を精一杯やってみるしかない。

まずはソフィアのメインシステムを起動するのが今の目的だ…。


地下に行くための階段は管理区画に入るドアを通り過ぎて5分ほど歩けば辿り着く。

階段に繋がるドアは鎖と簡単な南京錠で封鎖されていた。鎖と錠には赤錆が付着しており、長い事地下に誰も行き来してないことが見てわかる。

工具箱から大きなボルトカッターを取り出して無造作にブチブチと切り、鎖を外してドアノブに手を掛ける。ドアノブを回すにも力が要る。幸い鍵は掛かっておらず、ドアはぎ、ぎ、ぎと耳障りな音を出しつつも開いてくれた。

ここは電子ロック式のドアではないので、鍵が掛かっていたら無理やり開けねばならないので相当骨が折れることになっただろう。

地下に続くまでの通路には電気が通じていたので難なく降りる事が出来たが、地下にたどりつくと、私が起きた時と同じような光景が目の前に広がっていた。オレンジのごく小さな非常灯しか灯っておらず、しかもその数が少ないので暗くて非常に視界が悪い。自分の足元と1メートル先くらいしか物が見えない。

鞄からタブレットを取り出し、スカーレットに連絡してみる。


「スカーレット。まだモニターできるか?ここの電気を点ける事が可能ならやってほしい」

「了解…。…駄目ね。地下施設のアクセスは拒否されちゃうわ。やっぱりソフィアからメアリーの頭越しに施設の復旧してもらわないと」


ふうと溜息をつき、私はヘッドライトの電気を灯した。

バッテリーはあまり長持ちしない。時々充電しなければ使い物にならないので、電源供給がないこの場所で明かりを失わない為にも手早くソフィアとやらを起動せねば。一応燃料式の小型ランタンもあるが、片手が塞がるのは嫌なのであまり使いたくない。

タブレットで地図を見ながら電算室へと向かおうとするが、如何せん本当に暗くて道がわからん。地上施設よりも歩く事に苦労する。

しばらく歩き、中央電算室と資材貯蔵区に分かれる通路に入る。


「…?」


何かが歩いてくる音がする。金属音が、ガチャリ、ガチャリと不規則な間隔で響いてくる。少なくとも人の歩くような音ではない。そして服を引きずる衣擦れの音も聞こえてくる。二度目の嫌な予感が背中を走る。…歩いてくる方向は電算室側からのようだ。音は徐々に大きくなり、こちらに近づいてきているのがわかった。私は大きめのスパナを右手に持ち、工具と鞄を一端床に置く。これでの殴りが通じるような相手なら良いのだが。

道の交差する部分の壁に身を潜め、私は未確認歩行者を待ち構えた。

ガチャリ、ずる、ガチャリ、ずる…。

遂に音は私の耳元に大きくハッキリと聞こえる。


「フッ!」


素早く通路に踊り出て、スパナを振り上げる。相手は驚いた様子で引きずっていたものを盾にし、スパナによる打撃を防いだ。盾にされたものの感触は金属ではなく、何か干からびた物のように頼りなく脆く、叩いた先からボロっと欠けた。

そして二撃目を叩き込もうともう一度スパナを振りかぶるが、歩いていた相手の姿を直視して、私は電撃を落とされたように金縛りにあって動けなくなった。


「…ロボット…だと?」


---

log02:ソフィア(01) END

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