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綿貫むじな

log01:スカーレット

蓋の付いたベッドが数台並ぶだけの殺風景な部屋。私はその中のベッドの一台で眠りについていた。ベッドは何らかの装置がそこかしこに付属されており、逐一私の体調や精神状態をチェックして波形やら脳波やらをベッドサイドの小さなモニタに表示させていた。

画面右下の隅っこに年代表示もされており、それは次のように表示されていた。


[XXXX/07/31]


寝ぼけ眼を擦りながら、私はベッドの蓋を開けるボタンを押す。ガコンという大きな音と空気圧が徐々に抜ける音が鳴り響いた後、ゆっくりと蓋は自動で開いた。

さて、目覚めたは良いのだがココは何処だろう?私は誰だ?

どうやらこのベッドは特殊なもので、いわゆるコールドスリープというものが出来る装置と思われる。

ここに寝ていたという事は長い間私は眠りについていたのだろう。同時に、何らかのトラブルや災害に見舞われた、という事が考えられる。

あまりにも長い間眠っていた為か、今までの記憶がすっぽりと抜け落ちていた。幸いながら、それ以外の脳の働きは失われていないようだが。

「はてさて。自分が何者かすらわからないのでは身分を証明する時に困るな」

ひとりごとを呟きながら、自分の服装を眺めてみた。病院で患者が着させられるような白衣の上下。そして首からはネームプレートをぶら下げている。プレートには次の名前が記されていた。


[トーマス=J=リバー]


これが私の名前らしい。それ以外には身分を示すような物は何も無い。

部屋を改めて確認すると、同じようなベッドは私の寝ていた物も含めて8台あった。

蓋が開いた形跡もないのでまだ眠っている人が他にも居るのだろうか?…それにしては、起きる気配が一向に無いのが気になるが。

ひとまず全てのベッドのコンソールを弄ってみたものの、どれも全く反応がない。

それらのベッドをよく観察してみると、ケーブル類がネズミ類に囓られて断線しているものもあれば、何らかのエラーでシャットダウンして再起動しないままになっている物、或いはベッドの機械部分が誤動作を起こしてストップしているらしき物など様々な故障が起きている。通常の場合、このような致命的な故障は起きたとしても、予備系の機関やサブ回路が代わりに起動して、その間に即座に管理システムに警告が行くように設計なされているはずなのだ。

しかし、それらの動作が正しく行われたとして、誰も対応できる人が居なかったとでも言うだろうか。

そして今現在電気が通ってないと言う事は、恐らくは誰もが予想できる事になっているわけで…。

背筋に悪寒が走った。下手に触らぬ方が良いだろう…。

唐突に背後から、ガコンと大きな音がして、続いて空気の抜ける音が鳴った。

嫌な予感しかしなかったが、見ないわけにも行かない(もしかしたら生きているかもしれない)ので、渋々ロックが解除されたベッドの中身を確認したが…


「うぉえっ!!うえっ!!」


やはりというか、開いた瞬間に目も開けないほどの悪臭が部屋中に充満した。鼻孔を貫いて脳が鈍器で直接殴られるように感じるほど酷い臭いだ。

鼻を摘んで臭いをシャットアウトし、どうにかベッドの中を確認するも、かつての人であった物は黒いシミとしてしか存在を残して居なかった。私は慌てて蓋を閉め、悪臭が漂うコールドスリープ部屋から逃げるように飛び出した。

…一歩間違えば私もこうなっていたわけで、改めて今生きている事を神様―そんなものがいれば―に感謝する。


吐き気を催しながら、私は通路を歩き出した。

通路の電源は落ちていて、緑色の非常灯しか灯っておらずあまり遠くまで見通せない。

通路も延々と遠くまで続いていて、何処に繋がっているのか全くわからず私の不安を掻き立てる。

幸い、大きめの非常灯がある場所に施設内部の地図が張り出してあり、現在位置を確認することが出来た。

私は今施設のちょうど中心部に居ることになる。ここは各区画に向かう十字路の分岐点となっており、ここから北にいけば食料庫。南にいけば運動場。東に向かえば居住区。西にいけば地上施設管理区画となっている。

私は目覚めてから何も食べていない事に気づき、食料庫へ向かった。


食料庫は先ほどの場所から歩いてすぐ着いたが、ドアにロックが掛かっていて開ける事が出来ない。

コンソールを弄ってみたがキー操作すら受け付けていない。通電していることはドアのランプやモニターの電源ランプの色からわかるのだが…。

まずは管理区画で施設の管理システムにアクセスし、ロックを解除しないことには腹ごしらえも出来ないというわけか。

しかし、果たして管理システムがちゃんと動いているのかどうかすら疑わしい現状では、管理区画に入る為のドアが開いているのかどうか…。

10分程歩いて地上施設管理区画入り口のドアにたどり着く。そろそろ空腹も限界に近い。水は所々にあるトイレの水道でなんとか確保できているが、ここらでいい加減食べ物を摂取出来ないことには眠りから覚めた意味が無い。今度は二度と目覚めることのない眠りについてしまう。

管理区画ドアの横には小さなコンソールが設置されており、ここで何らかのパスワードか何かを入力しなければ入れないようだ。

私は自分の服を弄り、何か手がかりになるものは無いかと改めて探したが、やはりというかポケットの中には紙切れ1つ無かった。

諦めかけてコンソール画面に手を置いた瞬間、いきなり音声が流れ始めた。


「おはようトーマス。あなたがこのシェルターで一番最後に目覚めた人です」


突然の事にびっくりして周辺を見回すも、人っ子一人見当たるはずもない。となれば、このコンソールから音が出ているのか…?


「驚かせて申し訳ない。私はスカーレット。この施設の地上部門を管理している人工知能です。よろしく」


声とともに、コンソール画面が起動した。OS画面が表示された後にアイコン1つないさっぱりとしたデスクトップ画面が表示された。

その後、画面右下にちょこんとドアが表示され、中から少女のアバターが姿を現した。容姿は金髪碧眼で白人系の子供を模しており、服装はかつてゴシックロリータと形容された赤色の、フリルがこれでもかと付いた服でまとめている。誰の趣味なんだこれは…。

いやその前に、何故人工知能がシステムの管理運用を行っている?

既に過去の遺産となっているシステムに運用を任せるとは、この施設の設計者の思想はどうなっているんだ。


「貴方が考えている事はほぼ予想できます。何故私がこのような姿を取っているのかというと、開発者の趣味ですね」


ちょっと趣味があれで私には理解できそうにない。

いやそうじゃない。何故そっちに応えるんだ。随分とジョークのわかる人工知能だぞこいつ。


「ま、それは置いときまして。まともな疑問の方にお答えしますと、この施設の設計主リチャードは、新しい技術、システムを使う事に対しては否定的な人物でした。枯れた技術、つまり信頼性を十分に持ったもので無ければいけないということですね。特に人の生命に関わる技術、システムについては神経質すぎるほどでした」


「それは理解できる考えだが、管理運営システムに人工知能を組み込むのはありえない。人工知能には重大な欠陥があったはずだ」


「はい。私達人工知能は人間によって与えられた枠組み、条件でしか物事を思考判断出来ません。故に、ある問題に対しての思考判断で、全く関連のない余計な思考を無限に続けてしまい、動作が止まってしまうという致命的な問題を抱えていました。

ですが私達をプログラミングしたエイダはその問題点を乗り越えたのです。どのような形で克服したのかは私達にもわかりません。エイダが言うには、とある人々の人格を模して作った、と語っています。最も、エイダは私にも何故完璧に近い人工知能を設計出来たか全くわからない。これは私が作ったものではなく、神が私の体を借りて作ったものだと言って居ますがね」


作られた私にとってはどちらが造物主でも良いですが、とスカーレットは続けた。


「君の名前である、スカーレットというのはモデルにした人の名前なのか?」

「はい。エイダの親戚の少女だと言っています。まあこんなフリフリの服装なんて全くしてなくてむしろスポーツが好きな快活な少女だったと言っていますが。つまりエイダの趣味ですね」


二回言わなくても良い。

ひとまずの疑問は氷解したが、私は管理区画のロックを開けなければいけないことを思い出した。


「ああスカーレット。私は今目覚めたばかりで状況を全く把握仕切れていない。何より腹が死にそうな程減っているんだ。食料庫のロックを解除したい。通電はしているがコンソールが反応しないんだ。どうすればいい?」

「簡単ですね。この管理区画に入って、私自身を管理しているシステムにアクセスして食料庫のコンソール起動及びロックの解除を行えばいいんです。なにせ私が地上施設の管理を行っていますので、私のシステムを弄れば大抵のロックは解除出来るようになってますよ」

「ここのドアを開けるには?」

「パスコードを入力して頂ければすぐにでも開きます」


やはりそうか、と私がため息をつくと、何故それが入力できない?と言った風の不思議な表情をするスカーレット。


「おかしいですね。データベースに拠ると貴方は施設管理部門の人間ですから、スリープ前にパスコードを教えてもらっているはずなのですが。その前にエイダの事はともかく、施設の設計、統括指揮をしていたリチャードの事や施設の概要など貴方は知っている筈ですが?」

「自分に関する記憶が全て抜け落ちているんだ。記憶障害ってやつか?それ以外の事は覚えてるものも有るんだが…」

「困りましたね。私も一応管理する側ですから、無闇にパスコードを教える訳にも行かないんです」

「じゃあ私は飢え死にするしかないというのか?」


腕を組む仕草をして、しばらく目を瞑って考える(ように見える)スカーレット。5秒ほどした所でパッと目を開いた。


「では、こちらのクイズにお答え頂ければ開きましょう」

「…」


思わず突っ込みたくなるほど脱力してしまう。秘密の質問という奴か?


「朝は四本足、昼は二本足、では夕方は三本足で歩く動物とは?」

「それは知っている。答は人間だ」

「正解です。ではロックを解除します」


ピポっという電子音がした後、ドアは横にスライドして開いた。

随分とあっさり過ぎる…。それでいいのか施設の管理ってやつは。


「もう貴方しか内部の生存者は居ませんからね。外はほぼ毎日続く嵐でとても歩けませんし、例え外部から何者かが来たとしてもメアリーが排除するでしょう」


さらりと重い事実を告げるスカーレット。

生存者が私しかいない?嵐?メアリー?どこから話を聞けばいいんだ。


「システム管理部署に向かわないのですか?」


そうだ、当面の問題はそれだった。当初の目的を忘れてはいけない。

何より腹が減っているんだ。飢え死にしそうなんだ。

スカーレットに部屋までの経路を教えてもらい、私はシステム管理部署のスカーレット本体が在る部屋まで来た。

明かりは点いておらず、真っ暗な部屋の中に大型のコンピュータが鎮座している。プレートには型番とともにスカーレットという名前が刻み込まれていた。


「これがスカーレット本体か」

「はい。私の物理的な本体になります。とはいえ記憶装置と演算装置、入出力機器があれば何処にでも私自身は複製できますので壊されても安心です」

「ジョークかそれは?」

「事実を述べたまでですよ。施設内のコンピュータ内には、大体私の複製プログラムがありますし、何かあったらそれらが起動する手はずにもなっています」

「トイレの監視カメラとかにも君が居るのか。怖いな」

「ご安心ください。流石にそのようなプライベートな部分には私は複製しておりません」


本当かどうか疑わしいな…。いずれトイレと私が暮らす部屋のカメラの電源は切って置かなくては。

気を取り直して、モニターの前に設置されているキーボードのEnterキーを叩くと、モニターが省電力画面から復帰してデスクトップを表示した。管理区画ドア前コンソールとほぼ同じ殺風景なデスクトップ画面で、唯一違うのはゴミ箱のショートカットアイコンがあるくらいだ。

スタートボタンからプログラムメニューを開き、施設管理アプリケーションを起動する。

スカーレットのアバターとは対照的に、シンプル極まるデザインの画面が起動した。極力見やすく、何処に何があるかすぐわかる事を心掛けているようなデザインだ。

メイン画面に錠前のアイコンが表示されている。これを一度クリックすると、注意を促すアイコンとともにメッセージが表示された。


[Info:地上区画のドアロックを解除しますか? Y/N]


私はキーボードのYを押す。錠前がロック状態から開いた画像になり、アイコンの色が黄色から青に変化した。


「これで開きました。後は、貴方が利用する区画の電源供給をしなければなりませんね。それは私が貴方の移動するのを見ながらリアルタイムで行うので、貴方は気にする必要はありませんが」

「面倒だな。いっぺんに全区画の電力供給を行うわけには行かないのか?」


スカーレットは難しい顔をして答える。


「資源の無駄遣いはいけません。極限状況下で在ることを忘れてませんか?…と、貴方は記憶が抜け落ちているのでしたね。仕方ない、後で今までの事をお話しますので、落ち着いたら私に連絡してください。それに、貴方にしてもらいたい事もありますので」


スカーレット本体コンピュータのスライドドアが開き、中から何かが出てきた。タブレット型端末だ。


「コレで私と連絡が取れます。電話ツールでお話できますし、メールでもいいですよ」

「どっちか選ぶ必要あるのか…?」

「それと、リチャードからの置き土産です」


もう一つのスライドドアが開くと、そこには作業着と工具が一式つめ込まれたグレーの箱が入っていた。

そういえば私は施設管理部門の人間だとかスカーレットが言っていたか。これで壊れた箇所があれば修理しろって事かね。

私は白衣を脱ぎ捨て、作業着のツナギに着替えた。記憶は無いはずなのだが、妙に体にフィットしてしっくり来る。私はこれを常時着込んでいたのだろうか。


「いい体していますね?筋肉も必要な部分だけ付いていてしなやかさを感じさせます。美しいですね」

「コンピュータが美を理解するとはびっくりだよ。私の肉体を評価してくれるのは有り難いがね」

「均整の取れた肉体のモデルと比較しての評価ですので、かなり信頼性はあると自負してますよ?」

「…」


本当に人間っぽい人工知能だな…。

完成度の高さに驚くやら、俗っぽい感じに呆れるやら。

ひとまずの問題は解決したので、足取り軽く私は食料庫に向かった。

食料庫の中には保存食料が棚から溢れんばかりに詰め込まれていた。

しかし、賞味期限過ぎているものばかりで、果たして食べて大丈夫なのか一抹の不安が残る。

取り敢えず、ギリギリ賞味期限が過ぎた程度の乾パンと真空パック保存のコンソメスープ、ビーフジャーキー数枚、ドライフルーツの缶詰にミネラルウォーターのペットボトルを手に取り、食料庫を後にした。

住居区の自分の部屋に戻った後、私は手早く食事を済ませてゆっくりとベッドに横たわった。

あんなに腹が減っていたはずなのに、私はパンを少し残してしまった。


…スカーレットのあの一言が妙に引っかかる。

極限状況下。嵐の続く日々。メアリー。そして私以外の生存者なし。どうも予想しているよりも遥かに上のひどい状況であることは間違いない。

明日改めてスカーレットに今まで何が起こったのかを確かめなければ…。

眠気は全く無かったものの、寝なければ明日以降が持たないと思って私は部屋の電気のスイッチを切った。


…その夜、酷い夢を見た。

銃弾や砲弾、ミサイルが飛び交う外。慌てて大きな建物に逃げ込む人々。間に合わずに隔壁を閉められて、辺りに断末魔の叫びが響き渡る。

地獄だ。ここは地獄だ。

私は建物に逃げ込んだが、そこも人でごった返していた。身動きが全く取れない所に、空から爆弾が飛来して炸裂した。

瞬く間に火の海に包まれ、人々は水を求めて逃げ惑う…。

走り回った末に、見覚えのある施設に私はたどり着いたのだった…。



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log01 END

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