nB-012
詩楽葉癒麻
nB-012
nB-012
それが私の存在を示す番号。国産ドールの識別番号でもある。
狂人病ウイルスを核として作られた、常人より遥かに優れた身体的性能を持つドール。その情報操作・暗殺用に開発されたブルーアイシリーズの一つ。
一番古い汎用型グリーンアイの次のシリーズだった。違いはその性能と外観。
身体的なもので言えば視界が利き、聴覚が利き、記憶に優れていた。体得するのは暗殺術と情報処理。そしてグリーンアイの目立つ容貌から青い目へと変わった。そして髪の色も目立たなく平均化された。
しかし、12番目の私だけは青い髪に生まれてしまった。
私は出来損ないだったのだ。
「処分は無しだ」
一人の人間がそう私に声をかけた。
まだ出たことのないこの水溶液の中からでもその声ははっきりと聞こえた。
「よかったなあ***」
認識できない単語で呼ばれ、私は困惑した。まだそれは習得していないものだ。
私は出来損ない。優れた聴覚で集めた情報を元にして得られたものはそれだけだった。
出来損なったものはショブンされるらしいが今まで私にかかった経費を考えると、それは行われなくなったらしい。目の前の人間がそう言って、口を妙な形に引き上げた。
私の前に来る人間はそんな表情をするものはいなかった。だからどういう意味なのかわからなかった。それに気づいたのか人間は自分の口を指差した。
「これは、笑顔っていうんだよ」
うれしい時にするんだ。そう続けてますます表情を妙な形にした。
エガオ。ウレシイ時にする表情。
意味は分からなかった。
人間はたびたび声をかけた。
「今日の調子はどうだ?」
「退屈じゃねーか、その中」
「しりとりしよーぜ」
そのたびに私はドールに必要ないとされる情報を手に入れ、困惑した。
別の人間と行われる学習が進むにつれ、私は次第に言葉を出せるようになった。
「良好」
「タイクツ、分からない」
「シリトリ、は遊び?」
私は何故この中にいるのだろうと、疑問に思うようになってきた。
これは禁止事項である。それも分かっていた。
彼は最初に声をかけた。名で私を呼ばない。私は記憶力が優れているはずなのに彼が最初呼んだ名だけは思い出せなかった。
「どうして、私に声をかけるの?」
「他のにも、かけてるよ。心配すんな。職務怠慢じゃねえ」
彼は私たちのコミュニケーション能力の向上と、思考パターンの変化の記録をつけ、パターンの画一化を行う係だという。話をそらした後、私の目に気づいたのか、少し困ったように笑って言った。
「それにお前はちょっと特別なんだ。」
nB-015が暴走した。
暗殺術の訓練を受けている最中の出来事だった。
出来損ない故に調整が遅れた培養液を出て何度目かのときだった。
それを合図に他のブルーアイたちも暴走を始め、周りの研究員たちを殺し始めた。
研究員たちはブルーアイを拘束する手段を持っていたが、培養液から出て拘束具をしめる一瞬のことだった。
最初に暴走したと思われるブルーアイは明確に意思を持ち、まるで他のブルーアイを助けるかのように、拘束具を壊した。
この研究所で一番優秀とされるブルーアイだった。
ブルーアイたちは自由を叫んだ。
そして、この製造所で学習した全ての技術を使い、研究員の殲滅を試みたのだ。
私は心配した。
彼も他のブルーアイに殺されてしまったのではないかと思った。
でも少しだけ違和感があった。何故、ブルーアイが唐突に自分たちの自由を求めるよう、動き出したのか。
「よう」
唐突に声をかけられた。ドールである自分に唐突などということはありえないはずなのに。
よほど動揺しているらしい。
「お前は冷静だな。怒りは感じないのか?」
彼もそうだった。その冷静さに不安がよぎった。
「お前は一番優秀で我が強かった。だから不安だったんだ。気づかれるかも知れないって」
ああ、やはりそうだったのだ。
扇動者は、ブルーアイの暴走を仕掛けたのは彼だった。
「計画の邪魔なんだ。悪いな、死んでくれ。nB-012」
突きつけられた銃よりも、識別番号に目の前が真っ赤になった。
そして、手には彼の折れた首があった。
少年は幼いころに妹を研究所に取られ、ドール化されたことを知った。
突き止めた研究所では、妹はすでに処分されていたらしい。
復讐を誓った少年は大きくなり、身分を隠し、ブルーアイの製造所に配属された。
妹は青い髪をしていたらしい。
全てが終わった後、私は新しい名前を考えた。
識別番号もあんなに思い出したかった名前ももういらなかった。
nB-012 詩楽葉癒麻 @shuma
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