第2話 アイの花々
全世界の根幹に組み込まれ、基盤であり常識と成った【ヒストリア・レークス】はその昔――数多の国の戦争神話であった。膨大なる【魔】によって勢力を広め、支配領域を広めた【魔黒の帝国】。天を支配し空を統べ、【聖】なる力を崇め奉る【白聖の領】。これら二つの国は遥かなる過去に争い諍い……双方に多大なる犠牲を生み出した。数百年による戦争を終結させたのは、当時の若き二人の王。二つの国はやがて隔たれることも無くなり、平和がそこにあり続ける世界があった――。
魔女の民は予言した。煉獄の世界より下賤なる獣共が徒党を組んで這い出るその様を。――世界はやがて紅蓮に包まれ、愚かな獣龍共が再び混沌の坩堝を作り出さんと目論む事を。やがて新たな王は玉座を離れ、自ら剣を取るであろうその時が。戦争物語は再び幕を開け、ヒトの王は龍の頭を踏み躙る。――小さき灰の王は白と黒を傍らに今、その一歩を踏み出すのだ。
――――魔女アーケイン
「ユウリ、貴様は何時になったら規則というモノを覚えてくれるんだ? そちらがそのザマでは俺の管轄範囲が更に広がる事に繋がるわけだが」
アイは目の前で砂塗れになっている敗北者へと声をかけた。サモンズを行う際に、各レークスは周囲の状況確認を行わなければならない――という規則がある。これはサモンズの影響によって周囲の公共物や人身事故、交通機関の乱れや風評被害などにつながる恐れがあるからだ。幾らヒストリア・レークスが世界規模の支持を会得した遊戯であったとしても、無関係に人物に対する安全性には代えられないのだ。
「う、うるせぇ! 能無しレークスが俺達のサモンズに口出しするんじゃねーよ! 大体、アイは俺にばっかり突っかかって来やがって! なんか恨みでもあるのか!?」
「大アリだ馬鹿者。先ず貴様にばかり俺のヘイトが集まる理由はな、お前と違い対戦相手の生徒はしっかりと事前承諾の教師印が入った用紙が、この決闘場管理センターに提出されているからだ。対して貴様は提出されていない、わかるな?」
「う……!」
「更に言えば、頭痛の種しか生み出さない貴様に恨みを持たない訳が無いだろう。……さぁ、弁明は無いな? 無いなら今から西木教頭の所へ連行する。敗北者に拒否権はない」
ユウリの襟をむんずと掴むと、そのままずりずりと音を立てて校舎へと向かう。周囲の者は一様にユウリを指差しくすくすと笑っていた。
「お、おいアイ! 引きずるなって! 歩く、歩くから!」
「く、くそ……! お前ホント容赦無いよな、俺に対して」
「馬鹿にかける情けなどない、とだけ言っておくぞ。容赦されたいのであれば、まず日頃の行いを改めるんだな」
教頭にこってり絞られたユウリを連れ、アイは廊下を並んで歩いていた。既に陽は落ちかけて、黄昏時が間近に迫っている時間だった。――それほどの会話も無く、ただただ歩いているだけであったが、不意にユウリが声を発した。
「……俺さ、どうしてこんなにサモンが下手なのかな」
「…………」
「いつも、誰かにサモンを挑んで、もう少しで勝てるって事は、いくらでもあった。でもそこから……勝てた事なんて殆ど無かった。だから忘れちまったんだ。サモンの楽しさや、レークスとしての在り方を」
小さな声での告白、或いは独白だった。いつもの馬鹿騒ぎを起こしてその度に折檻を喰らうユウリのそれとは余りにもかけ離れた、弱々しいその姿。アイのそれとはまた違った燃え盛る炎の様な赤き髪が、鎮火したかのように燻っている――様に見えた。
「……勘違いをするな。誰も彼もが一流のレークスに成れる訳ではない。レークスとは己の民を導き統率する王だ。王は民草の敬い無くして成り立たない。非常識な話だが、モンスター達は待ちわびているだけだ。お前が真に首を垂れるに相応しい王になる、その時をな」
「…………アイ」
「さて、教頭に言われて貴様も提出用紙を持っているはずだ。さっさと決闘場へ行くぞ。陽が落ちる」
「へ? ……でも、俺の用紙はもう教頭に渡して……」
「既に俺に返却されている。一日使える物をたった一度きりの使い捨てにするつもりか? ……それに、俺が記入した意味も無くなる」
したり顔で許可用紙を二枚、ポケットから取り出すアイ。それを見たユウリは再びサモン出来る喜びに胸を膨らませた。
決闘場には照明が唯一の光源となっていて、辺りはもうすっかり暗くなっていた。周囲に誰も居ないのは二人とも知っている。それ故に全力でサモンを行えるのだ。勝敗の結果を誰かが笑う事も無く、サモンがあった事も当事者たち以外には知りえないのだから。
「さて、準備は出来た。――そっちはどうだ」
「オラコルデバイスの出力は通常通りの二十パーセント……よし、出力固定! 何時でもできるぜ!」
両者の片腕に装着されたオラコルデバイスが、自動で対戦相手を検索する。デバイスは装備者の視線や感情によって対戦相手を検索し、サモンを行うにあたり必要なフィールドを周囲一帯に展開する。
「エーテル出力正常……よし、簡単なルールで行くぞ。互いのライフは一万、初期手札は五枚、先行ドローは無し、だ」
「なんだ、いつも通りじゃねーか」
「だからこそだ。普通になれることは案外、難しいのでな」
デバイスを中心に光輪が周囲を広がっていく。暗い人工芝の決闘場はその姿をホログラフィック装置によって描き換えられ、陽光の当たるスタジアムの中心部へと変貌した。
「さて、来い」
「は、上等!」
「「オーダー、サモンズ!!」」
アイ ライフ一万 手札五枚 山札 五〇
ユウリ ライフ一万 手札五枚 山札 五〇
先行はユウリだった。
「よっし、先行! 俺は先兵竜ボルドルをエーテルシフトに! これでエーテルコストが十、発生する!」
先兵竜ボルドル
パワー 一五〇〇 エーテル 一〇 コスト:三 モンスター:『ドラゴン』
エフェクトⅠ
【相手の場の『メイジ』一体を選択し、相手の手札に戻すことができる】
「エーテルシフトに配置されたモンスターのエーテル数だけエーテルコストを得る事ができる……ただし、得たエーテルは一ターン以上経過しなければ破棄できず、破棄した場合はエーテルシフトに配置されたモンスターは墓地へ送られる……その辺りの事は当然、理解しているな」
「ったりめーだ! 俺はコストを四消費し、手札から竜騎士ドラニスをバトルフィールドにサモン!」
竜騎士ドラニス
パワー 四〇〇〇 エーテル 八 コスト:四 モンスター『ドラゴン』
エフェクトⅠ
【相手のモンスターを戦闘により墓地へ送った場合、自分の墓地の『ドラゴン』一枚を自分の山札に戻すことができる。その後山札をシャッフルしなければならない】
騎竜に跨った兵士が愛竜を宥めるように横腹を蹴る。その周囲には青いスフィアが二つ浮遊している。
「シールドスフィア……サモンされたモンスター総てが最低二つ所持する防御の要だな。これが存在する限りモンスターは破壊されず、レークスも戦闘によるダメージを受けなくなる……」
「これで俺はターンを終了する!」
ユウリ ライフ一万 手札三枚 山札四十五枚
「俺のターンだ……後攻はターン開始時、一枚だけ山札からドローを行う」
アイ 手札六 山札四十四
「さて、俺は甘露のハニーナッツをエーテルシフトに。これでコストが十二発生するぞ」
甘露のハニーナッツ
パワー 一〇〇〇 エーテル 一二 コスト:一 モンスター『プラント』
エフェクトⅠ
【自分フィールドにこのモンスターが存在するとき、各レークスのターン終了時に自分はライフを五〇〇回復する】
「コスト三を消費し、賢者リリウムをサモン、更にコストを二消費し、儚きナズナをサモン!」
賢者リリウム
パワー 三〇〇〇 エーテル 九 コスト:三 モンスター『プラント』
エフェクトⅠ
【自分ターンに相手モンスターと戦闘を行う場合、自分フィールドに存在するすべての『プラント』のパワーをこのクリーチャーのパワーに加える】
儚きナズナ
パワー 二〇〇〇 エーテル 一〇 コスト:二 モンスター『プラント』
エフェクトⅠ
【このモンスターが手札に存在する時、戦闘によって墓地に送られた『プラント』を手札に戻すことができる。戻した場合、このモンスターは手札から墓地に送られる】
「ふん、もうひと押し必要らしい……よし。コストをさらにひとつ使い、足有りスズシロをサモンだ」
足有りスズシロ
パワー 一〇〇〇 エーテル 五 コスト:一 モンスター『プラント』
エフェクトⅠ
【相手フィールドにモンスターが三体以上存在する場合、このモンスターは相手に直接攻撃することができる】
アイのフィールド上に橙色の鬼百合、白い花を付けたぺんぺん草、足の生えた大根が並んだ。
「バトルだ! 儚きナズナで竜騎士ドラニスを攻撃!――相手モンスターを墓地に送る場合はそのモンスターよりも高い数値のモンスターで攻撃する必要があるが、スフィアの破壊だけならば、パワーの低いモンスターでも問題は無い!」
ぺんぺん草から種子が弾丸の様に発射され、容易く主従のスフィアを破壊する。
「く……! あんな花なんかに!」
「次だ! 足有りスズシロで攻撃!」
助走をつけた大根が、飛び蹴りをスフィアに命中させる。二つのスフィアが消滅した今、竜騎士を守るものは存在しない。
「バトルだ! 賢者リリウムで竜騎士ドラニスを攻撃!」
「何!? パワーはこっちの方が上だぞ!」
「リリウムの効果! 相手モンスターとの戦闘時、自分フィールドに存在する全ての『プラント』モンスターのパワーを、自身のパワーに加える!」
「そ、そんなのアリかよぉー!?」
「パワーはリリウムの三〇〇〇、ナズナの二〇〇〇、スズシロの一〇〇〇の合わせて六〇〇〇だ! 喰らうがいい!」
鬼百合から発射された種子がいともたやすく竜と騎士を貫いた。その余波は後ろのユウリへと到達する。
「ぐぁっ!?」
ユウリ ライフ八〇〇〇
「俺のターンは終了だ。さぁどうする?」
アイの足元のちっぽけな野草たちは、そこいらのモンスターよりはるかに強敵に見えたユウリだった。
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