ヒストリア・レークス

@kazamion

第1話 能無しのレークス

「俺は紅蓮のバガモールのエーテルコストをふたつ消費し、手札から翡翠のアラネアをサモン!! ――新緑の奥地より、獲物を狩る絶対の狩人よ! 今こそ眼前の敵を屠り、勝利を手繰り寄せろ!!」


真紅の蟷螂から赤紫の光球が放たれ、それが少年レークスの手札の一枚に宿る。それを手に取り地面に放つと、美しい翠の光と共に、苔の生えた美しい蜘蛛が金切り声を上げて相手レークスと配下のモンスターを威嚇した。


「く……! だが、そいつのパワーはたかが二〇〇〇! この竜騎士ドラニスのパワーは四〇〇〇、俺の残りライフは二〇〇〇! 次のターンで俺のモンスターがお前を攻撃すれば、お前のライフはゼロになる!」

「ふっ、この俺がそんな希望を残してやるとでも思ったか! 残す訳が無いだろう!?」

「何!?」


大蜘蛛――アラネアの八つの眼がぎらりと光った。


「翡翠のアラネアのエフェクト発動! 相手のモンスター一体を選択し、そのモンスターのパワーを、このターン終了時まで――相手のライフの数値と同じにする!」

「ば、馬鹿な!? ――ドラニスゥ!?」


蜘蛛の放った糸により、竜騎兵は力なく縛られ、その力を封じられる。その様を見て蜘蛛は歓喜の雄たけびを上げた。


「更に!! この効果によりそのモンスターの元々のパワーの数値よりも低下した場合、その数値の差だけ、アラネアのパワーを上昇させる!!」

「ド、ドラニスのパワーは四〇〇〇……今のパワーは二〇〇〇だから……」

「アラネアのパワーは二〇〇〇上昇し、四〇〇〇!! ジャストキルが成立する!!」

「そ、そんなァ!?」

「やれ!! 翡翠のアラネアで――竜騎士ドラニスを攻撃!!」


涎を垂らしながら騎士へと猛進する大蜘蛛。対峙するレークスに、打つ手は無かった――。


「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」





「赤寺院ユウリ……今のところは特筆する点も懸念事項も無し、か」


赤毛を靡かせる彼は、目の前で行われていた戦い――サモンズの経過を終始見ていた。いつもの様に始まり、監視対象の敗北で終わる。ここ数日はそんな結果ばかりだった。カエルか何かの様に無様にひっくり返った彼を見て、いつまでこんな無意味な事が続くのだろうと、ため息をついて空を見る。


「……空はあんなに青いのになぁ」


この呟きはほとんど誰にも聞こえないだろう。赤毛をかき上げてそう思った。





「ただいまー」

「ん、おかえりー。……一応聞いておこっかなー。どう?」

「いつも通りだ。奴が到底、その……龍将を手に入れてるとは思えない」

「んんー? おっかしぃーなぁー? 確かにあのおバカが拾っているハズなんだけどなー」


女はふらりと彼の方へと近寄り、猫の様にすり寄った。


「まぁ、当の本龍が衆目に晒さない様に頼み込んでいるんだろうな。でなければ奴が連戦連敗を記録し続けているなんて、ありえない」

「普通は使いたがるものなんだけどなー? アイ、アナタだって本当は……私をめちゃくちゃに扱いたいでしょ? ほれほれ、吐いちゃえ」

「あー、止めろ止めろ。まだ着替えてない……ああ、食いカスが付いてる!! おま、何でこんなにもだらしなくなってる訳!? ほんっと信じられないよ!」


きーっ、と歯軋りでも始めそうな顔で目の前のそいつを睨むが、当の本人はケラケラと笑いながらスナック菓子を頬張っている。その様子だけは姉弟のそれであったが、当人達の姿形や、女の姿が半透明である事を除けば――の話であるが。


「まぁまぁ。そう怒らないでさー。口移しでせんべい食べさせてやるから」

「いらない。俺は海苔せん派だ」

「えー……ま、それはそうと。今夜あたりにでもあの糞トカゲの意識が出て来るかもだし……今夜はちょいと出かけるよん」

「そのまま出て行ってくれないかな」

「ひどい!? 直球だー!? こんな美少女が廃棄弁当で食い繋いで、そんな事が許されるのだろうか!」

「……美?」

「おう喧嘩売ってるな?今夜覚悟しろよ……風呂とベッドの中で一息つけると思うなよー!」


ぴゅーと壁を抜けて何処かへと飛び去ってしまった彼女を見て、自室の周囲を見渡す。そこにあるのは食いカスで散らかった自室であった。


「……ティスタ、許すまじ」




これは異界よりの来訪者の少女と、怠惰なレークスのお話である。

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