第21話 大晦日

「なぁ。ろと」

「んー。なーにー。……ちゅるん」


 そばをすすって飲みこんで、ろとが返事を返す。

 俺たちは年越し蕎麦を食いながら、紅白を見ていた。


「大晦日の歌は、ないのか?」

「ふえっ?」


 ろとは妙なかわいい声をあげて、目をぱちくり。


「えっと。えっとえっと。えっと……、お……、おーみそかー、おーみそかー♪ とれぼーとふたりのー、おーみそかー♪」


 ろとは即興で「おおみそかの唄」を作った。

 作詞/作曲ろと(C)。


「でも、そこの歌詞なー。〝ふたり〟じゃないみたいだぞー」


 俺はドアの向こうの気配に、とっくに気がついていた。

 入ってくるタイミングを計って、ドアを薄く開いて覗きこんでいたりいるので、すっかりバレバレだ。


「四人にしとけ」


「うん? 四人にするの? わかったー。よにんでー、たのしいー、おーみそかー♪」


 ろとが可愛い声でそう歌う。

 その途端――。


「はっぴいぃぃぃー! にゅーいやぁああぁーっ!」


 奇声を上げて、二人の男女が部屋の中に乱入してきた。


 先頭の女は着物を着ていた。振り袖だ。しかし裾丈だけは、なぜかミニスカだった。――いや。ミニスカなんて生やさしいものでなくて、マイクロとかそんな凶悪な丈だ。


 女はこたつの上に飛び乗ると、扇子をふりふり、激しいダンスをはじめた。


 おい! 年越し蕎麦が! ――と思ったのだが、紋付き袴を着込んだゾーマが、すすっと、そばの丼を待避させている。


 まあ、得に実害もないので――。

 ぱんつ見せつける勢いで踊る美女が気の済むまで――俺はそいつの好きにさせておいた。

 なんか妙に古くさいノリの、レイブ系ミュージックも流れている。ゾーマがBGM係もやっている。


 ろとは、小さな手をぱちぱちと叩いて、わー、と、踊り狂う美女を見上げている。


「ひゅう!」


 曲が終わると、美女はこたつの上で、ポーズを付けて停止した。


「……で。なんなんだ?」

「ハッピーニューイヤー!」

「ですぞ」


「それはもう聞いた。てゆうか。まだ年明けてねえし」

「じゃあ、年越しパーティってことで」

「いまハッピーニューイヤーって言っただろ」

「もう、トレボーってば、そんなにロトちゃんと二人で、しっぽり、愉しみたいわけー?」

「ちがうし」

「ゾーマの顔なんか見ていたって、つまんないのよー。あたしたちもまぜてよー。一緒にロトちゃん犯しましょうよー」

「しねえし」


 ろとにちらりと目をやる。

 わかってないからいいようなものの、なに口走ってんだこの痴女めが。


「だいたい、なんなんだ。なんで人んちのこたつの上でレイブすんだおまえは」


 そしてなぜ、ぱんつを見せつける?

 あと、マイクロミニの着物はともかく、その羽根扇子はなんなんだ?


 なにか、見覚えがあるような、ないような……。ひょっとして〝ジュリアナ〟とか〝ジュリせん〟とかいうやつか?


「小学校の頃、あたし大人になったら絶対あそこ上がって踊るんだーッ! って思っていたのに、大人になったら終わっちゃってたのよー! ジュリアナもマハラジャも! あたしになんの断りもなく!」


「そりゃ終わるだろうなー。断りを入れる必要もないだろうなー」


「トレボーが冷たい! あたしの味方してくれない!」


「俺はろとの味方であって、おまえの味方じゃないからな」


 俺はまた、ろとを見た。

 突然の闖入者にも、ろとは、「わーい」と楽しげだ。

 まー、ろとが喜んでいるなら、こいつらがいても――。


 仏頂面で腕組みを続けていた俺が、慈悲を言葉をかけようとしたところで――。


「あっ、そ」


 ワードナーたちは、あっさりと、引き上げていってしまった。


 ……えっ?

 おや?


 あれ? 帰っちゃうの?

 もう一押しくらい、していかねえの?


 拍子抜けした気分で、俺は、ぱたんと締まってゆくドアを見ていた。


「とれぼー。わーどなー、帰っちゃったよー? ぞーまもー」

「いや。待て」


 なにか音がする。

 なんか、ごそごそ、がさがさと――。

 ドアの前あたりで……。


これは、着換えでもやってる音か?


 おいおい。着替えてんのかよ。

 外から丸見えだろ。うちのアパートは安アパートだ。よってドアの外は、すぐ廊下と階段になっていて――。

 しっかし、この寒空で……。


 待つこと、しばし――。

 その間に、ろとと二人で、蕎麦の残りを片付けてしまう。


    ◇


「じゃーん!!」


 ようやく出てきたワードナーは、ポーズを付けてモデル立ちをした。


「うおー……」


 思わず声が出た。

 それをめざとく見つけられてしまう。

 ワードナーは、ますます、ドヤ顔になった。


「どや!」


「すっげーな……、それ手作りか?」


 ワードナーとゾーマの着ているのは、俺たちのゲームの――キャラの衣装だった。

 つまりワードナーは、爆炎の魔法使い露出狂エロ仕様。ゾーマは神官衣だ。


「ふっふーん、知りあいのプロに頼んだのよ」


 よくあるコスプレの衣装とは、クオリティからして違う。まるで本物の衣装だ。プロはプロでも、コスプレ衣装のプロではなくて、本物の服飾デザイナーとか、そっちのほうなのか?


「しかし……」


 俺は、じーっと見た。


 ゲームの中で見る分には、気にもならないが……。

 こうして、リアルで見ると……。


 エロいな。マジで。


 俺の視線をめざとく見つけ、ワードナーは――。


「ふっふーん……♡」


 ――赤い唇を舐めて、ポーズを替えた。ますますエロく凶悪になる。


 もっと見ていたい気も、しないでもなかったが……。ろとがいるので、そのくらいにしておく。


「あー、まー、おほん。……衣装はすごいと思うが。しかしハッピーニューイヤーで、仮装パーティはやらないと思うぞ。やるならハロウィンとかじゃないか?」


「外国じゃ仮装して楽しむのが普通よ」


 俺はすさかずノートパソコンを引き寄せて、Google先生に訊いてみた。


「うそだな」

「いいじゃんー。ケチぃー」

「いや。ケチとかそういうことではなくてだな――」


 ろとを見る。


 ろとのやつは――。キラキラした目を、ワードナーとゾーマの二人に向けている。


「ろとちゃーん、こっち、いらっしゃーい。ほーら、ろとちゃんの衣装も、あるわよ~?」

「ほんとっ!?」


 ろとが釣れた。まっしぐらだった。


    ◇


 ゾーマと二人で、正座して向こうを向いているうちに、着替えは終わった。


「じゃーん!」


 ろとがいた。伝説の青い鎧の着た、ガチ物理――重戦士が、そこにいた。

 ただしゲームの中とは違って、ひげ面のおっさんではなく、鎧を着ているのは、ロリ体系の外見だけなら〝美少女〟といっても過言ではない少女である。


「おい……、そ、それって……、金属製か?」

「そうよお、ああでも。軽いから。NASAで開発された特殊な金属で、見た目よりも、ずーっと軽いから、平気よー」


「とれぼ~、かるいよ~」


 ろとはくるくる回ってから、ぴたっと止まった。

 ああ。これ。ゲーム内で、ろとがよくやるエモーションだ。


「どうおー? いーいー?」


 ろとが聞く。


 イイ。すごくいい。 鎧を着た美少女、すごくイイ!

 俺は「いいね」を押しまくった。


「ねー、トレボー。じつはあんたのもー……、あったりするんだけどー?」


「こ、コスプレとか……、しないっ」


 俺は言った。精一杯の抵抗を試みた。


「ぼく。みてみたいなー。とれぼー。すごく。カッコいいと思うんだー」

「そうか?」


 俺の精一杯の抵抗は、ろとの一言によって、あっけなく、打ち破られてしまった。


 ろとが見たいってゆーなら……、まー……、しかたないなぁ!


    ◇


「イイヨイイヨー! トレボーちゃん、可愛いわよーっ!! ひゅーひゅー!! 回ってまわってー!!」

「くっ……」


 俺は恥辱に打ち震えていた。


 そう――。

 俺は忘れていたのだ。俺のゲーム内キャラが――「森の乙女、ぴちぴちハーフエルフ15歳美少女」だったということを……。


「スカートめくってめくってー! めくんなさーい! てゆうか! 犯させろーッ!」


 痴女が叫ぶ。

 死ね。死にさらせ。

 てゆうか。いっそ殺して。

 くっ……、殺せ。


 俺は恥辱に震えた。


「とれぼー。だいじょうぶだよー。カッコいいよー」


 ろとの言葉も、ぜんぜん、なぐさめになっていない。


 俺たちの年末年始は、ぐだぐだでポンコツな感じに過ぎていった。

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