第15話 じんぐるべー
世間は年の瀬。
てゆうか。その直前のクリスマスで大騒ぎ。
俺と、ろとは、地元商店街に買い物に出ていた。
年末年始に買いこまなくても、コンビニは大晦日だろうが元旦だろうが営業しているし、スーパーだって営業時間が若干変わる程度で、いつでもやってる。
年末がくるからといって、食料品も日用品も、買いこむ必要は、まったくないわけだが……。
まあ、なんとなく、気分であった。
あと、ここしばらく、ワードナーとかゾーマとかが、しょっちゅうやってきて、食い散らかしていって、蓄えが尽きた。ひさしぶりの買い出しだ。来年まで外に出なくてもいいくらい、宅配サービスを使うぐらい、買いこむ予定だ。
「じんぐるべー♪ じんぐるべー♪ くりすまーす♪」
俺と繋いだ手をぶんぶんと振り回して、ろとが歌う。
歌っているのは、「作詞・作曲:ろと」の「クリスマスのうた」。
ろとがご機嫌で歌っているので、俺はそれに口笛で伴奏をつけてやっている。
道行く人が、時折、振り返ってきたりする。
ろとのやつは、ぜんぜん気がついていない。俺は気がついているが、気づかないふり。
振り返ってきた人たちが、にらんでいるのか、笑っているのか、そこまでは見ていない。べつに迷惑を掛けているわけではない。どちらでもよかった。
「あ!! 鶏しゃん!!」
「ああ。トリさんだな」
ろとが指差すので、俺はうなずいてやった。
うむ。その通り。あれはトリさんだ。
手を引く。ろとを引っぱってゆく。
「あ!! サンタしゃん!!」
「うん。サンタさんだな。見事なミニスカだな」
俺はまたうなずいた。JKかJDあたりの女の子が、サンタのコスプレで、この寒空の下、頑張っている。寒そー。若い子元気だわー。
「おねーしゃんに!! なんかもらったー!!」
ろとが捕まって、なんかチラシを受け取っている。
どうでもいいが。ろと。おまえのほうが年上だと思うぞ。〝おねーしゃん〟じゃないと思うぞ。
「お水! タダなんだってー!」
「それはお水がタダなのではなくて、ウオーターサーバーのレンタル料だけがタダなんだな。お水のほうは、クッソ高いんだぞ。お水は蛇口をひねれば出てくるよな。じゃあ、わざわざ買わなくてもいいな」
俺はそう言って、ろとを諭した。
「うん。そうだね!」
ろとは、すぐにわかってくれた。
その頭を、なでくりなでくり。
ろとの髪は、ふっわふっわで、撫で心地がいい。手入れなんて、なんにもやっていないはずだが、それが逆に功を奏して、痛んでいないそうである。――というのは、美容部員を仕事にしているワードナーの弁。
「あっ!! ケーキしゃん!!」
ろとは、またもや――立ち止まった。
俺が「ああそうだな。ケーキだな」と同意を示してやって、手を引いてやっても、こんどは動かない。
「うー……、ううー……、とれぼー……、ケーキぃ……」
ろとは俺の引っぱる手に抵抗している。体がすっかり斜めになってしまっている。
「ふう……」
俺は、息を吐き出した。
「あのな。ろと。……いつも言ってるだろ。欲しい物があったら、ちゃんと言葉にだして言えって」
「でも、島とか船はだめだって」
「島とか船は、そりゃ、だめだろ」
「俺は幸せになるために倹約してんの。島とか船は、買ってもたぶん幸せにならないし、おまえのためにもならない。そう思うから、だめだって言うんだ」
「じゃあ……、ケーキは?」
「いつもみたいにプレゼンしてみな。ケーキがあると、どう幸せに繋がるのか」
俺は最近、この方法によって、ろとを教育中だった。
ろとのやつが、なにか欲しいと言いだしたら、「それがいかに必要であるのか」を自分でプレゼンさせる。
ちゃんと筋道だって説明することができれば採用。そうでなければ不採用。
必要なものとそうでないもの。ほしいものといるもの。――その区別を、ろとが自分で付けられるようになるといいのだが。
「あのねあのね! ケーキがあるとね! クリスマスな感じなってね! ごちそーいっぱいでね! とれぼーとふたりで、しあわせになれるの!」
ろとは頑張ってプレゼンする。
両手も使って体中で表現する。
だが俺は、まだイエスとは言わない。
「どう、しあわせなのか、そこが足りないな」
冷静にダメ出し。
「みんな! ――みんなやってるの! ごちそーいっぱいなの! みんなとおんなじなの!」
「みんなと同じが、しあわせとは限らないぞ」
論理的矛盾点を、ただ本人に投げ返す。問答の壁役に徹する。
「ぼく……。ぼく……。ずっとひとりだったから……。クリスマスがきても、お祝いとかできなくて、ひとりだと、クリスマス、やっちゃいけないんだよ? しってた? ……でも、こんどのクリスマスは、とれぼーと一緒だから、できるんだよ? ……だからこれは、必要なものなの!」
ろとは目を閉じて大声でプレゼン。自分の中で確信に至ったもよう。
「ごちそういっぱいか……。じゃあ、ほかにもごちそうがいるな。トリしゃんとか。シャンパンしゃんとか」
「え……? いいのっ?」
頭を撫でられている、ろとは、涙をはらんだ目で、俺を見上げる。
「いいもなにも。必要なんだろ?」
俺の目的は、ろとにいじわるをすることではなくて、ろとが自分で答えを見つけること。
まあ……。たしかに……。なんだ……。説得力はあったな。ほろりときたな。
そういや、ワードナーとゾーマのやつ。「クリスマスは行かないから。ろとちゃんと二人でしっぽりおやんなさい」とか言ってたわけだが。
ぜってーやるか、とか思っていたのだが。
言う通りになってしまった。
まあ……。いいか。
クリスマスくらい。
俺はろとと手を繋いで、クリスマスの「素敵なものいっぱい」を買いに行った。
◇
本日の出費。
食料日用品その他。15,732円。(2週間分買い込み)。
トリしゃん。780円×2。
ケーキしゃん。4号。1550円。
お酒しゃん(スパークリングワイン)。1180円。
クラッカー。2個108円。
ミニスカサンタしゃんセクシーコスプレ衣装。7980円。
クリスマス特別費用合計。12,378円
総計。28,110円。
現在の俺たちの、財産残り――。
3億9972万3049円
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