第14話 奈落
「ぼくにまかせて!」
巨大な敵を前に、〝勇者〟が立ち塞がる。
その者――。蒼き鎧をまといて、常に人々の前に立つ者なり――。
勇者は一日一回の使用権を消費して、防御力を最大限に高めるスキルを発揮した。このスキルは同時に敵のヘイトを一心に集める。
案の定――。
どっかん、と、天変地異みたいな攻撃が振ってきた。
「きゅう」
勇者死亡。
――が。
「リザレクト!」
HP満タンで復活。
邪神官――ではなくて、笑う怪物、聖者ゾーマの極限回復魔法である。対象が死んでいようが生きていようが数字の桁が何桁あろうが、HPを必ず満タンにするいう極大呪文。
詠唱に非常に時間のかかるこの呪文を、ゾーマは先がけしていた。
数十秒前から勇者の死を予見して詠唱を開始。そして詠唱完了。効果発動の瞬間は、敵の攻撃の直後となった。勇者が死んでいた時間は、数秒に満たない。
「ワードナー! まだか!」
俺は後方で魔方陣を展開している美女に声を放った。
爆炎の魔女。赤い悪魔。濡れる両刀使い。――数々の異名を持つ彼女は、我がパーティの唯一の攻撃手段だった。彼女の極大呪文の詠唱こそが、唯一、敵にダメージを与えうる。
勇者も、ちまちま攻撃を繰り返しているが――。中ボス程度なら一撃のその威力さえ、このラストダンジョン奈落503参階層の階層主には、毛ほどのダメージしか与えない。
「まだまだー! ぜんぜんかかるわよー! 踏ん張りなさい! ロト! トレボー!」
美女はニヤリと剛胆に笑った。苦境になればなるほど楽しそうになるのが、この女だ。
「来ますぞ! グラウンドスラムですぞ!」
ゾーマが警告する。
敵が大地をぶっ叩いた。
範囲ダメージが、俺たち全員を襲った。
「生命の精霊――アトラに申しあげる! 我らに命の輝きを――!!」
俺の出番。
回復量はゾーマに及ぶべくもないが、全員を一度に回復することができる。
ゾーマはロトの回復――ていうか〝蘇生〟が仕事。
ワードナーは主砲。
ロトは壁役。攻撃を一手に引きつけて、他のものが〝死亡〟しないようにするための役割。
そして俺は、皆の小ダメージをちまちま回復させたり、移動速度やSP回復速度があがる補助魔法をかけたりと、そうしたサポートが仕事。
「ようし!! ようしようし!! 詠唱95%完了っ!! そろそろぶっ放すわよー! 皆の魔力とHPをすべてちょうだい!」
「おいちょっと待て!
予定では――。火炎系の大呪文をぶっぱなしつつ、膨大なHPをちまちま削って、持久戦で倒すという攻略法だった。
「うっさい! よこせ! これで倒せなきゃどうやったって倒せないわよ!」
味方識別されている全員のSPをすべて使い、HPも1を残してすべて捧げることで使用可能な――ゲーム中の究極呪文。
正式名称はべつにあるのだが、プレイヤーは〝元気玉〟と呼んでいる。
「みんなのゲンキをオラにくれーっ!! えーっひゃっひゃっ!」
高笑いとともに、ワードナーは、巨大なエネルギー球を真下に落とした。
ものすごいエフェクト。
そして敵は……。倒れた。
俺たちだけが、SP0、HP1の状態で――フィールドに立っていた。
『やったー!! 倒したーよー!!』
ろとが、エリア中に響く大声をあげる。しかし誰もお祝いを返してこない。
このエリアにいるのは……。いま、俺たち4人だけ。
過疎化の激しいこのゲームでは、他人と出会うことが、そろそろレアな出来事になりつつある。
「さあ昼飯にすっかー」
アイテムの分配はあとでやるとして、俺たちはさくっと移動して、さくっとログアウトした。
俺のキャラ、森の乙女は、集団移動魔法の使い手だ。
ダンジョン最奥から街の近くのストーンサークルまで、一発で帰ってこれる。
日帰りの遠足感覚で、奈落に行き帰りできる。
コタツの4面のそれぞれで、ノートパソコンが、ぱたりと閉じられる。
最近のいちばんの違いといえば――。チャットでキーボードを打たなくて済むようになったくらい。
なにしろ同じ部屋で顔を合わせているものだから、ぜんぶ会話で済んでいる。
「ああもう。湯。わいてるじゃん。沸騰しまくりじゃん」
戦闘のあいだ、かけておいた鍋が、しゅんしゅんと蒸気を吹いていた。
「なーに? まーたスパゲッティ? 金もってるくせにビンボくさっ」
「人んちに昼飯たかりにきておいて文句を言うな。あと、スパゲッティじゃなくて、パスタだぞ」
「おなじでしょーが。なにスカした言いかたしてんのよ?」
「スパゲッティっていうほうこそ、なんなんだよ? 聞かないぞ?」
「昔はそーゆったのよ!!」
「歳がバレるぞ」
「なんかいった? なんか聞き捨てならないこといった? あたしは18歳だーっ!! 永遠のッ!!」
「ぼくパスタ好きだよー」
「400グラムでよろしいですかなー。茹でるときに塩を入れると、下味がついて、おいしくなるのですぞ。その際には、海塩や天塩といったものが、おすすめですぞー」
「へー」
「あー。ろと。ミートソース出せ。2つ」
「ぼく。だすよー」
いつもの賑やかな昼食風景。
穏やかな時間が、ゆっくりと過ぎていった。
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