第11話 ワードナー

 その日、俺は、ろとと二人で街中を歩いていた。


「おでかけ♪ おでかけっ♪ おでかけっ♪ ダー♪」


 ろとの歌う、これは――。

 作詞・作曲・ろと、の、おでかけの歌。


 繋いだ手をぶんぶんと振られる。

 ろとはご機嫌である。


 人混みが苦手――というか、ぶっちゃけ、怖がるほど、のろとであった。しかしこうして手を繋いでいる限りは、ご機嫌で作詞作曲しちゃうほど。


 いま歩いているのは地元駅前商店街。化粧品売り場があったりするぐらいの、ちょっと大きめのスーパー……ていうか? デパート? 百貨店? まあ、そんなような場所に、色々と、買い物に行こうとしているところだった。


 ちなみに、ろとの人見知り度は、そんなに高くない。

 このくらいの通行量であれば、それほど怖いわけではないらしい。


 よって俺は、べつにろとと手を繋いでいてやる必要はないわけであるが……。

 なんか、「お出かけは手繋ぎ」と、いつのまにやらルールが決まってしまったっぽい。


 ぶっちゃけ、ちょっと恥ずかしい。人目が気になる。

 ……だがまあ。


 ぱっと見は合法ロリな、ろとのことだから、お兄ちゃんと仲のいい妹――ぐらいに世間様は見てくれるのではなかろうか。そういうふうに思いこむことにしている。


「おでかけっ♪ ダーッ♪」


 その「ダーッ」のところが、サビであるらしい。特に力をいれて、「ダーッ」とやっている。


「とれぼーも、歌おうよー?」

「まっぴらごめんだな」

「ほらーっ。ダーッ♪」


 きいてねえし。うたってるし。


「ろーと、とー、とれぼー、はー、なかよし、こよしー」


 なんか歌っちゃってるし。また違う歌になってるし。


「ダーッ♪」


 あー。はいはい。

 腕をぶんぶん振り回して陽気に歌う、ろとに、引っぱられるみたいに、俺は商店街を歩いた。


    ◇


 ――んんっ? ロト? トレボー?


 聞き覚えのある二つの名前に、道を歩いていた美人が振り返る。

 彼女はヒールの足を止めて、そんな名前を口にしていた、二人の男女を見た。

 真っ昼間から手なんて繋いで歩いてる。リア充確定の二人を見送る。


 まさかね? ――と思い、歩きはじめる。


 だけども――。


 いや。やっぱり確かめておこう。


 思い直すと、彼女は、赤いヒールの踵を返した。


    ◇


「あの。失礼いたしますが」


 突然、美人さんに話しかけられた。すごい美人だ。

 赤いスーツを着て、赤い髪がよく似合う、ゴージャスな美人だった。


「え? あの……僕たちに、なにか用ですか?」


 うわああ。俺。〝僕〟とか言ってるしー。

 何年ぶりだ? 何十年ぶりだ? 〝僕〟なんて口にしたのは――。


 明らかに年上の美人から話しかけられて、俺は、相当、慌てていた。

 いったい何の用だろう?


 彼女は話しかけてきたあと、俺たち二人を値踏みするように見ている。


 こんな美人が俺に声を掛けてきた理由は……。まあ、いくつかは考えられる。


1.道を聞こうとしている。

2.逆ナン。

3.キャッチセールス。


 まず、2はない。ろとと一緒のところに声を掛けられたから、〝逆ナン〟とかでは、ありえない。


 キャッチセールスの線は、すこしはあるかもしれない。


 しかしまあ、1あたりが妥当なところか。

 俺たちはまるで気合いの入らない普段着で、いかにも「地元民」という感じだし。

 彼女の着ているのは、近所に出かけるのとは違うパリッとしたもので――。


 本当に、なんでこんな美人が、俺に話しかけてくんの?


「あの。もし勘違いだったら、ごめんなさいね? 貴方たち。さっき、〝ロト〟と、〝トレボー〟って――言ってらした?」


 俺とろとは、顔を見合わせてから――お姉さんに、うなずいて返した。

 言っていたというか。ろとのやつが、歌っていたというか。


「じゃ、じゃあ――二人とも、ネットワークのゲームとか、やったりするのかしら? たとえば――」


 彼女は、覚えのあるゲーム名を口にした。

 俺たち二人には、よく覚えのある名前だった。毎日二人でやっている。二人だけでやっている。


 なんだろ? この人?

 俺たちが怪訝そうな顔を返すと――。


「じゃ――、じゃあ、じゃあ――《静謐の風羽根》というギルド名に、心当たりは?」

「それ、うちのギルド名ですけど」

「……トレボー?」


 彼女は俺のことを指差して、そう言ってきた。


 俺はしぶしぶうなずいた。

 こんな街中でいきなり身バレとか、なんか変な気分だし――警戒の一つもしようというものだ。


「こっちは――〝ろと〟です。貴方は、あのゲームをやっていた人なんで――」


 俺はそう確認してみようとした。ゲームで知っていた人ではないかと――。


 美女は、わっし――と!

 俺たち二人を同時に抱きしめてきた。


「あはははは! いた! トレボーいたーっ!」


 お姉さんは、さっきまで漂わせていた上品な雰囲気からうってかわって、豪快に笑いたてた。


 あれ? なんかこれ。デジャヴュ?


 そこそこ人通りのある往来で、赤毛かつ全身赤ずくめのゴージャスな美女に抱きすくめられて、豪快に笑われて、きょとーんとしていた覚えが。

 そのときにも、たしか、「トレボーいたーっ!」とか、わけのわからん雄叫びをあげられて……。


「もしかして……。あんた……。〝ワードナー〟……、か?」

「あら? もう〝僕〟って、言わないの? ボクぅ?」

「やっぱおまえ! ワードナーだ!」


 俺は、


「そうよ。爆炎の魔道士。またの名を赤い悪魔。ワードナーF99とは、わたしのことよ!」


 長い髪を払って、美女はモデル立ち。

 往来で決めてみせる。


「なに? F99って?」

「ああそれ。バストサイズ」

「でっか!」

「おっきいねー」


 ろとが感心している。

 とことこと近づいてって、オーバーハングして切り立つほどの胸元を、下から何度もタッチしている。


「やめい」


 ろとのやつを引っぱりもどした。


「あーいいのよ気にしないで」


 ワードナーは電話を取り出しながら言う。どこかに電話をかけはじめる。


 公衆の面前でも、まったく気にしていない。

 そういえばワードナーは、オープンエロの人だった。

 平気で猥談ぶっぱなすやつだった。中身は三十代のオッサンだとばかり思っていたのだが……。まさか。こんな美女だったとは――。

 年齢は、まあちょっと俺より上くらいで――。たぶん三十代なのは間違いない感じだが……。


「どこ電話してんだよ?」

「ゾーマんとこ」

「知りあいかっ!」

「こんな面白い話! あいつも呼ばなきゃ損でしょーっ! ああゾーマ? いま仕事中? バカ言ってんじゃないわよ。ロトよ。トレボーよ。いまリアルであってんの。あんたもすぐに来なさい。三秒で。就業時間中? 役員なんだから時間なんてどうだって都合つくでしょうが!」


 あいかわらずの猪突猛進っぷり。話の聞かなさっぷり。


「じゃ。俺たち。買い物あるから――」


 俺たちはそそくさと退散した。


「ああちょっとIDくらい交換していきなさいよ! ねえちょっと!」


 俺たちは真っ赤な美女、ワードナーに手を振って、その場から退散した。

 どうせゲームに入ってくれば会える。

 俺たちはいつでもそこにいる。

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