第9話 年末ジャンボ
「ねー。とれぼー」
「ああ。買わんよ」
ろとが話しかけてきた。金融商品を調べていた俺は、顔も上げずに、まずそう言った。
「ひどーい。まだなにも言ってないよー。ぼくー」
「島はなしだ」
「島じゃないよー」
「ヒコーキもなしだ」
「ちがうもん」
「じゃあなんだよ? 昼飯の話か?」
「ねー。おかねって、いっぱいあったほうがいいんだよねー?」
なぜそんなあたりまえのことを聞く?
友人をはじめてから、もう何年も経つわけだが、こいつの頭の作りは、いまだにわからない。
妙に鋭かったり賢かったりすることもあって、なんか変な繋がりかたをしているのだけは、たしかなのだが……。
「まあ、一般的にいえば、そうだな。……けどまあ。使い切れないだけあれば、あとはもうあまり関係ないんじゃないか?」
俺のやっているのは、そのための計算だ。
俺たちの残り余命を、70~80年であると仮定して、4億円を均等に割ると、年間500万ほどになる。
ここに資産運用を加える。
そうすることで、資産が減少してゆくカーブを、なるべく緩やかにしようとしているわけだ。
資産運用といっても、株とかには手を出さない。儲けるための投資じゃないから、あくまで、元本の完全保証がMUST条件だ。
俺が、ろとのためにやるべきなのは、資産が減るリスクを減少させることだ。
もっともローリスクかつ堅実なのは、定期預金ってことになるわけだが……。他になにか見落としはないかと探していたわけだ。
「ねえねえ。とれぼーって、10億円あったら……、うれしーい?」
「10億円?」
まあそれだけあったら、あまり細かな計算をしなくて済むようになるが……。
でも4億円でも、大雑把な計算で、年間500万になるわけで、それは月額に換算すれば、41万6千円となって、二人で暮らすには充分なはずだけど。
俺がしっかりと手綱を引き締めて、ろとに倹約させれば――の話であるが。
ろとに使い放題にさせたら、1000万くらい簡単に溶かすにきまってる。年1000万じゃないぞ? 月に1000万だぞ?
「10億円って、なんの話だよ?」
「あのねー。ぼくねー。みたのー。年末ジャンボ――」
「ばーか。宝くじなんか、当たるわけねーだろ!」
最後まで聞かず、俺は言った。
年末ジャンボ宝くじだと? たしかにそんな時期だがな。
しかし、それは――。
ないわー。
「……あたったよ?」
あー。
そうか。
そうだった。
こいつは、Lotoくじで4億円当てて、勇者になったやつだった……。
現実に、当てているんだった。
しかし、普通、宝くじなんていうものは――。決して当たらないものだと、相場が決まっている。
「あのね。あのね。4億円ぜんぶで、年末ジャンボ買ったら、どうかなー?」
「え?」
「そうしたら、当たるんじゃないかなー? きっと当たるよ。ぜったい当たるよー」
「え? え? え?」
俺はこんらんした。
え? 4億円ぜんぶで買う?
「いや……。もう4億円はないから……。いま残り、3億9975万1159円だけど」
「じゃあ、その3億円でぇ――」
「いや。3億じゃなくて、3億9975万円だけど。一千万円の桁、省略しないでくれるか。そこ大事なとこだから。せめて省略するのは千円の桁までにしてくれないか」
「とれぼー。こまかいよ」
そうなのか? 俺が細かすぎるのか?
千円の桁だって、省略するのは、気が引けるのだが……?
だって千円札1枚だぞ? 二人で腹一杯になれるぞ?
俺は、こんらんしていた。
「えっと……、えーっと……、えーっと……。ちょっとマテ。俺に考えさせろ」
「うん。ぼく。待つよ」
俺はよく考えてみた。
ほぼほぼ4億円が、いま手元にあるとする。
それ全部で、宝くじを買う。
たしかに、ちまちま買っていたのでは、絶対に当たるはずがない。
いや絶対にない、は、ない。
ろとのやつは、ちまちま買っていて、4億円を当てやがった。
〝幸運〟とか〝持ってる〟だとかいうのは、俺は信じない。
Lotoくじを買うやつがたくさんいれば、そんなやつも一定割合で出てくるだろう。
ただ、それだけの話だ。それが確率というものだ。
それがたまたま、ろとのやつだったというだけだ。そこに理由などない。ラッキーだの幸運だの、オカルトの入りこむ余地はない。
ちまちま買っていたのでは、当たらない。――これはほぼ〝事実〟といってよい。
だが、購入額を極端に増やしたなら、どうなるのだろう?
たとえば具体的にいえば――4億円ぶんだとか。
「どーおー? とれぼー。かんがえたー? ぼく。もうちょっと、待つー?」
「ええと……」
俺は、つい、「買ってみようか?」とか言いかけたが――。
――あわてて口を押さえた。
待て待て待て待て。冷静になれ正気になれ。
俺が正気でいなくて、いったい、誰が、ろとを守れる?
こんな三秒も目を離していられない、あぶなっかしい生き物を?
俺は必死になって考えた。
◇
後日――。
考えて考えて、よく調べたりもして、その結果が出た。
宝くじというのは配当金が決まっている。公表もされている。
その配当率はおよそ46%。
全体の販売金額に対して、当選金額の合計が、46%だという意味だ。
つまり、4億円すべてを投げうって年末ジャンボを買ったとすると、平均して、およそ1億8400万円の当選金が手に入ることになる。
つまり、元の4億円からすれば、確実に減ってしまうわけだ。
ちなみに一等の当選金は前後賞あわせて10億円。上記の計算は、60億円ぶんで1組まるごと買った場合に成り立つ計算だ。
たったの4億円ぽっちでは、一等が当たる確率はものすごく低くなる。実際の当選金は、もっと目減りしてしまう。
つまり、結論をいうなら――。
ないわー。
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