第7話 料理
台所に立つ俺の手元を、ろとのやつが、じーっと、見ている。
「座ってろ」
俺は言った。
注視されていると、なんか、やりにくいったら、ありゃしない。
「うー……、見てちゃ、だめ?」
「まあ……、べつに、いいけど」
俺は料理をつづけた。
キャベツを切る。ざくざくと切る。
「すごいねー、すごいねー、すごいねー」
ろとは言う。だが主語を言え。
なにがすごいのか。ぜんぜんわかんねえんだよ。
「すごい、すごいすごーい、……はわわー」
あーもー、くすぐったいったら、ありゃしねえ!
「なにが凄いっていうんだよ。こんなん……、べつに普通だろ」
ああ。言ってしまった。
リアクションしたら負けだと思ってた。だから無視していたわけだが、そろそす限界だ。
「キャベツの千切りって……、キャベツからできるんだねー」
そこかよ!
俺はがくりとなった。
「キャベツの千切りがキャベツを切ってできるのでなければ、いったいどうやって作ると思ってたんだ」
「なんか。工場で。……作る?」
ろとは言う。
こいつの食生活を考えてみれば、そんな変な答えが返ってくるのも、なんとなくわかる気もする。
こいつの体の80%はカップ麺で出来ている。残り20パーセントはコンビニ弁当だ。
だからすこしでもまともなものを食わせてやろうと思って、俺が料理しているわけだ。
俺も自炊なんてあまりやるほうではないが、ろとのために、頑張っている。
ろとのため――とはいうが、これは俺たちのためでもある。
自炊して、バランスの良い食事をすれば、健康になる。健康になれば、医者にかかる必要もなくなる。医者にかかる必要がなくなれば、金がかからない。金がかからなければ、出費が抑えられて、貯金が尽きるまでの期間が、より長くなる。
「だけどおまえ。よくキャベツの千切りとか知ってたなー。えらいなー」
ろとの事情を
「うん! オリジンのお弁当に、ちょびっと、入ってるもん!」
ろとはえっへんと、胸を張った。ドヤ顔になった。
ものすご~く、低いレベルにいる俺たちであったが、それはそれで、ものすご~く低いレベルの幸せというものがある。
「あとね! あとね! あとそれもすごいの!」
「どれ?」
俺はキッチンを見渡した。
今日の昼メニューには、そんなに手間をかけてない。
千キャベツ。シャケの切り身。味噌汁。
――そんだけ。
悪いな。自炊初心者に、あんま、過剰な期待をしないでくれ。
「それ! それ!」
焼き網でこんがり焼かれている最中の「シャケの切り身」を指差して、ろとは言う。
なにがどうすごいのか。
ろとでない一般人の俺には、わかるはずもない。
もうしばらく、だまって聞いておくことにする。
「それ! それ! ぼくこのあいだ、はじめて知ったのー! シャケの切り身って、もとはおっきなサカナだったんだねー!」
ああ。この時期だと――。
「新巻鮭」というものが、そろそろ出回っている。
このあいだ、ろとと一緒に食料品の買い出しに行ったとき、しばらくその前で、俺は悩んでいたっけ。
新巻鮭を一本買うのと、切り身で買うのと、どっちがトータルではお得になるのやら。目視における概算では、一本丸ごと買ったほうが安いと出たのだが……。冷蔵庫の容量もあるので、その日は、諦めて帰ってきた。
ろとはろとで、なんか、目を丸くして、びっくりした顔で新巻鮭を見つめていたのだが……。
こいつは、そんなことで驚いていたわけか。
ん? ……まてよ?
「じゃあおまえは、シャケの切り身が、おっきな魚でなかったら、なんだと思っていたんだ? ……工場で作られるとか?」
「ちがうよー。海を泳いでいると思ったよー」
「そうだよなー」
俺はうなずいた。
いかに、ろとといっても、そこまで常識知らずなはずが――。
「切り身のままで、海のなかを泳いでいると思ってたんだー。ぼくー」
「……シュールだな」
俺はそう返すのが精一杯だった。
そうこうしているうちに、シャケが焼けた。
俺たちは、ゆったりとした昼食を取った。
飯をくったら、なにをしよう?
まあ、とくにするべきこともないし……。
ぐったりと、だらけるか。
コタツとミカンと、ろとがいる。
ノートパソコンも2台あって、ネトゲにも入れる。
これ以上、なにを望むべきか。
◇
先日の出費。
食料買い込み、7359円也――。
現在の俺たちの、財産残り――。
3億9977万9319円。
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