第6話 とれぼーの給料

「おい。ろと。俺の給料がいくらになるのか。それが出たぞ」

「うん。そうなのー」


 ろとのやつは、コタツの向かいで、ノートパソコンを見ながら生返事を返してきた。

 わかってんのか?


 ろとはなにかの作業に集中している。

 羊の毛を刈っているのか、小麦収穫してんのか、木こりか、鉱石掘りか、それは、わからんけど。クリック音をしばらく聞いていれば判別つくけど。


「きけよ」

「きいてるよー」

「じゃあ。もういい」


 俺は言った。


「はい。なぁにー?」


 ろとのやつは、マウスを手放した。ヘッドフォンも置く。なんかもの凄い戦闘音が、ヘッドフォンから聞こえてきているのだが……。


「おい……。おまえ。それ死んでないか?」

「もう死んじゃったからいいよー」


 そうかー。もう死んだかー。

 いやー? しかしー? いいのかー?


「とれぼーのお話のほうが、だいじだよー。……だいじなお話なんでしょ?」

「ああ。まあそうだけど……」


 まあ。大事な話だ。

 俺と、ろととの、関係の話だ。


「じゃあ――。お話。しよ」


 ろとは、コタツの向こうで正座になった。

 エサをもらうワンコのような目をして、俺を見つめてくる。


「ええと……、俺なりに計算してみたんだが。俺の給料をいくらにするのかという話だが」

「お給料? とれぼー、働くのー?」

「いや働かねーよ。いや。ある意味働くわけか。労働に見合う報酬を得ようって話だしな」


「働いたら負けだよー」

「なんだそりゃ」

「働きたくないでござるー、がいいよー」

「だから、なんなんだそりゃ」


「一緒にいようよー」

「一緒にいるって」

「じゃあ……、働くの、やめる? 一緒にいる?」

「……ん?」


 なんか、話が通じてねえぞ?

 どこからだ? こいつは、どこからわかっていないんだ?


「俺がおまえのとこにきた理由。……憶えてるか?」

「とれぼー。すきだよー」

「おい。あのな」

「しゅきしゅきー」

「ちがうだろ」


「え……? とれぼー。ぼくのこと、きらい?」


 うるうるとした瞳で見つめられる。


「いや。だから。そうじゃなくて……だな。俺がきた理由」

「とれぼーも、ぼくのことが、すきだから?」

「ちがう」


「ちが……うの?」


 うるうるがMAXとなる。


「ああいや。ちがくない。いやちがくないわけでもなくて。そんなにちがくないというか。……まあ。友達として心配したのは確かで。うん。そう。友達としてだな」


「よかったー」


 ろとのやつは、にぱっと、笑った。

 俺は平静にもどるのにだいぶ苦労した。コーヒーを淹れてくる。ブラックで濃いやつ。ろとのためには、牛乳で半分に割って、砂糖もたっぷり入れる。


「そういえば……。とれぼー。なんできたんだっけ? なんか言ってたよね。最初に」


 うちの残念姫は、すっかりお忘れでいらっしゃるようであった。


「俺は、おまえが、アフォな浪費をしないために、来たんだよ」

「島?」

「そう。島だ。どの無人島がいいかなんて、おまえ言ってたから――」

「もう島なんて探してないよー」

「ヨットもヒコーキもだめだぞ」

「ブーブは?」

「俺もお前も運転できねえし」

「ぼく免許あるけど?」

「ええーっ!」


 うそカッコいい。ろとのくせに。勇者のくせに。


「いやまあ……。車は必要ないだろ。使うにしても、レンタカーとか、カーシェアリングで充分だろ」

「かー? ちぇあ?」

「いい。しらんでいい。……とにかく、俺がきたのは、おまえの浪費を止めるためだ。そして色々管理するためだ」

「ありがとー」


「ありがとー、じゃない。もちろん無償ではやらない。しかるべき給料を貰う」

「月給。ヒャクマンエンでいーい?」


 俺は、ろとの頭に、ちょっぷを入れた。


 ろとのやつは、わけがわからず、「なんで? なんで?」という顔をしている。

 だから俺がいてやらないとだめなのだ。


「……んで、俺の業務を計算してみた結果。だいたい。月給12万円あたりが妥当なんじゃないかという結論になったが。どうだ?」


 意外と、少なくなった。

 がめつく上乗せしていかないで、誠実に計算したら、そんなもんになった。



「えと? それって、ヒャクマンエンより、多いの? 少ないの?」


 俺が腕を振りあげると――。


「冗談だよー。さすがにぼくでもわかるよー。とれぼーが、ぶつよー」


 おまえの冗談は、本気なのかどうかなのか、わかんねーんだよ。


「じゃあ。いいよー。月給。12万円でー」

「ただ。住み着くとなると、家賃、ガス電気水道、光熱費の折半をするべきだし。食費に関しても半分か、3分の2くらいは俺が入れるべきだし」


 一緒に暮らしてみてわかったが、ろとはかなり小食だ。燃費がいいともいう。


「そのへん、ちまちま計算するのもなんなので、ざっくりと、差し引いて――6万。住みこみと管理で、俺の手取りは6万円だ」


「うーんと……。それって、とれぼーのお小遣いが、6万円ってこと?」

「まあ。だいたい。そういう意味だな」


 おお。ろとのやつ。意外とわかってた。

 すくなくとも、そこらのゴールデンレトリバーより頭がいいぞ。


「うーん?」


 俺は腕組みをして考えた。

 普通、こうした生活設計をするにあたり、いちばん大事なのは、どうやって「貯蓄分」を捻出するかだ。

 非常時のために「使わずに貯めておくお金」を用意する。それが肝心だ。

 いつもカツカツでやっていると、病院にかかることさえできなくなってしまう。


 だが、うちの場合には、それは考えなくていい。


 なお国保と年金は折り込み済みだ。国保は最低額となるし、年金は、この年収なら免除申請が通る。

 年金は免除してもらうと、将来もらえる額が減ってしまうわけだが……。俺たちの場合、年金に頼るつもりは、毛頭ない。


 純粋に、「お小遣いぶん」として……6万円。

 まあ、そんな無駄遣いしなければ、いけるな。


「ああ。大丈夫だー」


「すごいねー。とれぼー。6万円で足りるんだー。ぼくぜんぜんだめー」


 ろとのやつは、無邪気にころころと笑っている。

 こいつのお小遣いも管理する必要があるだろうか……?


 そして俺は――。

 ろとのところに、永久就職した。


    ◇


 本日の出費。

 とれぼーの給料。12万円也――。

 現在の俺たちの、財産残り――。

 3億9978万6678円


 ああ。そろそろ買い出しに行かないとなー。食料がねえ。

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