第4話 ショッピングモール

 ろとと暮らしはじめて、しばらく経ったその日――。


 俺たち二人は、ショッピングモールにやってきていた。


 このあいだ服を買ったから、ろとの格好は、いちおうちゃんとしたもの。

 しかし。こいつ。やっぱ外面がわだけは美少女だよなー。ミニスカートなんてはくと、まじ、映えるなー。


「う、うう……。人がいっぱいいるよう……」


 喉の奥で鳴くような声をもらして、ろとは、俺の脇に隠れにきた。


 まだほんの入口のところ。ドアをくぐったばかり。

 そんなところで立ち尽くしているものだから、他の方々にとって、けっこう迷惑になっている。


「ねえ……。やっぱり、ここ、こないと、……だめ?」


 でも、ろとのやつが、なんでか、怖がってしまっているので、これはしかたがない。


「えーと。おまえ……、外に出るのとか、だめなひと?」


 俺はそう聞いた。

 家を出るまえは、おでかけだー、とか、喜んでいたので、すっかり気にしていなかった。

 しかし、よく考えてみれば、こいつは引きニートだったのだ。

 ひょっとして、外出るのコワイやつを、無理やり引きずり出してしまったことになるのだろーか?


「ううん……、そうじゃないけど……、でも人がたくさんなのは……、ちょっと慣れてなくて。ほら。ぼく。商業区とか苦手でしょ?」


 それはゲームのほうの話。

 それは知っていた。でも、てっきりマシンスペックが理由なのだと思っていた。PCが多いと処理落ちするとか、そういう話だったと……。


 てゆうか。そこまでか? そこまでなのか?

 ゲームの中でさえアウトなほどか。

 しらんかった。そして。すまんかった。


「帰ろう」


「あー、待って待って、待って……。苦手だけど平気だよ?」

「いいや無理するな。引きニートを引っぱり出した俺が悪かった。すまんかった」


 俺は反省していた。こいつのことを、なんでも知っているつもりになっていた。

 何年も付きあっている友人でも、知らないことが多い。むしろ知らないことのほうが多い。


「でも。ほらっ。今日はなにか、買うものがあるんだよね?」


「ああ。まあな……。まずお前の服だろ」

「服? このあいだ買ったよ?」


 ろとのやつは、きょとんとしている。


 ああ、たしかに買った。総計5万3721円ほども買いこんだ。


 「服を買いに行くための服」は、買うことができた。


 しかし、おしゃれな服とかかわいい服とか、いわゆる世間一般の女子が着るような服は、こういうところに来なければ買えない。大型ショッピングモールには、山ほど服の専門店がテナントで入っている。


「あと、俺の物も買わないとな」

「とれぼーのもの?」

「ああ。歯ブラシ。マグカップ。着換えあたりだな。あとタオルなんかも、おまえ、俺と共用じゃいやだろ?」

「ぼくべつに気にしないよ?」


 俺が気にする。女の子のにおいのついたタオルで使うと、俺がへんな気持ちになる。


 いっぺん部屋に帰って、一セット、持ってくればいいのだが……。

 どーも、こいつから一瞬でも目を離すと、なにか大変なことが起きてしまうような気がする。

 だから一緒に買い物に出たわけだが……。


「あれ? でもとれぼー、ずっといるの?」

「え? あれ? だめだったか?」


 俺はちょっと慌てた。

 え? そういう話になってなかった?

 え? 俺ひょっとして邪魔だった?

 え? いつ帰るのかなー、とか、ろと、そう思ってた?


「……いや。俺はおまえの監督役としてだな。それが一番だろうし。その必要はあると思うし」


「あ。ううん。ちがうの。やじゃないの。……うれしいよ? ぼくが言ったのは、ずっといてくれるの? ――ってほうで」

「あ。ああ。だいじょうぶ。だいじょうぶ。そのつもり」

「よかったー」


 ろとのやつは、にぱっと笑った。

 その笑顔に見入る余裕もなく、俺は、ほうっと息を吐き出していた。

 あーよかった。そっちじゃなくて。大恥さらすところだった。


「まあ。買い物は、こんどにしよう。俺のものは、Amazonか楽天ででも、ポチればいいさ」


 気を取り直して、俺はそう言った。


 ろとを部屋に置きに帰って、一人で戻って買い物をするという選択肢は――前述の理由によって却下であった。


「あのね。ぼくね。やじゃないの」

「ん?」

「とれぼーと、お買い物は、うれしいんだ。……でも、ちょっと人が多くて。びっくりしちゃっただけで……」


 そういえば、今日は日曜だ。週の中で最大に賑わっている日だ。


「ああ。じゃあ。今日はやめて、平日にまた来るか」


「えと。そうでもなくて……」


 ろとは、もじもじとやっている。

 功夫くんふーを積んだ俺には――。ろとが自分から口を開くのを待つことに、なんの困難もなかった。


「あのね。あのね。……手。つないでくれていたらね。……へーきだと思うんだ」


「あ、ああ」


 俺は、その日、ろととずっと手を繋いでお買い物をした。


 なにこれ、こっぱずかしー! ……とか、最初は思っていたのだが。

 人生最大の試練だと思ったのだが。

 休日のショッピングモールでは、けっこう手繋ぎ率は高くて――べつにそんな目立ちもしなかった。

 誰も俺たちのことなんか見てもいない。

 そのことが、なんだかほっとした。


 本日のお買い物。

 俺の日用品。ろとの服(かわいい)。

 交通費。昼食。映画。その他。一切合切。合算して。しめて3万7281円也――。


 現在の俺たちの、財産残り――。

 3億9990万6678円。

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