第2話 残念美少女
来た。見た。会った。
そして。びっくらこいた。
「え? え? え?」
俺は目の前に立つ人物に、俺は目を白黒させていた。
〝どてら〟を来たやつが立っていた。
十年物ぐらいのビンテージのジャージ(ダメージド)を穿いていた。膝小僧に大穴の開いたやつだ。
髪はちょっとぺたっとしていて、たぶん数日は風呂に入っていないと思われる。
……と。ここまでは、予想の範疇だった。
だが俺の「三十代の中年オッサン。引きニート小太り」という予想には、いくつも間違いが存在した。
間違いの、まず一つ目。
そいつは「女」だった。
間違いの、二つ目。
若い。
身長だけなら立派な幼女級。
……が、成年しているのは確実なところだろう。
でもたぶん俺よりは年下。
そして一番の間違いは……。
そいつは、素材だけでいうなら――。
けっこうな「美少女」だったということだ。
「うう……、こんなに、すぐ、くるんだもん。お掃除も終わってないしお風呂だって入ってないし」
素材だけ美少女。そのほかあれこれ一切合切「残念」の――残念美少女は、もじもじとやった。
ゲームの中で「ろと」がよくやっていたボディランゲージ。
ひげ面のおっさんキャラがやっていると、キモいだけだが。
美少女がやると、反則級にかわいい。
「ろと。……だよな?」
「そだよ。ろとだよ。とれぼー……、だよね?」
「そうだけど。おま……。女だったの?」
「そだよ。なんだと思ってたの?」
「いや。見た目通り。ひげ面のオッサンかと」
「とれぼーのほうこそ、女の子じゃなかったー。ずるーい」
「は? なんで俺が女なんだよ?」
「だってハーフエルフ15歳」
「あれはキャラだろ。むさい男をみてるより、美少女みてたほうが楽しいだろ」
「ぼくだって。あれキャラだもん」
唇を尖らせて、ろとは言う。その仕草が……、かわいい。見た目だけ美少女なだけはある。
「あー。待て。待て」
俺はこめかみを押さえた。考える。
いったいなんのために言い合っているのか?
そうだ。金だ。ロトくじ当たったこいつが――俺の何年来の友達が、ばかな金の使いかたをしそうなので、それを止めに来たんだった。
「まず聞くが。4億円当たったという話は本当なのか?」
「うん。ほんとだよ。はいこれ」
通帳が差し出されてくる。
通帳に手を伸ばさず、中身も見ないで――まず、俺は言った。
「おまえ。そんなにあっさり見せんなよ」
「なんで?」
「俺がもし悪いやつで、おまえの金を取ろうとしているやつだったら、どうする?」
「ぼく。とれぼーにだったら、騙されてもいいよ」
「はあぁぁぁぁ……」
俺は深く深く、ため息をついた。
やっぱ。こいつ。だめだ。
「ん? ん? んー?」
どてらの袖をぱたぱたとやって、ろとは、なにか楽しそうな顔をしている。
俺の嘆きは、まったく伝わっていなかった。
六畳一間の部屋には、コタツがあった。その上にノートパソコンが広げられていた。
「あっ。そーだ。これ見て。見て。ねーねー。さっき探していたんだけど。どの無人島が――」
「買わない」
俺はノートパソコンを、ぱたりと閉じた。
「じゃあ、ヨッ――」
「ヨットも買わない」
「ジェ――」
「――ジェット機は4億円ぽっちじゃ買えない」
こうしてボケつっこみをやっていると、なんだか、ろとと話しているような気がする。
何年もつちかってきたやりとりだ。
ああ。やっぱこいつは、ろとなんだ。
外見が美少女で、まったく調子が狂いはするが……。
俺は頭をぼりぼりとかいた。
このままだと、ろとは、4億円をあっというまに溶かしてしまいそうだ。
「いいか? ろと。よくきいてくれ。宝くじに当たって、身を持ち崩した人間の話なんて、ごまんとあるんだ。俺は友達としておまえが心配だ」
「心配してくれるの? うれしい」
「尻尾振らなくていいから。いいから。よく考えてくれ。4億円あれば、仮に毎年ごとに500万ずつ使ったとする。それでも80年はもつ計算なんだ。ブラック企業でへとへとになるまで働かされたって、年収は200万ってとこだろ」
「ぼく。働いたことないから。わかんないよー」
この腐れニート。
「500万あれば、余裕で引きこもり生活ができるな。80年だぞ」
「80年っ!」
「だが。島なんて買ったら、一発でなくなる」
「島だめ?」
「だめ」
「ヨッ――」
「ヨットもだめ」
「じゃ、じゃあ……、なになら買っていいの?」
「なにも買わない」
「えええええーっ……」
ろとは、みてわかるほどに、しょぼくれた。
コタツにもそもそと入った。
俺も、ふうとため息をついて、コタツに入った。
考えてみれば、ろとの金だった。
俺があれこれ言う筋合いはないはずだ。
うつむいて、しょぼーんとしている美少女の横顔を見る。
向こうもなにか考えているようす。
俺もよく考えてみた。
考えて、考えて、考えたら――解決策は、一つしかないように思えた。
顔をあげて――言う。
「あの――」「あのさ」
二人でハモってしまった。
二人で笑って、譲りあった。
「じゃ、じゃあ――一緒に言おう? 言うね? いち、にの、さんで」
「おう」
「いち」
「にの」
「さん」
「俺が、ろとの管理役で就職すればいいんじゃないか」
「とれぼーに、たのむの、そうすればうまいくよ」
やっぱりだ。二人で同じことを考えていた。
ほうらみろ。
何年間も、二人ぽっちのギルドをやってきたのだ。
考えていることぐらい。わかるのだ。
そのとき――、ぐ~きゅるきゅると、誰かのお腹が鳴り響いた。
「おなか……、すいたね」
ろとは、うつむいて顔を赤くしながら、そう言った。
残念美少女でも、赤くなるのだ。
「あのさ? あのね? あの……ね? ピ、ピザ……、ピザ! とってもいい?」
ろとは何度も言葉を詰まりながら、そう言った。
俺は笑って言った。
「まあ……。今日だけな」
俺たちの残り財産――。
3億9999万7680円――。
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