四億円当てた勇者ロトと俺は友達になってる/著:新木 伸
角川スニーカー文庫
第1話 勇者ろと
『ねー。とれぼー』
農作業の最中に、相棒のやつが話しかけてきた。
『なんだ?』
俺は素早く返事した。
また手を戻して、かちこち。かちこち。
マウスをくりっく。くりっく。くりっくったら、くりっく。
植物系のモンスターがリポップして生えてくる瞬間を狙って、一方的に攻撃して倒すことを、このゲームでは「農作業」と呼んでいた。
生え終わってしまうと攻撃してくるので、かなりの危険はあるのだが、慣れてしまえば、収穫に等しい単純作業だ。
この狩り場は有名な場所で、昔は広々とした広場に大量のプレイヤーが押しかけて、地面が見えないぐらいの人口密度だったが――。
最盛期から何年も過ぎて、すっかり過疎化しきった現在では、俺とあいつの二人だけ。
今日は、俺たちの弱小ギルド――《静謐の風羽根》の、全構成員で、この狩り場に来ていた。つまりは二人だけ。
昔は弱小とはいえ、数人くらいはいたのだが……。最近はすっかり他のやつらは見なくなった。
毎日ログインしては、かちこちかちこち、単純作業に勤しんでいるのは俺とあいつの二人だけとなっていた。
まあ。過疎るのも仕方がない。
このゲーム。驚くなかれ。なんと月額課金。
月額1980税込みぽっきりで遊び放題。ガチャもなければ、有料チートの施設利用も、有料消費アイテムもない始末。
最後のアップデートは、あれは何年前のことだったか……。いまだにサービスが続いていることが不思議なくらいのゲームであった。
ちなみに「トレボー」というのが、俺キャラの名前。
そして、あいつの名前は――。
『ねー。とれぼー』
『なんだ? ろと』
アイツの名前は、ロトと言う。皆からは勇者ロトと揶揄されている。だが本人はすっかりその気になってしまって、全身、青い鎧で固めていたりして、痛々しい。
『ぼくねー。4億円当たっちゃったー。どうしたらいいー?』
『ほー。そうか。4億イェンかー。よかったなー』
RTM全盛時代に出回ったマネーを運営が回収しないものだから、このゲームの経済は、ものすごいインフレを起こしている。4億イェンでなにが買えるのかといえば、パンが一個というのが、せいぜいの相場だ。
『なに買えばいいかなー』
『なんでも買えばいいんじゃないかー』
たかたかたか、とキーボードを打って、またマウスをかちこち。
『ねー。島買ったほうがいいかなー?』
ろとのやつは言う。
『は? 島。いやそれは普通に無理だろ』
『じゃあ。車とか? でもぼく運転できないよ?』
なんだ。おっさんのくせに免許も持ってないのか。
ちなみに、ろとはおっさんだ。ひげ面で中年系。渋いわけでもハンサムでもなくて、本当に残念な中年系。なんでわざわざキャラメイクでそんなの選ぶというようなパーツで構成されている。
しかもこんなまっ昼間っから、うらぶれたネトゲで、かちこちマウスのボタンをすり減らしているくらいだから、定職についているか怪しいものだ。
昔は、ニートというものは、せいぜい二十代までの話だったはずだが。最近は高齢化が進んで中年ニートとか珍しくない。
『てゆうか。なんで車を買う話になってるんだ? 4億イェンだろ。バザーでサンドイッチでも買ってろ』
『ちがうよー』
ろとはモーション付きで返事してきた。おっさんキャラがイヤイヤをするのは、何年見ていても、違和感がある。俺のキャラみたいに,ぴちぴちハーフエルフの美少女だったら、そんな仕草だって可愛いのだが。
『なにが違うんだよ?』
『だーかーらー。4億イェンじゃなくて、4億円だよー。ゲームのなかの話じゃなくってー。現実のほうの話ー』
『あぁ?』
ろとがなにを言っているのか、しばらくわからなかった。
ろとは俺にかまわず。
『ロトくじってあるじゃない? 番号あわせて買うやつー。ぼくあれが大好きでー。名前にもしてるだけどー。ずっと買ってたんだけどー。これまで一度も当たらなかったんだけどー。当たったのー』
『あー。おまえの名前。そっちだったのか』
俺は、やつの名前の「ろと」の由来を、いま知った。
『ええと。つまり。おまえはロトくじに当たったと』
『うん。なんか。きゃりーおーばー? とかいうの? それで4億円当たっちゃったー』
『そしていまおまえはゲーム通貨の4億イェンではなく、現実の日本円として4億円を所持していると』
『うん。そうだよー』
『はやくそう言え』
『ずっとそう言ってたよー』
さっきからずっとキーボードを叩きっぱなしだった。リポップした植物系モンスターに囲まれて、HPがガンガン減っていたが、まったく放置だ。
耳鳴りがひどい。
どくん、どくんと、自分の心臓の鼓動が耳の中に大きく響く。
『誰かに相談したか?』
『ぼく友達。とれぼーしかいないよ? 相談できるの、とれぼーだけだよ?』
ああ。こんなにも頼りにしてくれているのか。
まあ。おそらく三十代の中年おっさんに頼られても嬉しかないのだが。
『ろと。おまえ。家どこ?』
『鉱山区の――』
『その家じゃねえよ。家。どこ?』
『あ。え。かながわの……』
リアル住所を聞いてみた。
意外と近い。
電車でどう乗り換えて行けばいいのかまで、だいたいわかってしまうほどだ。
『そっち行くから。待ってろ』
『え? え? え?』
二人のキャラは、ホームポイントに裸で戻っていたが――。
そんなのにかまわず、ログアウトもしないでパソコンごと強制終了させて、俺は家を出た。
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