3-3

 食事を済ませたあたしたちは、大通りを抜けて、城へ向かった。

 住む者がいなくなって荒れ放題だったサンザスリナと違い、綺麗な大理石を使って造られたハミルの城は、隅々まで手入れも行き届いて、壮麗、という印象を与える。

 まずは女王様に会って、ドローレスが言っていた、デュアルストーンが狙われているという事を伝えなければいけないんだけど、果たして信じてもらえるか。それ以前に、城に入れてもらえるか。

 不安を抱えたまま城門に近づくと、案の定、門を守っていた二人の兵士が、かしゃんと槍を掲げ交差させて、あたしたちの行く手を塞いだ。

「止まれ。ここから先は王城だ。一般人を通す訳にはいかぬ」

 予想通りの反応に、あたしとあいつは顔を見合わせる。

 と。

「お通ししてください。この方たちは私の友人です」

 あたしたちの後ろからリサが進み出る。彼女の顔を見た途端に、むっつりしていた兵士の表情が、狼狽へと一変した。

「あ、あなた様は!」

「開門をお願いします」

 リサは兵士たちを見つめて、はっきりと言った。

「女王エリルの妹、エリサ・セリシア・ランバートンが戻りました。陛下に早急にご報告したい事があります。取り次いでください」


 あたしたちは急に丁寧な応対になった兵士に案内され、リサの後について、謁見の間に通された。  やっとわかった。彼女が、王家の秘密のはずのデュアルストーンについて色々知っていたのも。城に入れると自信を持っていたのも。バウンサーという肩書きからは程遠く、お嬢様っぽい浮世離れした物腰である理由も。ランバートンのお姫様なら、全部納得がいく。

 ドローレスが言っていた、あたしたちそれぞれが抱えている秘密。リサは、いや、エリサ様は、これだったんだ。

 謁見の間では既に女王様が玉座にかけて、そのすぐ横には、近衛騎士だろう青年がぴしりと背筋を伸ばして立ち、両脇には、家臣らしきおじさん達がずらりと居並んでいた。

 王様の前になんて出た経験の無いあたしと、あったとしても記憶に無いセレンは、どうしたらいいかすっかりまごついてしまったのだが、エリサ様が女王様の前に出てひざまづき、エイリーンもその後方で膝をついて頭を垂れたので、あたしたちも無礼になる前に慌てて真似をし、エイリーンの両脇についた。

「ただいま戻りました、お姉様」

 下を向いていなければならなかったので、上目遣いで様子をうかがっただけだけれど、エリサ様が深々と頭を下げる気配がする。すると、エリサ様に良く似た、というか、全く同じ声が玉座から降ってきた。

「お帰りなさい、エリサ。そんなに堅苦しくならないで顔を上げて。後ろの方たちも」

 その言葉に甘えて、頭を上げ目線を前に向けると、玉座に座っていた女王様は、エリサ様と全く同じ顔――双子なんだろう、唯一の違いと言えば、エリサ様が肩口までの髪に対して、女王様は腰まで伸びた長い髪だ――に、ほんわかした笑みを浮かべて、こちらを向いていた。

「この国をあずかる、エリル・メレイア・ランバートンです」

「あ、か、カラン・ミティアです!」

 促されているのがわかったので慌てて名乗ったら、大声で裏返ってしまう。

「セレン・リグアンサです」

「エイリーン・ナーガ・ファルガータと申します、陛下」

 エイリーンが一番落ち着いていた。

「ナーガ……まあ、白竜族の方ですね」

 エリル女王様はいたわるようにエイリーンを見つめた後、エリサ様に視線を移す。

「エリサは、ハミルから動けないわたくしの代わりに、バウンサーとして各地を旅して世界情勢を探ってくれていたのです」

 それからあたしたちの顔を順繰りに見回して、にっこりと微笑んだ。

「でも、お友達を連れて帰って来たのは、初めてかしらね」

「お姉様」

 エリサ様が照れくさそうに声を洩らした後、居ずまい正した。

「今回は、お姉様に、水鳥の件で至急ご報告したい事がありまして、戻ってまいりました」

 それを聞いた途端、女王様の表情が引き締まった。

「ハルト」

 女王様が傍らの騎士に囁くと、

「お人払いを」

 ハルトと呼ばれた騎士が、両脇に控える家臣たちに声をかける。たちまち彼らはささーっと謁見の間を立ち去った。その時すぐには思い至らなかったんだけど、後から考えたら、「水鳥の件」と言うのが、ランバートンでのデュアルストーンの合言葉だったんだろう。

 女王様とハルトさんとあたしたちしかいなくなると、エリサ様が真剣な面持ちで、サンザスリナでデュアルストーンがシェイドに奪われた事、ドローレスがランバートンのデュアルストーンが次に狙われていると言った事を、報告し始めた。たちまち女王様が険しい面持ちになる。

「城の占術士の間からも、ランバートンに闇の訪れる兆しがあると、託宣は出ていました。かの高名なパティルマ・ドローレスが予言したのならば、信じるに値するでしょう」

「しかし、デュアルストーンは国家機密。騎士団を表だって警備に当たらせる事は難しいかと……」

 ハルトさんが顎に手をやって考え込んだが、やがて今気づいたかのように、あたしたちを見やる。

「……そうか、君たちはバウンサーなのだな」

 それから、女王様に向き直った。

「陛下、彼らにデュアルストーンの警護を依頼してはいかがでしょう。そうすれば騎士団を大がかりに動かす必要も無く、デュアルストーンのありかを表沙汰にする事も無く、最低限の人員でもって守護できます」

「確かにそうですね」

 女王様が納得したようにうなずいて、あたしたちに告げる。

「ランバートン王家として、バウンサーのあなたがたに依頼いたします。デュアルストーンの警護を受けてくださいますか?」

 もちろん断る理由なんか無い。

「わかりました、お受けします」

 あたしは、目上の人への接し方なんて知らない田舎者だけど、これが最低限の礼儀だろうと、深々と頭を下げた。


「ありがとうございます」

 四人で謁見の間を出ると、エリサ様が丁寧におじぎをしてきた。

「最初からデュアルストーンを守るつもりで来たんだ。当然だよ」

 セレンがあっけらかんと答え、そして苦笑する。

「でもリサがランバートンのお姫様だったなんてな。いや、エリサ様って呼ばなきゃ駄目か?」

 するとエリサ様が、困ったような顔をして、おずおずとあたしたちを見回した。

「黙っていたのは本当に申し訳無いと思っています。でも、私がバウンサーとして皆さんと共に旅をした時間は嘘ではありません。ですからこれからも、リサ、と呼んでくださいませんか」

 あたしとあいつとエイリーンは、ほんの一瞬顔を見合わせたが、即答した。

「うん、リサ!」

「そうしていいならありがたいな。堅苦しいのはオレの性に合わない」

「わたしたち、もう、仲間よね」

 エリサ様、ううん、リサは、ほっとしたように息をつく。

「でも、ひとつだけ条件つけていい?」

 あたしが言うと、リサはどんな条件を突きつけられるのかと、怯んだ表情を見せる。あたしは、吹き出したいのをこらえて続けた。

「あたしに魔法を教えて。魔法王国のお姫様なら、もう、力不足だなんて謙遜させないよ」

 リサはちょっとだけ、あっけにとられた顔をしたけれど、すぐに笑顔を見せた。

「わかりました。今回の事態が収拾しましたら、じっくりと」

 あたしも笑みを返した後、

「あ、これからちょっと時間もらっていいかな?」

 と、皆の輪から一歩引いた。

「こんな時にどこ行くんだよ」

「武器屋」

 あいつが呆れた表情をしたが、ハミルに着いたら剣を新調したいとずっと思っていたんだから、仕方無い。

 ザスで使っていた剣は、最初にあたしに稽古をつけてくれた、旅のバウンサーが譲ってくれた物で、もう二、三年振るい続け、さらに旅に出てからは、魔物と戦う頻度がザスにいた頃とは比べ物にならないくらい増えたので、あっという間に刃こぼれしてしまったのだ。もう少し頑丈な物が欲しい。

「みんなはお城にいて。すぐ帰って来るから」

「フラフラして迷子になっても、迎えに行ってやらないぞ」

「そこまで子供じゃないですう」

 憎まれ口を叩くあいつに、べえっと舌を出して、その時は何の危機感も無しに、あたしは一人ですたすたとその場を離れて行った。


 武器屋は、大通りに出たらすぐにたどり着いた。城へ向かう途中に周りを見ながら歩いていたおかげ。

 一般人の護身用の短剣から、相当力のある人じゃなければ振り回せない大剣まで、色々な剣の他に、槍や斧まで並ぶ中で、自分の体格と腕力に見合った長剣を選び出し、試しに素振りしてみる。

「それは南のヨスマン鉱山で採れる、ミスリル銀で造っているからね。軽くて丈夫で、お嬢さんみたいな人でも扱いやすいはずだよ」

 店主のおじさんが言う通り、剣はすぐあたしの手になじんだ。

 お金の心配はあまり無い。ザスを出る時にフェリオがいくらか持たせてくれたし、道中、魔物を倒して手に入れた。

 魔物はどうしてだか、ディールをためこんでる。カラスみたいにキラキラした物が好きなのかもしれない。実際のところはわからないけど、まあとにかく、バウンサーとしての仕事をこなせない間にもそこそこのお金はたまっていたのだ。その中から剣の代金を支払って、あたしは店を出ようとする。

 が、振り返ると、あんまり長くない足が出口を塞いでいた。

「よう嬢ちゃん、さっきはどうも」

 その台詞に、あたしは最初何の事かわからなかったが、相手の顔をまじまじと見て、思い出した。さっき食堂で、フェルバーンさんに退散させられた、髭面だ。

「一人でお買い物とは、不用心だなぁ」

 ひょろひょろしたのも、へらへら笑いながらやって来る。

「何の用? あたしはあんたたちに何の用も無いんだけど」

 背も大きくないし、高いあたしの声だけど、精一杯低めてじろりと睨めば、こんな子供がガン飛ばすとは思っていない大抵のチンピラは、怯む。のだが、今回は通じなかった。

「お嬢ちゃんに無くても、俺たちにはあるんだなあ。ちょいと付き合ってもらうぜ」

 横目で見ると、店主のおじさんは、店の中で立ち回りが行われるんじゃないかって、カウンターの中でびくびくしている。

 ここで暴れる訳にはいかない。どこか外で……と思った瞬間、あたしはがばりと背後から口を塞がれた。

 そうだ、さっきこいつらは三人いた。ちびっこいのが、いつの間にかあたしの後ろに回っていたんだ。鼻をつく薬をかがされて、急速に意識が遠ざかっていく。

「こんなガキは興味無いが、あの男の依頼だもんな、仕方ねえ」

「おい、親父。この事は誰にも言うなよ。言ったら……わかってるな?」

 チンピラたちの声がどんどん聞こえなくなっていく。朦朧とする意識の中、あたしは声に出せずに、仲間に助けを求めていた。

 エイリーン。リサ。

 ……セレン。

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