第2話 オレンジ

「よう、それいいな。ちょっとかせよ」


 赤いミニカーを指差すとおれは言った。

 幼稚園の砂場で、あの頃のおれは早くも獲物を見つけていた。

 よくテレビで見ていたあれだ。

 アフリカの動物とかが、いっぱい映っているドキュメンタリー番組。

 お前、それに出て来たシマウマとかキリンみたいな顔をしていたよ。

 まぁその後で知ったんだけど、お前とは家が数軒分しか離れていなかったらしいな。昔からのゴキンジョ様ってわけだ。

 幼稚園のガキの、通園エリアだもんな。

 そんなもんか。

「サンキュ。じゃあな」

 そのポルシェのミニカーも、割とよく弾むスーパーボールも、大事そうに読んでいやがった何冊もある漫画のセットも、届いたばかりなのだと聞いていた自転車も、馬鹿みたいに並んで買ったらしいゲームソフトばかりか、本体も。

 そうそう。

 毎月の小遣いも。

 返してやった事なんか、そう言えば、絶対なかったよなぁ。

 おれはその後小学校に入って、クラスや学年を今の高校みたいに完璧に掌握しちまった。

 ついでに、のろまで勉強ぐらいしか出来ないお前を、それこそ手足のごとく毎日毎日使ってやったっけ。

 そのせいか何なのかは知らない。

 だけど、中学生になるとお前は、ますます挙動不審になったよな。

 サバンナのど真ん中で迷子になった、ヌーの子供か何か。

 もう本当、いつも視線泳ぎまくり。

 それを見ておれは、面白い遊びを思いついた。

 他の学年や下級生にお前を貸し出す、遊び。

 貸し出し。

 文字通りの行いだ。

 僅か数百円のレンタル料金と引き換えに、お前は下級生や不特定多数の全校生徒の、ドレイ君となったわけだ。

 まず〈首輪〉と言う名の、ネック・ウォーマーを巻いてやった。

 フリースとかで出来ている、よくあるあれ。ドレイ君としてのアイコンだ。当然、目立つ色をセレクトした。

 あの時は笑ったよ。

 うちの学校の生徒は、近所のコンビニやジーパン屋でその色のネック・ウォーマーを見かけても、ドレイ用だと言って決して買わなくなったんだってさ。

 最高だろ?

 たぶん全国でこの地区だけ、あの色のネック・ウォーマーが全く売れない。

 いくら他人より勉強が出来ても、お前は学校で笑い者だった。成績優秀者として廊下に張り出されていても、実際はエタヒニンノクライ。

 しかし下級生ってさ、学年違うだけにかなり露骨だったよな。

 使い走りや、宿題をやらせる程度じゃ気が済まなかったらしい。

 トイレに連れ込むわ、屋上にも引っぱり上げるわ。まぁ、取りあえずは犬以下の扱い。

 おいおい、このおれだって、そこまではやらないよ。

 数百円のレンタル料金は、おれの所に集まる。でもおれは別に、金に興味はない。だってこれ、軽く人身売買の類いじゃん。

 本気で金そのものに興味があったなら、もう少しまともに高い金額設定を考えるさ。

 おれが興味あるとしたら、ヒトノイタミかな。

 ほら、小学校の低学年の先生とかも言ってたじゃん。

 ヒトノイタミを知りましょうって、あれ。

 おれは興味ある。

 もがき苦しむ姿とか、のたうち回って鼻水や涙流す姿とか。

 見てるの、面白いよ。

 興味ある。

 ただ悪いけど、自分と同じ生き物には思えない。ハンバーガーのセットに付いてた、勝手にクルクル回るオマケなんかを思い出すね。

 だいたいお前、その顔さぁ。

 虐めて下さいって顔してんだよ。

 その顔が虐めて下さいと言っている以上、やめるわけにもいかないよな。それでも壊れちゃったら壊れちゃったで、仕方がない。新しいの、見つけるわ。

 そうそう。

 お前、この高校に入る前におれから脱走謀った事あったよな。草食動物でも、やる時はやるもんだ。あれはいい勉強になったよ。

 おっと、もうこんな時間か。

 歯磨きと並行して、スタイリングを軽めに終了。いつものライフ・ワークをこなして、学校にも行かなくちゃな。

 そう、勉強は勉強で大切だ。

 そんな事知らない程、おれは馬鹿じゃない。

 モノ・ショルダーのバッグを掴んで、玄関ホールへ続く螺旋階段を一気に駆け降りる。

おれは飯嶋タケオ。

高校一年。

オレンジのフーデット・パーカを頭からかぶると、玄関の先へと続く門にダッシュした。


「お友達が来たわよ」

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