Track17.MANISH BOYS
○
グッド・イブニング、マキネシア
俺の名はウィンチ。ウィンチ=ディーゼルだ。
けれん
簡潔に言う。鋼鉄の肝臓にぶち込まれたベンゼンが天使の分け前になっちまう前に。
ある女の話をしよう。星の数ほどいる女の中でも、とびきりイカれた女だ。
女で、新人……。要するにそいつはボイラー・メイカーだ。こう見えて俺は面倒見がいい。シッター顔負けの仕事をしてやったと自分では思ってる。だが、シッターは酔っ払った挙句に赤ん坊を殺したりはしねえ。そういう意味で言えば俺は最悪の仕事をやっちまった。
奇天烈な女だったんだ。親父の不始末で粒子管を追ってた。世代の継承ってわけだ。だから俺のバディにあてられた。時を巻き戻す酒に関しちゃ、そいつの熱意は人一倍だった。
シンキング・タイムだ。頭を回せよ、ミスター・ノーバディー。
掃き溜めを捜査する執行官は、何故アンドロイドとバディを組まされると思う?
答えはな、防ぐためさ。ミイラ取りがミイラになっちまうのを防ぐための、鋼鉄の包帯……それがアンドロイドってわけだ。機械的な判断でもって、人間が悪事に手を染めないよう管理しなきゃならねえ。それが俺の仕事だった。
だがな、俺はショウ・マンなんだ。人間に似せて創られた機械だ。システマチックな判断を求めるんなら、そんなコンセプトに
間違ってたんだ。そして間違いは起きちまった。
外側一輪の砂漠は掃き溜めだと連中は言うが、市街だってゴミ溜めみたいなもんだ。燃えるゴミか燃えないゴミかの違いだ。
不燃物みたいな犯罪者を腐るほど逮捕した。ある肥えた男はその一人だ。市街への密造酒の輸入……罪状は珍しくもねえ。今にして思えば、そんな連中はさっさとその場で撃ち殺しとくべきだった。三原則なんて俺には関係ねえんだから。
女はそいつとパイプを作った。
強い女だった。だから脆かった。十三階建ての屋上から飛び降りて、その日のうちに一〇万ポイントの罰点を食らいやがった。善行なんかいくら積み重ねたって崩れる時は一瞬だ。
罰点保持者の自殺には更生プログラムが適用される。女は蘇った。抜け殻みたいな状態で。責められたのは俺だ。メンタルチェックを意図的に断っただの、機械にあるまじき怠慢だの、小言を散々言われた。
俺に言われたって知らねえ。奴らがそう作ったんだから。逃げたい瞬間ってもんを理解できるように作っちまったんだから。
そうだろ。なあ、どうなんだ。俺にはわからねえ。わからねえのさ、いつだって。
やがて女は復帰した。散々だったと笑った。それでも懲りなかった。ケチな仕事を片付けたあと、掃き溜めの闇酒場に行こうと言い出した。テキーラ・サンライズを飲むために。
どうしようもねえ奴だった。そいつに限った話じゃない。人間なんてその程度の生き物だ。だが、そいつに歯車を回されたブリキの人形は、もっとどうしようもねえ奴だった。ハートに似せたカラクリなんかを積んじまったばっかりに。
話はそれだけだ。そこでおしまいだ。後はほとんどおまけだよ。
酒を飲むために生まれた機械は酔っ払って、女を殴り殺した。つまり、だ。つまり、だぜ。目が覚めたら俺の右手にゃ血糊がべったりで、女の頭蓋骨は陥没してたって寸法だ。
傑作だ、新時代。機械が裁判にかけられて、脱走して……掃き溜め落ち。密売人のリストを交渉材料に囮捜査官として復帰。出来の悪いアクション・フィルムだ。あほたれめ。
成功しようが失敗しようが俺は分解されるだろう。役者がヒューゴー賞ものだってんだからこれほどナンセンスなことはねえ。
別にビビってるわけじゃない。時代がこのまま進んでいけば、人に似せて創った機械なんてのはいずれ用済みになるだけだ。最後に残るのは人でも機械でもない。狭間にいるなにかだ。俺たちはやがて一つの生き物になる。
なにかをやりのこした──そういう感覚。それだけだ、俺にあるのは。俺は女とその瞬間を……時代に風穴が開く日を待つつもりだった。だが、そうはならなかった。ならなかった以上、砂時計をひっくり返す意味はねえ。んなこた今日びガキだって知ってる。
添えるんだ。せめて、逆さまに。棺桶に添えて、それで、終わりさ。
ハロー、マキネシアDブロック。
俺の名はウィンチ。ブリキのガラクタ。ネジを巻いた女に入れあげた。
だから、この名前は嫌いじゃない。
◇
火急である! ジーナは海賊だが砂漠の上では面舵いっぱいもままならぬ。見渡す限りどこにもバイクや自動車は見当たらない。つまり、彼女には砂の上を走るほか術がなかった。
空はそろそろ明るみ始めるか。砂一面の奥にひっそりと灯りが見える。恐らくあれがウォンデン・ハブなのだろう。歩めど歩めど
「ひぃひぃ……」
繰り返すが、彼女は走った。よりにもよって、体重一〇〇キロ超の精巧なアンドロイド──ショウ・マン・シリーズことウィンチ=ディーゼルを台車に乗せて、である。
押しては一休み、押しては一休みを繰り返す。縄で縛られた当のショウ・マンはと言えば、集積したログを再配置しているのか、過去に拾ったであろう音声をビー・ジー・エムのように垂れ流しながら眠りこけているだけだ。
ピーガガ。ピーガガ。キーラがどうたら、罰点がどうたら。なるほどこの愚かなアンドロの背景をジーナは理解した。が、理解したところで励みになるわけでもないか。ついにジーナは足を止め、急激に身体を循環し始めたアルコールへと
「だめだぁ。間に合わないよぅ。ごめんよセリヌンティウス。いや、セリヌンティウスは私のほうか。くそ。だったらなんで私が走って」ジーナの膝が砂に沈む。「おえっ……」
ジーナは砂漠に恵みをくれてやった。品の無い言い方をするなら彼女はゲロった。とにもかくにも水が足りない。砂漠だからという話ではなく。
別に、ウィンチを運んでやる義理は無い。このまま放っておいて逃げ出せば、明日の朝にはマーケットのクレイジータコスだって四つは食べられるだろう。
「いやだめだ……だめだめだめーのダメージジーンズだ……」
鼻の奥を刺す
「そんなこっちゃ私のラブアンドピースがすたる……!」
がっちゃん。大きく跳ねた。台車が──ではなく、台車の上のウィンチが。
跳躍のウィンチ。台車が
「やばいか? うん?」引き笑いを浮かべるジーナ。「なんだかやばいな?」
ぶし、と蒸気が吹き出た。ウィンチの右腕の
一瞬だ。ウィンチは台車をめがけ、上空から体重を乗せて拳を叩き込んだ。砂塵と金属片が波状に巻き上がり、間一髪で転がったジーナが砂の上に倒れこむ。
俊敏な判断だったと言えよう。それでさえ身体に衝撃の余波を食らった。脇腹を押さえながら銃を構えるジーナを、砂煙の奥でゆらりと立ち上がったウィンチが睨んだ。
「……運がいいな、海賊」
蒸気兵装を格納し、ウィンチは姿を現した。目玉の色が元に戻っている。
「いい女だったら死んでたぜ」
「惚れた女みたいにか」ジーナは銃口を下げなかった。「寝言、聞いちゃったよ」
寝言。機械の、寝言か。おかしな言い草だ。苦笑し、ウィンチはボディと蒸気兵装のクールダウンを待った。続いて口を開いたのは時間稼ぎのためか、それとも──性分。
「有害指定物質の摂取、粒子回路のオーバーフロー。とにかく処理落ち直後の再起動時、このボディは必ず暴走する。機体の稼働率をゼロから取得し直すからだ。その次にESSが稼動して……目覚めた時にゃあ、血の海よ」
稼働率22%。ああ、覚えている。稼働率26%。あの時もそうだ。稼働率34%……。
「俺はカラクリで、これがカラクリだ。致命的な欠陥さ」
ジャケットを脱ぎ捨て、シャツの袖を
開き直るわけじゃねえが、と──ウィンチは続けた。
「理解するべきだぜ。完璧な機械なんかあるはずがねえってことを。
「……」
「今はどういう時代だと思う、海賊。扉が右片方だけ開いてる、中途半端な時代だぜ。人間は求めすぎた。この先、完璧であることを強いられるのは人間のほうだ。
「なにを……」
「わかるだろ。俺たちは、機械と人間は、やがて一つの生き物になる。お互いに完璧じゃないにも関わらず。機械が魂を獲得したそのとき──裁かれるのは俺たちだ」
何を言いたいのだろう。ジーナにはわからない。シンギュラリティとは無縁な人間だ。立体映像で賃貸の間取りを確認したりはしないし、液晶画面で出来た遺影の中で人工知能を生かし続ける趣味もない。
だが、なんだ。教義のようにも聞こえる。
「ログが本当なら、それはただの事故だよ。おっさんじゃなくて、作った奴が裁かれないと」
「車を走らせてる」
ハンドルを握る真似をして、ウィンチは両腕を
「スリップした」
ウィンチは。
「ブレーキの効きが甘かった!」
ウィンチは。
「人をはねた!」
アンドロイドは。
「そいつは死んだ」
役者のように、笑う。
「人を殺したのは車か? 雨の日の道路が滑りやすいことを知らなかった……なんて理屈で、なかったことになると思うか?」
「……」
「過ちは裁く。警察はそうしてきた」
せせら笑うウィンチ。たちの悪い冗談だ。ジーナの目には不気味にさえ映った。
苦難したか。機械の分際で。いや、こいつはもう機械じゃない。自分が人間だと思い込んでいる愚かな
「哀れだよ」ジーナは言った。「あんた、演じすぎたんだ」
「俺を笑うか。笑われるのは未来のお前らだ」
「ショウ・マン・シリーズが人間を模して作られてるからって、機械を人間みたいに裁くなんて話があっていいわけがない。造ったのは人間でしょ」
「親のせいにするガキと何が違う?」
「……」
グリップを握る手に力を込め、ジーナは伏し目がちに口を開いた。
「ある女が、机の引き出しに銃を入れてた」
「あぁ?」
「回転式拳銃だ。弟がそれを見つけて、引き金に手をかけた。よくある話でしょ」
稼働率、78%。ウィンチは言葉を待つ。万全を期す為に。
「弟は誰のせいで死んだと思う? おっさんならなんて答える? 悪いのは銃を作った奴か。それとも銃そのものか。手の届くところに銃を置いてしまった、その女か」
「……エクセレントな質問だ」
「聞かせてくれよ。システマチックな答えってやつを」
何を問うている。ウィンチには図りかねた。フェア・ゲームのつもりか。いや、そう判断するには早計が過ぎる。こいつはそこまで正直な女じゃない。時間稼ぎか?
だが、俺なら──と……そう考えることに、俺が俺である意味がある。愚かであっても。
「なぜ」稼働率85%。ウィンチは答える。「愛と平和なんて名付けた?」
「え?」
「銃が人を殺すことぐらいわかってたろ。答えが正しいかどうかじゃねえ。正しくあるべきなのは自分への問いかけだけだ。選び方だけだぜ。そしてそいつは間違えた」
「……」
「そのガキを殺したのは銃でも社会でもねえ。銃と生きることを選んだ女だ」
「ならおっさんの過ちは、ショウ・マンと生きることを選んだ人間のものじゃないか」
「過ちは後悔した奴のモンだ。そいつにしか折り合いはつけられねえ。その女だって……そうだったはずだぜ。起こっちまったらなにもかもただの結果だ。時間は戻らねえ」
「……」
「誰かが悪けりゃ解決するなら、世の中悪人だらけだぜ」
稼働率94%。時間切れだ。ウィンチが右手を構えた。ジーナも狙いを定める。
「どけ、海賊。俺は行く」
「……分解されてもか」
「分解──」蒸気が鳴いた。「されても、だ!」
地面に一撃。ジーナに油断。遅れて弾丸。砂の壁が二人を隔てた。煙の中、ウィンチは脚部の蒸気兵装を展開し、ウォンデン・ハブの方角へと飛ぶ。
砂漠の真ん中、残されたジーナは台車のあまりを蹴っ飛ばした。
「分からず屋!」
◇
市街中心に位置する白亞の巨塔──国家の犬のねぐらこと
十七、八ほどか。不慣れであろうスーツを着込んだ短髪の青年が、横開きのゲートを潜る。受付係のアンドロイドにIDメモリを照会させ、入館用のシリアルを発行してもらうなり、彼は足早にエレベーターへと駆けた。
四十五、四十六、七……うなぎ上りの液晶表示を
一分と経たぬ内に目的の七十五階に到着した。青年は革靴の底を鳴らし、勇み足で──というよりは、やや前のめりで純白の廊下を渡った。不似合いな背広でも風は切れる。
〝W〟の文字を見るが早いか、青年は飛ぶ鳥を落とす勢いで扉を開けた。ノックはしない。運命だっていちいち扉を叩いたりはしないのだ。なんでわざわざ自分が。
一面の強化ガラスを背後に、デスクが一つ。それとコーヒーサーバー。他にはなにもない。一切の生活感が削ぎ落とされた部屋だ。まともな部屋として機能しているようには見えない。
ただ一人、その男。青い髪の職員がデスクチェアに腰掛け、ホログラムの画面を眺めているだけで、この部屋はこの部屋として機能している。
「十二秒遅刻だ、バッカス=カンバーバッチ」
青髪の男はこともなげに言って、鋭い瞳を天井へ走らせる。まるで鉄仮面だ。
「それと」と、男。「ノックをする習慣は?」
「ノックをするのは警察だけだと叩き込まれた」
「つまり君は警察官にはなれない?」
「ジョークの練習に来たのではない!」
青年、バッカスは──人間だった頃のバッカスは声を荒げる。ジー・ウォッチのとあるホログラムを立ち上げ、デスクへと叩きつけた。
「説明して頂きたい、
「見ての通りだ」ホワイトは時計を突き返す。「警察官じゃなくても文字は読めるだろ」
「なにかの間違いデス。確かに採用通知のメールを受け取った。つい七日前のことだ。それが取り消し。今になって? こんなことがあってたまるか」
ホワイトは眉を吊り上げる。バッカスがノックを忘れた理由はこれだ。理解はしてやるが、詰め寄られてもどうしようもない。青年にとっては人生の分かれ道だが、ホワイトにとっては仕事の一つでしかないのだ。
「君も公僕を
「当たり前ではないデスか。適正だと判断されたから採用通知が届いたんだ」
くる、と掌を返してみせて、ホワイトは続ける。
「グレート・マザーは判定を覆した」
指を立てるホワイト。
「五年前からの熱烈なラブコール。職務への情熱。それは認めてやろう。君は確かに警察官に
「だった?」
「君は情熱の方向性を間違えた。いや、情熱自体は正しいものだが……選び方を間違えたんだよ、バッカス=カンバーバッチ」
「ふざけないで頂きたい。試験の解答は完璧だったはずだ。面接だって問題なかった。本官は警察官になるために中央区に来たんデス。それを……」
「二日前のことだ。第三分社の執行官バディが、闇酒場〝プワゾン〟を摘発した」
知った名だ。どっと冷や汗が吹き出るのをバッカスは感じた。
この頃はまだ、そういう感覚が
「店主はダスティン=カンバーバッチ。君の父親だ。そうだな?」
「……」ふざけやがって。そうです、なんて言えるか。
「砂糖は?」
「砂糖……?」
「砂糖はいくつだ?」
コーヒーの話か。馬鹿にしやがって。
「……結構。自分でやりマス」
そうか、と角砂糖の詰まったポットを置いて、ホワイトは机に戻る。悠々と。どうせ口から紡がれる言葉だって、コーヒーを冷ますためにあるようなものだろう。
「
規律か。理解している。そういう仕事を選んだのは自分だ。だが、こうもあっけなく……。
カップから立ち上る湯気を見つめたまま、バッカスは奥歯を食い縛る。
「……なにがルールだ。
「それもあるが……国家権力に身内びいきなどあってはならないからだ。たとえ同僚であろうと家族であろうと、罰点の執行は機械的に行うと決められている」
俺は、とせせら笑うホワイト。
「その辺が保証されてる」
「……」
「なのに、未だに昇進できない。出世街道ってのは中々どうして……」
「あなたの事情などどうでもいい!」バッカスが吼えた。「身内びいきだと。本官がその為に御社を志願したとでも」
「そうは言っていない。可能性と、タイミングの話だ。逮捕された
「そんな……」
「経歴詐称も理由の一つだぞ、マニッシュ・ボーイ」
これが決定打だ。ホワイトはホログラムを反転させ、バッカスに見えるよう拡大してやる。これまた見覚えのある、金髪の女の画像だった。
曇るバッカスの表情。目玉。ホワイトはその色を真っ直ぐに刺す。凍えた目尻で。
「君の母親は同じく闇酒場の経営者で、八年前に摘発されて掃き溜め落ちしている。つまり、罰点清算を果たさずに逃げ出したというわけだ。
なぜ自己申告しなかった? ザルなお役所仕事だろうと期待したのか? 市民権をZACTが管理している以上、隠し通せるわけがないのに」
「身内の罰点で本官の人生まで決められるのデスか」
「君が選んだのはそういう仕事だ。母親の件がある以上、君の採用は看過できない。掃き溜め落ちは即ち市民権の喪失であり、国民の義務の放棄に等しい……。警察官なら常識だ」
コーヒーを
「大変申し訳ないと思ってるよ。これは嘘じゃない。君の正義感を鑑みるに、俺個人としては採用に足る人材だと考えている。ばっくれたグズの穴埋めも楽じゃあないし」
「なら……!」
「すまない。グレート・マザーの判定は絶対なんだ。シャングリラシステムが君を不採用だと判定した以上、我々はそれに従わなくてはならない」
バッカスへ向き直って、ホワイトは袖口のカフスを見せる。
「社章だ」と、指し示された白いカラスの彫刻。「わかるな?」
馬鹿げた話だ。人が機械の言いなりになるだなんて。このぶんじゃ、機械の反乱で島が滅びるのもそう遠くはない。
「……あの男の」
「五日後だ。グレート・マザーを中心に裁判を開き、法に基づいた上での正式な刑罰の執行を行う。密売人とのパイプがあったようだからな。間接的に、それにまつわる犯罪にも関与していることになる」
「……」
「更生プログラムの適用は避けられないだろう。君の父親には刑罰による一度目の死を与えたのち、四万と八千とんで二十四ポイントの罰点を清算するために生き返ってもらう。殺人にも関与していれば……それも裁かれる」
バッカスは黙り込む。砂糖をひとつかみ、ふたつかみ。コーヒーの中に落としては、それが溶けるのを眺めた。
いくつだ。あといくつあれば、真っ白に。
「今は
見るに見かねて……そういう様子でホワイトは口を開いた。人情はあるらしい。
「いずれ全ての企業が適職診断での採用方式に切り替わることになる。その頃にはほとぼりも冷めているだろうし、シャングリラの判定が覆る可能性もある。どうだろう、それまで待ってみるというのも」
「もういい」
バッカスは答える。声を張ったつもりだった。しかし抑揚も勢いもない。自分の声じゃないみたいだ。
「夢は終わった。もう本官がZACTを目指す理由は、なくなったんだ」
はたはた、はたはた……ホワイトは
「父親を逮捕したかった、か。正義感ではなく、復讐心」
「……」
「心中は大いに察するが、それならシャングリラの判断は正しかったということだな。憎しみだけで犯罪者を追い続けるなんて……警察としてはあるまじき話だ」
デスクの上に長い両脚を放り出して、ホワイト執行官はそう呟く。まさしく警察にあるまじき態度だった。
「ここだけの話だ、バッカス=カンバーバッチ」
「……?」
「知っての通り、他人の悪行を密告することによって市民点は加点されるし、その為の窓口も設けてある。君が父親の稼業の情報を我々に密告していれば、あるいはそれが──母親の件を加味しても──評価され、警察官になりえたかもしれない」
「……」
「どうして我々に伝えなかった?」
質問じゃあない。確認だ。何もかも分かりきっていながら、この男はバッカスの口から答えを聞きたがっている。
これじゃあまるで、自分の人生は塗りつぶされたマークシートだ。
「自分の手で」バッカスは答えた。「この手で破滅させたかったからだ」
「ふん。悪くない。だが社会的には最悪だ」
バッカスは腰を上げてみる。
馬鹿げやがって。こんなものか。それなら自分は……ここまでの自分の人生は、何を支えに続いてきたのだろう。吹けば飛ぶような下らないことに、どうしてあんなにもこだわっていたんだろう。自分の手でとか、自分こそがとか、そんな──思い上がりに、なぜ。
とうの昔に、頭のネジ穴が馬鹿になっていやがったんだ。
「ポストは空けておく」と、バッカスの背に投げかけるホワイト。「新しい人生を歩め」
「……」
「四年か、五年か、もっと後でもいい。同じ場所、同じ時間だ。まあ、俺が昇進してなければだが。なにもかも同じさ。豆の種類から砂糖の数までな。理由もそのままでいい」
ただし、と首を鳴らすホワイト。
「その、赤いネクタイ……それだけは変えて来い。俺の嫌いな色だ」
「……」
「死んだ人間にこだわり続けるなんて、終わらない旅をするようなものだぞ」
ホワイト執行官はそれきり何も言わなかった。
◆
明らんだ空。うつらうつらと首を揺らし、そのたび頬をぴしゃりと叩き。
モノアイから酒場の壁へと投影されたバッカスの回顧録が、やがて消える。四角推の頭部は味気ない木材を眺めたままだ。空が見えるようにしようかと問うと、このままでいいと言われたものだから、ナオンはそのまま膝を抱えた。
『新しい母さんを見つけてやるから、と』
バッカスが口を開いた。頭部のスピーカーから聴こえるアルミがかった声が、既に人間でなくなったことを思い出させてくれる。
『父は……あの男は、携帯の機種変更でもするみたいに言いやがったんだ』
「……」
『その日からデス。自分のことを〝本官〟と呼ぶようになったのは』
こだわり──だろうか。ナオンにはわからない。ロックンローラーには特別な呼び名がないし、それ自体が特別な呼び名だと思うから。
「でも」遠慮がちに、ナオンは口を開く。「お父さんはもう……」
『ええ。ログの通りデス。逮捕され、罰点執行。そして掃き溜め落ち。とうに破滅している』
だから、とバッカス。
『警察官になる意味はない』
「それならやめちゃいなよ」
ごん、とモノアイに映った星空を叩くナオン。
「こんな、頭だけになっちゃってるしさ。僕、機械を直せる道具を持ってるんだ。直してあげるよ。それで新しい人生を……」
『青いデスなあ、少年。人生は一度きりデスよ』
「そうじゃなくて、やり直すってこと。再開だよ、再開」
『必要ない』
バッカスはそう答えた。何を意味するかも理解していた。始めたのなら後は終わりに向かうだけだ。そして、自分はえらく足早に歩いている。
死んで、機械になって、ウィンチと会って……一日と、およそ半分。それっぽっちの時間の中にさえ、集めなければならないピースが山ほどあったように思える。今まで拾い損ねた分がまとめてやってきたのだろう。
夜は深い。猫の鳴き声も止んだ。もうじき朝が来る。ブリキの脳味噌は夢を見ない。これでさえ長すぎたのだ。どの道、この身体では末路など二つに一つだろう。工業用の奴隷となってゼンマイが切れるまで働かされるか、再び全てを放り出して分解されるかだ。
一度終わった身の上だ。受け入れる覚悟はある。だが──最後のピースを拾うまでは。
いや、どうかな。そいつを拾ってしまったら、鋼鉄と共に生きることになるかもしれない。それならそれで砂漠を渡るだけだ。ただし連帯責任という言葉の意味だけは、あの男に知らしめておく必要がある。
『少年』
「ナオンだよ。ただのナオン」
『ナオン。あなたはなぜ請負人とともに?』
「別に。たまたま今日……あ、もう昨日か……昨日、成り行きで……」
『逃げるタイミングならいくらでもあったでショウ。今だって、やろうと思えば』
「そうかな。逃げることは楽じゃないと思う。逃げたら楽だってことはわかってるよ。今までだってそうだったから」
でも、とナオン。
「逃げなきゃ良かったって思ったことも、逃げなくてよかったって思ったことも、同じぐらい沢山あったから」
バッカスは少年を見上げる。その瞳は青かった。唇も潤っている。砂漠の夜にありながら。喉は平たい。まだ声変わりの最中だろう。
信じたくはなかった。紡がれた言葉が、こんな頼りない喉から出てきたものだなんて。
『あなたは大人びている』
「そう?」胸を張るナオン。「ふふん。そうかな」
『良くも悪くも、デス』
中途半端な言葉だ。だが自分らしいとも思う。バッカスはそう信じた。今この状況においてそれ以外に信じるものがなかった。良くも悪くも。
『多く見てきたのでショウ、人間を。美徳も悪徳も。奪われ、奪い、与えられ、与えてきた。そういう人間の目をしている。
「……」
『代わりに子供らしさを捨てた。望んでそうした。違いマスか?』
まるで、とバッカス。
『母性を求めるように』
ナオンは
『自分が満足に得られなかったものを、人に与えていくようにだ。母の影を追っている。本官にはそう見えた。勘違いならそれでいい』
「……さぁ」ブーツの
瞳は斜めがちに、肩膝で、気だるげ。格好をつけた……つもりだった。締まり切っていないのが自分でもわかってしまって、ナオンはくしゃりと破顔する。
「大人げないって、あいつに言ったんだ」
『
「うん。そしたら、当たり前だろって。大人にしか出来ないんだからって」
『……』
「大人ぶっちゃうのは……僕が子供だからだよ。脳味噌がつるつるなんだ、きっと」
理解しているか。それだけでもズレた早熟さだが。バッカスはいよいよ参った。救いようがないのは早熟であることを理解しているからじゃない。それが錯覚だというわけでもない。
どうしようもないのは、自覚があるのにやめられないからだ。問題はサガにある。人間の、深い、深い部分にある……自己の
「昔、母さんに言われた。僕の歌が好きだって」
ナオンは笑った。自分でもおかしかったから。だから笑った。笑っちゃいけないけど、笑えるぐらいがちょうどいいような気もする。
「信じられる? クレイジー・ジョーのこと大好きな母さんが、僕の歌が好きだって言ったんだよ。いい歌だねって。だから思ったんだ。僕にもロックンロールが出来るって」
『で、母親の反対を押し切って家出でありマスか』
「ううん。母さんはいなくなっちゃった」
いなくなった、か。厄介な言葉だ。だがバッカスも深くは問わない。掃き溜め上がりでなくてもその程度の流儀は心得ている。男としてだ。
「旅をしてる。母さんを見つけるために。ロックンローラーになるために」
『贅沢デスな。子供だから出来る。夢を二つも追うなんて』
「一つ、だよ。マキネシアいち有名なロックンローラーになったら、母さんが見つけてくれる気がするんだ。僕の音楽が届いたら、きっと見つけてくれるって信じてる。ゆずれないんだ、それだけは。二つで一つで、それが僕の全部だよ」
バッカスは呆れた。
「どうしてあのクズと一緒にいるのかって」
『聞きマシたね』
「嬉しいんだ、僕は。嬉しいっていうか……楽しい? うーん、なんていうか」
首を
「ずうっと、一人で旅をしてきたんだ。友達もいないし、仲間もいないし、家族もいないし。ギターを弾いても、聞いてくれるのは野良猫だけで。全然上手くならないし、上手くなったと思っても聞かせる人がいない。ずっと、ひとりぼっちだったんだ」
わかるでありマス! 本官も作品が完成した時はその素晴らしさを誰かと分かち合いたくて──なんて、バッカスには言えない。そこまで裸には、無防備には……。
「シュティードに会った時、本当は……少しだけ、少しだけだよ。本当に少しだけ、ほっとしたんだ。ロックンロールが好きなのは、音楽が好きなのは、僕だけじゃなかったんだって」
『仲間意識というやつでありマスか』
「それは、ちょっと違うかな。レースみたいなものだと思う」
『レース?』
「おんなじ一人ぼっちでもさ、一人ぼっちの人が他にもいるんだ、戦ってる人がいるんだって思うと、なんだか安心してこない?」
僕だけかな、とナオンは呟いた。寂しげだった。だが、同調を求めたわけではないだろう。少年の声がやけに小さかったのは、噛み締めているからだ。
「だからね、だから……あいつが歌うのをやめちゃうのは、なんかムカつくっていうか」
はっとして、頭を振って、それからナオンはつんけんした調子で続ける。
「もちろん、さっさと椅子空けろって思ってるけどね。事故や病気でそうなったら、やっぱり残念だと思う。意味がないんだ、自分で超えていかなきゃ。自分で決めたことだから」
『……なら、理解してもらえるでショウ』
単眼のカメラがナオンを見上げた。
『ハートに火をつけた男がいマシた。放火魔のような男だ。そいつは自分のワガママのために本官の人生を滅茶苦茶にしやがった。べらべらべらべらよく喋る、ムカつくサイコ野郎でありマスが』
ナオンは頷いた。自分もそんな男に覚えがあったから。
『本官も男の
「……」ごつん。またナオンの拳がバッカスを叩く。「頭だけなのに?」
『あなたならどうした?』
ナオンは答えなかった。バッカスだって分かった上で聞いたはずだ。
「じゃ、僕ら敵同士だ」はにかむナオン。「明日は友達だといいな」
バッカスを砂の上に置き、ナオンは傍らのエレクトリック・アコースティック・ギター……エレアコを手に取った。ハブのステージから拝借したものだ。強化プラスチック製のボディと枯葉状に配置された特殊なサウンドホール形状には、製造元の親会社で積み重ねられたヘリコプター関連のノウハウが織り込まれている。
チューナーは電池切れのようだった。ナオンは耳だけを頼りになんとなくペグを回し、全弦半音下げへギターをチューニング。出力わずか5
独特な音だ、とバッカスは思った。市街の授業で悪例として持ち出されるエレクトリック・ギターの音……自分が聴いてきた音とは少し違う。かといって、いかにもアコースティック然としたギラつきのある音ではない。少し丸みがあるか。
『……アコースティック・ギターをアンプに挿すのデスか?』
「どうなんだろ。普通は挿さないのかな。わかんないや。でもこっちの方が気持ちいいから、僕はそうしてる」
すっ、と。少年は息を吸う。錆びた弦で掻き鳴らされる半音下げのオープンEコードに乗せて、〝砂漠の星〟のメロディーが幼い歌声で紡がれた。
『……』
目を閉じ、微笑みながらか。よくもまあ、ここまで楽しそうに弾くものだ。音楽についての心得はいくつかあるつもりだが、生憎とバッカスはステージに立つ側の音楽家ではない。
リズムはよれている。ピッチもところどころずれている。お世辞にもそう上手くは聞こえない。ピッチ補正のアタックは何msで、レシオはこのくらいにすれば……職業病のようにそう考え始めたところで、バッカスは音に集中することにした。
芸術は表現の世界だ。時に勝負を強いられることもあるだろう。だが勝負の中に全てが存在するわけじゃない。そうであってほしい。
あるんだな、こういう音楽も。あっていいんだ。音を楽しんでいるのなら。
そして、楽しんでいるのならまた、どんな生き方も……。
二階建てのウォンデン・ハブ……その、屋上。バニラ・フレーバーの煙はいつもよりほんの少しだけ高く空へと昇った。聞こえてきた音楽が後押しした、と言われればそうかとも思う。
その音楽は今や呪いだ。シュティードという男にとっては。壁に腰を預け、ほどほどに膝を折り曲げ、そうして彼は座っていた。
ぼうっとした表情だった。いつものことだ。だが、いつもより寂しく見える。
「……〝砂漠の星〟」シュティードはぼやいた。「なんであいつが」
【拾ったレコーダーに】
壁に立てかけられたシドが、副流煙を味わいながら答えた。
「
【音源に雑音が。ホワイト・ノイズかと思ったが違う。あれは……雨の音だ】
悪い冗談みたいだった。思い通りにならないことの大体はそうだ。紙巻き煙草を咥えた歯の隙間から失笑を漏らして、シュティードは
「誰かが録ってたってのか。当てつけが過ぎるぜ」
【結果さ、ただの。それを小僧が拾った。それだけだ】
拾った、か。もっともらしい言い草だ。それなら捨てたのは彼らだろう。
【あいつはきっと、シオンの使者だ】
「……」
【天国のシオンが、オレ様たちの元に寄越したのさ】
「死人に切手が貼れるかよ」
【だから着払いなんだろう?】
「なめてくれるぜ……」
シュティードはそう言った。言ってみただけだ。自分にそう刻み込んだ。
どうなんだ、クソガキ。テメーは俺のサイコロにでもなったつもりなのか。
そうなんだろうな。転がったんだろう。風に吹かれるようにして。俺も、シドも。
「……捨てたあと」口を開くシュティード。「お前を拾ったのはたまたまだ」
青みを帯びた空。その遥か彼方、工場地帯から立ち上り始めた蒸気を眺め、シュティードは失笑混じりに言った。
「酒を買おうとしてた。偶然、ノーザネッテルを通りかかった時に……
【それで】シドは鼻で笑った。【貴様はその偶然を、もっともらしく呼ぶのか?】
「他に呼び名がない」
【風がそうしたのさ】
「風でも鳥でもいいが」
【宿命ってやつだ】
「そりゃ女の言い草だろ」
【それは運命だ】
「どっちでもいい。朝一の九〇度で入れたモーニングが、アメリカ式かイギリス式かってぐらいの違いだ」
二人、噛み締めるは冷えたコンクリートの感触。砂塵のざらつきにあの日を思い起こし、それがあんまりいかにもなものだから、背中のむず
そうじゃあない。いかにもな情景や陶酔がなくたって、世界はつつがなく回るものだろう。もっとラフに、もっと荒削りに……もっと、テキトーに。
【偶然で良かったよ】
「なぜ」
【そいつはつまり、切っても切れないってことだろう】
「ポジティブなやつだな」
で、あれば。クレイジー・ジョーに憧れ〝砂漠の星〟に辿り着き、そしてここまで持ってきた少年も。そいつと俺も、また。
青い空前のボーイ・ミーツ・ユースはデザインされた宿命か。だったらデザイナーに文句をつけなきゃならない。完璧じゃなくたって、出来すぎていなくたって、人は出会うし別れる。誰も悪くなくたって男は違う道を歩むものだ。そしていずれ再会して、時間が合わないからとその場で別れて……その程度でいい。
演じすぎたんだ、俺たちは。奇跡的であることが美しいなんて思ってしまったばっかりに。
「……もっともらしく、やりすぎたな」
【思い上がるな。四〇年早いぞ、そんな台詞。若造が一丁前に】
だが、と。シドはシュティードの前へ躍り出て、
【大人になるのを四〇年も待つつもりはない】
応じて、シュティードも顎を上げた。
ああ。わかってる。ここまでだ。終わらせるならこんな日だろうと思っていた。
砂が踊る。風が吹いた、気がする。
【貴様が書いた
「……ああ」
【また夜が明ける、その前に……だ。砂漠の星になるのかどうか、答えを出せ】
「お前はどうなんだ」
【オレ様は】シドは言い切った。【貴様の終わりで、貴様の始まりだ】
「……」
【貴様がそう言った】
「は」灰を落とすシュティード。「そういやそうだった」
ギターの音が止んだ。ナオンの声も聞こえない。砂を踏む足音。どうするクソガキ。続いて階段を上るか。香りのきついアーク・ロイヤルが
気だるさに酔う。息を一つ。煙は昇り、そして消える。
【一分だ。決めろ】
「半分でいい」
シュティードは目を閉じる。煙はくゆり続ける。厚底のブーツがコンクリートを踏む音がした。一段、二段、三段。
ああ、だろうな。お前はここに来るだろう、クソガキ。俺が聴いていると分かっていてその曲を歌ったはずだ。慰めのつもりか。それともケツでも叩いたつもりか。
なめ腐りやがって。俺のことは一人で決めてきた。この後もずっとそうだ。俺のことは俺が決める。ぴーちくぱーちく助手席でうるせえ女みてえに一生追い回してろ。
俺は俺自身で立ち上がる。お前の理想など知ったことか。理想の俺など知ったことか。
【あと15秒】
「ハシってる。20秒だ」
考えろ。俺たちが間違ってたわけじゃない。間違ってたのは選び方だ。もっと頭を使うべきだった。好機を待ち続けたがゆえに冷静さを欠いた。攻めるべきだった。
なぜ好機を待ち続けた? 焦りに負けたからだ。
なぜ焦った? 時だけが流れてゆくからだ。
なぜ──なぜ時が流れるのを呆然と眺めていた?
覚えている。雲を眺めていた。風向きを確かめていた。らしくもなく野良猫を乗せて。
考えろ。やり方がどうとかじゃない。もっと根本的なことだ。俺が何の為に歌ってたのかを考えなくちゃならない。ロックンロールを蘇らせるためだなんておべんちゃらはもういい。
そうじゃあない。音楽ってのはそうじゃないはずだ。やらされるところから始まってんだ、そりゃあ面白いわけがねえ。思い出せ。音を楽しんだ瞬間が確かにあったはずだ。俺はあの時何の為に歌ってた? 何を考えてたんだ?
いや、違う! 遠のいている。そうじゃない。今、俺が考えなきゃいけねえのは。
【あと8秒】
「考えがまとまらねえ」
【なら後で考えろ】シドがうるせえ。【そうしてきただろう?】
くそ。だめだ。めんどくせえ。なんだってこんなことを俺が。
いや待て。そもそもこれは考えなきゃいけないことなのか? 男には解決すべき問題とそうじゃない問題があるはずだ。
俺たちは失敗した。ブラストゲートは目茶目茶になった。シオンは死んだ。オーガストも、ロジャーも逝っちまったし、ギター持ってる連中は今やテロリスト同然の扱いだ。
だからどうした? それで何か変わるのか? 冷静に考えりゃあそいつは俺が音楽をやるかどうかには全く関係がねえ。非情と言われようがそれが事実だ。失敗したから仕事やめますなんてのは責任を取ったことにはならねえ。問題は自分のやらかしたことにどうけじめをつけるかであって……。
いや違う! 何にこだわってる? ぶっちゃけけじめなんか俺の知ったこっちゃねえ。夢を見た奴が馬鹿を見たんだ。それだけだ。俺が俺を見たってそう言う。
けじめ? けじめってなんだ? シオンの命に誓ってロックンロールを再興させるのか?
それこそ冗談じゃねえ。クソだせえにも程があるぜ。誰かが死んで立ち上がるようなやつはいずれまた誰か死なせる。人の
ハロー、マキネシアクソDブロック。俺の名はシュティード。考えろ。失くしたのはシオンじゃない。俺の在り方だ。のぼせんな。悲劇はグズのための
他人のことは関係ねえ。そう生きてきた。なら考えるのはたった一つだ。
ちくしょう、なんてことはねえ。シンプル・イズ・ベスト・エヴァーだろ。そうだと言え。俺はこだわり過ぎちまってた。こだわること自体に。システマチックに考え過ぎちまってる。これじゃあ時代の思う壷だ。
事実はたった一つだ。俺たちは負けたがやめられなかった。なら大事なのはたった一つだ。
俺が、お前が、俺たちが、どうしたいかだろ。
無駄を削ぎ落として、そして最後にそれだけが余って……。
【時間だ】
ハロー、マキネシアDブロック。俺は────
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