Track02.Welcome to the Jungle
市街の小さな事務所の一室で、その男はくたばりかけていた。今日で二〇時間勤務がちょうど七日目だ。
「おいバッカス。進捗はどうだ?」
隣のデスクの同僚が問う。バッカス=カンバーバッチなる男はクマだらけの歪んだ目元をこすり、四八鍵の白黒が連なった
「あと八曲というところでありマス」
「そうか。国民の休日にゃ納品だぞ。あと一日だが大丈夫か」
「本官の話、聞いてマシた?」バッカスは問い返す。「間に合うわけがない」
「いや、知ってて聞いたよ」
「ファックオフ。エクセレントな質問だ」
また苛立ち気味にキーボードを叩く。コンピュータがフリーズした。最悪だ。一から打ち込みなおす羽目になる。これだけ技術が進んだというのに、どうして機械という奴はこう融通がきかないのか。
「はぁ……」
バッカス=カンバーバッチはオンラインゲームの制作会社に勤める若人だ。最近は腰の痛みに悩まされている。眼精疲労も中々にキている。十八歳という年齢は健康を犠牲にするにはあまりに若すぎた。
よりにもよって楽曲製作を担当しているものだから、日がなデスクの前で画面と睨めっこ。周波数のピークが何ヘルツにあるのかも判別できなくなった耳を酷使し、指定された納品日までに楽曲をパッケージするのが彼の仕事だった。それも極めて過酷な。
今は特に繁忙期だった。大型のアップデートを控えており、それに伴って膨大な曲数を仕上げなければならない。音楽の自分でこれならイラストレーターなどは果たしてどんなデスマーチを送っているのか……想像しただけで身の毛がよだつ。
「それ終わったら次はキャラ選択の音楽だぞ」と、同僚。「前も言ったように」
「あーあー分かってるでありマス、覚えてマスとも」
「ならいい。言われたことだけはきっちり守るのがお前の仕事だ」
簡単に言ってくれるものだ。言われたことを言われたとおりに守るのが何より難しいというのに。こと物を作る上では。
「……もう少し自由になりまセンか?」
「なにがだ?」
バッカスはエナジー・ドリンク、マッド・ブルの缶を放って言う。
「注文が多すぎるでありマス。しかも分かりづらい。キー指定はいい加減だし、テーマも抽象的すぎる。その癖こっちが噛み砕くと〝そうじゃない〟などと文句をつけるし、しかもリテイクを腐るほど要求する。本官もこの会社の一員でショウ? ちょっとぐらいは自分の自由に曲を作らせてくれてもいいのでは」
「クレイジー・ジョーにでもなったつもりか? お前はアーティストじゃねえんだぞ。職業作家だ」
ムカつく言い方だ。バッカスは顔をしかめた。なにもなりたくてなったわけじゃないのだ。
「会社の言うことだけ聞いてろ。お前の意志なんか関係ない」
「……そんなのまるで機械ではないデスか」
それでいいのさ、とニヒルに笑う同僚。
「そういうモンだ。割り切って生きてる。お前だけじゃない。会社に属するってことはそういうことだ。文句垂れてる暇があったら手を動かせ」
「……」
よくもまあ知った風な口を叩くものだ。自分だって不満がないわけじゃない癖に。バッカスはデスクの下から枕を取り出し、近くのソファに横になった。この疲れ切っている時に小言など聞いていられるものか。こういうとき、全て放り出して身を投げ出してしまいたくなる。
「お前、何してんだ?」同僚が声を荒げた。「あと一日だぞ!」
「仮眠デス。二〇分だけ眠るでありマス」
「ふざけるんじゃねえ、寝てる場合じゃねえだろ!」
「…………」
「おい、聞いてんのかバッカス!」
うるせえ黙れ、さっさと寝かせろ。バッカスは目を閉じる。
続いて目を開ける。もう朝だ。二〇分しか眠っていないのに朝がきた。
ああ、また朝だ。朝だ。朝だ。朝なのだ。仕事だ。仕事が始まる。納期まで残り一日。畜生、明日は国民の休日だってのに。国民が休めない休日に何の意味があるっていうんだ。
起きなきゃ。デスクに戻らなきゃ。体が重い。コーヒーでも買おう。それから顔を洗って、構成を考えて、午後には次の案件の打ち込みを始めて……。
──そこでぷつりとぜんまいが切れた。
『のわぁああーっ!』
バッカス=カンバーバッチは飛び起きた。いやに背中が痛い。鉄板の上にでも寝ていたのだろうか。寝覚めは最悪だ。走馬灯じみた悪夢だった。
会社の冷蔵庫に弾丸よろしくストックしてある冷えたエナジー・ドリンクを取り出し、一気飲みして魂を補給する──それが彼の朝の習慣だった。次にコーヒーを淹れ、トイレで吐き気を清算し、落ちかかる瞼と呻く内臓を抱えたまま、音像のぼやけた耳で新たに音楽を作り出す。ここまでが朝のプロセスだ。昼以降は全て椅子の上で終わる。
余韻に浸っている場合ではない。仕事だ。自分には仕事があるのだ。どれだけ納期が差し迫っていようと諦めるわけにはいかない。なに、デスマーチならお手の物だ。さぁいざ歩め二度目の人生に向けて。バッカスはそんな心持で頭を切り替え、両脚をソファから放り出す。
はて、妙だ。ウチの会社のソファはこうも固かっただろうか? 体にしてもそうだ。徹夜などいつもの事なのに、どういうわけだかひどく重い。
働き過ぎだ、とうとうおかしくなったに違いない。二〇時間勤務を七日も続けていればそうもなるだろう……割り切って、バッカスは地に足を付ける。
がしゃん、と鋼鉄の音がした。
『……がしゃん?』
足元を見るやいなや、バッカスはカフカの〝変身〟を思い出した。
見慣れた貧相な足はそこになかった。代わりに二本の鋼鉄が自分の体を支えている。視線を徐々に上へ、上へ。服はおろか肌色が一つもない。ついこの間までエナジー・ドリンクを原動力に動いていた軟弱な体が、六角推を組み合わせたような機械の体に成り下がってしまっていた。
『そんな馬鹿ナー!』
まだ夢の中か? それとも自分がおかしくなったのか? 辺りには同僚も見当たらない。ああ、だからデスマーチは程ほどにしろと。
『……』
バッカスはもう一度自分の体に触れてみる。
頭部は四角推だ。頭の部分が大きく伸びている。どうやら自分の視界は、前面の頂点についた球体のモノアイによって成り立っているらしい。道理でやけに視野が広い。首は合金製のチューブだ。胸部と下腹部は共に多角錐で、上腹部との間をチューブが取り持っている。肩と思しき場所にはこれまた六角推だ。前腕と上腕、大腿と下腿、それから足先と手の甲と指先には合金の装甲。
そんな馬鹿な。バッカスはもう一度呟いた。機械。機械だ。これはまるで──遠い昔の映画で見たアンドロイド。そのうえ大してかっこよくもない。これといって印象的なパーツがあるわけでもなく、量産型のような印象だった。自社のゲームでデザイン案を出せば一考の余地もなくボツになるだろう。
はん。まあ、量産型人間そのものである自分には、お似合いの体なのだろうが。
『……気分はグレゴール・ザムザでありマス』
どうにも頭が痛い。脳味噌はまだ機能しているのだろうか。ごんごんと装甲を叩いてみるが前頭葉から返事はなかった。ちなみにいつも返事はない。
ブルーがかった視界に細やかな文字が散りばめられている。やれ粒子兵装の状態だとか機体の熱量だとか、やれ演算のパフォーマンスがどうだとか……いずれにせよ、これまでのバッカスには全く縁がない文字と数字の羅列だった。
どうやら電気信号で画面を切り替えることが出来るらしい。バッカスはいい加減に念じてみる。視界が赤みがかったスクリーンに切り替わった。緑だのオレンジだのが被写体を区分けしている。
その状態で辺りを見回す。見知った場所ではない。会社で使っていたパソコンの二、三倍はスペックが高そうな、分厚いデスクトップ・タイプが並べられている。
自分が寝ていた鉄板の前には巨大なスクリーン。コンソールのようなものも見受けられた。医務室か霊安室、あるいは研究所という印象を受けた。どちらでも同じだ。白と灰色、そして薄暗いブルーの照明からなる、生気を感じさせない無機質な部屋。
なにより不可解なのは、自動ドアに刻まれた白いカラスの紋章である。市街の人間なら誰でも知っているこのシンボルは、他ならぬ国家警察
なぜ、なぜ自分が────今になって────ここにいる?
『……』
バッカスは改めて自分の体を見てみる。サーモグラフィーを覗いた経験はないが、表示された温度は至って健全な死体そのものだ。青、青、青一色。エンジンが積まれているであろう心臓にあたる部分だけがほんのりと赤くなっている。
こんなのまるで……いや、まるっきり機械ではないか。
『……最悪でありマス』
「ようようおはよう、バッカス君。今日はいい朝だぜぇ」
名を呼ばれたバッカスは──元バッカスは振り返る。白いワイシャツの男がいた。軽薄そうな面構えで、目元が少し垂れ下がっている。整えられた薄紫の髪も相まってか、あまり整直な印象は受けない。
上に立つ人間の目だ。常に下だったバッカスは即座にそう悟る。
『……どちら様でありマスか?』
「知りたいかぁ。教えるかどうかはお前次第だ」
ウィンチ=ディーゼルは相変わらずのダミ声でそう言った。
『人の名前を呼んでおいて自分は名乗らないとは礼儀のなってねえ奴でありマス』
「失礼、ミスター働き蟻」
モニターに手をかざすウィンチ。青白いホログラムの操作盤が浮かび上がる。粒子技術の成せる業だ。続いてモニターには三枚の写真が表示された。
『……ファックオフ』
バッカスは舌打ちした。打つ舌は既に無いので心中でそうした。
俯瞰写真が一枚、接写が二枚。コンクリートの上に男が横たわっている。血まみれだ。それはちょうどビルの屋上から落下したように。いずれも新・禁酒法に照らし合わせれば罰則ものだろう。
バッカスは献血が好きだ。別に血が苦手だというわけでもない。問題は写真のスプラッタ具合ではなく、飛び降り自殺で間抜け面を晒した写真の中の冴えない男が、他ならぬ生前の自分だということだった。
「こいつが誰だかわかるか」答えを待たずにウィンチは続けた。「お前さ。他ならぬお前だよ、バッカス=カンバーバッチ」
『……』
「今朝八時、並々ならぬ短さの納期と徹夜続きの激務……いわゆるデスマーチに追われてたお前は、四割も仕上がってねえ仕事をあろうことか放棄。で、息抜きの缶コーヒーを買うついでに屋上から飛び降りた。半狂乱でだ。ここまでで訂正は?」
『今朝? ちょっと待つでありマス。今日は何日でありマスか?』
「国民の休日の前日だ。思い出したか? どこを訂正したい?」
なるほど、あの直後に飛び降りたとでも言うのか。馬鹿を言え。バッカスは失笑した。
『……エクセレントな質問だ。訂正もなにも覚えがないでありマス』
「じゃ続けよう。知っての通り市街は自殺を許さねえ。特に俺たちのような根性なしのグズの自殺は絶対に許されねえんだ。分かるだろ? ここんところ業績はあまり
見事なものだ。まさか死後まで責められるとは。バッカスは内心で苦笑した。
『二〇時間勤務を七日も続けてたらそりゃ頭もおかしくなるでありマス。ブレーキを踏みそこなったりもするし、瓶と缶の区別もつかなくなるでありマス。あなたも
「エクセレントな質問だな」ウィンチは肩をすくめた。「公務執行妨害については?」
『こっちは納期目前なのでありマス。切符の枚数よりも仕上げた書類の枚数の方が重要デスから。それに周囲には人もいなかったし車もなかった』
「違反は違反だ。お前の納期なんざ知ったことじゃあねえ」
狼狽するバッカス。顔をしかめたいが動かす表情筋がない。この不快感をどうやってこの男に伝えてやろうか。
『アンタ役人でありマスね? 椅子の上で偉そうにしてるタイプでショウ』
「さあ。いずれはそうなるつもりだけどなぁ」
写真を閉じてウィンチは続けた。
「率直に言おう。お前は死んだ。だが生き返った。何故だか分かるか?」
『仕事が終わってないからでショウ。きっと社畜の神様が突き返したのでありマス』
「仕事は終わった。お前抜きでな。アップデートは成功らしいぜ。安心しろって」
バッカスはいよいようんざりした。会社にとっては成功だろうが彼にとっては重大な失敗だ。激務で頭がおかしくなって死に、あまつさえ機械になって生き返ったというのに、肝心の仕事が自分抜きで軌道に乗ったとあっては立つ瀬が無い。
これじゃまるで死に損だ。死んだ上に損なう、本物の死に損ないだ。
「この街のシステムについて説明は受けたよなぁ。十二歳からポイントが付与されたろ? 勤労や善行といった社会への貢献で加点、犯罪や就業放棄で社会に害を成せば減点。ポイントを貯めればあらゆる先進技術の恩恵を受けられるが、逆にマイナスになれば罰則を与えられる。そしてポイントがマイナスのまま死んだ奴らには──〝更生プログラム〟が待ち受けてる」
そんな昔の話など覚えているものか。こちとら自分がどうやって死んだかも覚えていないのだ。バッカスは意思表示の一つとしてひらひらと手を振った。
「分かるかバッカス。お前は〝更生プログラム〟の対象になった。だからここにいる」
『更生? 冗談じゃないでありマス。自分は無能なりにも仕事には真摯に向き合ってきたでありマス。だから死ぬハメになったのでありマス。こんな一度の失敗で……』
「自殺は罰点十万ポイント級……つまり殺人と同じく最大の重罪だ。国民の義務の放棄だぜ。知らなかったじゃ通らねえ」
笑えない話だ。死後まで納税させる気か。
なおもウィンチは、まるで興味のない資料をまるで興味のない相手にプレゼンテーションするように口上を述べ続ける。
「バッカス。お前は
つまるところ、とウィンチ。
「今のお前は、自殺する直前のお前だよ」
『…………馬鹿な』
「IDメモリは常に更新機で最新の同期を取れ……
『納得できないでありマス!』
バッカスは鉄板を蹴り飛ばした。繋がれていたチューブが引っこ抜け、散らばった金属片が耳障りな音を立てる。
『粒子技術取り扱い法違反でありマス! 更生プログラムで魂を移植する場合、移植先は遺伝情報から生成されたクローンでなければならないはずデス! 機械に人の魂を移植するなんて馬鹿な真似が許されるわけがないでありマスッ!』
バッカスはウィンチの胸倉を掴んで言った。
『……元に戻すでありマス。今すぐに……!』
「無茶言うなよ。時間は前にしか進まねえ。砂時計ひっくり返したって過去にゃ戻れねえだろ? 大体考えてもみな、お前はとっくに死んでんだぜ。事実はともかく公的にはそうなってる。会社の奴全員が目撃したよ。罰点保持者だから生き返りました、これからもどうぞよろしく、なんて……お前、そこまで面の皮厚いほうじゃねえだろ」
『そ……』
「戻ってどうする? 周りの奴らが今まで通りに接すると思うか? 納期目前で飛び降りてトンズラこいたクソったれに?』
バッカスは言を失した。自分が逆の立場だったら殴り倒しているに違いない。
「バッカス。お前はもうバッカスじゃねえのさ。バッカス=カンバーバッチじゃねえのさ。魂の上っ面だけがバッカスの形をした、バッカスじゃねえ誰かなのさ」
『……』
「だろ?」
『……最悪でありマス』
バッカスは拳を下ろした。自分の意思で行われたのか、それともプログラムによるものなのかはわからないが──ともかく機械の拳を下ろした。バッカスでなくなってしまった何者かの手を、ちょうど人間が力なく項垂れるようにして下ろしたのだ。
ウィンチはけらけらと笑う。ここまで人を腹立たせる人間も珍しい。
「もっとポジティブにいけよ、たかが死んだだけだぜ。今職場に戻ったところで、お前に訪れるのは代わり映えしねえ激務の日々だ。どうせ機械の体ならもっと有意義な仕事をこなそうぜ。これはチャンスなんだ、バッカス=カンバーバッチ」
『……なにがチャンスでありマスか、馬鹿馬鹿しい……』
「そう落ち込むなよ。見た目が気に入らねえなら、循環粒子管搭載型のボディに変えりゃいい。なに、今日びのアンドロイドはちゃんと痛みも感じられるようになってる。ただの電気信号だがな。見た目は人間同然だぜ。まあ、高くつくけどな」
違う。そんな話をしているのではない。バッカスは思わず壁を殴りつけた。やはりそこに痛みはなかった。
『見た目の問題じゃないでありマス!』
「じゃあ何が問題なんだ?」
ウィンチはけらけらと笑う。続いてシャツのボタンをいくつか外し、自らの胸元を曝け出した。『は……』バッカスは絶句する。
そこにあったのは鋼鉄だった。覗いた素肌は確かに人のそれなのに、左の胸にぽっかりと穴が開いている。歯車とチューブ、それから時計のムーブメントと思しきパーツが雑多に組み込まれており、奥には水色の輝きが窺えた。
粒子管だ。波打つように発光している。まるで心臓のように。
『……それは』
「循環粒子管だ。ここだけはカバーを外してる。戒めとしてな」
シャツのボタンを一度かけ違え、そしてはめ直してウィンチは続ける。
「よく聞けバッカス。俺ぁアンドロイドだ。新・禁酒法厳格化にあたって、アルコールとタール成分を検知して摘発する為に作られた」
バッカスはもう一度ウィンチに目を凝らす。赤みがかったサーモグラフィーの画面の中、眼前の彼の体は確かに熱を帯びていた。人体となんら変わりはない。事実バッカスは気付かなかった。気付けなかったのだ。それが見た目の問題であるにせよ、ないにせよ。
『……信じがたい』
何もかもが。バッカスは呟いた。一番信じがたいのは自分自身の体なのに。
応じて、またウィンチが軽口を始める。
「ひでえ話さ。起きたらこの体だぜ。どうせだったらメリー・ウィドウもベタ惚れのナイスガイに作ってくれりゃいいのに、こんな締まりのねえ垂れ目ときた」
『……そのつまらないジョークも人工知能の賜物でありマスか?』
「マニュアルがあるのさ。完璧とはいかねえがな。そこは作った奴に文句を言え」
『……信じがたい』バッカスはまた言った。『てっきり人間だとばかり……』
は、とウィンチは鼻で笑う。なんとも人間らしいニヒルな仕草だった。
「循環粒子管は擬似心臓だぜ。それそのものが内部地球アルザルの粒子領域とコネクションを持ってる。ボディ内部のチューブ……つまりは人間でいう血管を巡る粒子を常に最新の状態に交換できるってわけだ。メンテが必要ねえのさ。分かるか? まぁ、あんまり出力がでけえのは違法だけどよ」
『……』
「アンドロイドは生命を獲得したんだ。もうただの機械じゃない。チューブ内部の粒子が劣化すれば皮膚組織や合金骨格も老化を始めるし、熱暴走を防ぐために外気から水分を抽出して表面を冷やす機能だってある。殴られりゃ皮膚組織は裂けるし、チューブに傷がつけば修復するために液状の粒子が漏れ出す。汗も流すし、血も流すんだ。意味はねえが食事もとれる。別に人間から魂を移さなくたって、マニュアルさえダウンロードすればジョークだろうが義理だろうが人情だろうが理解する。罪を恥じたりもするだろうし、その埋め合わせをしようともする。不可能なんかじゃねえのさ。時間の問題なんだ、何もかも」
何が違う? とウィンチ。
「人間と一体何が違うってんだ? 確かに体は鋼鉄かもしれねえが、笑いもするし怒りもする。んまぁ、涙だけはプログラムされてねえから流せねえが……些細な問題だ。事実、お前は俺が機械だと気付かなかった。そうだろ?」
『……』
「なぁバッカス。お前が思ってる以上に機械は人間に近づいてるぜ。対して人間はどんどん機械に近付いてる。特に市街ではそうだ。悪いことすりゃ密告されて罰点保持者にされるし、仕事はグレート・マザーの言うがまま……先進治療権で二度目の人生を獲得するために、どいつもこいつも躍起になって働いてる。馬鹿げた話だろ。つまるところ、不老不死なんてのは体が機械になっちまうってだけなのに。不死身の機械の帝国こそが、この高貴な実験のくだらねえ行く末だってのに」
バッカスは閉口した。他ならぬ自分に鏃が向いている気がしたから。彼こそ正にウィンチの言う通りの人間──元・人間だった。死を恐れ、病を恐れ、衆目を恐れ、罰点を恐れ、正しくこの市街が望むままに生きてきたのだ。
言われたことを、言われたとおりにこなす機械のように。
「それでも人は先進治療権を求める」ウィンチは続けた。「何故だと思う?」
『……死にたくないからでショウ』
「いやぁ、少し違う。見た目の問題じゃねえからさ」
気に入らない自身の見た目を棚に上げるようにウィンチは言う。
「重要なのは魂だからだ。俺達の中に眠る、人となりの全てを決める二十一グラムのイザクト粒子……人間のあり方を決めるのは、いつだってそいつだ。そいつただ一つなんだ」
び、と人差し指を立てるウィンチ。
「俺は機械だぜ。だが魂は持ってるつもりだ。お前はどうだバッカス。確かに自殺して体は機械になっちまったかもしんねえが、問題はそこじゃねえ」
『……』
「胸に手を当てろ。鼓動はないだろ。そりゃそうだ。そこじゃねえ、もっと奥の声を聞け。どうだ。バッカス=カンバーバッチは、まだバッカス=カンバーバッチのままか?」
バッカスは鋼鉄の脳味噌を回した。いくら胸に手を当てたところで、伝わってくるのは粒子エンジンの微かで味気ない駆動音だけだ。
分かっている。脳味噌を問われているのではない。それでもバッカスは考えてしまう。どうにも魂というのはモノにするのに時間がかかる代物のようだ。
『……言うまでもなく自分はバッカス=カンバーバッチでありマス。いいデスか、そもそも本官には自殺の記憶などないのでありマス。今日からあなたは別人デスと言われて納得できるワケがないでありまショウ。覚えのないことを謝れという方が無理な話だ』
「そうだ。それでいい。そこを聞いておきたかった。無理な話だよな」
ひどい横暴もあったものだ。散々お前はお前じゃないと並べ立てた癖に。バッカスは内心で毒を吐く。一方のウィンチは満足げだった。この男にとっては通過儀礼の一つなのだろう。それはそう、どこまでも自己満足に準じた類の。
「俺と手を組め」ウィンチは言った。「お前の罰点を清算してやる」
『……清算? 罰点を?』
「自分で言うのもなんだが俺は市街じゃ慈悲深い方だ。馬鹿相手に同情って奴をしないわけじゃない」
ウィンチは再びモニターを弄る。また写真が現れた。先刻同様に見たくもない写真だ。巻き髪の女と丸坊主の男。今となっては忌むべきかすらも分からない両親の顔だった。
最後に会ったのはいつだろう。家を飛び出したあの日だろうか? それとも酒場を摘発された日? もう長いこと声も聞いていない。形容しがたい暗雲がバッカスの中に立ち込める。
「聞くところによるとお前、親から逃げたくて中央区に就職したらしいじゃねえか」
『……』
「父親はギャンブル中毒のヘビースモーカー。母親はロックンローラーの追っかけ。ともにアルコール依存症で、ポルノと暴力満載の低俗なB級映画を好んでた。救いようのねえクソったれどもだ」
『クソったれなのは事実デスがアンタに言われる筋合いはないでありマス』
「憎くはねえかぁ?」
ウィンチは歩を詰め、バッカスのモノアイを覗き込む。なるほど、こうして間近で見てみればどことなく生気が欠けている。不気味の谷はここにありか。
「一家を離散に追いやったアルコールが、お前から愛を遠ざけたロックンロールが、肺を汚した煙草の煙が──憎くはねえか?」
『……何を言っているでありマスか?』
「人の心は弱いさ。依存することもある。逃げたくもなる。何かに縋りたくもなる。それは悪いことじゃあない。悪いのはいつだって人を惑わせるものだ。それが悲劇を産む。そんなものはこの島には必要ねえのさ。そうは思わねえか? お前の親父やお袋だって、根っからクズだったわけじゃねえ。根っから逃げ腰だったわけじゃねえ。手軽に縋れるものがあるからそれに縋った。それだけだ」
機械の癖にもっともらしいことを言うやつだ。バッカスは感心すら覚えた。
「人手が足りねえんだ。お前の手を貸せ。ある物を追ってる。追い続けてる。ちょうど二つあるんだ。どっちも手に入れれば、俺の望みを叶えた上でお前の罰点もチャラにしてやれる。そしたら俺みたいな人型のボディに乗り換えりゃいい」
『……手を貸せとは。それはつまり』バッカスは半信半疑で問う。『ZACTの職員になれということでありマスか?』
「そうだ。一時的にな。罰点を清算し終えたらやめたって構わねえ。ただし、清算するまでは付き合ってもらうぜ。今のお前は職なしだ。体は機械だし工場ぐらいしか雇っちゃくれねえ。ちょうどいいだろ?」
清算。随分と簡単に言うものだ。仮にも国家機関が全人民に課している得点を、一個人の働きごときでそう簡単に清算できようものか。発明家や科学者なら話は別だが。
『……十万ポイントもの罰点、そう簡単にチャラにできるわけがない。人生が三周あっても無理でありマス』
「機械の体で地道にゴミ拾いでもするか? ボランティア活動でせいぜい二〇ポイントだ。終わる頃にはスクラップだぜ」
ウィンチはバッカスの首元を掴む。
「ハッタリだと思うか? 俺ぁ本気だぜぇ。ミスター・ウィンチ様に二言はねえ。やると言ったことは必ずやる。誰にも頭を垂れはしねえ。それが俺だ。ミスター・ウィンチだ」
バッカスはその執念に気圧された。プルガトリウム鉱石を埋め込まれたウィンチの瞳が爛々と輝いている。機械にあるまじき生々しさが、この男から滲み出ているのだ。
何がこの男を突き動かすのだろう。執念と呼ぶべきか。執着と呼ぶべきか。それとももっと別の物か。意地か、こだわりか、それとも……。
正体は分からない。だが魂が透けて見えた。この男は、ウィンチという男は、ゆずれない何かを抱えているのだ。そしてプログラムではなくそいつに従い、いや、そいつを飼い慣らし、自ら何かをなそうとしている。
バッカスは飲まれる。同時に高ぶりすら感じた。意志なき日々では味わえないその舌触りが、一人の死に損ないの喉元を湿らせたのだ。
機械同然。馬鹿げたものだ。自分もこうあるべきだった。
機械に魂はないと誰もが言うが、ならば魂が宿った機械をなんと名付けよう?
答えは知らない。あるのかもわからない。少なくともバッカスの中にはなかった。
見つかるだろうか? この男に──ミスター・ウィンチについていけば。
『……あなたは』
「ウィンチだ。ミスター・ウィンチと呼べ」
脂下がり、ウィンチは手首のジー・ウォッチを弄る。粒子で表示された立体画面を二、三度叩くと、バッカスの視界の片隅にアラートが届いた。
十三桁の数字の羅列だ。差出人の名はウィンチ=ディーゼル。ZACT署内での記録が書き連ねられており、現職欄には〝囮捜査官〟なる不吉な四文字が記されていた。
『……囮捜査……』
「国民の休日が終わるまでにはカタをつけたい。俺はもう出る。ジー・ウォッチの位置情報を同期させとくから、第三ハッチで武装を整えたら追いつけ。話は通してある。送ったシリアルナンバーを入れりゃあ、
『ぶ……武装? そんな物騒な』
「ジョークまでエクセレントか。マニュアルいらずだな。面白くはねえが」
『ちょっと待つでありマス。そもそもどこへ?』
扉が左右にスライドする。ウィンチは両手を広げた。さながら海を割るがごとく。
「
『は?』
駒は従えた。凱旋だ。訪れる馬鹿騒ぎの予感にウィンチは高揚した。数値化した感情の機敏をシミュレートした粒子が発する、ただの電気信号であると知っていながらも。機械か人間か……そんなことは些細な問題だ。ウィンチにとって、そこはこだわるべきところではなかった。
そうとも。こだわるべきはもっと、もっと別の────
●
ハロー、マキネシアDブロック。俺の名はザイール。生憎だが今は話す気分じゃない。
不真面目な奴だと思ったか? 冗談じゃない、誰だってそうなるさ。必死に作った
シンキング・タイムだ。頭を回してくれ、ミスター・ノーバディー。
俺はこのツケを誰に請求すればいい? まさかあの滅茶苦茶な男に請求したところで帰ってくるわけでもないだろう? そうとも、割り切るしかないんだ。分かっちゃいるさ。いるけど……。
ハロー、マキネシアDブロック。俺の名はザイール。人生は今日の午後で終わる。
今日も今日とて回る世界をどうぞよろしく。俺の代わりにな。クソったれ。
◆
モンスター・ビアガーデンはこれまで二四度の半壊と五度の全壊を繰り返し、それでもまだ営業を続行しているしぶとい店だ。殺しても死なない。市街で新・禁酒法が制定されている以上、裏ものの酒が掃き溜めで流通することは誰の目にも明らかだし、それが途絶える予定も、それを求める客足が途絶える予定も今のところはないからだ。
なにより店主が掃き溜めの酒場に相応しい猛者であった。酔っ払いやマフィアのいざこざでいくつグラスを割られようが、はたまた看板ごと内装を吹っ飛ばされようが、二週間、早いときでは一週間では元に戻っている。
店主、ヘイルメリーは修理業者の都合など鑑みない。修理業者も店主の言葉には逆らわない。酒が飲めなくなって困るのは彼ら自身だからだ。だからみな鬼のような納期に答えるべく必死で槌を振るう。当然だ。早く仕上げればそれだけ早く酒が飲めることになる。半壊の酒場を手品よろしく元通りにした日に飲む酒は、大層格別な味わいなのだ。
達成感こそが酒を最高の味へと引き立てる。だがその逆も然りだ。挫折や敗北が一かけでも混じれば、どんな銘酒でも泥水のように汚濁する。そんなものは負け犬の飲み物だ。
さしずめ仕事をしくじった日の酒などは、地下の汚水にすら等しいだろう。
「……俺の人生はおしまいだ」
ザイールは力なくそう呟き、ジョッキの底を机に叩きつけた。昼間から酔っ払いの戯言でにぎわうモンスター・ビアガーデンの中、彼一人だけがカウンターの隅で瘴気を振りまいている。戦いがマキネシアの
「またおしまいなの?」
店主、ヘイルメリーはそう呟いてジョッキを置く。中身が水ではなく酒だというのがこの店主らしい。潰れるときは思い切り潰れればいいのだと言わんばかりだ。なんとも男の心中に敏感だった。
「あなたの人生いっつも終わってるわねぇ」
「あぁーそうだ畜生、負け通しだよ。大口の依頼だったんだぞ、それも市街の! これをしくじるってことは市街とのコネが断たれるってことだ。もうおしまいだよ。俺の人生はおしまいだ。いや始まってすらなかった。始まるまでもなく、おしまいなんだよ、メリー」
「始まってもないものは終わりようがないじゃない」
「言葉遊びだ、そんなもんは! おしまいったらおしまいなんだよ!」
がしゃんと軽妙な音を立て、スクラップの野良猫がカウンターに飛び乗る。続いてザイールの機械化された腕に噛み付き、質の悪い金属であると分かるなり顔を背けた。猫までこのザマだ。どうしようもない。
ザイールはまたジョッキに口をつける。ヘイルメリーはやれやれという顔で酔っ払いを眺めた。大体はこうだ。たまたま今日の相手がザイールだっただけで。
「誇らしいことよ。市街がスクラップフィールドに仕事を持ってくるなんて、普通はありえないもの。それだけあなたの腕が評価されてるってこと」
「慰めはよせ」ザイールはまた空のグラスを叩きつけた。「いいかぁ、俺は失敗したことを嘆いてんじゃねえ。自分の力で最善を尽くして駄目だったんなら、それも一つの結果だと受け入れるさ。成長はそこにこそある。だが今回は違った! 違ったんだ!」
赤ら顔のザイールはナッツを割った。
「そもそもの間違いは市街上がりの連中をメンバーに加えたことだ! 奴らときたら鉄骨の一つや二つ運んだだけで根を上げやがる、そのうえ工具の使い方もろくに分かっちゃいねえ! 何でもするからと泣きつかれて馬鹿を見たんだ! ああそうだ正しく俺は馬鹿だよ! マキネシア中探したってこんなお人よしのクソ馬鹿野郎はいねえ!」
「あらそう?」ヘイルメリーは微笑む。「私は優しい人って好きだけど」
「女は誰でもそう言う」
「男とか女とかじゃないわ。人としてどうかってお話よ」
「まあ待て! 聞け、聞けよ。話はまだ終わっちゃいねえ」
またジョッキが置かれる。恐ろしい店主だ。完璧な割合で生み出されたビールの泡がザイールの口元に張り付いた。
「いいか? な? 骨組みが出来て、あと少しで完成ってとこで、な? そこでだぞ、誰がロケットランチャー打ち込まれるなんて思う? 俺が一体何をした?」
「仕事をしてたんでしょう」
「そうだ! 俺の仕事をあの馬鹿はたったの一発で木っ端微塵にしやがったんだ!」
「あの馬鹿って?」
「あの馬鹿だよ。馬鹿って言ったら奴しかいねえだろ」
「Dブロックには馬鹿しかいないわ」
「その馬鹿共の中で一番馬鹿な奴だ」
「あぁ……」納得したように頷くヘイルメリー。「請負人さんね」
そうだ、とザイールは机を叩いた。八つ当たりだ。机もたまったものではない。
「シュティードが壊したの?」
「似たようなモンだ。奴を追ってたどっかの馬鹿が、俺の骨組みに向かってロケットをぶっ放しやがった。そいつで全部オシャカだよ」
「じゃあ彼を責めるのは筋違いだわ」
「いいや、奴の所為だね! 追われてる時にゃ近くを通るなと俺は再三忠告したんだ! 奴がそれを守った試しは一度もねえ!」
「しょうがないわ。追われてる方は命がけだもの」
「命がけなのは俺だって同じだ」
「じゃあどうするの? シュティードを踏ん縛って半殺しにする?」
「……」
「そうね。それじゃ解決しないものね」
理解してはいるのだろう、ザイールはそこで口を噤んだ。ただ納得がいかないというだけの話だ。彼にはどうしようもなかった。
「……俺の人生はおしまいだ」
「もう十回は聞いたわ。大丈夫よ、一回転んだぐらいじゃそうそう死なない。一度落ちるとこまで落ちてみるのも手よ。ただでさえスクラップフィールドは理不尽なところだもの。災難だったと思って諦めるしかないわ」
「……」
「元気出して、ザイール。もっとポジティブにいきましょう」
「……チクショー、そう考えたらお前はスゲェよなぁ……」
なんとも面倒な珍客だ。もうザイールの目は虚ろだった。
「この店、何回潰れたんだ。二〇回ぐらいか?」
「半壊が二四、全壊が五。そのたびに改装よ。今じゃビアガーデンだかバーだかよくわからないわ」
「どっちだっていいさ。酒が飲めれば同じだ。敬服するね」
「そうは言うけど、お店があるのはあなた達のおかげよ」
ヘイルメリーはグラスを置く。今度は水だ。優しさにしては遅れ気味だった。
「お酒を飲みに来る人がいなきゃ、酒場は潰れちゃうもの。知ってるでしょ、私、市街で摘発されたからこっちに来たのよ。私がここにいられるのも、酔っ払いのお陰ってワケ」
「感謝するのはこっちだよ。酒がなきゃやってられねえ。酒場は他のブロックにもあるが、まともな店は少ない。質の悪い密造酒と横行するぼったくり……どいつもこいつも足元見てやがるのさ。そう考えりゃこの店は随分とマシだ」
ザイールは笑った。
「店主がイカれてるってことを除けばな」
「そうね。客は酔っ払いのゴリラだし」
「同じのをもう一杯」
「はいはい」
からころと入り口の鈴が鳴る。また酔っ払いか、今日は随分儲かりそうだ──振り向いたところでヘイルメリーは手を止めた。応じて酒場中の酔っ払いもそれに倣う。
「ひどい香りだ」
来訪者達はそう言った。ゴミ箱の中でも見るような目つきで。
白いスーツに水色のネクタイ……〝市街〟を牛耳る大企業にして国家警察、ZACTのお出ましだ。どいつもこいつもサングラスをはめている。おまけに手元には粒子銃ときた。とても一杯ひっかけに来た風体ではない。
市街。市街の連中だ。ZACTだ。なんでここに? 酔っ払いが往々に声を上げ始める。誰もが露骨に顔をしかめた。いい理由でないことだけは酔っ払いの死んだ脳細胞でも想像がついたからだ。
「モンスター・ビアガーデンはここで合ってるか?」
先頭の男が一歩前に出る。ヘイルメリーが眉を潜めた。
「……そうだけど?」
「ならいい。見れば分かると思うが」
男は胸元のカフスを指す。白いカラスの紋章が伺えた。
知っている。それは──行き過ぎた秩序の象徴だ。
「ZACT嗜好品取締執行官だ。全員両手を頭の後ろで組んでその場に伏せろ」
「……気に入らないわね。理由ぐらい言ったらどうかしら」
「新・禁酒法に基づきこの酒場を摘発する。拒否権はない」
横柄な奴らだ。ただでさえ無茶苦茶をやりかねない酔っ払い共の神経を、猫の喉にでも触れるように逆撫でしてくる。
苛立ち気味に立ち上がろうとしたザイールを制し、ヘイルメリーが男の前へ出た。
「あなたここがどこだか分かってる?」
「マキネシアDブロックだが?」
「そうよ。掃き溜めなの。あなた達の管轄外じゃなくて?」
「これまではそうだった。だがこれからは違う」
男が粒子銃のセーフティを外す。装着された鍵状のデバイス──市民権〝IDメモリ〟に呼応し、白銀の銃身に青い電飾が浮かび上がった。
「はっは!」
ザイールが失笑する。吊られて酔っ払いどもがげらげらと爆笑した。
「んなっはっはっはっはぁ! はぁーこいつは傑作だ! いや同情するぜ、なんせ市街に酒はねえんだからな! 知らなくても無理はねえ! はっはっはぁ!」
「……?」
「災難だ! 災難としか言いようがねえ! こいつぁどうしようもねえぜオイ!」
「何を言っている?」
野蛮人の巣窟だ。ここはまさに近代のジャングル。立ち入った外敵に容赦はしない。
酔っ払いどもは一斉に銃を構えた。もちろん酔いどれのザイールも。
「Dブロックへようこそ」
ザイールがショットガンの引き金を引く。それが合図だった。
「──ブッ放せぇ!」
銃声とともに店主が
この日、モンスター・ビアガーデンはついに六度目の全壊を迎えた。
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