第4章 終焉を見た者(6)

「……ああ、やっぱりそういう事ですか」

 長い長いミライの告解が終わった時、ソキウスの口から洩れた感想は、それだった。こめかみをおさえて唸りながらも深くうなずく。

 ミライは千年前のアルセイルへ行き、千年後の世界へ戻って来たのだ。いや、「戻って来た」というのは語弊があるかもしれない。正確には彼女が生まれた時間軸より少しだけ過去の世界なのだから。

 セイ・ギにまつわる話は、別の名ソティラスを名乗ってセァクで暗躍していた頃、禁書庫の番人の記憶を『神の手』でごまかし、ライ・ジュの手記を読んだ。破神タドミールの因子を大陸にばらまき血を集め、自らが破神となって地上を焼き、その後救世主として降臨した事。彼の娘の名がミ・ライであった事も知っている。想い人に二度と会えなかった、それがどれだけ彼の世界を絶望させたのか、手記だけでは見えなかった部分をソキウスはようやく知った。

 ミライとカナタの外見や所持品からも薄々二人の来し方を察していたが、これなら、『あなた方の想像のつかない所から来ました』という台詞にも納得がゆく。アルテアで過去未来を行き来できる可能性も考えた事があった。アルテアで時を超えられるならば、終焉を迎えない為に、帝国を先に潰せば良いという考えも、破神を生み出す運命を辿るエレを消せば良いという考えも、どちらも妥当に浮かぶだろう。

 だが、子供が過去で親を殺せば子供は生まれず親を殺せない、理の矛盾が生じるという説があったか。世界は、千年の輪の内に閉じられた事になる。

「この事は、エレ達には?」

「言わないでください」

 問いかけると、唇を噛みしめ、悲愴な決意を込めてミライが言った。

「エレの事です。知れば自分だけが犠牲になって私達さえ助かる道を探そうとするでしょう。そんな事をされたら、私が耐えられません。それくらいならば、彼女を殺す罪をかぶって消えた方がましです」

 自分一人で責任を負おうと無理をするところはエレそっくりだ、というのは褒め言葉にならないような気がして、ソキウスはその感想を呑み込んだ。代わりの質問を舌に乗せる。

「ところで、あなたは私の消息については話してくれませんでしたが、私はどうしたのですか。やっぱり裏切りましたか?」

 ミライの肩がまたも震えた。「いいえ」ぶんぶんと首を横に振る。

「あなたはいつも私達の味方でした。嘘つきだったけど、楽しい嘘で一杯の物語を聞かせてくれたりしました。インシオンもあなたを参謀と頼みにしていました」

 でも。と呟き地面を見つめる赤の瞳があっという間に潤む。

「あなたはずっと嘘つきだったのに、最後の最後に本当の事を言いました」

『ずっとあなたを守ります』

 それが、破神殺しの剣で全身を切り刻まれ、満身創痍で国境の戦いからイシャナに帰り着き、インシオンの死をエレ達に伝えたソキウスが、ミライに遺した本当だったという。

「そうしてあなたは私に『神の手』でアルテアを与えて、力尽きました」

 両手で顔を覆って、ミライが嘆く。その左手首で、年季の入った赤い硝子製の腕輪が、太陽光を受けてきらりと輝いた。

「私のアルテアはあなたからもらった唯一のもの。あなたにとどめを刺した力なのに、あなたに何かをもらった事が嬉しくて、いつまでも捨てられなかった。そんな自分が嫌になります」

 ああ、とソキウスの口から溜息が洩れる。妹を死なせた挙句に何度も作り直しては壊し、多くの人を犠牲にして、世界への復讐に生きた罪深い自分を、こんなにも想ってくれている人間がいるのか。

「捨てたり、嫌になる必要なんて、ありませんよ」

 ミライが涙に濡れた顔をこちらに向ける。きちんと笑み返しているだろうかと不安に思いながら、ソキウスは言葉を継いだ。

「正直、あなたの知っている私の気持ちなんて全てはわかりませんが、私は本当に心からあなたを守りたいと思って生きたのでしょう。あなたの助けになる力を与えて死んだ事にも、きちんと満足していると思いますよ」

 ぽたぽたと、ミライの涙が地面に落ちた。

「私は嘘つきだから、信用できませんか?」

 ごしごしと手の甲で涙を拭いながら、少女は首を横に振る。そして不意に顔を上げたかと思うと、がばりとこちらの首に腕を回し、唇に唇を押し付けて来た。突然の事に目を真ん丸くしながらも、ソキウスは少女の背を抱き返し、口づけに応える。

(アリーチェ、こんな私が幸せを得てもいいのか?)

 それから、どうして自分はこんなにもインシオンの事が嫌いなのか、やっと納得がいった。

 因果、というもののせいらしい、と。

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