序章 凍りついた心
空から白いものが降りて来ていた。
雨は神の涙、冬にはそれが凍る。だから寒くなれば雪が降るのだと、故郷の伝説ではそう語られていたか。
ならば自分の涙も凍って久しいだろう。だのに冷たい塊になってなお、地面にこぼす事ができない。目の奥で凝り固まって、世に放たれるのを必死に拒んでいるようだ。
人里から遙かに離れたこの地を儀式の場所に選んだのは、これから始まる惨劇の担い手が自分である事を隠す為でもあったが、万が一失敗した時、誰にも知られぬまま一人果てるにはこの山奥が適しているだろうと考えたからだ。
世界に絶望してこれから滅ぼそうとしているのに、世界を気遣う事を忘れていないとは滑稽な話だが、彼女の事を思うと、一縷の望みを託したくなる。
彼女にはもう会えない。心のどこかではそれを納得している。これだけ大陸を巡り、自分の存在を主張しても、彼女は姿を現さなかった。この地を、あるいはこの世を去った。そう考えるのが妥当である。
心と身体に明確な痕を刻んで彼女は消えた。胸に空いた大穴を埋める術は無い。果てしない失意が自分を悪鬼に変えたとて、誰に責めさせようか。
言い訳を並べ立てながら、四本の柱が屹立する地面に円陣を書き終える。いつの時代のどんな部族が作ったか知らない祭壇に、故郷の言葉で思いつく限りの呪詛を刻んだ。
方法は知っている。後は実践するだけだ。赤い石を唇に当てて、濁り無き言の葉を紡ぐ。
『この身、破滅の使者となりて、大陸に崩壊を。その後に救世主として我は降臨する』
みしり、と人間にはあり得ない音を立てて身体が変貌してゆくのがわかる。膨れ上がる暗闇に意識が呑まれてゆく。
人の心を失う前に脳裏に浮かぶは、翻る赤銀の髪。振り返る彼女が淡く微笑む。
その幻を最後にして。
黒き破壊の獣、
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