第12話 死の影

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たとえば霧や

あらゆる階段の跫音のなかから、

遺言執行人が、ぼんやりと姿を現す。

――これがすべての始まりである。


遠い昨日……

ぼくらは暗い酒場の椅子のうえで、

ゆがんだ顔をもてあましたり

手紙の封筒を裏返すようなことがあった。

「実際は、影も、形もない?」

――死にそこなってみれば、たしかにそのとおりであった。



――鮎川信夫 「死んだ男」より



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     12



 時刻は18時。


 日が落ち、空には深い灰色の雨雲が大きくその身体を広げていた。息が詰まるような夏の蒸し暑さはなりをひそめ、代わりに強い雨気を含んだねばつく風が、地面と雲の間を這い回っている。

 そんな中、けたたましいサイレンを鳴らしながら、病院へと走りこむ救急車を横目で眺めつつ、真一と緑青は嵯峨崎総合病院の入り口をくぐった。

 消毒液の香りが漂う病院の中を歩き、真一のきょうだいの居る北病棟へと行く途中、何人かの看護師が真一たちに会釈をしてきた。そうしてすれ違った白衣の後ろ姿を肩越しに眺めながら、緑青は真一に尋ねる。

「……あの方々、真一さんのお知り合いですか?」

「知らねェよ」

「じゃあ、何故みなさん真一さんに挨拶を?」

「お偉い親父の子供だからだろ。受付んとこの医事務の人が言ってたろ、犬飼先生の息子さんじゃないですかあ、ってよ」

「ああ、なるほど」

 納得する緑青だが、真一は不満の色を隠さずに舌打ちをする。

「どこに行っても、誰と話してもよォ……ここじゃ俺は『』じゃなくて、『』なんだよ」

 その言葉を受けて、緑青は彼に見えないように悲しい顔をしたあと、返事の代わりにそっと彼の手を控えめに握った。境遇は違えど、彼女は真一の気持ちが解る気がしたからだった。


 ——自分はどこまで行っても、きっと鴉羽の分身であることに変わりはないだろう。

 そのことに不満があるわけではないけれど、真一の『恋愛』を補填する役割を得た今では、……。


 そういう欲求が彼女の中に生まれていたからこその、後ろ向きな同情だった。


 思わず、緑青は言う。


「これからはずっと、私は――私だけは、真一さんのことを、名前で呼びます」

「……はっ、そうかよ」

 苦笑いのような、照れ笑いのような表情をして、真一は緑青の手を一瞬強く握り返し、それから逃げるように、指をほどいた。



     ※



 ほどなくして、彼等は真一きょうだいの待つ病室へとたどり着いた。部屋の外からも聞こえる元気な二人の声に、真一の顔はふっとほころんだ。

「そういえば、真一さんと妹さんたちって、結構歳が離れてましたよね」

「ああ、妹のひかるは今中学1年で、弟のしょうは小学1年生でな。丁度6個ずつ年下だ」

 弟妹のことを話す彼は優しく、緑青が初めて見る笑顔を浮かべていた。なんだかむずがゆいような気持ちを抱きながら、彼女は真一の妹達の顔を想像する。

「ひかる、翔、元気かー?」

 真一は扉を開きながらきょうだいの名を呼び、彼はよく通る声でそう言った。

 だが、その次の瞬間、彼の表情はハッと驚いたものに変わった。

「あら、犬飼くん。元気だった?」

初鹿野はじかのさん……?」

 なぜなら、そこには彼の弟の翔と楽しそうに話をしている、初鹿野洋子が居たからだった。

 顔にかかった髪を耳にかけながら、洋子は屈託のない笑みを浮かべている。

「ねえ兄ちゃん、ほら見て! 初鹿野さんにお菓子もらった!」

「お、おお……良かったな翔」

 嬉しそうに駆け寄ってくる、包帯に巻かれた翔の頭を撫でながら、真一は何が起きているのかを理解するのに必死だった。

「初鹿野さん、どうして……?」

「私の友達。美容院でよく話すからさ」

 ひかるはギプスの腕で携帯電話をいじりながら、ぶっきらぼうに真一に答える。その会話に洋子も加わって、

「うん、実は私があの美容院で初めて髪を切らせてもらったのも、ひかるちゃんなんだよね」

「初鹿野さん、才能あると思うよ。上手だったし」

「えへへぇ、嬉しいこと言ってくれるねぇひかるちゃん。しかし同じ街とはいえ、ひかるちゃんが犬飼くんの妹だとは思わなかったよ。世間って狭いねぇ」

「だね。私もお兄ちゃんが初鹿野さんの知り合いとは知らなかったな」

 あくまでも携帯電話から目を離さず、ひかるは言う。それに苦笑しながら、洋子は改めて真一に向き直った。

「犬飼くんは、二人のお見舞い? 緑青さんも一緒かな?」

「あ、はい。まあ、顔を見にきたくらいで」

 真一の後ろの緑青は、彼に促され笑顔を作ると、小さく会釈をする。

「ふふ。じゃあ、ごゆっくりね。私はそろそろ行かなきゃいけないからさ」

「はい、それじゃあ。……あ、例の件、また分かったら連絡するんで」

「うん、楽しみにしてるね」

 そこで、洋子はにっこりと笑みを作る。緑青が、その笑顔を見た瞬間だった。

「――!」

 彼女は胸の内に、ある強烈な予感を受信する。どこからともなく彼女の手に緑色の本が現れ、それは勢い良くひとりでに開くと、とある絵を映し出す。


 幸い大きな体の真一に隠れ、ひかると翔にそれは見えなかったが、その本を見た真一と洋子はキッと真剣な顔を見合わせた。

「……犬飼くん」

「ああ……どうやら奴の標的は、志田じゃなかったみてえッスね」

 薄く血の気の引いた顔をして、真一は自分の顎をさする。


 本に映しだされた絵には、怯えた表情のひかる、そして翔を背中にかばうように、胸から腹にかけて深く深く切り裂かれ、事切れた真一の姿が描かれていた。



     ※



「志田くん!! 志田くん、しっかり!!」

「お姉さん、下がって!」

 隊員に押しのけられながら、青藍はストレッチャーの上で意識を失ったままの孝義と一緒に救急車を降りる。そのまま彼は処置室へと担ぎ込まれ、その場で緊急の処置が始まった。

「志田くんは、志田くんは大丈夫なんでしょ!? ねえ!」

「落ち着いてください、お姉さん。止血はなんとか済みましたから、弟さんは助かります」

「――よかった……!」

 青藍はそう言いながら、顔を覆ってへたり込む。孝義が貞野凛に斬られた時、孝義の携帯電話を使って救急車を呼んだのは、何を隠そう彼女だった。その場をしのぐ嘘ではあったが、青藍は自分のことを孝義の姉だと言い、通り魔に襲われたとここまで付き添っていた。

「でも……ちょっと妙なんですよね。彼の傷」

 その傷口の応急手当をした隊員は、座り込んでしまった青藍の前で首をかしげる。

「なんていうか……あまりに綺麗な切創だったんですよ。それに……搬送するときは骨が切断されていたと思っていたんですが、さっき見た時にはそんなことなくて」

 青藍はぎくりとする。

 凛の『刀髪』の一閃は彼の右脇腹から左肩までを、胸骨・肋骨・鎖骨を含めひと息で切り裂いていた。だが、孝義は、生き返ったことによって得た『内燃器官』の影響で治癒能力に関して言えば通常の数十倍にまで跳ね上がっている。身体が危機的状況になればなおさらのこと、真一から受けた火傷が一晩で治ったように、身体的な回復力や強靭さに関して言えば、孝義はすでに人間の限界を遥かに超えていた。

 そのことに気づかれたかもしれない、と青藍は一瞬焦ったが、救急隊員は肩をすくめてこう続ける。

「ただ、あの時は出血がひどかったので、私の見間違いだったんでしょう……とにかく、弟さんは助かります。大丈夫です、心配しないで」

「ありがとう、ございます……!」

 心の中でほっと胸をなで下ろし、青藍はそう返した。処置室のカーテンの向こうでは、孝義の生命が復活の兆しを見せている。彼女は救急隊員に頭を下げると、本心から浮かんだ涙をそっと払った。

 それから彼女は孝義の携帯電話を使って由佳子に連絡を取り、彼女たちを病院へと呼んだ。その時すでに時刻は午後7時半を回っており、由佳子と紋佳が病院に着くまでの間に気分を落ち着けようと、彼女は自動販売機で缶コーヒーを買い、病院の外へ出る。

 救急外来の出入り口は駐車場になっており、加えてそこは以前孝義の病室爆発の影響で、2台の車がスクラップになった現場でもあった。

 青藍が懐かしさを覚えながら夜空を見上げると、そこはすでに暗い色の雲に覆い尽くされていて、ぱらぱらと落ちる雨が、アスファルトをまだらに濡らし始めていた。

(……私がついていながら、こんなことになるなんて)

 缶コーヒー特有の薄い味と、時折吹く分厚い壁のような風に顔をしかめながら、彼女は孝義が斬られた瞬間を思い出す。

 あれだけの大怪我をする場面だったにも関わらず、なぜ『予報』は飛んでこなかったのだろう。それに、自らを死に至らしめる可能性があるにも関わらず、ためらいなく人を切り捨てるあの『本持ち』も、正気ではない。

(それに、深緋こきひ……とか言ったっけ、あの『本』)

 あの赤髪の女は、凛を止めようともしなかった。いくら相手が一度死んだ人間だからといって、それが生き返る前と同じ『人間』であることには変わりはない。

 それを殺したとなれば、無事では済まないはずなのに、彼女は『刀髪』を抜き放った凛を咎めようともしなかった。

(あいつは何を考えてんだ、自分の持ち主が人を殺そうとしたのに……)

 怒りに似た感情を胸の中に渦巻かせながら、彼女はふと、とある可能性に思い至る。


 ――もしかして……あの程度じゃ志田くんが死なないことを、解っていたとしたら?


 その考えを頭の中で言葉にした時、彼女は全身の血管に氷水を流し込まれたような感覚を覚えた。とっさに、彼女は周囲の『本』の気配を読み取ろうと感覚を尖らせる。


(これは緑青と、洋子さんの『本』の熨斗目花のしめはな


 背後の病棟にそれを感じた青藍は、その方向に一度向き直った。


(……それと……もう一冊……!)


 その時、彼女の背後でザッと雨脚が強くなる。地面を叩く雨粒の音に紛れ、彼女の耳にには聞き覚えのある陰気な少女の声が聞こえた。

「ここだよね、深緋」

 青藍はゆっくりと振り返る。

「ああ、間違いない」

 果たして、そこには黒い傘をさし、こちらを見つめる凛と深緋が立っていた。青藍と目が合った深緋は、挑発的に短い髪をかき上げながら言う。

「おや、丁度あの少年の『本』が居るじゃないか。それに他にも、知らない2冊の反応がある。用心したほうが良さそうだ」

「……アンタら、一体何の用?」

 鋭い口調で青藍は訊いた。同時に彼女は少しだけ身構える。

「お前の持ち主に話を聞きに来たんだよ、青藍」

「何の話だ。志田くんは今喋れないよ」

「なら喋れるまで待つまでさ。内容は以前言った通りだ、マスターキー連続殺人事件について、どこまで、何を知っているか。洗いざらい喋ってもらう」

 言いながら、深緋は横目で凛を見た。相変わらずの深い怒りに染まった瞳で、凛は青藍を見つめている。

(やられた……はじめからこいつらは、志田くんを弱らせてから話を聞くつもりだったんだ……!)

 同時に、自分たちがいかに浅慮だったかを青藍は悔やんだ。

 そう、彼女は失念していた。自分たちが鴉羽のコピーたる『本』であり、常に記憶や知識はある程度共有されていることを。

 そして、青藍と緑青が『刀髪』や『髪鑢』のことを調べられるように、深緋も『内燃器官』について知ることが出来ることを。

 だからこそ、凛は孝義の生命が脅かされない程度に彼を痛めつけ、その上であらゆる質問が出来る基盤を作ろうと考えたのだ。

(少し考えれば思いつくことなのに……!)

 青藍の胸に、後悔が強く渦を巻く。そして、その油断の原因を探し当てたとき、彼女はふと心の奥底が、どっしりと冷め切っていくのを感じた。


(……ぬるま湯に浸かりすぎたんだ、私は)


 彼女は手にした缶を強く握りしめる。青藍は、自分が孝義や由佳子、そして紋佳と過ごしたことで、『自分が人間ではない』という自覚がいつの間にか薄れていたことに今更ながら気づき、歯噛みした。本来ならば摂取する必要のないコーヒーを飲み、ケーキの味に興味を持つ程に、彼女は「ひと」として過ごし過ぎてしまったのだ。

 だが、短いながらも、孝義の家族と過ごす時間は楽しかった。由佳子の話は面白かったし、紋佳とは不思議と馬が合った。

 何より、小難しいことを考えすぎる孝義の性格も、彼女はとても気に入っていた。


(……でも、は……そんな暖かさは、私には初めから、必要なかったんだ)


 眼前に立っている深緋のように、あくまで自分たちの利益と安全を最優先し、どんな手を使っても情報を集め、あらゆる手段をもってして脅威を排除する――そんな冷たい生き方こそが自分たちの本分なのだと、青藍は思い知った。


 だからこそ、彼女は言う。


「……ついてきなよ。案内する」

 顎で二人を病院の中へ促し、彼女は孝義の携帯をポケットに手を入れながら歩き出した。その様子を見て、深緋はフン、と鼻を鳴らす。


「ずいぶん素直だね」

「抵抗しても、意味がないだろ。さっさと来なよ」

 肩越しに青藍は言い、その言葉を受けて凛と深緋は彼女の後に続いた。



     ※



 志田孝義の母親である由佳子と、その娘である紋佳が嵯峨崎総合病院へとタクシーで辿り着いた時、車内の時計は20時を少し過ぎた辺りを指していた。


「お客さん、レシートは」

「いらない!」

 そう叫び、車内から飛び出した由佳子は、緊急外来の自動ドアをこじ開けるようにして病院の中へと体をねじ込むと、看護師を見つけるなり胸ぐらを掴んでこう叫んだ。

「孝義は!? さっき運ばれてきた志田孝義はどこ!」

「お、おちついて下さい……ええと、運ばれてきた男の子なら、今処置中だと思いますから……」

「死んではいないのね!?」

「ええ、ええ! 処置の現場に私も居ましたから……出血はひどかったですけれど、命に別状はありません」

 その言葉を聞いて、由佳子は大きなため息を付きながら、崩れ落ちるように膝をついた。追いついた紋佳は立ち去る看護師に頭を下げ、由佳子に肩を貸しながら端の長椅子へと彼女を連れて行く。

「孝義は……本当にもう……何してんのよ、事故に遭って何日も経たないうちに、今度は通り魔って……」

 顔を覆い、愚痴をこぼすように由佳子は言う。その隣にどすんと座りながら、紋佳は足を組んで天井を見上げた。

「まあまあ。私もびっくりしたけどさ、命に別状は無いらしいじゃん」

「……ほんとかしら」

「嘘ついても病院側にゃメリットないでしょ。気分が落ち着いたら見に行こう、ね?」

「そうね……今あの子見たら、私多分卒倒するわ」

 焦りながらも、あの看護師が処置中と言っていたからには、恐らく今は顔を見ることは出来ないだろう、と冷静に由佳子は思う。

「青藍さんは……大丈夫かな」

 紋佳の言葉に、由佳子は顔をしかめた。天井を眺めたまま、紋佳は続ける。

「青藍さん、孝義が襲われた時、一緒にいたんでしょ? それなら、見ちゃってるはずじゃん、孝義が……やられた瞬間をさ」

「……電話くれた時は、ずいぶん取り乱してたみたいだけど……きっと大丈夫さ、あの人なら」

 額に手を当て、思わず浮かんだ涙を堪えながら、由佳子は言う。話を聞く限り、青藍と孝義は会って数日しか経っていない。だが、由佳子は彼女の行動の端々に、時間というものによらない愛情や信頼に似た、確然たる何かを感じ取っていた。


「もう少ししたら、看護師さんに聞いて孝義に会いに行こう」

「気分、大丈夫なん?」

「もう少ししたら大丈夫になる」

「――なら、まぁ、いいけどさ」

 不満そうに頬杖をつく紋佳を見て、由佳子は苦笑しながら思う。

(あんたの心配してることはわかってるよ、紋佳)

 きっと紋佳は、孝義とその隣に居るであろう青藍に会ってしまった時――孝義の怪我のことで由佳子が彼女を責めてしまうことを恐れたのだろう。孝義よりも大人だろう彼女がついていながら、なぜこんなことになってしまったのかと。

 だから、ほんの少し、頭を冷やす時間が必要だった。そして同時に、そんな時間を必要とせずに、信頼を築くことが出来た孝義と青藍の関係が、少しだけ羨ましいと思う。

「ふぅ……」

(息子の彼女に嫉妬とか、ダサいね、全く)

 短いため息とともにそう思いつつ、波立った気分を落ち着けようと、由佳子は紋佳に小銭を渡す。

「……なにこれ?」

「何か飲み物買ってきて。アンタのも買ってきていいから」

「はいはい……」

 言いながら、不満そうに紋佳が立ち上がった、その時。


 低く重い音を立てて2度、遠い爆発音が響く。

 病院の窓が、カタカタと小さく揺れた。



      ※



 時間は少し巻き戻る。

 青藍は、貞野凛とその『本』である深緋を伴い、長い廊下を歩いていた。廊下に据え付けられた時計は19時55分を指している。昼には明るく、清潔感に満ちているはずのこの場所は、太陽が落ち、人の気配が消えた今、昼の顔とは真逆の、暗く得体の知れない深い闇を強く強く孕んでいた。

「……全く、無駄に広い病院だね。ずいぶん歩くじゃないか」

「志田くんは大怪我だったからね。設備の整った場所まで連れて行かれたんだよ」

 深緋の挑発じみた言葉に、青藍は後ろを振り向かずに言う。勝算は薄いが、彼女には策があった。

(この病院には、犬飼くんと初鹿野さんがいる。彼らが……あるいは彼らの『本』たちが、私達に気づいてくれれば……)

 だが、深緋が『本』である以上、他の『本』の気配に気づかれるのは時間の問題。

(だから、それを利用する。仲間が居ると思わせれば、きっとコイツらは気軽に手を出せなくなる……)

 背後から聞こえる2つの足音を聞きながら、彼女は手にした本に力を込めた。

 やがて三人は2回角を曲がり、不自然な道程で元の救急外来の処置室入り口へとたどり着く。

「……おい、青いの。ここに着くにはずいぶん遠回りだった気がするんだが?」

 深緋は顎で廊下の先を指す。その先の自動ドアは、紛うこと無く彼女たちが入ってきた場所であり、それを見て凛はギッ、と眉間に皺を寄せた。

「……からかってるの?」

 低い少女の声は、孝義を斬った直前の濃い殺気を孕んでいる。力なく下げられた右手には例の黒い剣は握られていなかったが、彼女に睨まれた瞬間、青藍は剃刀のような鋭い寒気が身体を駆け上がっていくのを感じた。

「……この病院には初めて来たんだ。迷って当然だろ」

 そう言い、青藍は震えそうな手で処置室の自動ドアを開く。

(頼むから気づいてよね、緑青……!)

 背中に、遠く薄く感じる、妹の存在を感じながら。



    ※



 真一と緑青、洋子の三人は、入院病棟から少し離れた渡り廊下に居た。ひどい雨の音が、白い飛沫となってガラスを叩いている。その先の闇を睨むように佇む真一に、洋子は心配そうに聞いた。

「ねえ、犬飼くん。どうして病室から離れるの?」

「俺が病室で死ぬとしたら、病室に居なきゃいい。そうすりゃ予報は根っから外れますから」

「でも、ひかるちゃんと翔くんが狙われるかも……」

「いや、それはねえッス。俺が死ぬ瞬間があの『予報』で、そいつがほぼ的中ッてんなら、俺が死ぬまではひかると翔は絶対死なねェ」

「へぇ……」

「それに、ここからなら親父とお袋が働いてる内科病棟がよく見える。何かありゃ、こっからすぐに駆け付けられるからよ」

「なるほど……すごいね、犬飼くん」

 洋子は感心したようにうなずく。その様子を見て、彼女の後ろで緑青は得意気に微笑んだ。洋子の肩越しにその笑顔を見て、真一は苦笑しながら、こう続ける。

「とはいえ、この場所が危ねェのは変わりねえスから。しばらくはここで様子を見るつもりッスよ」

 真一は、もう一度窓の外へと視線を移す。強い雨は相変わらず窓を叩き続けていて、地鳴りに似た反響が、がらんどうの廊下を低く揺らした。

 ……ふと、その時。階下から立ち上ってくる違和感に、緑青は顔をしかめた。感じるのは、覚えのあるひとつの気配と、それからもうひとつ、知らない気配。

(一つは、青藍姉さん……なら残りは……?)

 青藍や緑青たち――つまり『本』が気配を察知出来る存在は、自分たちと同様の『本』に限られている。

 さらに言えば、緑青は真一、孝義、洋子の三人以外の『本』を知らない。自分はここに、青藍は階下に、洋子の熨斗目花はこの階、自分たちの近くに居る。

 つまり、この街の本のうちのほとんどが――。

「真一さん、行きましょう」

 言うと、緑青は長い髪を手で払いながら真一に背を向け、歩き始める。

「待て待て待て。病室には行かねえッて今言ったばっかだろうが!」

「病室には行きません。行くのは下です、『関節の爆弾』の準備をしておいて下さい」

 緑青は静かに、だが強く言った。真一はその口調に覚えがあった。

 それは、あの時――彼が生き返った直後のこと。迫り来る瓦礫と炎を前にして、恐怖と怒りに震えながら拳を握ったその瞬間、聞こえてきたあの声。

「行きますよ、真一さん。敵を討つために」

「……ああ」

「ちょ、ちょっと待ってよ犬飼くん! 一体何が――」

 言いかけた洋子の言葉を遮るように、真一は前を見たまま彼女を手で制した。


「……話し合いの余地は消えた」

 言葉のあとで、真一はゆっくりと振り返る。彼の瞳と、その肩越しに緑青の瞳が、洋子を射抜くように睨みつけていた。


 邪魔をするな、と。



    ※



 処置室の端、カーテンに仕切られたベッドの上で、孝義は死人のように眠り続けていた。腕には太い点滴の針が繋がっており、それが伸びた先には輸血用の血液パックがぶら下がっている。彼は青ざめた顔を歪めながら、時折うめくような声を立てた。

「……見ての通りだ。アンタらにやられて、志田くんは今立ち上がれもしない」

 脂汗で額に張り付いた髪を、そっと青藍の細い指が払う。

「治るまで待つさ、ここで。雨はそう嫌いじゃないが、雨宿りもまあ嫌いじゃない」

 不遜な態度でパイプ椅子を傾ける深緋は、ニヤニヤと笑いながら青藍を見ている。隣の凛は相変わらず不機嫌そうに、腕を組み壁にもたれたまま孝義を睨んでいた。

「あの……志田さんのお友達ですか?」

 妙な空気を察したのか、カーテン越しに看護師らしき声がかかる。青藍はその声にハッとして立ち上がろうとするが、深緋はそれを手で制し、彼女の代わりに返事をする。

「親戚だよ、連絡があって様子を見に来ただけだ。少し私達だけにしてくれ」

「……何かあれば、仰ってくださいね」

 一枚の布越しに見えていた影は、そう言って遠ざかる。足音が消えた頃には、処置室はしんと静まり返り、孝義の心臓の鼓動を示す機械音だけが響いていた。

 改めて周囲に人の気配が無いことを確かめ、青藍はさて、と前置きをして深緋に言う。

「アンタたちが聞きたい、マスターキー連続殺人事件のことっていうのは?」

「全部だよ」

「それじゃ答えになってない。具体的には何が聞きたいのかを訊いてるんだ」

「言えば正直に話してくれるのかい、お前は」

「そのつもりだよ、こっちは人質取られてるようなもんなんだ」

 青藍の言葉を聞いて、深緋は後ろの凛に小さく振り返る。彼女は壁にもたれたまま、視線をゆっくりと青藍へ移すと、静かに口を開いた。

「……犯人のこと、どのくらい知ってる?」

「そう詳しくは知らない。私達もその犯人を追いかけてる途中なんだ」

「……なるほど、だから私に声をかけたんだね」

 と凛は言った。声が笑うような上ずったものを含んでいたように聞こえ、青藍はふと胸の内に強い違和感を感じた。


(――まさか、このふたりは)


「深緋、上に居た奴らに話を聞きに行こう」

「そうしようか。全く……人騒がせな奴だよ、畜生め」

 心底呆れ果てた、と言わんばかりに、深緋は大きな舌打ちをする。その手がカーテンにかかり、それを横へ払った――次の瞬間だった。


「シィッ!」


 短く鋭い呼気とともに、カーテンの隙間から太い腕が深緋の頭部に向かって振り抜かれる。それと同時にその拳は炸裂し、低い残響と血しぶきを残して深緋の頭部を粉々に吹き飛ばした!


「おぉぉおおおああッ!!」


 続けざまに、残った胴体に向けて真一は拳を叩き込む!

 水に大きな石を投げ込んだ時のような音が響き、深緋の胴体はその名の通り真っ赤に弾け飛んだ。

 飛び散ったものが降りかかり、青藍は顔を庇いながら身体を縮める。


「志田ァ!! 無事か!」


 血まみれのまま叫ぶ彼の背後で、影が走る。


 黒々とぬめった光を浴びて、凛の手にした『刀髪』が煌めいた。

「犬飼く――」

 青藍が叫ぶより早く、その間に入ったのは長い髪の女性――洋子。『刀髪』は彼女の周囲に浮かぶ黒いものに弾かれ、耳障りな音を立てて跳ね上がった。

「邪魔ァ!!」

 叫びながら洋子は凛を蹴り飛ばす。医療器具を幾つか巻き込みながら大きく吹き飛ぶ凛は、転がりながら体制を立て直し、処置室の外へと飛び出した。

「追うよ、犬飼くん!」

 鞭のようにうねる、毛羽立った黒く長い荒縄――『髪鑢』。洋子はそれを器用に操り、手の内に束ねると、真一の返事を待たずに凛の後を追った。

 真一はというと、ベッドに寝ている孝義を見て固まっている。

「お、おい。志田、お前一体……」

「……彼女にやられた。君が殺した『本』の持ち主に」

「――ッ、クソが!」

「待って、犬飼くん!」

 怒りに任せて走りだそうとする真一にすがりつき、青藍は叫ぶ。

「離せ!」

「待てって言ってんだろ!!」

 ひときわ強く叫び、彼女は真一の胸ぐらを引き寄せると、互いの顔と顔を近づけた。強い血の香りに青藍は顔をしかめたが、真一はまっすぐに彼女を睨みつけている。

「なんだ、早く言えよ」

「いいかよく聞け、君が今殺したのは『本』だ。だからまだ君は生きている」

 二人の視線は、深緋の死体へ注がれた。それを合図にしたかのように、深緋の死体はジワリとゆらぎ、蜃気楼のように消えていく。あとに残ったのは血だまりだけで、それを見て一瞬真一の身体が強張った。


 体験した死の恐怖は、彼の身体にもまだ生きているらしい。それを確認して、青藍は続ける。

「殺すなら慎重にやるんだ。もしタイミングを間違えれば、君は死ぬ」

「……どういうことだ」

「私達が殺人を許可するのは、自分の持ち主に殺意を向けている人物を手にかける時だけだ。君はカーテンが開いた直後、反射的に拳を振るっただろ。、どうするつもりだった、ええ?」

「……チッ!」

 自分の行動が見透かされ、真一は大きな舌打ちをして目を逸らす。

「いいかい、今君が実行したように、『本持ち』が持つ力は容易に人を壊す。君が何に焦っているのかは知らないが、、相手を」

 直後、遠くから女性の悲鳴が響く。一聴して洋子とも凛とも違う声色だったが、それを聞いて真一は青藍の手を払った。


「俺はもう行くぜ。洋子さんが心配だ」

 言いながら、真一は振り返ることなく処置室を飛び出す。

 その背中を複雑な表情で見送り、青藍は伸ばしかけた手を力なく落とした。



     ※



 爆発音の後に続いて、ガシャガシャと耳障りな音と女性の叫び声が聞こえ、由佳子と紋佳は思わず身を固くした。

「――なに?」

「さあ、何だろう」

 紋佳は立ち上がったまま、伺うように廊下の奥を覗き込む。すると、ぽつぽつと明かりの灯った暗い廊下の奥から、誰かが走ってくるのが見えた。

「母さん、誰か来る」

「誰よ、誰かって」

「多分、女の子だと思うけど」

 紋佳の目に映ったのは、セーラー服の少女だった。だが、その手には何か黒い棒のようなものが握られている。直後、少女も紋佳に気づいたようで、一瞬だけ足を止めるとそのまま横に伸びる廊下へと姿を消した。

「……どっか行っちゃった。何が起きてんのよ、もう」

 呆れたように紋佳がため息をついたとき、廊下の奥から女性の悲鳴が聞こえ、続いて何かが倒れる音がする。

 由佳子と紋佳は互いに怪訝な顔のまま視線を交わし、

「孝義」

 と同時に家族の名前を口にした。

 青藍は、真一が病室を出て行った直後、身体の中心を奇妙な感覚が貫いたのを直覚した。手には陽炎が形を成すように青い本が現れ、その中ほどのページがひとりでに開かれる。

「こんな時に……」

 現れ出たのは、腰の辺りを一閃、切り裂かれ仰向けに倒れた孝義の絵。広がる血だまりに膝をつき泣き崩れる由佳子と紋佳も共に描かれていることから、おそらく孝義は彼女たちをかばって死んだのだろうということが察せられる。


 そしてそれを見た瞬間、彼女は全身から一気に血の気が引いた。


「……ッ、まずい!」

 自分は、由佳子たちをこの病院へ呼んだ。もし彼女たちがこの病院に今居るとするならば、すぐに連絡を取らなければならない――!

 彼女は慌てて孝義の携帯を掴むと、盗み見た暗証番号を入れロックを外し、すぐに由佳子へと電話をかける。

 ほどなくしてそれが繋がると、スピーカーからはすぐに由佳子の切迫した声が響いた。

「青藍さん、今の悲鳴はなに!?」

「すぐこの場を離れて、危険な人物が徘徊してます」

「孝義は……孝義は無事!?」

「大丈夫、今病室で眠っていますし、扉には鍵をかけてます。だから今すぐここから離れて!」

 青藍の言葉を受けて、受話器の奥からは一度深呼吸をする音が聞こえる。

「……本当ね、孝義は大丈夫なのね」

「ええ、彼は私が守ります。何があっても、絶対に」

 青藍が言ったとき、孝義がうめいた。眠ったままの彼が、胸に厚く巻かれた包帯を苦しそうに掻きむしると、すでにそこに怪我は無く、すでに塞がってしまった傷跡が、黒く固まった血とともに薄赤く盛り上がっているだけだった。

「信じるからね……私たちは家に戻る、それでいいのね」

「はい、任せてください。彼は私が死なせません」

「……任せたよ」

 そして、静かに電話は切れる。直後、彼女の手の内にある本からは絵が消えていき、それを確認して青藍はため息をついた。沈黙した携帯電話は、静かに時を示している。


 20時32分。何かが起きる予感とともに、彼女はそれをデニムのポケットに押し込むと立ち上がり、孝義を後にして処置室を出た。

 廊下には転々と赤い足跡がついている。深緋の血が真一の靴に付着していたのだろう、それを追いながら薄暗い廊下の角を曲がり、少し進んだところで、新しい血の匂いが強く青藍の鼻を刺した。


 そこにあったのは死体。切り裂かれた死体。肩口から腹部に至るまで、一撃で切り裂かれた、死体。


(――どうやって、これを)


 青藍は口許に手をやりながらそう思う。手法について疑問を持っているのではない。彼女はこう考えていたのだ。


(……『?)


 マスターキー連続殺人事件の犯人が『本持ち』だろうという仮定は、眼前の死体の傷跡を見た瞬間、すでに青藍の中で確定事項と化していた。

 殺人を絶対に許さない条件が敷かれているにも関わらず、貞野凛はどうやってこの殺人を続けているのか。だが、考えれば考える程に解らない。

 恐らく、それは孝義が言う裏技というやつなのだろう。その裏技がこの一連の出来事のどこかに隠れているはずだ。


(けど、私たち『本』はどんなことがあろうと、殺人なんて絶対に見逃さな――)


 と、そこまで青藍が考えた時。


(『見逃さない』――?)


 彼女の中に、思考の欠片を繋げる一本の糸がハッキリと見えた。

 自分たち『本』は、持ち主が殺人を犯すことを絶対に見逃さないし、絶対に許さない。


 ……、『


 


 それに、『本』は人間ではない。

 仮に『本』を殺したとしても、先ほどの真一のように裁かれることはないし、『本』が死んだ時点で、その『本』は『本持ち』を見張ることができなくなる。



(こんな単純なことで……!)



 考えながら、彼女は真一の足跡を再び追い、走り始める。



(もし仮にこの推理が正しいとするなら……)



 真一と洋子が危ない。咄嗟に彼女は二人の『本』――緑青と熨斗目花の場所を探ろうと意識を集中させ……ゆっくりと、足を止めた。

(なに、これ)

 驚愕の表情で口許を抑えながら、青藍は思わずその場にしゃがみ込む。

(これは、違う。そんなバカな。それなら)

 十数メートル先の場所に、今しがた死んだはずの深緋の存在を、ハッキリと感じ取ったからだ。

 熨斗目花は深緋のすぐ近くに、そして少し離れた階上に緑青の存在を感じる。

(……それなら)

 血の匂いが、ふたたび彼女の鼻を突いた。背後にある死体の周辺には、ところどころ薄い照明に照らされた、荒れた毛髪が散らばっている。


(……それなら!)


 真一の足跡が続く廊下の奥から、重く響く爆発音が聞こえた。



    ※



「――くッ!」

 半身に構えていたのが幸いし、真一にはぎりぎり避けるゆとりがあった。彼が飛び退いた瞬間、風を裂く音が響き、それと同時にぬるく焼けた空気が全身を包んだような感覚に襲われた。


(斬られた――!?)


 真一はそっと自分の脇腹をさぐりながら、剣を振り抜き、膝をついたまま動かない凛を油断なく睨みつける。

「はっ、はあっ、はぁ……!」

 果たして、脇腹は無事だった。だが、それがわかったとき、彼の息は大きく乱れ、全身に脂汗が浮かぶ。

「……存外速いね。身体、超でかいくせに」

 凛は言いながら静かに立ち上がると、右半身を引いて腰を落とし、その動きとともに研ぎ直した『刀髪』を下段に構えた。剣は彼女の身体に隠れ、真一にはその切っ先すら見えない。

 凛が踏み込んだ靴底を軋ませると、二人の間の空気もギシリと軋んだ。

(……クソが)

 彼は心の中で悪態をつく。彼は凛の一閃を、傷一つ負わず避ける事ができた。しかし、『刀髪』の持つ果てしない鋭さと、底無しの殺意を全身で浴びたことで、彼の心には見えない傷跡が深く刻みついていたのだ。

(足が、動かねえ……)

 その傷は、彼に二の足を踏ませるのに充分な力を持っていた。

 踏み込めば、斬られる――確信じみた予感が、強く強く真一の心臓を鷲掴みにしている。



 そして、それが彼の命運を分けた。



「いくよ」

 つぶやく彼女の手にした剣は、いつの間にか細く形を変え、長く長く背後に伸びている。

 そう、真一が躊躇している隙に、凛は『刀髪』を持つ手から徐々に力を抜き、剣を構成する毛髪を少しずつ切っ先へと滑らせていた。普通ならばのその髪は、彼女の能力によるものか、いまや約5メートルほどの長大な薄刃と化している。

 剣を背後に隠すような凛の構えは、つまり彼女の持つ『だったのだ。


「……『』、外さないよ」


 そして、その言葉で真一は気づく。

 先ほどの一閃は、のではなく、凛がのだということに。

 恐怖を植え付け、自分の足を止めるための、罠のひとつだったということに。


「あ――」



 だが、気づいた時にはもう遅かった。

 凛が上半身をしならせ、右腕を薙ぐように振り抜いたその瞬間。


 を、

 を、

 を、

 を、

 を。


 切断しながら、『刀髪』は真一の左肩から右脇腹までを、かすめるように袈裟にばっくりと切り裂いたのだ。


 それは、緑青の本に現れた傷と、同じ軌跡。


「――ッ、あ」

 短い声のあと、ずぶ濡れの布巾を床に叩きつけたような音とともに、真一は胸をかばって床に倒れ伏した。灼熱の塊を胸に流し込まれたかのような感覚に悶えながら、彼は目の前を横切って行く足を力なく睨む。

「てめ……ェ! 待、て、コラ……」

「寝てて。私はやらなきゃいけないことがあるの」

 そう言うと、凛は真一の横を通り過ぎていく。それを追った真一の視線の先には、黒い縄を手にした洋子が立っていた。

「……始めようか、凛ちゃん」

「ええ、終わらせましょう」

 二人の短いやり取りを最後に、真一の意識は途切れた。

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