第78話 彼女達の戦い

「やめた方がいいよ・・・・イリスちゃん」

 ホビット族であるソフィア ・ハスローは、同じ雪花国魔術教導院に通うイリスに必死に呼びかけていた。

「嫌よ。絶対。今回は女の意地を掛けた勝負なんだから。だいたいあのイヌ娘、前からいけ好かなかったのよ。どちらが彼女なのか思い知らせてやらなくちゃ」

 イリスは銃の手入れをしながら、瞳をぎらつかせていた。

「相手が悪すぎるよう。蛇の王国の騎士課の序列3位だっていうじゃない。やり合ったら怪我じゃすまないよう」

 ソフィアは心配性の子供であった。それに輪をかけて今回の対戦相手はあの蛇の王国の騎士課だ。イリスを心配する彼女の気持ちはけして大げさではない。

「ハン。騎士課なんて大したことないわよ。アタシはあの序列1位「残虐王子」カレル・ノヴァクの肩を射貫いて止めたのよ?」

 イリスは前回の都市間交流戦でカレル・ノヴァクの肩を射貫いたことを例に挙げた。


「ねぇ――――危ないわよ。辞めたらどうかしら」

 銃を構えた雪花国魔術教導院の女生徒は銃口の先に居る皐月に向かって三度目の呼びかけをしていた。

「平気でござるよ。弾丸を切ってこその修練――――さぁ、もう一発来るでござる」

 皐月は銃口を前にして剣を抜いたままゆったりと構えて、いつでも弾を着る準備は出来ていた。

(無茶な練習の仕方だなぁ)

 凍太は皐月と女生徒の練習風景を眺めながら、ヴェロニカと遅めの朝食の真っ最中だった。

 相手が撃った弾丸を避けずに切り落とすことに重点を置いた皐月なりの鍛練方らしかったが、凍太には新手の自殺方法にしか見えない。

「ねぇ・・・・あれ留めなくていいの?」

「良いのです。女としては時に引けない事があるのですよ」

 ヴェロニカは縁側に腰掛けたまま、お茶を啜っていた。

「そんなに心配せずとも平気でございますよ。時にトウタ様なら、あの状況をどう切り抜けますか?」

 ヴェロニカは凍太に聞いた。

「どうって、対、銃ってこと?」

「ええ」

「そうだなぁ。僕なら銃のトリガーを制御魔術で動かなくすると思う」

「もとから絶ってしまうという訳ですか。考えましたね」

 そんなことを言った時だった。

 パンと音がなり、銃口が僅かに上がる。

 すぐに皐月が剣を僅かに動かして何かに会わせるような動きを見せた。

「切り落としたの?」

「ええ。恐らくですが」

 血は皐月からは流れていない。弾丸は当たっていないはずだが…。

「まだまだでござるな。もそっと急所を狙って下さらんかな?」

「嫌よ!死んじゃったらどうするのよ!」

 女生徒が抗議した。が――――

「私が死なせはしませんし、安心して皐月の指示に従ってあげて下さい」

 横からヴェロニカが静かに言ったが、当然女生徒は首を縦に降ろうとはしなかった。

「女の戦いに勝つためでござる。協力しては下さらんかな」

 女生徒に静かに言う皐月の目は真剣だった。


 ルールは簡単に説明が行われ、場所は街中にある広場が選定された。

 下は雪がうっすらと積もり、天候は曇り。風が余り吹いていない。

 そんな中、二人は姿を現した。

 勿論もちろん、皐月とイリスである。

「良く逃げずに来たじゃない。犬っころ」

「直ぐ、首にしてやるゆえ安心でござるよ。黒いの」

 ギリィ。

 御互いの歯をかみしめる音が聞こえそうな――――そして、今にもブチ切れて、殴り掛かりそうな顔を、お互いがしていた。決して女子のしていい顔ではない。

「アアン?!」

「何じゃあ?!」

 イリスと皐月がメンチを切り会う。

 その光景は、ヤクザ映画の映像にもひけをとっていない。

(皐月もイリスちゃんもどっちも何て顔してんだ)

 二人のメンチの切りあいを見て凍太はぞっとした。

 どちらが南の大陸に行くことになっても凍太に掛かる負担は同じように想像できた。

(ああ――――神様。どうにかしてくれ)

 この時、凍太が出来るのは、祈りを捧げることくらいだった。



 試合いであれば、本来使用されるべきは木剣となる筈であったが、

 今回は、イリスの武器が銃で有る事と、公正を期したい、という理由から、イリス側から真剣での立ち合い申し込みがあった為に『実弾と真剣』での勝負が成立していた。

 イリスの武器は銃が三丁と銃剣。一丁は長く、もう二丁は短筒。弾丸はいずれも装填済みであった。

 皐月の武器は刀が二本。一本は長く、もう1つは短め。

 その長い方に刃溢れ等がないか確認しながら、有る言葉を思い返していた。

『上手い奴ほど筒の先は動かないにゃ。弾丸が来る方さえわかれば予想は可能じゃないかにゃ』

 ミライザがそんなことを言っていたのを思い出して――――皐月は可笑しくなった。

(ミライザもたまには良いことを言うもんだ)

 鞘に仕舞いながら、ミライザの軽薄な、顔を思い出し、直ぐに意識を切り替える。

(勝つ)

 皐月はイリスに向き直った。



 一方、イリスは広場にある噴水に腰掛け、時が来るのを待っていた。

 隣では、友人のソフィアが未だに説得を続けるが、効果は今一つだった。

 街中の住民が家の窓際から見物しているなか、「両者前へ」と合図があると一斉に街中が騒ぎ出した。



「勝敗は相手の降参、若しくは気絶までとします。分かっていますね?殺してはなりません」

「魔術の使用に制限は有りません。己が言い分を通すには、勝って通すこと。負けても遺恨は残すべからず。良いですね?」

 レフェリー役の雪乃は住民に聞こえるようにわざと言い――――二人も頷きを返した。

「では、開始なさい」

 雪乃が手を交差し――――試合は開始された。


 最初に動いたのは皐月だった。

「フッ!」

 小刀を引き抜き足下すれすれに切りかかる。

 それを、イリスはバックステップをしながら火焔の精霊魔術を使い爆風で強引に引き剥がし――――そして爆発が起こるなか、一発めの発射音が響いた。

(――――!)

 弾丸は明後日の方向へ跳んでいったが、皐月は建物の影に身を潜めた。

(イリスはどこだ)

 今の爆発に紛れてイリスは姿を隠したに違いない。と皐月は思っていたのだが、姿は爆発が起こった直ぐ後ろから動いてはいなかった。

 それどころか

「コラァ!イヌ娘!隠れてないで出てきなさい!」

 と叫ぶ始末だった。のだが――――

(どうにもおかしい)

 挑発が見栄すいているのを、皐月は見逃さなかった。考えられるとすれば――――

(幻術か)

 恐らくあそこに、イリスは幻術だと分かる。とすれば、街の何処かにはいるはずだと皐月は考えていた。



 壁の横に隠れた皐月をイリスもまた見失っていた。

 挑発したが出てくる気配はない。

 自分も爆発に紛れて建物の影から噴水の幻術の先を探ったが気配はない。

(もう!どこいったのよ)

 建物の影からイリスは皐月の姿を探していた。

 鼻の良い賢狼族に嗅ぎ付けられる前に勝敗を決する必要性が彼女にはあった。

 相手は典型的なインファイター型で、近寄らせたら何をされるか分かったものではない。

(脚を撃ち抜いて終わりにしてやるわ)

 イリスは皐月が動き出すのを静かに待ち、一発で勝負を決するつもりだった。



 一方、皐月も隠れたままでは埒が空かない事を良くわかっていた。

(仕方ない)

 皐月は意を決して、一発貰う覚悟で屋根づたいに移動する事に決めた。

 上から見下ろし、発見し、近づいて、切り伏せる。

 その為には一発貰うのは計算に入れておかなければならない。相手はミライザと同じ位の猛者だ。カレルが都市間交流戦で肩を撃ち抜かれた光景はいまでも眼に焼き付いたままだ。が――――

(それでも、勝ちは譲れぬ)

 皐月の目は真っすぐだった。


 イリスが皐月を発見できたのは住民の歓声が功を奏していた。

「スゲエな…屋根走ってんぜ」

 何気ない呟きが聞こえ、少しの間空を見上げると――――そこには屋根走って移動する皐月の姿があった。

(いた)

 イリスが皐月を発見し、マスケット銃を発射すると――――パンと音が鳴り、それは皐月の聴覚を弾丸より速く揺らしていた。

(!)

 一瞬速く報せていた音の為に、皐月は身を伏せる事を成功させた。

 弾丸は皐月の頭を掠める形で当たらずに通りすぎて、それは逆にイリスの場所を知らせてしまう形になった。

(居た)

 魔力で強化した反応速度で眼を向けると、まさに移動するイリスの姿が見えた。

 こうなると、皐月は早い。一目散に駆け出し、屋根を蹴りたて、ぐんぐんとイリスの頭上まで到達してしまう。そして――――順手から逆手に大刀を持ちかえ、ふわりと屋根から飛び降りたのであった。


 ぞわり――――としてイリスが上を見上げる。

 と皐月が剣を下に向け降って来ているのが分かり、ぞっとした。

(もう追い付いたの!?)

 相手の速さにおぞけが走る。 いくらなんでも速すぎた。

 大方、魔術で肉体的強化を施してはいるだろうが、それでも距離的アドバンテージが無くなるのは、恐ろしかった。

 ズドンと皐月が剣を大地に突き刺す形で止まる。そして――――顔だけがぐるんとイリスを見た。

「捉えたぁ!」

「捉えたはこっちの台詞よ!」

 腰に挿してあった短筒が瞬時に抜かれて、火縄の火が精霊魔術で瞬時に点火された後

 パンっ

 と短筒から弾丸が発射される。一目散に弾丸は皐月の身体を傷つけようと走ったが――――

 キンっ

 金属音がして弾丸はポトリと地面に落ちた。

「えっ?――――なによそれ!」

 イリスは眼を疑った。

 何せ相手は弾丸を切り伏せたのだから。


「まだまだぁ!」

 皐月は、路地を逃げ回るイリスに対して、腰に差してあった小刀を抜刀し襲い掛かる。

「しっつこい!」

 対してイリスは、路地を逃げ回りながら精霊魔術を駆使して皐月を一定距離以上には近づけさせない。

 皐月は反応速度と回復、膂力上昇の魔術を使い、多少の傷であれば瞬時に直ってしまうために精霊魔術の爆発や突然飛んでくる鎌鼬も半分受けきるような状態で徐々に近づいてくる。

 裏路地から響く爆発音や金属音は、最初は盛り上がっていた住民達を徐々に不安にさせるのに十分すぎる効果があったようで、そのうちに――――

「ああ、あいつら酒樽全部ひっくり返しやがって!」

「ああ!うちの商品までひっくり返しやがった!」

 と被害があからさまに、ひどくなっていった。

「雪乃様――――いいんですか?あれ」

「まぁ。再開発の必要があるところでしたし、壊す手間が省けたと思えばね」

 雪乃は笑っていたが、紗枝は未だに雪乃のこういう物事に頓着しない性格はすこしゲンナリし――――少しだけ空を見上げる。

 紗枝の後ろで見守っていたヴェロニカはその姿を見て――――

 少しだけ申し訳なく思うのだった。


「ぬっぐぃ!」

「いっぎぃイ!」

 両者の戦いはかれこれ1時間ほどが経過しようとしたところで―――――

 鍔迫り合い―――――正確には銃と小刀での押し合いまで発展していた。

 皐月が上、イリスが下の状態で馬乗りになったまま皐月は小刀を両手で押し込みイリスの銃を両断する形であった。

 イリスも細腕で必死に銃をベンチプレスを持ち上げる様に持ち上げ、皐月の小刀を押し返し、銃の先についた銃剣で横側から腕なり、首筋なりを狙っていた。

「皐月嬢ちゃん!おらもう少しだ!」

「イリスちゃん!膝だ!膝をつかえ!」

 住民は再び広場に戻った二人を自分の家の窓越しに声援を送る。

(なんかひでぇな・・・・ファイトクラブみたいになってら)

 凍太は屋台の一角に座り込みながら、二人の戦いをぼんやりとみてそう思っていた。

 転生前にみた地下での喧嘩じみた格闘映画を思い出し、やがて

(ダブルKOとかしてくれないかなぁ)

 等と考えた時だった。

「お!?二人とも武器を捨てたぞ!!」

 住民が再び大きな歓声を上げた。

 見ると――――皐月は小刀が曲がり使い物にならなくなり、イリスは銃剣が折れ使い物にならず、銃もまた――――重いのだろう――――ガシャリと音を立てて地面へ放り出された。

「やるじゃない・・・・・イヌっころ」

「お主もなかなかでござるぞ。黒いの」

 再びよろよろと立ち上がりながら、それでも目は光を失ってはいないまま

 2人は立ち上がり――――ファイティングポーズを取って見せた。

 そこで雪乃は

「二人ともやれますね?」

 とわかっているかのように二人へ問うと――――

「勿論です!」

「無論!」

 とそれぞれの言葉が弱弱しくだが帰って来る。それを聞き届けた雪乃は

 一度頷き

「その意気や天晴!――――さぁ思う存分おやりなさい!」

 と再び手を交差して見せた。

「凍太ちゃんは!アタシのモンだ!クソッタレェェェ!」

「凍太殿は!拙者せっしゃのモンだ!クソッタレェェェ!」

 御互い間合いが近いのもあってか―――最後はパンチと同じようなセリフが飛び交った。

 イリスは捻りを咥えた左のコークスクリューパンチを。

 皐月は左のアッパーカットを。

 それぞれに打ったが二人の拳はほぼ同時に御互いの顔面と顎を打ち抜いた。

「――――――っ」

「――――――っ」

 虚空を見上げる様にして膝から倒れるイリス。

 皐月は後ろに倒れたまま大の字に。

「おお!見事な共倒れ!」

 倒れた二人を見ながら雪乃が偉く満足げにつぶやいたのを住民は白い目で見ていた。


 それから二三日の後――――

「どちらもつれて行きなさい」

「ええ?!」

 凍太は雪乃の私室に呼ばれて不満そうな声を漏らした。

「なにが―――ええ?!なんです」

 雪乃がお茶を啜りながら、ぎろりと目だけで凍太を睨みつけた。

「だって・・・・最初は勝った方を連れて行くって条件じゃなかったですか」

凍太は小声で言い返した。

「あんな、良い戦いっぷりを見せられてお前は何も感じなかったのですか?」

 雪乃の眼光が鋭くなった。

「実に良い戦いっぷりでした。思わず私も飛び込んでしまいそうになる―――それほどに気合の入った戦いぶりでした。いやぁ久しぶりに女のを見ました」

 独白のように雪乃は呟いてから――――

「ですので、今回は二人の同行を許可します。よいですね?」

 雪乃は笑って見せたが――――その顔は逆らう事を許してくれそうにない。そんな笑顔だった。そんな笑顔の前に凍太も気圧されたのか

「アッ――――ハイ・・・・」

 としか返すことが出来なかったのである。

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