第79話 老狐の助言

「あっはっはっ」

「そんなに面白い?」

 凍太は目の前でお腹を抱えて笑う狐族のお嬢様リーファを見た。

「そりゃそうでしょ。あんたを取り合って喧嘩だなんて。それも共倒れだなんて面白すぎよ」

 二人トウタとリーファが居るのは北央のとある茶屋であった。

 昔からある住民の憩いの店でそれなりに年期が入った店内ではある。

 ここには凍太とヴェロニカ、リーファの3人だけ。皐月とイリスは雪乃の命を受けて月狼国の首都――――月の都へと出かけている。

「強敵は時として友となるものですよ」

 雪乃はそんなことを言っていたのを思い出してトウタは

(のりが週刊少年〇ャンプだなぁ)

 等と考えていた。

 ともあれ、仲間が増えて悪いことは余りない。どちらかと言えばプラスになるのだから。

 しかし、皐月とイリスはそう簡単に仲良くなるとも思えない。

 それが凍太には気がかりであった。

「で?アンタがお願いって何かしら?」

 お茶をコトリとテーブルに置くと、麗華は話を切り出してきた。

「北央に棲むという狐族の長老に、合わせてほしい」

「? 会ってどうするっていうのかしら」

「おばあちゃんが言うには、その長老は、誰よりも南の大陸に関する情報を知ってるらしいんだ。本や文献ではわからないことが聞けるかもしれない。僕は、そう思ってる」

「あいにく長老様はここ何年も奥院に入ったきりよ。私たちでも、そう易々とは合わせて貰えないわ」

 麗華は冷たく言い――――あしらおうとした。

(実は嘘だけど――――ね)

 胸中ではそんなことを思いながら。

 実のところを言えば、長老には狐族の仲介があれば、比較的簡単に会う事はできる。

 しかし、この人物が、かなりの偏屈で、自分が気に入れば、話くらいは聞いてくれるだろうが―—――もし、気に食わないとなれば目の前にいる凍太などはあっという間に殺されてしまう可能性すらある。

(知り合いが死ぬのなんて見たくないわ)

 正直なところ、麗華はこの場を穏便に済ませたいと思っていた。が、凍太は何が何でも引き下がるつもりはないように見えた。



 長老の真の正体は、10の尾を持つ銀毛の牝の老狐ろうこでかれこれ400年近くは生きている。この事を知っているのは、狐族だけで、その正体は余程の事がない限り明かされたりはしない。

(簡単にここはあしらって帰らせちゃったほうがいいわね)

 麗華はすました顔を最後まで崩しはせずに、

「まぁ長老に会うのは止めた方がいいんじゃないかしら」

 そんなことを言って話を切り上げて、茶店を後にしたのであった。


「断られてしまいましたね」

「いや、まだ分からないよ?多分―—――あの子はツンデレさんだから」

「ツンデレ?」

「外は冷静でも、中味は優しかったりする人のことだよ。ヴェロニカさん見たいにね」

「何を言っているのですか?」

 凍太はヴェロニカをツンデレと評したが、帰って来た答えは冷めたものだった。

(あれぇ?ヴェロニカさん。ツンデレじゃないのかなぁ‥‥見た目と反応はツンデレっぽいのに。読み間違えたかな?)

 そんなことが頭を横切る。

「とにかく、まだ分からないよ。もうしばらく待って、粘り強く交渉してみよう。ああいうタイプは押しに弱いもんさ。結論はそれからでも遅くないよ」

「わかりました。では近くに宿でもとりませんと」

 ヴェロニカはすました顔でそう返したが――――自分の性格を見抜かれたような気がして―――――内心は少し驚いていたが、あえて言いだすことはしなかった。


 北央の宿屋は賢狼飯店にでも取ろうと考えていたのだが

「申し訳ありません。あいにく埋まっておりまして」

 と店主であるフェイ・ブラウンに断られてしまっては、他の店を探すしかなかった。

「こういう時にこそ。『特権』を使ってはいかがです?」

「まぁ――――他にも宿はあるだろうし。後、2、3件回ってみようよ。案外、良いとこが見つかるかも」

 ヴェロニカは特務の特権を使えばよいのに――――と思ってはいたが、当の本人がそれを望まないのであれば仕方ない。と、凍太の案に乗ることにして、新たな宿を探すことにした。


「南の大陸に行く前に情報と装備はしっかり準備しておきたいな…」

 今の所持品は王国指定のローブと特務員の指輪そして、鉄扇。と鞣した革で作った

 靴だけ。

 それも4年前――――王国入学時に買った鞣し革の靴はすでにボロボロになりかけていた。

 走ったり、蹴ったり、色んなことにこの靴は使われて今や、靴の底に張った木製の踵はすっかりすり減ってしまっていた。

 特に凍太は色んなことに足を使う。対人の組手であっても脚で防ぎ、又、攻撃をする為に通常の倍以上の早さで靴の底は減っていく。

 特に――――親指の付け根の関節部分の部分はよく使われるために減りが早い。

(この靴もそろそろ買い替えないとなぁ)

 凍太は足元のボロボロになった靴を見やりながら――――夕方になった街中をヴェロニカと一緒に宿探しをしていた。

 路銀はしっかりとある。が――――無駄遣いをするわけには行かないので、なるべく安い宿を探す。2件目はすでに予約がいっぱいで、今は3件目の宿に向かおうとしているところだった。

「ここだね」

 店の前に立つと――――古めかしい灯篭に店の文字が書かれてあった。

 中に入り空き部屋の状況を聞いてみる――――と、2部屋ほど空きがあるというのでそのうち1部屋を5日ほど貸してもらうことした。



「よくまぁ…昨日の今日で来られたもんね?まぁいいわ上がりなさいよ」

 鳳 麗華は借り住まいの家の前で出待ちをしていた凍太と目が合って――――仕方なく2人を家に上がらせた。

 小さな一組4人掛けのテーブルセットにヴェロニカ、凍太、麗華が座り、麗華の御付きのメイド達によってお茶が出される。

「長老には会えないと断ったはずだけれど?…何度来ても同じよ」

「頼むよ。南の大陸に行く前に情報は多いほうがいいんだ。合わせてくれるだけでいいからさぁ…頼むよ麗華」

 麗華はふいに名前で呼ばれてたじろいだ。そして顔をすぐに背けて見せる。

「名前で呼ばないでよねっ…まったく」

「私からも、お願い申し上げます――――鳳様」

 凍太の隣ではヴェロニカが深々と麗華に向かって頭を下げていた。

「――――!何よ!そんなに真摯に頼まれたんじゃ断れないじゃない!卑怯だわ。全く――――もう」

 しばらく沈黙が場を支配して――――結局、折れたのは麗華の方だった。

「案内はしてあげるわ。でも、交渉は自分たちでやってよ?!アタシは加勢なんかしないんだからね?」

「わかってる。説得は僕がやるよ」

「ふん!ならいいわ!」

 麗華はそう言うと――――お茶を一気に飲み干してボワリと尻尾を膨らませるのだった。



 北央の外れ、南東の一画にある鎮守の森と呼ばれる地域がある。

 寒気の今は葉が落ちて、木の幹が寒々と風に吹かれているだけで在ったが――――

 温暖期に入ってしまえば、一面が新緑で覆われ、豊かな緑を蓄える森へと変化する。

 そんな森の最奥には、一棟の大きな館が存在していると言うのは、「北央」に棲むものであれば誰しもが知っている話でもあった。

 だが、この館には「近づいてはいけない」という法が出ていることも在り近づく者はごく最小限。当然、魔術による結界が張られているためにある程度までしか近づくことは出来なくなっているのだが

「入るためには――――狐族の血が必要なのよ」

 森を歩きながら鳳 麗華は、針で指先をつつき、血を指先に付けてから二人の左頬に一筋塗り付けた。

「なるほどね。血が結界解除の為には必要なんだね」

「そうよ。普段はここまでしてあげないんだからねっ 感謝しなさいよ?」

 麗華は指先を――――血止めの為だろう――――ぺろりと舐めながら恥ずかしそうにまた目線をずらした。

「ありがとうね。麗華ちゃん」

「感謝いたします。鳳様」

 凍太とヴェロニカが、麗華に礼を言うと

「ほら、先を急ぐわよ!」

 麗華は少し足早に成り――――2人を案内するように歩き出していった。



「ここが狐族長老の館よ」

 結界を張られた館の前に立つと全身の毛が逆立つような圧迫感が感じられて――――全員が息を飲み込んだ。

「毎回ここに来る度に尻尾が逆立つから嫌なのよ」

 麗華はそう言いながら自分の逆立った尻尾を押さえる様に撫でつけた。

「ものすごい魔力でございますね…」

 ヴェロニカも羽で自分を守る様に包み込んではいるが――――顔を見れば引きつっているのは明らかだった。

「中に入ろう」

 凍太が意を決して呟き――――館の門をくぐる――――時にまた結界の圧力が強くなった感じがして、3人は身を震わせた。



 豪奢な敷物が敷かれた部屋で出会ったのは――――若い女性だった。

 歳の頃20ほどだろうか――――とヴェロニカは相手の魔力で、ひりひりとする羽の痛みを感じながらも、頭を冷静にし目の前にふんぞり返る人物を見据えていた。

(これが――――北央の大狐…)

 王国にある文献で見たことはあったが

(やはり本ではわからぬことばかり)

 実物と文献とのあまりの乖離に、ヴェロニカは眉間にしわが寄るのを感じていた。

 凍太達をここに行けと助言をくれたのは、他ならない雪乃本人だったが

 とても11歳の凍太一人に太刀打ちできる人物とは思えない。

(これでは――――あんまりではないか)

 よく厳しい事を『獅子は子供を谷へ突き落し、這い上がってきた子供のみを育てる』と例えることがあるが――――雪乃の今回の助言は『詐欺』のようなものだとヴェロニカには思えた。

 部屋の奥に一段高い所に胡坐を搔きながら、煙管を咥えて時たま酒を煽る女。

 しかしその身体から放出される魔力は痛いほどに強い。

(外見とは全く違う。中身はモンスターって訳だ)

 凍太もそれは分かっているようで、さっきからピクリとも動かない。いや――――正確には動けないでいた。

 麗華は二人とは離れて少し離れた壁側に下を向いてじっとしたまま。

 要は3人は一人の人物を前にまんじりとも動気ない状況にあった。

「――――くぁ」

 女があくびをすると――――麗華がびくりと縮こまる。

「我に会いに来たのじゃろう?はよ、要件を言うてはどうかな」

「では――――恐れながら」

 凍太が果敢に口を開き話し出す。

 見ると、肩がぶるぶると小さく震えて見えた。


(己に克つ)

 相手の凶悪な魔力で押し潰されそうになりながら凍太が声をだし続けるのを、麗華とヴェロニカは見るだけしかできないでいる。

「長老様にお教え願いたき事がございます」

「ほう。何が知りたい?」

 一言一言がまるで殴られでもするように重く感じるのは恐らくプレッシャーのせいだと感じていた。

 が――――それでもこの目の前の人物からなんとしても、情報を得なければならないのはかわらない。

(克己の精神だ…逃げるちゃいけない)

 凍太は己を奮い立たせながら言葉を必死に探し続け、言葉にしていった。

「南の大陸に関する情報を教えていただきたいのです」

「教えてもよいが――――その前に大陸に渡る理由を、話してもらおうかの。教えるか教えんかはその理由次第じゃなぁ」

「わかりました。此方の理由をすべてお話しします――――良いよね?ヴェロニカさん」

「はい。」

 ヴェロニカは返事をするのが精一杯だった。

 頷くヴェロニカを見てから、長老へと向きなおり凍太は今までの経緯を話し始める

 交渉はまだ始まったばかりである。



「―――――なるほどのぅ」

 老狐は若いなりのまま、ゆっくりと紫煙を吐き出して見せた。

「あの、ウェルデンベルグのジジイが後手に回らざる得ない状況とは――――ほんに長生きはしてみるモノよな」

 そこまで言って――――老狐はニタリと笑って見せた。

「じゃが――――小僧。お前が大陸に渡り、同盟となる様に説得が出来るのかぃ?」

 意地悪そうな顔のまま老狐は凍太を見据えて質問を投げかける。

「―――――わからない――――でも、やってみる価値はあるんだと僕は思います。そのためには、長老様。貴方の情報を是が非でも教えていただかなくては立ち行かないのです。どうか――――ご教授ください」

 凍太はそこまで言い切って、土下座に近い形で頭を垂れて見せた。

「かかかかっ――――儂は狐だぞ?騙されるかも知れんとは思わんのか」

「それでも、もう僕らにはあなたに頼る以外に道はないんです」

 凍太は顔を伏せたまま――――強く言いきった。

「――――甘いのぅ」

 老狐はやれやれと言った風に首を振って見せた。そして――――ふっと場から重苦しいプレッシャーが消えていくのが感じ取れて――――

「今回は及第点をくれてやるわい のぅ。小僧。頭を上げて楽にせよ」

 そう言われて、凍太は頭を上げると――――さっきまでとは違う穏やかに笑う老狐の姿があった。


「まずは、ケンタウロス族に掛け合ってみるとよい。奴らは頭は固いがローデリアに追われて、南に逃げた者たちじゃからのぅ。話くらいは聞いてくれるのではないかな?」

 老狐が若い姿のまま――――語るのを凍太達はメモを取りながら黙って映し取っていく。

「他には翼人種の群れもいくつか見たことがあった。それらも頼りにして見よ」

「はい」

「他には―――確かサガルル山の中腹にドラゴニュートがすんで居ったはずじゃ。奴らは昔ウェルデンベルグに借りがあったはず。その借り返してもらえ。うまく行けば、ひょっとするかもしれん」

「はい」

「他には――――」

 こうして老狐がすべてを語り終えた頃には、日が暮れるまでになっていた。が老狐は最後にトウタを見つめてこう付け加えた。

「大陸に渡るのであれば、まずはアッシア海峡を渡れ。あそこからであれば、大陸の騎士に気取られらことなく渡れよう―—――しかし心せよ。あの海峡は人魚が居るでなぁ」

「人魚?」

「かかかっ。今は分からずともよいわ。行ったものでなければわからんしのぅ」

 にたりと笑う老狐の顔はなんも言えない不気味さがあった。

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