第92話 リッピの悪策
ローデリアから魔術兵と、それに率いられた軍勢が、リヴェリへ移動をしていた。
リヴェリに迫る大きな
魔術への操る土塊兵の後には、500人からなる軍勢がいる。
「城壁は私の
リッピが行おうとしているのは力攻めであった。
ここでの勝敗が後々の戦況に、効いてくることを彼女は、よく知っている。
だからこそ、リヴェリを皆殺しにし、近隣に裏切ればどうなるかを、教えてやる必要がある。
「大国には大国の戦い方があることを教えてやらねばねェ」
リッピは薄くにやついていた。
エンリケは、その頃、リヴェリで大規模な鍛冶場の建設を、2か月前に終えて、
次のプランである、外壁の再構築作業を、新たに来た魔術師10名と一緒になって取り掛かっているところだった。
そんな中、ローデリア魔術師10名と、隣国から集められた兵士約500がリヴェリへと向かっていると、哨戒を行っていた仲間の一人から、連絡が紙鳥の連絡術によってもたらされた。
「迎撃態勢をとれ!徹底抗戦するぞ!」
エンリケは仲間に向かって激を飛ばした。
2
「エンリケ。籠城はするなよ」
「分かってるさ。人形の武装が出来たら出るさ」
エンリケ達が兵差を埋めるために人形を量産しその上、銃で武装をさせた。
数は200程度しか出来上がってはいない。しかしローデリアのただの兵の相手をさせるのであれば十分な質と数を持つ。
「相手の魔術兵の数は、こっちと同じだが、質が違うってことを見せてやろうぜ」
科機工科のウェインは杖の上に立った。
「騎士課は、爆撃の後に降下してもらう。ハンナ。タチアナ、お前らにも働いてもらうぞ」
「しょうがないわねぇ」
タチアナがいったん伸びをして、うなづいた。
「ハンナ。お前は街の中から、土塊兵の指揮をとれ」
「タチアナ。お前は俺たちと一緒に来い。氷結系で一番力を出せるのはお前だ。あのデカいのを何としても止めてくれ」
「あんたは、どうすんのよ?」
「俺は、魔術兵を狙い撃つ。魔術障壁を展開する間も与えん」
「俺達10人は、上から敵の真ん中へ降りるってことで良いんだな?」
「ああ。騎士課の本領発揮だ。お互いの背を守りながら、敵の軍に穴をあけてくれ」
「気を付けてね。フィオレ」
「大丈夫だって。あんたこそ一兵だって街中に入れんじゃないよ?」
ハンナは騎士の中に混じる女――――フィオレ――――にエールを送り、フィオレもそれに答えた。
3
「魔術兵――――射撃用意」
リッピが手を前方へゆるりと伸ばした。
それに倣うように、人形の方に乗ったままの魔術兵10名が一斉に魔素を凝縮し――――やがて大きな球状の弾を作り出す。
「射撃――――」
リッピの合図が下されようとした瞬間に空の上から魔術弾と、魔術師が降って来た。
「対空戦闘!用意!」
魔術兵の一人が叫びながら、天高くから降ってくる騎士たちに向かって魔術弾を浴びせかける。
残りの魔術兵たちもそれに倣ったが――――降ってくる騎士たちも、其れは見越し済みで、魔術で防御壁を張りながら、地面に着地した。
魔術壁と落下速度によって、地面がボコりと、下にいた兵隊の何人かを巻き添えに凹み、500人の兵隊の内に穴をいくつか作った。
そして。
「邪魔だ。コノヤロウ!」
降り立った騎士たちは予定していた通りに、兵士たちを切り刻み始めた。
「リッピ様!」
魔術兵の一人が、隣の土塊兵の肩越しに叫んでいた。
「分かっている」
リッピは、明晰な頭脳を、騎士たちがどこから降って来たのか――――を後回しにし出した。そして、彼らを潰すべく、魔術で投擲槍をいくつか作りだし、騎士たちに次々と投げていった。
「あれの相手は私がやる。お前らは周囲に警戒をするんだ」
リッピは油断なく、次の指示を残りの魔術兵に与え、4体の土塊兵をその場にとどめる。その時だった。
魔術兵が1人。頭の中身を弾けさせて、絶命したのである。そのまま、魔術兵は下へと落下し、動かなくなったのは。
「――――!なんだ!何が起こった!」
上から降って来た死体に、怯える兵士達。動揺は瞬く間に広がって、兵士たちの動きを鈍くさせた。
(先ずは一人)
エンリケは草むらに寝そべり、魔術で姿を隠したままで、魔術兵が落ちていくのを確認していた。と同時に、次の弾丸を筒先から込めて、場所を移動しはじめる。
今度は、土塊兵が見える斜め後ろのくぼ地の中から一発。これも、魔術兵の側頭を打ち抜いた。
ベシャリと土塊兵に中身がへばりつく――――やがて、魔力供給源である魔術師が居無くなったことで、土塊兵は動きを止めて、前のめりにガラガラと崩れだした。
近くにいた兵士たちは、たいそう混乱し、元は土塊兵だった石や、岩石に、潰される者や、逃散し始めるものが出始めた。
「お前ら!逃げるんじゃない!」
兵隊の指揮を執っていた100人長が、必死に声を荒げて叫ぶが――――周りは周りで自分を守ることに必死になり、100人長の言うことなど聞こえてはいない。
まさに大混乱である。
一方からは騎士が迫り、また別のところでは魔術兵が死体となって振ってくる。
土塊兵は崩れ、兵を巻き添えにしている。軍団の大元締めであるリッピは、騎士たちを倒すことが優先項目になり、兵士を巻き沿いに、騎士たちを攻撃していて、魔術でできた投擲槍は、当たれば、一発で普通の兵士5人を吹き飛ばしていく。
騎士たちは、投擲槍を魔術障壁で防ぎながら、自分の間合いにある者は、胴の半ばまで切り下し、首を飛ばしていった。
「デカブツが一体壊れたわね」
タチアナは薄く笑っていた。程よく崩れ、逃散し始めた兵士の一部は、リヴェリの方向へと向かっていたが――――数は10人に満たないほどである。あとはハンナがすべて平らげるとわかっていた為に、無視を決め込んだ。
上空から姿を隠し、人の流れを見定めながら、自分はゴーレムめがけて箒を走らせ、やがて土塊兵の、左肩に辺りに飛び乗ることができた
「Está
大声で魔術を発動させる。
左肩辺りが白く凍結し、そのあと数瞬で、左肩に乗っていた魔術師を氷漬けにしながら、氷はどんどんと土塊兵の体を白くしていった。
右肩側にいた魔術兵は、異変に気が付き
自分の周りを一瞬火で、包み込むことで凍り付くことを避けた。
「やるじゃないの」
ゴーレムの頭越しに女の声がする。―――― 一瞬後の光景を、魔術兵は感じて――――魔術障壁を張ることで、氷付けになることを避けようとした。
「壁よ!」
侵食し始めている氷結が、魔術兵の周りだけ避けるように無くなり、後は、土塊兵そのものが真っ白く凍り付いて、動きを止める。
そう――――タチアナは最初から魔術師をエンリケに攻撃させるつもりだったのだ。
(ちゃんと当てなさいよ!――――エンリケ!)
タチアナは、大きく笑って見せた。まるで何かを為し遂げた、かのように。
4
「見つけたぞ――――クソムシが」
リッピは氷漬けになった土塊兵の上に人影を視認し、唾棄した。
見つけたからにはもう逃がすわけにはいかない。
リッピは杖を斜めに振るいながら――――人影を吹き飛ばす衝撃波を放つ光景を一瞬で頭に思い浮かべて
「
鋭く叫んだ。
衝撃波は構成がタチアナに届くよりも早く、彼女に到達し、
「――――!」
ゴーレムの肩から彼女を吹き飛ばし、墜落させた。
攻撃はまだ終わらない。今度は落ち始めたタチアナの周りの空間が爆発し、彼女の体は一転、空中に投げ出されることになったのだ。
「クソッタレ!なんて奴だ!」
エンリケは空中に投げ出されたタチアナの体を見ながら――――毒づいていた。
相手の中にとてつもない強敵が居ることをエンリケはこのときになって気づかされた。
(――――タチアナ!死ぬんじゃねぇぞ!)
空気は圧縮すると高温になり爆発する。それを相手の魔術師は引き起こしたのだとエンリケは判断した。以前にも十人委員会のマルセル・ボネが同じような現象を中庭で実験していたことがあるのを彼は覚えていた。其れゆえにあれが、空気の圧縮によってもたらされた爆発だと判断したのだ。
一刻も早く、タチアナを救わなければならない。
さもなければ――――友人が一人減ることになってしまう。
タチアナは年も近く、女だ男だとあまり頓着しない気さくな奴で、エンリケも課同士の垣根をこえて遊んだ間柄であった。
――――ドオオンと言う鈍い爆発音を聞きながら、王国の騎士たちは空中にほおり出されるタチアナの体を見て、畏怖を覚えた。
敵中を必死に突破しながら、兵隊たちを切り刻むことしか考えていなかった、騎士課の面々も、一発の爆発で気を取られた。
そして―――頭に血が上る。
「よくもタチアナを!」
騎士課の10名は一斉に怒りに燃えた目で再度、周りの兵隊をにらみつけた。
「なんてこと…!」
ハンナは、空に投げ出された友人の体を見て――――リヴェリの町中から、全速で飛び出そうとした。しかし、
「行ってはならぬ!」
それを止めたのはマリ― ――――― 頭が乗ったデュラハンだった。
「でも!私が行かなきゃ!タチアナを助けなきゃ!」
「私が行く。騎兵の足ならば――――あの者をさらって来ること、ぐらいはできる。ハンナ殿、今はここを離れるな。追い立てられた残兵がこっちに向かってきているのは分かるだろう?」
「わかったわ――――マリー。貴方にお願いする。タチアナを引っ張ってきて!速度を強化してあげる。空気の抵抗も減らしてあげる。だから!だから!私の大切な人をここまで必ず持ってきて!」
「――――ああ、任せろ!」
こうして、首の乗ったデュラハンは単騎でタチアナのもとへと急行することになった。
自分の馬とは思えないほど、愛馬は魔術によって強化されていた。
空気抵抗が減り、おまけに重量軽減と、スタミナの強化までされた愛馬は、並みならぬ速さで、一直線にタチアナの落下点にたどり着いた。
みれば――――タチアナの体は、まだ空中にある。マリーは、愛馬にタチアナのもとへ跳躍するように腹を蹴った。
ヒヒンっ
愛馬はいななくと――――土塊兵の背を足場にして三角飛びの要領で空中に舞いタチアナのところまで一気に近づいて見せた。
「させぬ!」
これに対してヴィルジニア・リッピは爆発をまたも起こそうとしたが――――
タァン
エンリケ撃った、一発の弾丸が彼女の腕を穴をあけ、体制を崩した。
「何処だ!何処から撃った!」
腕に穴をあけられながら――――狙撃手を探す間に、マリーはタチアナを引っ掴み地面に着地した。
「走れ!」
愛馬を腹を小突く。
タチアナを自分と愛馬で挟むようにしながらマリーは猛然と速度を上げて一直線にリヴェリへと走り――――門の中へと飛び込んだ。
「タチアナ!」
ハンナがタチアナを見分し、まだ息があることを確認する。
「よかった…」
ハンナの馬の首にもたれかかったままの親友に抱き着いて泣いていた。
5
騎士たちの活躍によって兵士は500人ほどから、350人ほどへと数を減らしていた。加えて、逃散したものはリヴェリの住民たちに銃で射殺され。土塊兵のうち2体は崩れ、凍らされて、既に使い物にならなくなっていた。
「やるじゃないか…!」
リッピはなおも戦意を落とさなかった。
残る戦力は300ちょっとだが、自分が100人分の働きをできることを知っている。しかし
「銃を量産しているとはね…恐れいる」
正直に言えば、リヴェリ程度の村は押し包むだけで勝てるとリッピは思っていた。
銃で武装し、王国の魔術師共がこれほどにリヴェリを守ることなどないと思っていた。
「世界の調停者」はこんな村をすぐに見捨てるはずと思っていたが、実際は見捨てるどころか――――城塞に様変わりしていた。
街の城壁には狭間が開けてあり、そこから銃が口をのぞかている。
城壁の中には、魔術師が居るのだろう。天蓋のように障壁が張ってあることが認知できる。
「中にいるのは誰だ。防壁の魔術なら――――エルゼ ・アイクあたりならばいいが」
十人委員会の第7位、エルゼ ・アイクならば防壁の魔術が、得意なことは知っている。
しかし、それより上位の実力者だったならば。
「―――ランドルフなら、少々面倒だ」
リッピは傷を塞ぎながら脳を回転させて
「そうだ――――リヴェリの奴らの我慢強さを見てみようじゃないか」
ふと、あることを思いついた。
「出てこないなら、出てきたくさせれば良い」
そう――――彼女の戦略は力攻めから、周りの街を焼き払い、犯し、殺す、残虐な手へと変わろうとしていた。
「お前らが我を張れば、張るほど――――私たちの軍勢は周りの村を食いつぶす。さぁて、どれくらい我慢できるか見てみようじゃないか」
奇策。しかし、戦争であればどんな手でも常道に化ける。
ヴィルジニア・リッピは、この時、引きこもる街のために、周りの街を、生け贄にしてしまう悪手を平気で選んだ。
彼女が、ローデリアの王位を、革命でつぶした時も、泣き叫ぶ王族を殺した時も、また、そうすることに躊躇いは無かった。
だから、今回も容赦なく、一片の容赦もなく、
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