第88話 ハンナとタチアナ
「話は聞いてくれるけど…やっぱり、尻込みしちゃうのかしらね」
「そりゃそーよ。西の半分以上を傘下に収める大国ローデリアと戦争だもの。どんな領主だって物量差は目に見えて分るし――――簡単にうんとは言えないわよ」
二人の女がローデリア辺境府上空を箒に乗り移動しながら、ぼやきが多分に入り混じった世間話をしていた。
二人の女――――「聖女」ハンナ・キルペライネンと「吹雪」タチアナ・ソロコフ――――は会話が風に邪魔されない程度の速さで飛びながら、一路、次の目的地「クエスエンボリ」へと向かっていた。
午前の内に、辺境府の「ルポルフ」に同盟の話を持ち掛けたが――――
ルポルフの代表者からはやんわりとした口調で、
「全体で会議をしてから決めたいと思いますので」
――――と結論を先延ばしにされたばかりだった。
「次は「クエスエンボリ」だっけ?」
「そぅよ。ここから箒でならそう遠くないわ。お昼までには着きたいわね」
そんな、のんびりとした会話をしながら下を見ると、街道沿いにはいくつかの影が見えた
「西の大陸って改めて見てみると――――デカいわ」
タチアナがぼやく。
確かに眼下にあるのは広大な土地と肥沃な緑。それに偶にぽつりとあるのは民家で、ルポルフを出てから、大きな町には出くわしていない。
「確かに、王国と比べると―――――」
「でしょう?こんなデカい国と戦争しようって無茶よね」
「でも、勝ち目がないわけじゃない。ローデリアは共和国制よ。離反する村や町が多くなれば、戦力が割かれる。それに――――アナントリじゃ、兵舎の倉庫から備蓄がすっかりなくなってるそうじゃない」
「ああ――――この間、新聞で読んだわ。きっと王国の誰かが仕掛けたに違いない」
二人は笑いあった。
「そうね。きっと十人委員会の誰かじゃないかしら?消失の魔術ならエイブ先生辺りが得意分野よ」
2
「隊長――――前方1000ウェルチに「箒乗り」です」
ローデリア都市部から定時哨戒に出ていた偵察隊うちの一人から報告を受けた。
「ああん?「箒乗り」だと?」
偵察隊の隊長をつとめるカロリーナ ・アスコナーは自分でも遠見の魔術を使用して前方を確認した。
「――――本当だねぇ。仕方ない、警告をしなくちゃね」
カロリーナは正直めんどくさい。とも思ったが、ここはまだ領空内。部下の手前、見えている目標を見逃すわけにもいかない。
背中まで伸びた三つ編みにローデリア軍指定の黒色の防寒コート姿。
ゴーグルをずらしながら配下の4人――――セレア。ソフィー。ナディーヌ、フリーデリケ――――に指示をした。
「これから警告をしに近くに寄る。―――――気を抜くなよ」
「はい」
彼女は箒に跨ったまま、少し前傾姿勢を強めて、加速した。
部下たちも編隊を崩さず、順次カロリーナについていく。
「そこの二人!ここはローデリア共和国の領空だ!速やかに着陸せよ――――繰り返す!――――」
突然、後ろから魔術による大音声で呼びかけられ――――ハンナとアリシアは顔を見合わせた。
「あっちゃぁ…。見つかっちゃったみたいよ?どうする。ハンナ」
「どうするっ…て着陸したら、あいつらに捕まっちゃうじゃない……そんなことしている場合じゃないわよ!」
珍しく聖女がいら立っていた。
(あら珍しい。おっとり屋のハンナがイラつくなんて)
「じゃ…逃げるってことで良いのね?」
アリシアが念を押すように効いてくるのに対して
「そうよ。全員撃墜する」
「そうこなっくっちゃ!さすがハンナ!大好き!」
キャッホウ!――――と喜んでから、アリシアはくるんとUターンをし、偵察隊の来る方向へと向きを変え、そのまま偵察隊へと向かっていく。
(全く――――タチアナったら、子供みたいなんだから。でも――――あたしも負けてらんないわね!)
ハンナもアリシアとは別方向にUターンをし偵察隊へと向きを変えた。
「隊長!箒乗りが方向を変え向かってきます」
「ああ、見えてる!生意気な奴らだ。このまま、あたしたちから逃げられる気で居るんだろうさ。そうはいかないよ――――全員攻撃態勢!目標!箒乗り!――――奴らに存分に思い知らせてやれ!!」
「了解!」
偵察隊の各員は編隊を散開して――――まず、一番外側に居た二人が飛び出た。
「ナディーヌ!左は任せたよ」
「任された!」
ナディーヌはフリーデリケに返事を返すと――――前方から向かってくる銀髪の箒乗りに対してさらに箒の速度を上げた。
「セレア。ソフィー。お前たちも二人の援護へ行ってくれ」
カロリーナと共に飛んでいた二人、セレア、ソフィーもカロリーナの命令に従って動き出す。
「ソフィー。気を付けてね」
「平気よ。セレア。あなたも気を付けて」
二人は加速をしながら声を掛け合い――――横並びになって拳と拳をコツンッと合わせてから分かれた。
3
「――――以上が各、方面からの報告になります」
眼前に浮かぶ地図を前に 各国の同盟状況の進捗具合が十人委員会の定例会議で報告されていた。蛇の王国の石造りの会議室の丸机を囲むような形で10人が座り――――ウェルデンベルグとシシリーは少し離れたところでそれを見守っている。
「ふむ――――今のところ承諾を示したのは、「ヒュプトゥナ」と「サンタリオーネ」そして「リヴェリ」「アポトリア」か――――少ないな」
地図上で見れば、「ヒュプトゥナ」はローデリアの北側、サンタリオーネは大陸のほぼ中央に位置している。リヴェリはサンタリオーネの西北にあり、アポトリアは大陸の西端に有った。
「東側ががら空きですわねぇ」
円卓に座ったまま――――十人委員会七位のエルゼ ・アイクが困ったようにつぶやいた。外見は、すこし肉がついた50過ぎの魔女である。
「東側は「聖女」と「吹雪」をはじめとした6人ほどの生徒が交渉に回っている。敵の中枢に近い地域だ。追手の目も厳しいと報告が来ている。時間はまだ必要だ」
序列6位のクリストフ ・トールボリがさも当然といった風に呟く。真面目さが売りで、肌は少し色浅黒い。半ダークエルフ族出身のやせた気難しそうな男である。
「また―――――未確認情報ですが、ランドルフ導師の行方が分からなくなったと、ともに行動をしていたアナトリー・ヘイグラム特務員から報告を受けて居ます」
司会進行を務めるビアンカ ・チェンバレンが報告書を読み上げた。
「――――!!」
会議に出席している誰もがランドルフ失踪の報告を聞いてざわつき始めたが――――
「そのまま続けよ」
ウェルデンベルグだけは動じ無い。
「はい――――次にローデリアと帝国および、南の大陸の動きについてですが――――」
ローデリアと帝国の動きがビアンカの口頭で読み上げられ、月狼国は防衛のみで帝国とにらみ合いを続けていること――――そして、南の大陸では「海賊女王」アリーナの死亡が報告された。
「南の大陸に渡ったのは誰だったかな――――」
「トウタと皐月、ヴェロニカですよ。ボネ導師」
マルセル・ボネの呟きに反応したのは、ウェルデンベルグの横に座り黙っていたシシリーだった。
「ああ、トウタと皐月か。しかし「海賊女王」が死亡したというのは本当かね?――――チェンバレン先生」
どうもマルセル・ボネは半信半疑のようだ。
「事実かと。各国の新聞でも一面で取り上げられていますが。ご存じありませんか?」
ビアンカはボネにわざと質問で返した――――知っているくせに――――と聞こえた気もするが、ボネから叱責は飛んでこない。
「知ってはおるが、新聞など嘘が半分混じっておるものだ――――「海賊女王」アリーナが死んだとなれば、帝国の海上兵力に痛手を与えたということだ」
(ボネったら――――疑り深いこと。どうして素直に『よくやった』と言ってあげられないのかしらね?)
マルセル・ボネが会議で慎重な意見を述べるのを静かに見やりながら、シシリーは内心あきれ返っていた。
自分の孫弟子が倒したのだとシシリーは自慢したかったが――――新聞に「海賊女王」を倒した者たちの名前は載っていない。
しかし、行き先も時期も、ほぼ重なっているとすれば、自分の孫弟子たちが相当に頑張って海賊女王を倒したと推測をしても間違ってはいない筈だとシシリーは考えていた。
(帰ってきたら、しっかり褒めてあげましょうね)
口には出さなかったが――――自分だけは孫弟子をしっかり誉めてやろうとこの時点ですでに心に決めていたのであった。
4
「あいつら!やるじゃないか!」
カロリーナは前方で、二人を相手に空戦を繰り広げる様をみて、嬉しそうに笑った。
敵は2人の箒乗り。おそらく王国の手の者に違いないという確信はあった。
一人につき自分の二人の部下を相手取って――――尻の取り合いをしている。
(ナディーヌもセレンもソフィーも実力が低いわけじゃない…。なのにとらえ切れない。フリーデリケは良くこらえちゃいるが…被弾してる)
魔術で打ち出される攻撃をくねくねと飛んで躱す――――時にはチャフのように魔術をぶち当てて相殺しながら、二人の箒乗りは部下の尻に食らいつき、攻撃を繰り出していた。
(しっつこい!)
タチアナは右横に大きく箒を傾けて、後ろからくる攻撃を避けた。
遥か上では、とんぼ返りをしながら――――ハンナが敵を追い詰めているのがチラリと確認できた。
(ハンナも調子出てきたみたいね)
自分の幼馴染の箒捌きを見ながら――――タチアナは一安心した。
そして、視界に入る敵めがけて、軽めの雷撃を飛ばす。敵が避けたところに、もう二発ほど今度は爆発を置くように起こしてやると――――敵が爆発に巻き込まれて下に落ちていった。
「へへ――――ざまぁみろってぇの!」
タチアナは大声で叫びながら今度は大きく箒を下へ向けた。
ハンナはタチアナとは違い表情を崩さず――――落ち着いたまま敵を追い詰めていた。
タチアナが爆発を起こして撃墜した敵が、下に落下していく。
そのあとから
「へへ――――ざまぁみろってぇの!」
タチアナの陽気な声が聞こえてハンナはようやく息を吸った。
(タチアナったら楽しそうねぇ)
同時に――――自分が緊張していることも分かっていた。
そのうえで、気を引き締めて空中で制動をかけ―――勢いあまって追い越した敵を狙って魔術を放つ。
光弾が敵に飛び込み――――ボゥンと爆発を起こし、そのまま敵は切りもみしながら、下へと落ちて行った。
(クソが!―――――ナディーヌとセレンがやられたか!フリーデリケはダメだ。ふら付いてやがる。ソフィーは―――良し。まだ行けるな)
落ちていく二人の仲間を、冷徹に意識から切り離すと、残っているフリーデリケとソフィーの二人を確認し、三つ編みのおさげをたなびかせながら――――カロリーナは急速にフリーデリケを助けるために箒の速度を増した。
(待ってろ!フリーデリケ。いま助けてやる!)
これ以上仲間を落とさせるものか―――――
その一心が彼女を突き動かしていた。
「下よ!ハンナ!」
ものすごい速度で下から突っ込んでくる三つ編みの箒乗りをタチアナが発見した時には交差気味にすれ違い――――吹き抜けた爆風の余波を食らって、ハンナがよろつくのが見えた。
「落ちろ!!」
今度は上からトンボを切って急降下。同時に上からの魔術弾がハンナに降り注いだ。
「――――!!」
声にならない。息をするのも精いっぱいのまま、ハンナは魔術弾を躱した。
タチアナは救援に向かおうとしたが、自分にも追手が一人食らいついていて、離れない。
敵の猛攻にハンナとタチアナは窮地に立たされていた。
(落ちろ!落ちろ!落ちて―――――無くなれ!あたしたちの空から居無くなれ!!)
カロリーナはハンナを必要に追い続けた。
(仲間を落としたあいつを生かしておくものか)
一刻も早く、空から消し去ることに彼女は夢中になっていた。
人は夢中になりすぎると、周りが見えなくなる。そして、今のカロリーナもそんな状態にあった。
(そんなもんが通じるもんか!)
空中にほおり投げられた袋をカロリーナ腕で払いのけた。途端に中身が表に舞った――――カロリーナは小袋の中身を頬や顔にもろに受けることになった。
(このアマ!!)
カロリーナは怒りに任せて魔力弾を発射しようと――――魔力を体に込めた瞬間。がくん―――――と急に速度が落ちた。
(――――速度が落ちる?なんで――――)
カロリーナは抜けていく魔力に訳が分からなくなった。
前を飛ぶ箒乗りは遥か先へと進んでいく。
カロリーナは失速し、そのまま下へと落下していった。
(魔食植物は魔力を食い物にする)
ハンナは魔食植物の種を蒔き――――三つ編みの箒乗りが魔力を込めた拍子に魔力をぐんぐんと吸って行った。
小袋は魔力を遮断する薬品がたっぷりとしみ込ませてあり、魔食植物はあの袋の中にある限り魔力を吸わない。
わざと口を緩くして中身が出るように蒔いた。
相手が魔術で袋を燃やしても、手で払いのけても中身が魔力に触れさえすれば結果は同じだった。
(夢中になって追いかけてくるから悪いのよ)
ハンナは魔食植物に今度は自分がまきこまれない様に一層高度を上げて――――その場を離れた。
5
サガルル山は、裾までは緑が広がってはいるが――――あとは切り立った崖と岩場が大半を占めている休火山であり、今でも龍が住まう山として南の大陸で有名なところだった。
「この山がサガルル山かぁ」
目の前にそびえ立つ大きな岩山を前にして、トウタは昔の記憶をよみがえらせた。
雪乃がウェルデンベルグともに修行に訪れた所であり、鬼と戦ったという山。
(そういえば彩花は元気かなぁ)
寒気に雪花国であったきり、彩花には会っていない。
「ここに鬼族もいるのかなぁ?」
トウタは隣に居た皐月とイリスに問いかけた。
「雪乃様の昔話では――――確かこの山で鬼と出くわしたハズ。暫く経っておりますが居てもおかしくは御座らん」
「鬼かぁ。アタシはやだなー。トウタちゃん守ってくれる?」
ウキウキと聞くイリスはどこかあざとさが見て取れた。
「まぁ必要があれば」
「えー?」
イリスはトウタの答えに明らかに不満げになった。
「だってイリスちゃん、僕より強いじゃない――――必要ないよ」
トウタは事実を言ったまでだった。のだが。
「情けない返答ね――――男なら女を守って戦うべきよ」
とシュティーナが。
「そうです。シシリー様が聞いたらため息をつかれてしまうでしょうね」
ヴェロニカがぼやくのが聞こえて――――今度はトウタが不満になった。
岩肌を登りきると、岩棚のように成った所に、ドラゴニュート族の集落があった。
「良いだろう!今こそ、ウェルデンベルグへの恩義を返すべく、我が種族は同盟にはいることを誓おう」
トウタ達の話を聞くと彼等は皆、快諾をしてくれた。
大狐が言った通り――――この種族は昔ウェルデンベルグに仲間を救われたことを今でも恩義に感じているらしい。
「やっと昔の恩を返すことが出来るな」
ドラゴニュートの老人は嬉しそうに笑っていた。
「もうしばらく集落に留まっていってもよいのではないかな?」
「すぐにでもここを出てハーピーの巣へ赴かねばなりません。長く逗留はしたいのですが…」
酒宴の席でヴェロニカはドラゴニュートの一族に頭を下げた。
トウタも
「ホントにごめんなさい。でも、今は少しでも多く交渉して、仲間を作らないといけないから」
と、言って謝り、皐月とイリスとシュティーナは何も言わずにいた。
時間が勝負だと説得するには多少骨が折れたが――――ドラゴニュート達は理由に理解を示してくれた。
「ならばこれを持って行け。この角笛はドラゴニュートにだけ聞こえる音を鳴らす。これが吹かれれば何時でもドラゴニュートは王国へ飛んでいく。契約の証だ」
「ありがとうございます。大切にします」
ドラゴニュートにだけ聞こえる音を発する角笛を手にして、トウタ達は再び深く頭をさげた。
6
「またあんたに呼ばれるとはね」
雪乃は鬼族の彩花を雪花国へ呼び寄せて二人だけの酒宴を開いて
「南の大陸へ渡りトウタの力になってほしい」
と頭を下げていた。
南の大陸には鬼の住処があることも、雪乃は知っていた。
自分の孫は今頃知り合いもいない南の大陸で相当な苦労をしているに違いない事も。
トウタには
『同盟を取り付けることができたら王国の側に加勢する』
と言っては見たが――――正直、あの不毛な地では、同盟交渉などなかなか進まないに違いないとも分かっている。
だから――――王国からわざわざ彩花を呼び出し、協力を頼みこんでいる。
(流石に今回は手助けをしても良いでしょう)
雪乃は精いっぱいの手助けのつもりだった。
頑張っている孫を影ながら応援してやりたい気持ちもあった。
「あたしはあんたに負けた。王国にいても暇だ。仕方ない。受けてやる」
「本当はこの婆が行ってやりたいところですが、あまりあの子に甘い顔を見せるわけにもいきません。鬼族に引き合わせるまででいい。それ以上の手出しは無用に願います」
雪乃は彩花の盃を満たしながら―――――厳しい言葉を言う半面で、雪乃の貌は寂しそうにも見えた。
「人間ってのは不器用で困るねぇ」
「?」
「寂しい――――って顔に出てる。自分では気づいてないのかもしれないけどね」
彩花に言われ――――雪乃は意外そうな顔をして見せた。
「寂しい?この婆がですか」
雪乃の目に力が宿る。
「安心しなよ。アタシはアンタの孫に偶然南の大陸で逢って――――気の迷いで手を貸してやるだけさ」
「感謝します―――――彩花」
こうして――――彩花は一人、鬼族の説得へと動き出したのであった。
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