第45話 頭はどこに行った?

「サプラーイは大切ネ~」

 森を歩きながら、そんな言葉が凍太の頭をよぎる。

 転生前に聞いたことがある何かのゲームのセリフだったろうか。

 デュラハンが出るという噂の森に凍太と伝令役と他4名の人員で分け入った。

 随分と暗い鬱蒼とした森の中でデュラハンの姿を見たという傭兵を先頭にして進んでいく。

「本当に首がなかったの?」

「ああ・・・間違いねぇ」

 傭兵の男は顔を青ざめさせたまま、凍太に返答する。

(デュラハン。首なしの妖精。又は、死に瀕した者の前に現れる、騎士の格好をした死神か)

 眉唾物だと感じながらも――――凍太は森を進んでいく。

 今のところ「感知の魔術」には獣の気配しか感じなかった。

 暫く、無言のまま傭兵についていく。と一軒の炭焼き小屋の前に出た。

 誰も使っていないのか、小屋はみたままボロボロで、朽ちている。

「ここだ、この小屋の前でデュラハンをみたんだ」

「どんな感じだったの?」

「首なしの馬から降りて、小屋の中に入っていくのを見つけた俺達は――――背後から様子を見ていたさ。しばらくして、小屋の中から物音がしたかと思うと――――デュラハンの奴はまた首なし馬に乗ってどこかに行っちまった」

「武器は見た?」

「武器?デュラハンのか――――確か、剣だったような気がするが。そんなこと聞いてどうするんだ」

「相手の事はよく知っておいた方がいいんだ。武器はどんなだったか、格好もね」

「そんなもんかねぇ」

 傭兵はわからんと言った風に首をすくめて見せた。

「じゃあここに今夜は野営しよう」

「!!・・・・本気か?坊主」

「本気だよ。ああ、もちろん魔術で防御線は張るから平気だよ」

 そう言うと凍太は荷物を馬車から下ろしだした。

 どうやら本気らしいと周りが気づいて、設営の準備に続くのを、傭兵の男は信じられそうにないといった顔で唖然とするほかなかった。

(デュラハンが実際に現れた場所なら、張り込んでみるのも悪くない)

 凍太は小屋の中を見回し――――中が荒らされているのを見て、再度現れるかもしれないと考えを深めた。

(二日くらい張り込んでみて、引っかからなければまたほかを当たろう)

 そうも考えていた。



 夕方になって設営がほぼ完成した一行は、夕食を取りながら火を囲んでいた。

 周りには凍太の張った魔術障壁とゴーレムが2体置かれ、ゴーレムは一定間隔ごとに周囲の見回りを実行して帰ってくる。

「小さいのにやるもんだな」

 街から選出された男の一人が自動で動き回るゴーレムを見て、意外だなと言った風につぶやいた。

「もし、強い害獣なんかがいたら引っかかるはずだよ。一定以上の強さを感じたら攻撃を命じてあるから、すぐわかるよ」

 ゴーレムに何かあれば、感知魔術で知らせが飛ぶ。もし、デュラハンと遭遇したさいには魔術が知らせてくれる手筈になっていた。

「明日1日はここに待機。もし現れなければ、他の所に移動だね」

 たき火を囲みながら、凍太は簡単なプランを話し出した。

「もし、デュラハンが見つかった場合はどうする?」

 傭兵が先を話せと、顎をしゃくった。

「もし運よく遭遇した場合は、ココが主戦場になるね。幸い――――まわりには森ばっかりだし。多少強めに凍らせても文句はなさそうだしね」

「本当に、デュラハンを足止めなんかできるのかい?」

 一行のうち、食事をとっていた協力者から疑問が上がる。

「デュラハンってのはな――――相当厄介なんだ。お前みたいな子供に任せるのは正直不安でならん」

 いままで口をつぐんでいた者も、ぽつぽつと本音を吐き出し始めた。

「まぁ――――見てみようじゃねぇか」

 意外にも、一行の本音をさえぎったのは案内者の傭兵の一言。

「俺も、世間で言われる『蛇の王国』の魔術師さまがどんなのだか興味があるしよ」

 傭兵はさして期待してもいなさそうな顔で、露骨に馬鹿にして見せるが――――

「そうだね。見て判断してもらうのが一番いいよね」

 凍太はこの発言に乗ることに決めたのだった。



 その日の夜には何事もなく、異変は、2日目の朝に起こった。

(ゴーレムの感知に引っかかった奴がいる)

 濃い霧が立ち込める中、凍太は一人起きだし、テントの外へと出るともうもう一体のゴーレムに付近の見回りを指示し、自分も感知魔術の度合いを引き上げた。

(獣の気配・・・・いや・・・・コレがそうなのか?)

 感知範囲を広げると、獣の気配とは明らかに違うものが察知され、凍太は眉をひそめた。

(人の気配に近い――――けど「冷たい」)

 人間特有の熱反応が感じられない。この反応は幽霊や亡霊などの思念体に多く見られる反応なのだと、魔術課の講義の中で学んでいる。

(デュラハンは言い伝えだと、死神や精霊だということだしな)

 一人ごちながら――――凍太は『冷たい』感じの正体が現れるのを待った。

 濃霧のせいで、視界が効かないのが悔やまれたが――――感知は出来ている。

 あとは姿さえ確認が出来てしまえば、攻撃が出来る。

(――――音がする)

 前方から風が吹き抜けるような音がしているのに気付く、よく聞けば―――

 鎧がぶつかるような金属音も混じっていた。

(ビンゴかな)

 少しすると、前の濃霧が揺らいで――――一匹の首なしの馬に乗った騎士が姿を現した。だが――――首なし騎士デュラハンは凍太に気づく様子もなく――――近づきやがて。

 ごんっ

 魔術障壁にそのままぶち当たった。

 前に行こうとして、進めない。そんな間抜けな状態を障壁の内側から見ながら、凍太はあることに気が付いた。

(首がない)

 勿論、胴体から上がないことは分かっているが――――元来持っているとされる自身の生首をどこにも眼前の首なし騎士デュラハンは持っていないことに凍太は気が付いた。

 やがて、デュラハンは馬から降りると障壁を手で探る様になった。

 首を持つ手には何も持っていない。どころか、その姿をよく見てみれば――――

(細い――――いや、「女」なんだ)

 女性特有の体つきであることに気が付いた。

 身に着けているものもフルプレートアーマーではなく上半身のみを守るものであったし、腿の辺りも若干細い感じがする。腕に至っては籠手は着けてはいたが二の腕は鎖帷子だけだった。

 ぺたぺた――――と触覚だけに頼って魔術障壁を確認する姿はパントマイムをまじかで見ているような不思議な気持ちになった。

 おそらく、視覚がないためあのような行動を取っているのだろうが――――間抜けに見えて仕方なかった。

(とはいっても――――なんか可哀想な気がするな)

 暫くこのまま、パントマイムを見て居たい凍太だったが、そういうわけにもいかず、

 やむなく、氷雪魔術の構成を展開し始めた。なるべく固く、溶けない、永久凍土をイメージしながら――――

「凍り付け」

 イメージを確かなものにするため静かに言葉に出した。

 首なし騎士が凍り付き、パントマイムの格好のまま動かなくなり、

「ごめんね」

 凍太は静かにつぶやいて見せた。



「こいつだ。間違いねぇ」

 氷漬けになった首なし騎士を見ながら、傭兵は呟いた。

「でも、コイツ頭はどこに行ったんだ?」

「さぁ?」

 傭兵がつぶやく疑問に凍太は疑問形で返すのが精いっぱいだった。

「でもすげぇもんだな。カッチカチだぜ」

「なるべく固くイメージしたからね」

「おかげで寒いんだが――――まぁ仕方ない」

 デュラハンを魔術障壁の内側から眺める協力者たちはデュラハンの半径5メートルほどが真っ白く氷に閉ざされたのをみて肝を冷やした。

 馬も範囲内に居たため、カチコチに凍っていた。

 ひとまずこれで前段階の下準備は済んだ事に、協力者たちは安堵の息をついていた。

「これで――――街に戻って安心して、治療が始まるわけだな」

「ああ、体調崩した奴らも、『治療魔術』で癒してもらえるぞ」

 凍太のやったことはただの足止めに過ぎない。

 これからが3か月の治療行為の本番なのだ。

 本当は、ハンナの手伝いもしたい凍太だったが、蛇の王国が増援を出してくれるまでは1ッか月間ほどココでデュラハンのお守りをしなくてはならない。

 凍太の任務もここからが長い。

 なにしろ、魔術の効力が薄れそうになったら、上書きして凍らせることを毎日繰り返さなくてはならないのだから。



「そう――――あの子は成功させたのね」

 街の統治者兼、代表者であるマデリーネ ・ベルクシュトレームは報告を聞いて静かに驚いた。

 街を出てからわずか3日。案内があったとはいえ、発見から拘束までを1日半で済ませた事実はマデリーネだけでなく、リヴェリの街の噂になった。

(うまく行ったみたいね)

 ハンナは治療を町の集会所で行いながら、患者たちが凍太の噂話をしているのを鼻を高くしてまるで自分の事のように聞き入っていた。

(でも――――首はどこに行ったのかしら?)

 噂話のデュラハンは首を持っていなかったという事だったが――――

「先生!」

 呼ばれて、ハンナはあわてて意識を戻した。

 ――――呆けているのを患者に注意されるとは――――少し恥ずかしい思いをしながら、再度治療魔術を患者の患部に投影する。と、投影されたイメージ通りに患部が修復をしていった。

「いやぁ。ありがとうございます」

 患者はお礼を言った後で、心底嬉しそうに笑った。

 ハンナはそれを見て―――

(やっぱりこの笑顔がいいのよ)

 自分自身も癒された心地になるのだ。

 身体と頭は重かったが――――休憩が取れるお昼まではまだだいぶある。

(もうひと頑張りしなくっちゃ)

 ハンナは気合を入れなおした。



 邪教崇拝者という者がこの世界には存在する

 カルト教団であるオルフ教を信じる者たちの集まりで「生首」または「骸骨」に祈りを捧げて願いを叶えてもらおうとする教義をもつ集団である。

 元は魔術でいう供物として「人体の一部」を捧げる教義であったものが、転じて、ねじ曲がり、今は「首」そのものに祈りを捧げるねじのとんだ集団とかした者たちだった。

「いい「ご神体」が手に入りましたね。教主様」

「ああ全くだ。こんなに状態がいい「ご神体」が手に入るなぞまずありえんぞ」

「それに、異臭も、腐ったりもしないなんてやっぱり「神力」のおかげなのかしら

 」

 オラフ教の信徒たちは今日も森の中にある人気のない城の地下で祭壇に捧まつられた「首」《ごしんたい》に祈りを捧げているところだった。

 この首こそ、――――デュラハン本体の首であるのだが――――オラフ教の信徒たちは何も知らずに居た。

 半月ほど前に教祖が手に入れたらしいが、詳しいことは誰も知らず、無論、教祖も経緯は話そうとはしなかった。

 今は目隠しをされた状態で箱に入れて保管されていて一般の信徒たちには半月前に一度だけ教祖が捧げ持つようにしていたのを見ただけであったが、信徒たちにはそれでも十分だった。

「――――さぁ今日も、「ご神体」に祈りを捧げるのです」

 厳かに、教祖が命ずると――――信徒たちは一心にデュラハンの首に向かって祈りを捧げ始めるのであった。



 そんな「邪教」の手にデュラハンの首があるとも知らず、凍太と伝令役の男だけは森の中でチェリストを楽しんでいた。

「かー。また負けちまったぁ」

 伝令役の男は頭を掻きながら、投了を宣言する。これで12敗0勝の差が付いていた。

「まだまだだなぁ。おっとそろそろ頃合いだね。魔術を掛けなおしてくなくっちゃ」

 凍太はそう言って、席を立ち上がると魔術障壁の中から再度、効力の弱まった氷雪魔術の上書きを行い始める。

 より、硬く、より冷たく――――永久に溶けない氷をイメージしながらマイナスの世界を頭の中に想像し――――

「凍れ」

 声をトリガーにして魔術を顕現させる。

 バリパリと音を立ててあたり一面が凍っていく様を見ながら伝令役の男は厚手のコートを羽織りなおした。

(いつ見ても信じられれねぇな・・・・まだあったけぇ筈なのにすでに極寒じゃねぇか・・・・これが、「蛇の王国」の力ってやつか)

 吐く息は白い。手袋は汗を吸って凍ってしまい、男の睫毛も白くなっていた。

 無論デュラハンは動く気配はなく、腕を前に出したままのだらしない恰好で固まったままだった。

(あのガキの強さは本物だ・・・可愛い顔をしてやがるが、逆らったらこっちまで氷漬けになっちまう)

 男は再度、悪寒が走り身を震わせた。

「ごめん、寒くしすぎちゃったね」

 凍太は笑いながら気遣いを見せたが、その笑顔自体が男にとっては悪党ににやつかれているようにしか見えなかった。

「い――――いやぁ寒くなんかねぇ。もっと寒くてもいいくらいだ」

 強がってみせる。――――と

「あ、そうなんだ。分かった今度はもうちょっと強めに凍らせるね」

(まじかよ!まだ寒くなんのこれ?)

 冗談が冗談で通じない―――――男の顔はますます青ざめるばかりだった。が

 ニコニコと凍太は笑っているだけだった。



 デュラハンの首は寒さに凍えていた。

 もとより彼女の身体が出現してから寒さ、厚さなどには頓着する事はなかったのだが、それでも、限界はあった。

 毎日、極寒の地に置かれているような感触が、頭に伝わる。

 足先、手先の感覚はとうになくなって自分の身体がどんな状態にいるのか彼女は不安で仕方がなかった。

(どうしてしまったのだ・・・・何が起こったのだ?)

 もう何度も同じ質問を頭の中で繰り返したが、答えは出ない。ただわかるのは

 ただひたすらに「寒い」「冷たい」だけだった。

 自分はただ、森の小屋で一晩寝ていただけの筈が、気が付いてみれば――――首と胴体が離れ離れになっていることに気が付いて――――いまは何処かもわからないところで毎日祈りを捧げられる状態になっている。

(ベッドルームの横の戸棚に首を置いて寝たのが悪かったのか?)

 小屋に備え付けてあった戸棚が首を置くのにちょうどよくて、うっかりおいてしまったのだが。

(いくら頭が重かったからと言って――――あそこに置いたのは間違いだったか)

 頭の重さは約8キロ~10キロと言われており、始終それを持っている腕はパンパンになっていたのもあるが、今になってみれば、迂闊だったと悔やむことしかできなかった。

 身体を呼ぼうにも、感覚が麻痺し動けそうにない。

 助けを呼ぼうにも口をふさがれ目も塞がれていては――――どうしようもなかった。

(人間の里にちかずいたのがまずかったか・・・・・)

 一度か二度、生気を吸いに人間の里の近くで羊の生気を吸い、続けて犬の生気も頂いたことも在ったが、原因はそれだろうか? そんなことまでもが彼女の頭をよぎるが――――もちろん答えは出なかった。

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