第43話 戦い終わって

都市間交流を終えて――――

普通の日常が戻ってくるのかと思っていた凍太は、「蛇の王国」から盛大過ぎるもてなしを受けることになった。

それと共にいっそうの『監視強化』が裏では進むことになった。

大会の結果もあるが、決勝戦で見せた『無詠唱の氷壁』が決定的に監視を強化したと言ってよいだろうことは、凍太にはわかりきったことだった。

あと2日。このお祭りは続く。

都市間交流の本当の意味は、これから2日間で成されるのだ。

裏では各国の情報が飛び合い、金が受け渡しされ、御互いに友好を確かめる者も居れば、敵が誰なのかもおのずと調べられる。

祝賀パーティーの皮を被った、政治の場それが本当の姿なのだが――――

当の選手たちは政治には関係ないものも多い。

「凍太ちゃん。あの・・・・あのね」

「うん」

イリスは凍太の隣に腰掛けながら―――ゆっくりと話題を切り出そうとしていた。

酒場の裏側の階段に座りながら、例の約束の件を話し出した。

「・・・・・負けちゃったから、彼女にしてっていうのはダメかもしれないけど・・・」

「うん」

「やっぱり・・・・あきらめきれないよ・・・だって好きだもん」

しょんぼりとしながらイリスは告げた。

「凍太ちゃんは・・・・・どう?」

「どう?・・・・って・・・好き・・・なんだと思うけど」

自分でもあんまりうまく言葉がまとまらないのに頭を悩ませながら――――

(ぁ―――――告白されてる)

内心では凍太はビックリしていた。

「じゃあ!」

顔を明るくするイリス。

「でも、まだ彼女って早いと思うんだ。そういうのはさ。もっと大きくなってからにしようよ」

明確な答えは出さない、先延ばしだったが――――嫌われていないことが分かったイリスの答えは斜め上を行った。

「許嫁ってことだよね?」

「へ?」

「それって許嫁ってことでしょ!?」

目が怖かった――――この時の凍太は、あとからこう述べた。実際瞳孔が大きく開いて息も荒く、なおかつ襟首をつかんでくるイリスは鬼気迫るものがあった、と。

だから――――言ってしまったのだ。

「うん」と。――――のちにこの一言が大きな事件に発展することになるのだが、今の凍太には、それを知る術はなかった。

「やったぁ――――!」

「許嫁っ!約束したからね!」

「アッハイ・・・」

イリスの告白はこうして成功に終わる。それからはもう始終、イリスはさわっぎぱなしだった。

(これで――――良かったんだよね?)

酒場の裏で夜空を見上げながら、凍太は一人自問自答を始めた。


酒場に戻った凍太は、「蛇の王国」主催の祝賀パーティーに再び参加することになった。

中はどんちゃん騒ぎで、大人たちの騒ぎっぷりは、すさまじいものに子供の目からは見えた。

カレル、アナトリー、ハンナ、エンリケの4人は大勢の人に次々と酒を注がれ、飲み干すという半ば拷問にちかいことをやらされて―――すでに、アナトリーがふらついているのが見えた。

「あ―――――凍太ちゃん―――――」

ハンナが目ざとく凍太を見つけると一斉に人に拘束されて、前の空いた席へと運ばれ―――問答無用に酒が注がれた。どうやら飲まなければ行けないようである。

「平気よ――――。あとでおねーさんが介抱してあげるからどーんと飲んじゃいなさい!」

ハンナがけらけら笑いながら、酒を進めるのを半眼で胡散臭そうに見やりながら。

「―――――――んくっ」

こくこくと注がれた葡萄酒を胃に流し込んで――――

「ぷはぁ!」

半分ほど飲んだところで息継ぎをすると同時に――――他の客からお代わりが継ぎ足された。

(わんこそばじゃねぇんだぞ・・・・)

この状態が続けば、ほどなく自分は撃沈するだろう。そんな思考は簡単だったが、その思考を前に居た女が掛けた一言がかき消した。

「どもぉ、エルミスタ・ファーレンですぅ」

実況の声だとピンと来た。となれば――――次は、

「一言いただけませんかぁ?」

やはり思った通り、考えていた通りの言葉が出ていた。

「一言っていっても――――」

「ぜひに「氷帝」さんに貰いたくて!」

「「氷帝」?」

「ああ――――自分がなんて呼ばれているのかご存じじゃないですか?」

「雪ん子じゃないの?」

一番聞いたことがあるのは「雪ん子」という言葉で「氷帝」はほとんど聞いたことがない。

「うーん。最初は確かに「雪ん子」でしたけどぉ――――最近じゃみんな「氷の帝王」――――「氷帝」って呼んでますねぇ」

「なんで氷の帝王なのさ?ほかにも魔術使えるのに」

「さぁ――――なんででしょう?イメージじゃないですかね?」

みんなの勝手なイメージ。ずいぶんと変な中二病ニックネームがついて、凍太はげんなりした。

「一言だったっけ?」

「ああ――――はい!勝利の感想など、なんでもいいですよ」

「――――そうだなぁ――――」

こうして取材をされるという人生初の経験を酒場で受けながら――――夜は更けていくのであった。


酔いつぶれた凍太を揺り起こしたのは――――鳳麗華だった。

「平気なの?」

隣からは色んな声がしている。気が付いてみれば――――そこはまだ酒場の中で他の都市の生徒がいまだ終わらぬ宴会を続けている最中だった。

ここ「魔女の帽子亭」は「蛇の王国」の専用なわけではない。他の誰でもが入ったり出たりする。ちょうど2階席で他の仲間と宴会を行っていた月狼国魔導学院の生徒もそれぞれにばらけて、店の中に散っていた。

「凍太?」

頭の上からのぞき込んだのは凍子の心配そうな顔だった。

膝の上に抱かれてヒンヤリするのが、ひどく懐かしさを思い起こさせた。

「――――おかあしゃん?――――」

「そうよ。平気なの?」

抱きしめながら聞いてくる凍子。前にはイリス。麗華。ハンナとその他大勢の取り巻きがいた。

「凍太ちゃん!大丈夫?」

イリスは心配そうに聞いてくるのを、凍太は笑って肯定した。

「もう。ビックリしたわよ?下から悲鳴が上がるんだもの」

麗華は悲鳴を聞いて何かあったのかとみてみれば、そこに凍太が酔いつぶれて倒れていたのだというのだ。

「ちょーっと飲みすぎちゃっただけよねぇ」

凍子の隣にいたハンナが頭を撫でながら――――治癒魔術を掛けてくれるのでだいぶ意識がはっきりしては来ていた。

「もう大丈夫だよ。ありがとう。ハンナさん」

そう言うとハンナは手を引っ込めた。

凍太も立ち上がろうとしたが――――凍子が後ろからがっちりホールドしているために動けない。

「ねぇ。おかあさん、はなしてよ」

「だーめ。まだ離してあげません。それに、おかあさんから大事なお話があります」

笑って言う凍子の顔がすこし引きつっているようにも見える。

「話ってなに?」

「イリスちゃんとの事よ」

静かに優しく言うその声は――――優しいがゆえに――――いっそう冷たく聞こえるのだった。



「信じらんないわ」

麗華が頭を押さえ、

「おかあさん・・・・許嫁なんて、凍太にはまだ早すぎると思うの!」

凍子が駄々をこねる様にいやいやをして見せる。

「でも、約束してくれたもん!」

イリスはふんすと鼻穴を大きくし、

「何で言っちゃうかなぁ・・・」

凍太自身はうな垂れていた。

酒の勢いに任せて、イリスが「許嫁」の約束を口外してしまったのが事の発端だった。最初は「蛇の王国」のエンリケを倒した実力をほめられ気をよくして酒を飲んでいたが――――やがて酔っぱらったイリスは凍太との約束を嬉しそうに語りだしたという。そんなこんなで――――噂が凍太の寝ている間に酒場の中のネタになるのは時間はかからず、ネズミ算的に噂は広まっていた。

「ともかく、この子の母親として、この話はいったん預からせてもらうわ」

凍子はイリスを前にして毅然と言い放つ。

「許嫁の話は雪花国に帰ってから、みんなで話し合うのがいいと思うの」

「わかりました。お母さん」

イリスの呼び方が凍子さんから、いつの間にか「お母さん」呼びになっていて。

「お母さんじゃないわ。まだ認めないんだから」

「はい。お母さん」

凍子は否定したが――――イリスは笑顔を崩さずにもう一度「お母さん」と呼んだ。

そんな光景を見ながら横では鳳麗華と凍太が長くなりそうだなと思いつつ、ため息を吐くのはほぼ同時だった。

「あんたも大変ね」

「まぁ――――がんばるよ」

麗華の皮肉に、凍太は一言しか言い返すことが出来なかった。



「みんな行っちゃったね」

「そうでござるなぁ」

船着き場で各都市行きの定期船を見送った凍太と皐月、ミライザ、ハンナ、シシリー、ヴェロニカの6人はシシリーの邸宅に集まってお茶会を開いていた。

時刻はまだお昼前で今日から3日間は片づけの日々が続く。

減ったものをまたため込み、酒瓶などは再利用をし、また一年後の都市間交流戦に備えるのだ。

勿論凍太たちは――――普通に学校に通う日々が続き、日々魔術の鍛錬を続けることになる。

「でも――――来年はどうなるかわからないわね」

「雪花国は油断できない存在であることが確認できました。逆にローデリアに圧勝できたのは意外でしたが」

ヴェロニカが静かに分析を述べる。

「私は分かっていたわ――――あの暴れん坊の「雪乃」の育てた子たちだもの。おのずと鍛えられるわ」

シシリーはしんみりと言って見せた。

「でも今は、喜んでいいと思うのよ。優勝したのはやっぱり「蛇の王国」でいまだその力は揺らいでいないとしめすことができただけで当初の目的は達成できたわ。内外に「王国」の喧伝を流し、争いを起こそうという気を削ぐこと。これが一番重要だし」

「それに――――凍太ちゃんはよくやってくれたわ」

「かっこよかったでござる」

「そうにゃ」

シシリーの言葉に皆が頷いて――――凍太はこそばゆくなった。

「それについてだけど――――正式に「王国」から特務員として任命されることになるわよ。覚えておいてね」

ハンナは凍太にまじめな顔つきで言った。

「特務員ってなに?」

「王国が派遣する特権をもった人物をさすのよ。通例としては――――都市間交流戦の優勝者たちが任命されることになるわ。私やカレル、エンリケはすでに特務員だけれど、アナトリーとあなたは新任命されるわ」

「おめでとう。凍太ちゃん」とシシリーが。

「おめでとうございます」これはヴェロニカ。

「凄いでござるな」皐月はいつもの口調で。

「驚いたにゃぁ」ミライザは猫族特有の言葉で。

口々に祝いの言葉が出たが――――何をするのかが問題だった。

「特務員ってなにするの?」

「具体的には各国の支援に従って動くことになるわ。アタシの場合は主に治療行為が多いわね。カレル、エンリケは盗賊の征伐や争いの調停をしたりもしてるみたい。凍太クンとアナトリーはまだ若いから簡単な害獣駆除だとかあたしたちのお手伝いだと思うわよ」

(ようは自衛隊みたいな「なんでも屋」になるって訳ね・・・・そこに外交問題まで入ってくる・・・・と)

恐らく害獣駆除と言ってもそこらの騎士団ではどうにもならないクラスを討伐する為に特務員が派遣されるのは間違いないだろうと凍太もうすうすは感づいてはいたが。

またやることが増えるのかと頭が痛くなる一方だった。

「明日には、十人委員会から正式に通達があると思うわ。拝命しなさいね」

「拒否権は?」

「あると思ってるの?」

ハンナの疑問は至極当然だった。王国としては力の有るモノには徹底的に仕事を振るのは当然で――――そのための技量や動きを見て振るいに掛けるための都市間交流戦でもあるのだから。

「わかってたよ。聞いてみただけ」

頬っぺたを膨らませながら――――凍太は拗ねて見せた。が

「そう悪いことばかりでもないのですよ」

そう続けたのはヴェロニカだった。

「特務員はその性質上、自由な行動が認められています。各国に入るための審査や旅券の類は免除。すべて王国持ちとなります。また、必要に応じて兵隊を借り受け指揮する権利も場合によっては与えられます。むろん、「王国」から人員を選んで協力をしてもらうということも可能です」

「それって――――」

「つまり、自分一人でやらなければいけないということはないわ。必要があれば「王国」が全面的に協力をするということよ」

ハンナがつづけた。

「王国はまず各国から要請を受けて審議の後、特務員を必要数派遣するの。大体の場合は2人一組で期間が決められているわ。危険と思われるものは、特務員だけじゃなく「王国」の導師、教師が動く。竜征伐や災害救助なんかはそれにあたるわ。心配することはないのよ」

「まぁ、まずはやってみたらどうかしら?おばあちゃんは楽しいと思うわよ」

最後はシシリーがぽそりと呟いて、その場はお開きになった。



次の日の朝から学園の講堂によばれた、「蛇の王国」の都市間交流戦優勝メンバーは十人委員会から勲章の授与と、特務員への任務拝命を言い渡された。

拝命時に渡された特務員であることを表すリングが左手の中指にはめられて凍太とアナトリーは何とも言えない気持ちになった。

講堂を出た二人はリングを眺めながら、心配そうな顔を浮かべていたが、

「心配すんな。お前らの実力なら軽いもんばかりさ」

エンリケはそう言って二人を励ました。

「傷はもう平気なの?」

凍太がエンリケに問いかけると――――「問題ない」とだけエンリケは呟いて見せた。実際外傷のようなものは見当たらない。

ならよかったよ―――――と凍太とアナトリーは笑いあった。



「で――――最初は誰かに同行ってことになるけど――――アナトリーはだれと行きたいの?」

「選べるんですか?」

「ある程度はね。王国から派遣されるのは「二人一組」。どっちかが倒れた時のフォロー的な役目を追うためよ」

「いま割り振られている任務は、カレルは盗賊団の内偵、壊滅。エンリケは害獣の駆除。アタシはローデリア辺境府で3か月の治療行脚ね。ああ――――もちろん、他の人と組むこともできるわよ」

「うーん、迷いますね。害獣ってのはどの程度なんですか?」

「ああ。異常繁殖したコボルドの駆除だな。数が多いから人数が多いと助かる」

「凍太ちゃんはどうするの?」

「ハンナさんとがいいな」

「あら?そう?3か月間治療ばっかりよ?面白くはないかもだけど」

「うん。治療魔術も学んでみたいし・・・お願いできないかな?」

実際は人を害する術は少し飽きてきたという理由もあったのだが――――

それは言わないでおいた。

「そういうことなら、あたしの方から申請しておくわ。アナトリーくんはどうするの?」

凍太とのことが決まって、ハンナはアナトリーに話を振った。

「僕はとりあえずエンリケ先輩についていきます」

「カレルは大丈夫?」

「僕は一人の方がやりやすいのさ」

カレルはそう言ってさっさと行ってしまう。

こうして――――凍太は新たな一歩を踏み出すこととなった。

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