第38話 本戦 


「さて、今回は新顔が2人も居るわけだ。が・・・」

テントの中でカレル・ノヴァクが4人を見回す。

カレルの前には4人のメンバーが揃っていてそのうち二人は彼の言う通り、

今年入った新顔でもあった。

「特に凍太クン。君はまだ幼い。魔術の素養はあるだろうが――――あまり無理をしないことだ」

「はい」

(まぁね。フィールドに出たら弱そうな奴から狙うのはセオリーだしね)

「だが、うちには「医療課」のハンナがいるから心配ないがな」

そう言ったのは、「科機工課」のエンリケだった。

テントの中でエンリケは愛銃を手入れしながら時折、銃口を新入り二人に向けて見せた。

「危ないわよ?エンリケ。・・・・まぁ、彼の言う通りこの『ハンナ』がいる限り大抵の事じゃ負けやしないわ。みんな? 今年も蛇の王国に優勝旗を持って帰りましょう!?いいわね?」

まとめ役のハンナが自身をもって言い放つと

「ああ!」

蛇の王国のメンバーたち5人は各々ばらばらではあったが――――皆、力強く頷いて見せた。



試験で使われた大グラウンドが例年の通り、都市間交流戦の会場になった。

大きな石壁で出来たコロッセオ状の建物でグラウンドの周囲は観客席になっている。

「ふふ。楽しみねぇ。雪花国のお手並み拝見と行きましょうか」

冷えた蜂蜜酒ミードを持ちながら楽しそうに言ったのは、シシリーで、その隣にはランドルフとヴェロニカが座っていた。

一段下の席にはミライザと皐月の姿や街の住人の姿も見て取れる。

皆お祭り騒ぎで飲み食いをしながらの観戦だ。

「凍太ちゃんにびっくりするといいわ」

冷えた蜂蜜酒ミードをごくりと飲みながら――――シシリーはニタリと笑って見せたのだった。



本戦におけるルールは3つ。

1、各都市の代表は5名一組のチームとし、勝敗の決定はダメージによる全員のリタイアか、又は、自陣に立てられたポールフラッグを奪われることで決定する。

2、魔術、魔導の使用制限はなし。武器の使用においても攻城兵器以外は使用可能。

3、昨年度の優勝都市、準優勝都市は第2回戦からの進出権が与えられる。


「随分とざっくりなんだ?」

審判の説明を聞いた後で、アナトリー・ヘイグラムはぽつりと呟いた。

「基本的には勝ち残り戦で決定されるわ。私たちは去年優勝だから2回戦からね」

ハンナが各人にお茶を配りながら、一回戦の様子を解説を行っている。

「初戦は初出場の雪花国魔術教導院と『古豪』の王立サンタ・リオーネ魔術学院ね」

会場の一角にある特別観覧席とよばれる場所にハンナ達5人は座っている。

目の前では1回戦目の雪花国魔術教導院と王立サンタリオーネ魔術学院の戦いが既に開始されていて、グラウンドの両端に陣取った代表達が、前進を始めていた。

「雪花国って凍太クンの出身国よね?」

「うん」

ハンナの問いにうなずく凍太。その眼は雪花国の動きをつぶさに追っていた。

と――――最初に動きを見せたのは、サンタリオーネ側だった。

別名「エルフの王国」と呼ばれるサンタリオーネの代表者たちはすべからく、エルフ、またはダークエルフと呼ばれる種族で構成されている。使う魔術は「契約魔術」が主であり、その効力は契約した精霊たちによって行使される。起動の方法は指先での契約式をなぞることで発動することができた。


サンタリオーネの代表者の内、2人はボウガンを構えて走り出し、グラウンドの中ごろまで進んだところで、グラウンドのところどころに点々と設置された遮蔽物や塹壕に身を隠し始めた。

「いつも通りだな」

エンリケがぼそりと呟くと

「ああ、毎年、進歩の無い奴らだ」

今度はカレルが唾棄するように言った。

「毎年、遮蔽物に隠れてからの塹壕戦。まぁ都市間交流戦の風物詩かしらね」

ハンナは飽きれるように言って苦笑いを浮かべて見せた。


「けっ塹壕に隠れてちまちま打ってきやがる気か」

雪花国魔術教導院の代表の一人で年長者でもあるヘイルダムは言った。

外見は大きく、傭兵の様な風貌をした40過ぎの中年である。手にしているのは大ぶりの長剣。教導院指定の漢服の前ははだけて下からブレストメイルが見て取れた。

「平気よ。あんなの恐くないわ。雪乃校長に比べたらぜんぜんじゃない」

そう言ったのは同じく代表のミサだった。

こちらは雪人の女性で外見はスラリとした学者風、眼鏡を掛けて、17、8ほどの外見に雪花国魔術教導院の女性用漢服に身を包んでいた。

塹壕ここならボウガンも防げるし」

「だよね」

続けて塹壕に隠れながらつぶやいたのは二人の翼人種。

姿かたちが二人ともそっくりなのは双子のせいで、名をそれぞれ、リリアナとアリアナと言う。

「リリアナとアリアナは塹壕で待機だ。俺とイリス嬢ちゃんで攻撃を仕掛ける」

「いけるの?イリスちゃん」

ミサの言葉に、こくんと頷いたのはイリス。幼いダークエルフの少女だった。

「大丈夫。あたしとヘイルで何とかする」

イリスはそういうと、背にしていた遮蔽物の裏で魔石を一つ地中に埋め込んで何やら言葉を唱えて見せる――――と魔石を中心にして形が作られて――――あっという間に、一匹の土で出来たオオカミが出来上がった。

――――おおおおお!

観客席からはイリスの出したオオカミ型のゴーレムにどよめきと歓声が上がる。

「ああっとぉ!イリス選手。犬型のゴーレムを2体呼び出しましたぁ!」

同時に実況席からはアナウンサー代わりの生徒が大声を上げて実況を開始した。

「やるなぁ。なら俺も行くぜ」

イリスのゴーレムを見て、感嘆するヘイルダムだったが、自身も塹壕から飛び上がり氷壁を出現させて遮蔽物の代わりとした。



「ちぃ!なかなかに素早いな」

襲い掛かってくるゴーレムに接近されながら、サンタリオーネの代表者の一人は毒づいた。

遮蔽物に隠れながら、魔術で強化したボウガンで攻撃を行っていた所に、一匹のゴーレムが襲い掛かってくる。

邪魔なゴーレムを吹き飛ばそうとしたところで、今度は別の角度から2匹目のオオカミ型ゴーレムがダークエルフを乗せて現れた。

後ろに飛び退りながら、指先で契約式をなぞり「契約魔術」で火球を作り出して飛ばす――――が

オオカミ型ゴーレムの上に載った小さなダークエルフは魔術で水球を叫んで作り出し、真正面から火球にぶち当てた。

火球は水球によって威力が弱められたところで、湯気の背後からオオカミ型のゴーレムがサンタリオーネの選手に猛然と突進した。


「サンタリオーネのフィリポ選手。雪花国魔術教導院のヘイルダム選手におされておりまぁっす!雪花国魔術教導院なかなかのダークホースっぷり!!」

ヘイルダムは氷壁から抜け出し、ボウガンを持った相手に肉薄していた。

剣がボウガンを破壊したところで、相手も剣を抜いて応戦をし、今は拮抗状態となっている。

「いいじゃねぇか。剣と剣でやり合おうぜ」

ヘイルダムは嬉しそうに笑いながら、つばぜり合いをする腕に力を込めた。

「馬鹿力め!」

相手も押し負けまいとして、身体ごと押し返して来ていた。が――――

「ヘイルダム!どきなさい!」

後ろから声が掛かって、直後に氷で作った槍がヘイルダムの真横を掠めて行った。

「フィリポ選手に氷の槍が飛んでおります!これはあぶなぁぁ――い!放ったのは雪花国魔術教導院のミサ選手だーーーー!」

「随分ときわどい所に放ってきますね。運が悪ければ味方に当たりかねませんよ」

実況につづいて解説をしたのは カルロッテ教師。解説役を任されている人物だった。

「あぶねーだろ!ミサ!」

倒れ込みながらヘイルダムが叫ぶ。その間にも、次々と、氷の槍はヘイルダムを掠めて相手へと飛んで行く。が、相手も手にした剣ですべて叩き落とすという芸を見せた。

「やるもんだな。弱小のくせに!」

剣を構えたまま、苦笑いを見せた相手にミサは

「古豪に褒めて貰えてうれしいわね!」

と叫びながら、再びの氷槍を投げつけた。


「どうしようおねーちゃん」

「ん?どうかしたのアリアナ」

「あたし達も加勢した方が良くない?」

「うーん。あたしは反対かな。あたしたちの役割はここより後ろに敵を行かせない事だもん。紗枝先生も言ってたじゃない。『最終防衛線は必ず護りなさい』って」

塹壕の中で、戦況を見守りながらリリアナ、アリアナの姉妹は話合っていた。

二人の考えた作戦はこうだ。

リリアナが塹壕を出てイリスの加勢に向かう。その後、イリスとリリアナ二人で攻勢にでる。

これなら、アリアナは防衛に撤していられるし、リリアナは加勢ができる。

「おねーちゃん頑張って!」

「うん」

リリアナはアリアナにうなづくと、勢い良く塹壕を出ていった。


一方、サンタリオーネの残ったメンバーも動き始めた。

「サンタリオーネ側に動きがあるようです!今まで防衛をしていた生徒たちが2人。前線へと駆け上がっていきます!どうやらマルティネス選手とウィルド選手の様です!」

一人を旗の防衛に、残った二人で先行したメンバーの加勢を行うつもりだ。が

先行したメンバーの動きは良くない。そのうちに戦っていた一人が倒れてしまうのが見れた。

会場からは歓声が大きくなる。

「フィリポがやられたか」

さっきまで傭兵風の男と戦っていた仲間――――フィリポ――――が倒れたのを見て、増援に向かっていたマルティネスがつぶやいた。

「フィリポの仇をとるぞ」

「ああ」

二人でフィリポを倒した相手に応戦するべく同じ方向に向きを変えて向かった。


「ふん。来やがったぜ」

増援が来るのが見えて、ヘイルダムは目つきを鋭くした。

「リリアナ。行けるわね?」

「任せといて、ミサ姉」

隣では塹壕から出たリリアナと、ミサが攻勢に出るべく互いにうなずいた。

「ヘイルダム。あんたはイリスちゃんの援護。頼むわよ?」

「あいよ」

ヘイルダムはミサの指示を受けて斜め前方で戦いあっているイリスのバックアップへ走り出した。

そのころ、イリスは相手の攻勢に手を焼いていた。

「契約魔術」の起動の早さと相手の魔力総量の多さでだんだんと後手に回りいつの間にか2体いたゴーレムは1体に数を減らしていた。

(このままじゃ、負けちゃう!)

相手の放つ魔術の矢を往なし、避けながら、必死に距離を詰めようとする――――が、相手の早さも魔術で強化されているのか、一定の距離を保ったままでイリスの接近を許さない。

このままでは、イリスの魔力が底をつき魔術が使えなくなる。

そうなれば、一貫の終わり。現状ではイリスは接近戦での対処方法はないに等しいかった。

「ぬん!」

不意に横から声がしたかと思うと、圧縮した風の刃が目の前のサンタリオーネの選手にぶち当たり、吹き飛ばされるのが見えた。

「今だ!イリス。やっちまえ!」

横からヘイルダムの指示が聞こえた。




「へぇ。あのおっさんやるじゃないか」

カレル・ノヴァクが試合を見ながら、楽しそうに笑う。

「騎士としてはそそられるのかしら?カレル?」

隣では「医療課」のハンナがこれまた面白そうに、聞き返す。

「あのダークエルフちゃんもすごいな」

「イリスの事?」

「へぇ。知り合いか。イリスっていうんだな」

アナトリー・ヘイグラムが感心したように褒めると、凍太は少しうれしくなって

イリスの名を口にしていてしまっていた。

「まぁ、実際なかなかのもんだ。あの歳であんなに器用にゴーレムを操れるガキは俺は知らんね」

壁に寄りかかって、銃を抱いたままの姿勢で「科機工課」のエンリケは目を細める。渋みががった顔がまた一層渋くなった。

「凍太ちゃんはどうかしら?」

ハンナの問いに

「僕は――――あの眼鏡の人が厄介だなと思うよ」

「あら偶然ね。あたしも同意見だわ」

ハンナは嬉しそうににやつく。

「恐らく、あの眼鏡が司令塔だわ。それも頭だけじゃない。攻撃もできるタイプね」

ハンナの予想は凍太とほぼ一緒だった。

指示を主体として周りを統率して、いざとなったら自分も動ける「戦士」だろう。

さっき見せていた氷の槍もなかなかのものだったし。と黙考していると――――

「やっぱり、うごいたわ」

ハンナがつぶやいた。

 グラウンド上では眼鏡のプレイヤーと翼人種のプレイヤーがグラウンドの左サイドを空と大地に分かれて駆け上がっていくところだった。

雪人は漢服をはためかせながら駆け上がり、翼人種は上空に飛び上がっていた。

向かって来ていた相手も気づいたのだろう。即座に、ボウガンを構えて上空の翼人種にむかって打ち出した瞬間に「契約魔術」で空気の抵抗を減らす「術式」を指先で虚空に描いた。

すると、魔術で作られた矢が一瞬加速し、そのまま、途中で失速することなく翼人種に向かう。が――――翼人種も予測のうちだったのか。一瞬で下へと飛行航路を変えて見せた。

その間に、動いたのは雪人のミサだ。

相手がボウガンを打った瞬間に間合いを詰めて――――持っていたメイスで相手の頭を狙って振り下ろした。

サンタリオーネの選手はよけきれなかったのだろう。頭には食らわなかったものの――――体を鈍器で殴打されてその場に膝をついた。

と、今度は上空から翼人種が魔術で創り出した火球をいくつも爆撃のようにして投げつける。

地面で軽めの爆発と轟音が響き、大地が削れる。土煙が晴れて、倒れたままのサンタリオーネの選手が見えた。



「さぁ!雪花国魔術教導院のミサ選手!ぐんぐん上がって行きます!ポールフラッグは目の前だぁぁぁぁ!」

実況がヒートアップを続ける中、ミサは単身でポールフラッグを目指していた。

(あっぶな・・・)

後ろで起こる爆発音を聞きながらミサは冷や汗をたっぷりかきながら、それでも止まることはしなかった。

わざと、リリアナを狙わせて、その隙をついて自分が攻撃。

追撃はリリアナに任せるプランだったが――――少しでもまごつけば、リリアナはボウガンに貫かれていたかもしれないと思うと、ぞっとした。

さらに前進を進めながらミサは相手の最終防衛ラインまで歩を進める。

ポールフラッグがすぐ近くに見える。相手は一人だった。

追撃に走ったもう一人の選手は、ミサのはるか後方で、ヘイルダムが相手をしているのがリリアナが魔術で後方から連絡役をしていることで、風に乗って声が聞こえて状況が知れた。

これで1対1。雪花国魔術教導院の狙っていた状況に持ち込めたと思うとミサの心は踊った。

自分が初激を加えて相手を抑える。

加えて、後ろからは、リリアナが上空からポールフラッグを掻っ攫う予定だった。



「勝負ありだな」

エンリケがつぶやく。

まだグラウンド上では相手は2人残っている状態だったが――――おそらく翼人種がポールフラッグを奪って終わりだろう。とエンリケは続けて、ほどなくして、

勝負はその通りとなった。

「随分なダークホースが現れたもんだ」

「あら。いいじゃない。あんな名前だけの『古豪』なんかよりよっぽどましだわ」

ふふんと、笑いながらハンナが言った。

「じゃあ次はうちらの番だね」

「ああ、期待してるぜ?新人共」

凍太のつぶやきに、カレルが軽口をたたく。

次はついに『蛇の王国』の試合が行われる。そう思うと、凍太の体の血が沸き立つ感じがしていた。




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