第21話 授与式での出来事

 講堂の中はすでに多くの学生たちが席についていた。

 講堂の入り口の近くから二列に伸びるテーブル。テーブルの両側には学生が席につき、それぞれの前には今夜の晩餐でふるまわれる食材が並ぶ。どれもおいしそうな

 一品だった。

 入り口から伸びる2本のテーブルの先には無人の玉座――――ウェルデンベルグの玉座が置かれ、玉座の左右にも1対の椅子が置かれている。どちらも今は無人だった。

 講堂の端に並ぶようにして、十人委員会と呼ばれる最上位の導師たちが居並び、一人は巻物スクロールをもって立っている。

「入場」

 スクロールを持った一人が静かに告げると、講堂のドアが重い音を立てて両側へと開いた。

 新入生が入場する。1列になりながら総勢で25名ほどが真ん中の道をゆっくりと進んでいく。

 新入生の両側からは在校生たちのゆっくりとした拍手が鳴った。

「これよりローブ授与式を執り行う」

 新入生がすべて進み切ったのをみて、十人委員会の一人が前に出て、無人の玉座に礼をすると、新入生25名に対して向きなおった。

「まずは、試験突破おめでとう。諸君。これより各一人にローブを渡していくので受け取り給え」

 細身で初老の男が髪は黒く、肩まで届く長さで切りそろえられている。身にまとうのも黒いローブで上から下まで黒1色だった。

 やがて、一人一人の名が呼ばれ、男の手から各自にローブが手渡される。ビロードに似た生地でできたローブは膝まですっぽり隠れる長さで、一人一人の肩に男が羽生らせる。

「皐月。前へ」

 皐月が呼ばれる。はかま姿に刀を左腰に差した姿。袴の後ろからは黒色の尻尾がふさふさと左右に揺れていた。

 ローブが皐月の肩に乗せられる。皐月は小さく礼を言って横へと移動した。

「凍太。前へ」

 凍太が呼ばれる。皐月の例に倣って、大きく2歩前に進んだ。

「君には少し大きいかもしれないな」

 男はそういいながら――――ばさりとローブを凍太へ羽織らせたが、他の新入生よりは小さい凍太だけはローブが床へ引きずる形になった。

「まぁ、そのうち背も伸びる」

 男はそっけなく言いながら、作業に戻った。



 ローブの授与が終わると、厳かな雰囲気は一変して、祝賀会へと変わった。

 講堂の中は魔術で光がともされ、料理が魔術によって次々に出現した。食べても食べても自然にそこに出現するようにミートパイやラム肉、野菜、魚、果物などが継ぎ足される。在校生たちは慣れているのか平然と取り分けて、各自で食べ始めた。

「しかし、今年は例年に比べてずいぶんと少ないな」

 在校生の一人がアップルパイを食べながら、呟くと、となりでは少し小さめの女子がラム肉をフォークで食べながら、

「仕方ないわ。今年は実技がきつかったみたいだし」と、付け足し、遠目に新入生を見やる。

 新入生は、テーブル端の指定席へと座らされ片側12人ほどで向かい合って座り、お互いにしゃべりあうもの。食べに走る者など様々だった。

 その中で凍太はテーブルの端に座りながら、イチゴののったタルトケーキに手を伸ばす。

「どうぞでござるよ」

 前に座っていた皐月が皿に大きめに切ったタルトケーキを取り分けてくれた。

「ありがとう」

「良いのでござるよ。拙者の方がお姉さんでござるし」

 皐月はそういうと、凍太の皿に肉や野菜も次々に盛り始めた。

「もうそのくらいでいいよ」

「何を言ってるでござるか?子供はたくさん食べるのが仕事でござるぞ?」

 ほれ---と目の前に置かれた皿にはてんこ盛りになった数々の食材。

 皐月はさぁ食えと言わんばかりに凍太を見ていた。

(この人、世話焼きなんだな・・・・)

 ラム肉にかじりつきながら――――皐月の性格を分析していると、ふいに

「ソースがお顔についてるわよ?」

 と手が横合いからのびてきた。咄嗟に、スウェ―バックで避けようとしたが、横から延ばされた布に口元を拭かれる。

 声の主はかなり年上の人族の女性だった。

「綺麗になった」

 女性は満足げに笑うと、食事を再開しながら

「実技試験、見事だったわね」

 凍太の頭を撫でる。年のころは40歳ぐらい。新しく新入生の一人で、二次の実技試験で『回復』をし続け一定時間を経過し、合格を勝ち取った戦法を取った一人だった。――――ちなみに、年に10人ほどはこの戦術をとる受験者が見られる。

「偶然だよ。まぐれ。まぐれ」

 頭を撫でられながら、凍太は言うが、今度は皐月の隣にいたエルフが口をはさんだ。

「まぐれ?そんなわけないだろう。あれは故意だ」

 エルフは面白そうにいって凍太を見る。まるで、そうだろう?と同意を求めるかのように。

「まぁ、故意でもまぐれでもどうでもいいのさ。このアムリッタ・ベルデスを面白くさせてくれそうだしね」

 アムリッタと名乗った女性は、ふふっ――――と凍太を見て笑う。

「僕も、その点は同感だな。退屈はしないで済みそう」

 エルフの男も凍太をみてにやりと笑っていた。

「名前聞いてもいいかな?」

 凍太がエルフの男に問いかける。とエルフは

アナトリー・ヘイグラムと、名乗った。

「僕は凍太。雪花国の出身だよ」

 凍太も笑顔で、アナトリーに返した。

「僕は君にも、興味があるんだ。獣人のお姉さん」

 皐月を横目で見ながらアナトリーは葡萄酒を口に運んだ。

「拙者でござるか?」

「そう。君だよ、実に見事な立ち回りだった」

「へぇ。どんなだったの?聞いてみたいなぁ」

 凍太はその光景は見ていない。皐月の戦いのころは、調査官と露店でブルストを食べていたのだから。

 横合いからアムリッタが続ける。

「すごかったのよ?自分の体に付与魔術をいっぱい掛けてね。真正面から延々と時間切れまで魔術をしのぎ切ったの。かっこよかったわ」

 皐月は二次の実力試験で付与魔術と肉体強化。それに少しの回復魔術を使用して戦いに臨んだ。

 魔術で筋力をバンプアップ、視界と反応速度を上昇させ、試験官の魔術を真正面から、避け、刀で弾き、時には刀で魔術そのものを切り伏せて見せた。

 たまに避けそこない、傷を負っても回復魔術のおかげで回復は可能だったし、それ以前に強化した肉体は痛みをまったく感じなかった――――おかげで、試験官の魔術を一定時間耐えきり、今ここにいるのだ。

「火の玉を切り裂いた時なんか圧巻だったわね」

 アムリッタは隣から凍太に熱っぽく解説してくれた。

 付与魔術。自分の体に効力を与える魔術で、筋力のアップ、自然回復力上昇、視界を広くし、反応速度を引き上げたりと----様々なことが出来るのだという。獣人である皐月が使うことで、常人よりも効果の高い魔術になっているのだと、アムリッタは言った。

「拙者の一族は、肉体強化や付与魔術がもともと得意でござるのでな・・・・戦術は最初から決めていたのでござるよ」

 褒められて、悪い気はしないのだろう。皐月はラム肉をほおばりながら、尻尾をぶんぶんと振り回した。

(大きなハスキー犬みたい)

 凍太は照れる皐月を見ながら、嬉しくってじゃれるシベリアンハスキーを思い出した。

「見てみたかったなぁ。今度やって見せてよ?」

「ええ?そんな凍太殿に見せるほどでもないでござるよ」

 凍太のリクエストには皐月はあまり乗り気でなかったが----「どうしてもというなら」と最後には承諾してくれたのだった。



 ローブ授与式が終わって、解散となった後、凍太は学舎の中にある「特別室」へと向かっていた。

 アルフレッド調査官に会って意志を伝えるため、そして、「監視対象」として『蛇の王国』に囲われてもいいと伝えるために。

『無詠唱』と『魔術容量』の2つ内、どちらも問題ではあるものの、どちらかと言えば緊急を有す案件は『魔術容量』のほうで、王国としては保護を目的とした『能力保有者』の『監視』と『王国内』での戦力としての囲い込みを実施する。見返りとして、『監視対象者』になった者については、特権として、『学費の免除』と『特別書庫』への立ち入り、『個室』が与えられる。

 代わりとして、監視対象者は『王国への忠誠』と『魔術研究のための協力』『王国内外での行動時に監視役を置かれる』以上の条項を誓う。

『王国へ忠誠』は反逆の抑止。『魔術研究のための協力』は『魔術研究のためのモルモット役』に。

 そして『王国内外での行動時の監視を置かれる』ことは、年二回ある里帰りの為の長期休暇の際、王国から監視役が同行することを意味していた――――が、実際の感覚としては『特待生+おまけ付き』で『監視役』が付くと言った方がいいだろう。

 前回の話し合いのあと、ランドルフに『首に鈴がつけられること』を相談した凍太は、その条項に従わなかった時のデメリットを逆に説明され、ようやく、囲われる意志を固めた。

 主なデメリットは二つ。

一つは『王国』の庇護下にないことで、各国から危険分子として指名手配を受けること。

そしてもう一つは、『能力保有者』の一族郎党にまで被害が及ぶこと、だった。

 2つとも、とんでもないデメリットだったが、特に2つ目は、見過ごすことが出来そうになかった。

『国』に協力しなければ、自分に関係した人間すべてが被害を受けかねない。そんなことは凍太の望むところではなかったし、また、やる価値もなかった。

 こんこん

 特別室の扉をノックして、中からの返事を待つ。

 少しあとから――――「どうぞ」と返答があった。

「よく来てくれたね」

 アルフレッドは、真剣な顔で席に座っていた。隣には、今日は誰もいないようだった。

「席についてくれるかい」

 言いながらアルフレッドはじぶんの前の席を指示する。

「さぁて、ここに来たということは答えを聞かせてもらえるんだね?」

 静かに、用件だけを切り出してくるアルフレッドの声に遊びはない。答えだけが必要なのだ と訴えているかのような冷たさだった。

「うん。鈴をつけてもらって構わない。ただし」

「ただし?」

「ちゃんと書面にして、雪花国へ送付しおばあさまに承認を受けてほしい」

「なるほどね」

 アルフレッドは理解したようで一度だけ頷いて見せると、「いいだろう」と呟いた。

「おばあさまが納得すれば-----僕はその決定に従う」

 凍太の意志はここに固まった。



 数日のうちに、雪花国、町長、雪乃の下に『蛇の王国』からの使者が参上した。

「報告は読みました。凍太は『囲われること』を受け入れたのですね?」

「はい、あとはあなたの決定に従うと」

「ふむ。やはり、『監視対象』になりますか・・・・」

 雪乃は思案した。ここで自分が『否』を返せば、すべてが無駄になる。かといって、たかが、7歳の子供に四六時中監視が付くのは----正直、やり過ぎの感じも否めない。

「返答はいかに」

 使者はあくまでも。対等な立場で返答を聞いてきた。

「そうですね。『監視対象』にあの子が自らなることを選んだのならば、私もそれを認めましょう。ただし、一つだけ『王国』へお願いがあるのです。ぜひに----あの子が納得の上で『監視役』を付けてやっていただきたい」

 自分の納得の上で、監視されることを選んだのだから、少しでも人選は凍太の納得できる人物を付けてやってほしい。雪乃が出来るのはここまでだった。

「わかりました。できうる限り『監視者の人選』に関しては配慮することにいたしましょう」

 使者が静かにだが、しっかりと答えた。

(これで、ひとまず命の心配はしなくて済む。あとは、お前に任せますよ・・・・)

 雪乃は書類に筆を下ろしながら、ただ一心に祈りを込めた。




 雨が降る中。宿屋の下階にローブを引きずりながら歩いていくと、ランドルフ導師がすでに迎えに来ているところだった。

 宿のカウンターで朝食を食べながら、蜂蜜と紅茶を混ぜたモノで一息ついているランドルフがいつものように

 手招きをした。

「おはよう。お前さんの処遇が決まったでな。こいつを届けに来たんじゃ」

 そう言って腰に下げていたバッグから一つの腕輪を取り出した。

「なにそれ?」

 微かな、魔力の残滓を腕輪から感じたためタダの腕輪でないのは分かったが、何をするものなのかは見当がつかない。

「こいつはの。お前さんの魔力が一定の量を超えた時、ワシに魔力で合図を飛ばす仕組みになっておる」

『首に鈴』ならぬ『腕から信号』というわけね。と凍太は了承して腕輪を右腕にはめた。

 サイズが大きいかなとも持ったが、そんなことはなく、圧迫感なども感じられなかった。

「少し魔力を練ってみぃ」

 言われて、身体全体にいきわたる感覚をイメージしながら魔力を生成する。と----腕輪がぶるぶると一瞬震えて

「おお、確かにの。指輪が震えおったわい」

 ランドルフが面白そうに言っていた。

「わかったじゃろ?これからはこの『王国』の中で暮らすのじゃから、力を抑えることを学べ。お前の力はこれから先も伸びるじゃろうが、なによりも周りとの協調を取らねばならん。『大きな力は他人のために使ってこそ』じゃよ」

「ああ、それとな。今日からお前に監視対象として上級補佐官を付けることになっておるでな。これからちと、ワシに付き合え」

 ランドルフは よっこいしょ と腰を上げると、宿を凍太を連れ立って出ていく。

 朝はまだ、夜が明けて白み始めたぐらいで、うっすらと明るくなりかけているころだった。

「おばあさまはなんて言ってたの?」

「娘々はお前が納得するモノを監視者としてくれと言っておったそうじゃ」

 ランドルフは凍太の前を歩きながら言った。

「怖く無ければ、大体はいいかなぁ」

 凍太自身監視など初めてされるわけで、どんな環境になるのかはわからなかったが----雪乃が口添えしてくれたことで、多少の融通は利くようになったのだと、道すがら、ランドルフは教えてくれた。



「はいるぞい」

 学舎の講堂に5人ほどの上級補佐官達が居並ぶ。

 皆、一様に同じローブ姿で、男女混合。種族はばらばらだった。

 皆、年上だろう。背は凍太よりも高い。

「おはようございます。導師」

 居並んだ5人から一斉に挨拶されるランドルフは片手を軽く上げて

「ほい。おはよう」

 と返した。つづいて

「では、まず監視対象の発表じゃ」

 ランドルフが頭に手を置いてぽんぽんと叩く。

「雪花国出身の凍太。魔力総量は12の半ば。加えて、「無詠唱」の使い手じゃ」

 場にどよめきが走る。皆唖然とした顔で、中には頭を抱えているものまでいた。

「これから、凍太に己の監視対象を話し合いで決めてもらうでの?よいかな?」

「拝命いたします」

 ランドルフの言葉に、5人の上級補佐官は頭を垂れ、恭順して見せた。

 話し合いで決めることが、御互いの考えを知るうえで最も、早いと凍太は考えた。

 話が合って、口うるさくなさそうな、そんなタイプを選ぶつもりでいたのだが、皆一様にその条件はクリアしてここにいることを告げられた。

 5人と凍太は向かい合って、座っており、5人からの質問攻めにあっている。

 5人に共通していたのはこの監視役は名誉がかかわっている職務で、実質的に上級補佐官の給料が2倍ほど跳ね上がるのだということだった。

「じゃあ、いやいやってわけじゃないんだ?」

 凍太の質問に全員が肯定した。というより、「これは名誉ある職務なのです」と言われてしまえば、そうなのかと納得する他ない。内心、「金がほしいだけじゃん」と思ってはいたが。

 暫く話し合いを続けた結果、凍太が選んだのは、背中に翼を持った翼人の上級補佐官だった。

 名はヴェロニカ・アリトフ。背が高く痩身で、背中に羽をもつ翼人種だった。

 凍太が選んだ理由は二つ。あまり金に固執していなかったこと。そして物腰が一番穏やかに感じられたことだった。

「選んでいただき光栄です。このヴェロニカ。誠意を持ってお仕え致しますわ」

 ローブの裾を指先でつまみあげて、礼をする。その様はどこかの王族か貴族のようにも見えた。

「おめでとう、ヴェロニカ」

 残りの四人は、そういって足早に退出し、残りは凍太、ヴェロニカ、ランドルフの3人だけとなった。

「ほう?ヴェロニカを選ぶか・・・・」

 ランドルフは興味深そうに凍太を見つめる。

「だめだったかな?」「いいや。面白い子じゃて」

 凍太の疑問にランドルフは かっかっか といつもの笑いを講堂内に響かせたのだった。

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