第20話 入学試験 その2

 夕方になって、凍太は試験監査委員と共に移動を開始した

 と、いうより、宿で荷ほどきをしようとしていたところで、試験監査委員が大慌てで宿の扉をノックしたのだ。

 どん、どんどん。

 ノックされた扉をゆっくり開けてみると、大柄な男が1人と筆記具を持った男性が扉の前で立っているのが見えた。

「だあれ?」

 頭だけで扉の隙間から上を見上げる。

 大男はローブ姿で、もう一人は、ワイシャツのような白いシャツ姿で試験監査員の腕章を見せてくれた。

「試験監査員のアルフレッドと言います。こっちの大きいのはヴォルター。同じく監査員だ」

 軽薄そうな声をだした、ワイシャツの方を見上げながら-----凍太は扉を開けてとりあえず二人を部屋に居れることにした。

「すまんなぁ。坊主」

 ヴォルターと呼ばれた大男は椅子に座ると、凍太に謝った。

「ううん。いいんだ。で、何?不合格にでもなっちゃったかな?」

 ベットに腰掛けながら、質問する。どうせ言われるのはこんなとこだろうとあたりは付けてあった。

「いいや。結果は覆らない。合格さ」

 アルフレッドが窓辺にもたれながら、首を振る。

「一応、監査員として調書を書く必要があってな。ワシらと一緒に来てもらいたいのだが」

 ヴォルターが言ってくる。

「いいけど、お腹すいちゃったな。すこし待っててよ。何かお腹に入れたいし」

 凍太の予想が外れる。調書か・・・・何を聞かれるんだろうね。と思いながらも顔には出さずに応じる。

「だったら、行く途中でご飯でも奢ろう。いいよね?ヴォルター。」

「ああ、かまわん」

 こうして、凍太は二人の監査委員に連れ立って自室を出て行った。


「おいしかったぁー」

 屋台でソーセージの焼いたものとマッシュポテトのようなものを食べた後、3人は調書を取るべく施設がある学舎の一室で向かい合っていた。

「そうかい?あそこは結構いけるヴルストを出してくれるんだ」

 気に入ったみたいでよかったよ などと言いながらアルフレッドが前で頬杖をついている。

 隣にはヴォルターではなく、記録係の女性が座っている。

「それにしても、前代未聞だね。未だかつて、あんな勝ち方をした者は一人もいないんだから」

 独り言のようにつぶやく姿を見つめながら、「しかたなかったんだよ」と言っておく。

「別に攻めてるわけじゃぁない。ただね。あの試験官は『暴風』なんて仇名が付く、そこそこのヤツで、それを君が半死の状態まで追い込んだ。ってことさ。僕ら

『蛇の王国』は君の出した結果よりも君の魔術のが問題だと考えているんだ」

「?」

「わからないかい? 無詠唱だよ」

「それがどうかしたの?」

「おやおや、どうかしたの?とくるか。これは世界でも稀な魔術発動方法なのは知っているだろう?」

「うん。知識としては知ってるよ」

「今のところ、世界でも15人が確認されているが、そのうちの13人まではココ。『蛇の王国』で管理をされているんだ。もちろんその一人は総長であるウェルデンベルグ様だ。」

(・・・・そんなに無詠唱が危険とは思えないんだけどな)

 そんなことを内心考える。

「考えてもごらんよ?無詠唱ってことはまず音がない。これは、暗殺の技能に悪用される可能性がある。君が今日まさにやって見せたのが、いいデモンストレーションになったわけだね。『王国』は君に気づかされたわけさ。皮肉だけど」

「で?軟禁でもするのかな?」

「おっと勘違いしないでほしいな。『蛇の王国』は永世中立。そしてすべての魔術師にとっての『自由』を与える組織だ。勿論君にも『自由』は与えられる。『王国』に属することでローデリア、月狼国からの縛りはなくなるし、明日の試験に受かれば、で深い知識を学べる。そしてその知識はローデリア、月狼国にはない『王国』だけの物。素晴らしいと思わないかい?」

 アルベルトはひどく悪い顔をしている。自分ではきづいてはいないだろう。

(結局、首に鈴がついちゃう訳か。この場で断って出ていくことは不可能だろうなぁ)

 自分の迂闊さを呪った。しかし、首に鈴が付くことだけを容認すれば、あとは好きにしろとそういうこと だと凍太は判断したのだが、アルベルトは続けた。

「あと1つ。今回の君の魔力容量試験について確認をしなければいけない」

 相手の顔が険しくなった。

「無詠唱の事もそうだが、今回君に来てもらったのは、魔力総容量についてなんだよ。凍太くん」

 アルベルトは机の引き出しから一枚の紙を取り出した

「魔力測定試験において、12列までを達成とあるが・・・・本当かい?」

 まるで嘘くさいとでもいうように聞いてくる。

「本当だよ」

 事実だから仕方ない。凍太はあっけらかんと答えた。隣で調書を書いていた女性がぽかんとした感じで見つめているのがおかしかった。

「そんなに変なのかな」

「変というか・・・・通常はどのくらいの魔力総量か知っているかな?」

「5列くらいでしょう?」

「いいや。はずれだ。通常のヒト種であれば1から2列に届けばいい」

「王国の試験だから5列が基準で、この試験は『優秀な魔術師』を『見つけて』『保護する』ことが目的なんだ。5列まで行った者たちは『王国』から『優秀』であると認められるわけだ。分かるね?」

 黙っていると、アルベルトはさらに続けた

「もし君のような----言い方は悪いが、「人外」な魔力総量をもつ人物を見つけたら、各国はどんなに資材を投じてでも、その人物を手に入れようとする。

 間違いない。この『蛇の王国』にも亡命のようにして入学してきた実例があるんだよ。かなり昔のことだけどね」

「今はどのくらいいるの?」

「君を以外で、5列以上光ったのは、導師で10人。ウェルデンベルグ様を入れたら11人さ」

「僕と同じくらいの人はどのくらい?」

「たしか・・・・」

 アルベルトが記憶を探る。と、隣の女性が

「歴史上の導師の方で2桁に行かれたのは3人。そのうち1人はすでに他界されています」

「ふーん」

 うわの空で返事をすると、女性が頭を抱えた。

「本当にことの重大さを分かっていますか?」

「でもさ・・・・いくら魔力の総量が多くても・・・・」

 問題はないんじゃないか?と言いかけたところで、アルベルトが先を続けた。

「魔力総量が多ければ、緻密な構成と大量の魔術をいくら使ってもほぼ疲れないと言われている。これは、さながら一つの攻城兵器と同じだと僕たち王国は考えている。しかも隠密性に優れて----そしてそれは、誰の手にも管理されていない。危険だ。もし誰かに騙されて利用されでもしてみたまえ。この世の理ことわりが、軍事の均衡が破れる」

 アルベルトが息をすって----静かに告げる。

「今の君には理解できないかもしれない。でも、お願いだ。ぼくら『王国』は君を助けるためにこうしている。嘘はつかない。信じてほしい」

 悪いようにはしないから。と最後はお願いまでされて、結局、試験に全部受かったら最終決断を下すことにしてその日は宿へ帰ることになった----。



 宿につくと、見知った顔が酒を飲んでいるところに出くわす----ランドルフだった。

「早速、やりおったみたいじゃの。かっかっか」

 葡萄酒をジョッキほどの器で飲みながらこっちに来いと手招きされた。

 疲れていたのだが、お腹もすいていたし、ランドルフの隣の席へ掛けることにする。

「こんばんは。ランドルフじいちゃん」

 まずは挨拶をして----周りの視線が冷たいものに変わった。

(え?なんかまずい?)

「かっかっか。元気じゃったか?凍太」

 ランドルフは相変わらずなようだったが----

「言い直して。ランドルフ様って言い直して」

 店員が耳打ちしてくれてようやく合点がいった。

「改めて、こんばんは。ランドルフ様」

 言い直す。若干だったが、場の凍り付きが取れる。

「様ぁ?他人みたいな言い方しおって。じいちゃんでええわい」

 ランドルフは少し拗ねていた。


「聞いたぞい。実技試験で圧勝したんじゃって?」

(圧勝?)

「ううん。結構ぎりぎりだった」

「隠しても無駄じゃよ?ここにいるやつら全員がそのことを知っておるのじゃし」

 いじわるそうにランドルフは付け加える。しかし、実際は怖かったし、試験官に近づくことも苦労したと言い訳をしたが----

「実技試験で相手を半死まで追い込むなんて、圧勝でいいですよぉ」

 近くにいた猫耳を生やした獣人が言った。

「これまでそんな勝ち方なんて----君くらいしかいないんだよ」

 言いながら----宿の主人が肉の焼いたのをトンっと凍太の前に置いた。

「俺からのおごりだ。頑張れよ。「問題児」さん」

「なにそれ?」

「お前のことじゃよ。「問題児」」

 かっかっか・・・と笑ってランドルフが凍太指さした。



 翌朝。試験会場に向かおうとして宿を出ると----護衛が待っていた。

 一人は男。一人は獣人の女だった。二人とも昨晩見た顔で男はエレイン。獣人の女はフレデリカというらしい。

「おはようごじゃいます・・・・」

 凍太寝ぼけ眼で挨拶をすると、

「おう。おはようさん、問題児」

「元気そうね。問題児」

 ふたりとも名前で呼んではくれなかった。


 今日の試験は一般知識の学力テストと面接だった。

「学力テストはお遊びみたいなもんよね。問題はそのあとの口頭での質問よね」

「だなー。一般知識はほとんど常識だからいいとして。試験官と一対一の受け答えは俺もドキドキしたもんな」

 会場に向かう道すがら、護衛二人がそんなことを話してくれるのを聞いて歩く。

 少しだけだが、情報は会話から拾うことが出来た。きっとランドルフの手配だろう----凍太はそう推測した。


 午前の一般知識の学力試験は9割以上を正解した。

 出た問題が良かったのか、世界の情勢から始まり、各国の特色、産業を答えていく問題が多く、紗枝から教わっていたことがそのまま出た感じだった。

(紗枝さんの授業はもっと濃かったもんなー)

 小さい時から紗枝の元で、学び続けた凍太にとっては出来て当たり前だった。

 紗枝なら満点を要求する所ではあるが。


 試験会場から表に出るとすでに昼前で、町の中が人で溢れていた。

「昼食にしましょう」

 そういうとエレインとフレデリカは店を決めるべく話を始めた。

 おすすめの店が二人とも違うらしく、なかなか決まってはくれない。

 あっちの店は最近いまいち。だとか、こっちにいい店ができた。だとか・・・・

「黄金の小鹿亭がいいな」

 そんな一言で、昼食は前日と同じ「黄金の小鹿亭」に決定したのだった。

 裏道の少し奥まったところにひっそりと建つ、「黄金の小鹿亭」に3人が入ると、昼食時にぴったりだったのかすでに半分程の席が埋まっていた。

「お?昨日の坊主じゃないか」

 おじいさんが空いている席に3人を座らせて、注文を聞いてくれる。

「僕は昨日のと同じで」凍太が注文すると、エレインとフレデリカもそれに倣った。

「チュルボはこの時期うまいよな」

「いっぱい食べられるのも嬉しいわよね」

 二人ともチュルボはすきでこの時期の定番メニューなんだという。

 ちなみに、この日の昼食も----平和だった。


「がんばってくださいね」

「負けちゃダメです。どんな意地悪い問題が来ても頭をひねって考えてください」

 エレインとフレデリカは試験会場の前でそう応援してくれた。

(なんだろうな。意地の悪い問題って)

 そんなことを考えながら、ベンチに座って待っていると名前が呼ばれた。

 ちなみにこの時受験者は20名程度に減っており、かなりの数が落ちていることがうかがいしれた。

「はーい」

 のんきに返事をしながら、扉をノックする。

「どうぞ」と声が掛かるのをまって、中へ入った。

 中は石造りの執務室だった。

 一瞥して作りがいいとわかる机と椅子が置かれ、机の前には受験者用の椅子が置かれている。

「おかけになって」

 試験官は優しそうなおばさん。というより、品のいいマダムとでもいう感じの外見にブロンドの髪を持った中年の女性だった。

「しつれいします」

 言ってから座る。

「さてこれから、最終試験の口頭設問を開始します。よろしいかしら?」

「はい」

 良く通る声はやさしいながらも、きびしさが感じられた。


 出された設問は

「魔術において、あなたが考える最も大切なことを答えなさい」

 だった。最初に感じたのは漠然とし過ぎているということだったが----フレデリカのアドバイス通り頭をひねって考えることにした。

「魔術は、想像だと考えています。第一に魔力をイメージを起点として自分の目の前に具象化すること、が重要で、そのイメージ、形がはっきり、緻密に構成できていることこそが最も重要だと考えます」

「ふむ。では、魔力の総量についてはどう考えていますか?」

「はい。魔力の総量については訓練しだいで伸びるものと確信しています。実際僕がそうですし、方法も分かっています」

「つづけて」

「はい。やり方については----」


 暫く設問が続いた後、試験官は椅子から立ち上がって進み出て来た。

「おめでとう。合格です」

 そう言ってこっちの手を両手で包むように握手してくれた。

「小さいのによくここまで頑張ったわ。理論についても簡潔で破綻したところは見受けられません。よって

 エリーナ・・ガルティエの名でここにあなたの合格を宣言いたします」

 エリーナ試験官は書類にサインをして、蝋を書類に数滴たらした後、指輪で判を押したものを凍太の手に握らせた。

 なんだかわかっていない顔をする凍太に言い聞かせる様にして、合格したのよ?ともう一度繰り返した。


 試験会場から出た時にまずベルが鳴り響いた。

 試験官の一人がもったハンドベルの音で、『栄光の鐘』と呼ばれるらしい。

 会場の入り口に左右に並んだ試験官たちが拍手で出迎えてくれる。

「おめでとう!」

「問題児に栄光あれ!」

「どれ!・・・きゃーかわいいー」

 喝采の中に一部馬鹿にしたような声も混じっていたが----凍太は気にしないことにした。

 ちなみに試験に落ちた者は裏の門からひっそりと出る様に促されるということを、凍太は昨晩、ランドルフから聞いている。

「おめでとう!やったじゃないか」

「やったわね!」

 エレインとフレデリカは頭をぐしゃぐしゃと撫でてくれて、終わったころには髪の毛がぼさぼさになっていた。

「手荒い歓迎でござるなぁ」

 後ろを振り返ると、合格証書を手にした皐月がしっぽをぶんぶんと左右にちぎれんばかりに振って立っているところだった。

「あ、ワンコ。合格したんだ。おめでとう」

「某には皐月という名前がござる。が、ありがとうでござるよ」

 凍太と皐月が話していると、エレインとフレデリカが

「あなたも合格したのね。おめでとう」

「やったな。獣人のねーちゃん」

 と褒めはやした。

「某それがしは翁石国おうしこくの生まれ、名を皐月と申す」

 皐月はずいぶんと古風な名乗りを上げて見せた。

「おう、俺はエレイン。こっちのはフレデリカだ。両方とも騎士ナイトコースだ」

「おお、先輩方でござるな!某も騎士コースに進むつもりでござる」

 因みに『蛇の王国』には、それぞれのコースが決まっていて入学をすると自分の履修したい物を選ぶことが出来る。王国内の護衛の任務ための『騎士』。魔術の研究や教育を外部に行う『魔術』。薬学や回復、医療等、回復の魔術を専門に学ぶための『医療』。最近の科学技術の発展と研究、アーティファクトなどの製造も行う『科魔工』《かまこう》の四つのコースが設定され、それぞれが王国の外貨を稼ぐ手段にもなっていた。

 例えば、どこかの国からモンスターの討伐や野党退治等を依頼された場合、『王国』の騎士達が派兵され、成功報酬をもらうし、魔術コースであれば、定期的に魔術の講義の為に各地に家庭教師や研究員として派遣され、『医療』に至っては、難民の治療なども各国の要請によって動くことになるのだ。

『科魔工』はここ最近できたコースではあったが、蒸気機関の発見以来、ローデリアと共同研究と称して技術の共用を行っている最中だった。

「凍太殿はどこにするでござるかな?」

 皐月が嬉しそうに聞いてくる。が、

「まだわかんない」

 とだけ答えておいた。なにせどのコースに入るかなど考えてもいない。「雪乃」の指示で来ているのであって

 合格することが一番の目標だったのだから、とりあえず手紙を雪乃や凍子、紗枝に送ることを急がねばならない。

「まぁ、いきなり決めろって言われるのも大変だろうし、ゆっくり考えたらいいわ。それに凍太あんたの場合これからが大変なんだしねぇ」

 隣ではうんうんとエレインが頷く。

「なにそれ・・・・?」

 ハテナ顔の凍太。この時はまだ、これから災難じみた境遇に巻き込まれるなどとは----思ってもいなかったのである。

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