第9話 魔術を使おう(初級編)

「凍太。今日はお母さんが、凍太に良いものを見せてあげようと思います」

 そう言って、母さんは膝の上に俺を乗せて、両手のひら上に向けてたまま

「よーくみててね」そう言ってにっこりと笑って見せる

 掌に何かを載せているようなそんな形ののまま、少し経つと----母さん(トウコさん)の掌の上で何か『もや』のような物が見えて、次の瞬間、しゃきんっと音を立てて氷の人形が出現した。

「!」

 触れてみようと手を出す。ちょんっ----と、自分の小さな手で触った後に、冷たさが手に伝わって手をひっこめる。

 完全に氷だった。気候は、まだ氷の張る季節にはなっていない。

 訳が分からずに腕の中から母さんの顔を見上げる。と、

「どぉー?びっくりした?」母さんはにこにこと笑っている。

 俺がこくこくと頷くと、気を良くしたのか、今度は人形を地面に置いて『鳥』の形を作ってみてくれた。

「お母さんはねー。『氷雪の魔術』が得意なの、だから、凍太にも出来るようになってもらいたいなーって思ってね・・・」

 少し恥ずかしいのか、笑いながら母さんはそんなことを呟く。

(今確かに、魔術って・・・言った。聞き間違いじゃない)

 思案する俺。しばらく、上を向きながら目を瞑って考えてみることにした。

(魔術か・・やっぱり在るもんなんだな。本の中や、ネット小説なんかではよくあることだけど、実際経験するとびっくりだよなあ)

「凍太?」

(それも、氷系の魔術か・・・・母さん(トウコさん)は出来る様になってもらいたいって言ってるし・・・まぁ、試してみようかな?)

「凍太ぁ?」

 そこまで考えたところで、目を開くと、心配そうな母さんの顔が見えた。

「かあさま。これ、やりたい」

 心配そうに見つめる母さんに向かって俺は、そう言う----母さんはとっても嬉しそうに、ほほ笑んでくれたのだった。



「かあさま これ、やりたい」

 私の目をじっと見つめて凍太はそういってくれた。

 心がじんわりと温かくなっていく感じがして、思わず顔が笑顔になってしまうのを感じた。

 氷雪の魔術は『雪人』としてはみな学んで使えるようになる術すべだけれど、それは、『雪人』の体質が起因している。

 普通、魔術を使えるようになるには、魔法学校に行くか、個人で魔法を習得した家庭教師などを雇って教えてもらうのが一般的らしいのだけど

 私達、『雪人』は、どういうわけか生まれつき、個人差はあれ、氷雪の魔術が使える種族として生まれてくる。

 勿論、最初は氷まで行かずに魔術の痕跡---『もや』がでる程度の子が大半で、私は掌にちっちゃな氷を張ることが出来たぐらいだった。

 人族である凍太は、魔術が使えるかもわからないけれど、私としては『雪人』の子として氷雪の魔術を使えるようになってほしかった。

 魔術を使うにはイメージをしっかりと出来ていなければならない―――私が魔術を習い始めたころに家族から、周りの人たち等から、よく言われた言葉。だから、私は「お手本」となるイメージを凍太に最初に見せてあげたのだ。まぁ、興味を引く目的もあったけれど。

 ともあれ、凍太に基本として「さっきの氷のお人形」をイメージさせることを教える。

「凍太。お手て上に向けて、さっきのお人形さんをもう一回思い出してごらん?冷たくて、キラキラの、お人形さん」

 凍太は私の前に座りながら、ちっちゃな手を掌を上に向ける。まあるい、柔らかそうな手だった。

 凍太は一回うなづくと、目を閉じて瞑想するように静かになる。



(凍れ)

 TVで流れていた教育番組の氷結するビーカー内の水を思い浮かべる。特に時間を早送りするように凍っていく過程をイメージする。

 母さんがさっき見せてくれた氷像のイメージはまだ頭の中にしっかりとある。凍れ。凍れ。冷たく。寒く。段々とイメージを強くしていく----と

 何か冷たいものが手の中に感じる様になって

「凍太!目を開けてごらん!」

 母さんの声が聞こえて、そこで集中が途切れた。

 ゆっくりと目を開ける。と、掌の上に霜状の結晶が発生している。ヒンヤリとはしているが、不思議と、痛くはなかった。

(これ・・・ほんとに自分で出したのか・・・・)

 転生前では、ありえない出来事に鼓動が高鳴った。初めての挑戦ですぐに結果が出たことなど、転生前の人生では0(ゼロ)だった。

 何度も何度も失敗して、ひとから馬鹿にされる頃になってようやく初めて、覚えることが出来たのに-----

「すごい!すごいよ? やったね。凍太!」

 母さんが俺を抱きかかえて、高い高いをしてくれる。

「やった!やった!やったよ?凍太。あなたは天才だわ!うふふふ」

 大きく万歳をするように俺を持ち上げたまま、くるくると母さんが回る、長い髪が広がって回るのを上から見ながら、

(これからが、大変そうだなぁ)

 などと考えていたのは、口にできない。もっとも、まだ片言でしか会話もできないのだが。

 理由は母さんが、俺を『天才』と決めつけたことだ。

 才能があるとわかった親は、すべからく、100%と言っていいほどにカリキュラムを多くする。

 それはそうだろう----親からしたら『子供の才能』伸ばそうと躍起になるのは目に見えている。

(どうにかしないと。また忙しい人生に逆戻りだ。毎日午前様の生活なんて―――)

「凍太~。明日からお母さんと一緒に毎日、魔術のお稽古しましょうね」

 まるでこっちの考えが分かっているかのように、母さんはにっこりと笑って俺の心をさりげない一言で折りに来たのだった。



 それから暫くは、起床、朝の散歩に紗枝さんの読み聞かせ 昼食 昼寝を少ししてから、魔術の基礎練習を夕食まで続けることに決まってしまった。

 ちなみに魔術基礎は前回のイメージ練習を長時間行えるようにするもので、術の持続時間を長めにすること と 使える回数を多くするのが目的になっている。やり方は、少し温かくした鉄板の上に氷を出現させて、氷の状態を維持させるそれだけの事だったが----これを行うには常に一定の以上の魔力供給とイメージを行う必要があり地味にきついトレーニングだった。

(ほらみろ・・・・)

 目に見えて自由時間が減ってしまった。まだお昼寝の時間があるからマシだが、本当にゆっくりと過ごすことが出来なくなって来ているのをひしひしと感じ始めていた。

 まだこれだけならいい。勉強自体は嫌いではない。ただ、魔術基礎をやるとだるくなるというか、疲れる感覚がすごいのだ。力が抜けていく感覚があって、夕食時に寝てしまうこともしばしばあるくらいだった。



「少しやりすぎなのではないですか?」

 紗枝が夕飯時に、凍子に話しかけた。目線の先には夕飯を目の前にして眠ってしまった凍太の姿がある。

「でも、魔術の総量は多ければ多いほどいいし。才能を眠らせちゃうのはもったいないでしょ?」

「それにしたって、あの練習は通常5歳を過ぎたあたりから始める練習です。それまでは形を作ったり、逆に壊す、そんな遊びみたいにして教えていくのは知っているでしょう?」

「うん・・・・でも、凍太は最初から『霜』を出せたわ。たぶん、想像して形にする能力が優れているんだと思うの。でも、人族だからか、すぐ疲れちゃう。だから、少しでも疲れが少なくなるようにって思って」

 凍子の顔はしょげていた。

 良かれと思ってやっているのよ。と小声で凍子は続けた。紗枝には聞こえなかったようだが。

 紗枝は続ける。

「当たり前ですよ。まだ7、8か月です。普通だったら、まだまだ遊んでいる時期です。急ぎすぎですよ」

「でも、それを言ったら紗枝だって、同じじゃない」

「ええ。私もついやりすぎてしまいますね」

 駄目だとはわかっていても、教える楽しみが勝ってしまう――――つまりはそう言いたいらしい。


 差異は多少あれど、二人は結局教えることが楽しかったのだと得心した。


(確かに、ご飯も食べられないほどに疲れているのは、やり過ぎちゃった・・・ゴメンね)

 台につっぷしたまま寝る凍太の頭を撫でながら、内心で謝る凍子。

「確かにいきなりやり過ぎだったわ。これからは加減をすることにする」

「分かっていただけて、何よりです。こちらも凍太さまに配慮して教えることを、肝に命じますので」

 二人はお互いに頭を下げあい――――これによって凍太の教育方針はハードモードからノーマルへと下がることになったのである。

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