騎士団

どんなに強靭な肉体を持っていたとしても、何よりも硬い鋼の意思を持っていたとしても、運命の流れというものには勝つことができない。我が軍は既に敗走を始め、城壁の外で未だに心を折られず剣を持ち続けているものは既に数えるのも今となっては容易い。

それも仕方がないことだ、我が故郷の街は国の辺境にあり元来中央の事をよく思っていない者も多い。肥沃な土地であるため、食う事に困ったことはないが中央から重い税がかけられており贅沢を行うことはできなかった。ゆっくりとした中央への恨みの蓄積、それが私たちの敗因でもあるのだ。

では何故私はまだ、この力強き水流に抗い続けているのだろうか。負ければ全てが終わるからだ、戦で街を奪われれば全てが勝者に奪われる。食料も財も奪われ、男は殺され、女は犯されるだろう。私はそんな残酷な暴力から故郷を守らなければならないのだ。だから膝をつくことなど決してしないだろう、たとえ命が尽きても私の屍は盾となる覚悟はある。

「勇敢な戦士たちよ、お前たちを殺すつもりはない、我らの下に降ってはどうだろうか」

凛とした声が戦場に響き渡る。そして私の目の前に現れたのは太陽のように輝く美しい金色の長髪を風に棚引かせた美青年だった。戦場に立つ者とは思えぬ軽装の鎧を身に着けたその美青年は私の下へと無警戒に近づいてくる。顔が確認できる距離まで近づかれるとその者の美しさが私の中へと流れ込んでくる。切れ長の瞳、冷たさと熱さが混在する光が私を射抜く。顔のどの部位の造形も美しく、そしてそれぞれが人間が最も美しいと感じる均整のとれた位置に配置されている、恐らくこれまで私が見てきた人間の中で最も美しい造形をしていた。彼の後ろに整然と並ぶ屈強な騎士の山脈と比べれば驚くほど背丈は低いのだが、彼の存在感は何よりも大きくその山脈の長である最も高く険しい山のように感じた。

だが、私は彼に屈するわけにはいかない。いくら見た目が美しかろうと彼は侵略者なのだ。私は体の中に残る気合をすべて目に集め、彼を鋭く睨む。そう、私の心はまだ屈していない。

「……面白いな」

彼は鼻で笑うとその剣を抜いた。光が弧を描き、何もない空間に絵画を刻む。その剣は彼の身の丈の半分程しかないのだがその輝きは確かな人を殺す物であるという事を私に主張した。

「このまま力で押し込めば、君たちは屍となる。だがこういうのはどうだろうか?君と私が決闘をし、私が負ければ軍を引こう。私が勝てば生きているものは我が軍に投降する」

滑稽な話だ。体躯の小さい、そして戦う者の命を守ることが出来るとは到底思えない軽い鎧しかつけていない彼が私に決闘を挑み、負ければ軍を引き返すというのだ。しかしながら彼の後ろに並ぶ騎士達は彼の勝利を確信しているのか、動揺の声を挙げずただ彼を見ている。私は剣を構えた。例え彼が勝利を確信していたとしても、私は負けるわけにはいかないのだ。

「それでは始めようか?戦場に身を置くもの、二言はないさ」

彼の顔が一気に視界を埋め尽くす。見れば見るほど美しい顔なのだが先ほどと異なり、戦いを本気で楽しんでいる瞳へと変わっていた。短い剣を使っているのでそのまま仕掛けてくるかと思ったが彼は微笑みを浮かべて後ろへと下がっていた。私の背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。これまで剣を交えた人間たちの中で恐らく彼は最も強い。意識と意識の間の僅かな隙間を縫って、まるで距離というものが無かったかのように動いているのだ。

私は彼の動きに完全に翻弄されていた。まるで分身でもしているかのように私の周りを素早く動き回り正確に剣を落とさせるように籠手の破壊を試みてくる。しかしながら首筋や胸などの命に関わる隙間を突いてくるようなことはしてこないため私は彼の剣を寸前で避けることが出来ていた。だがそれは彼の体を剣で捉えることが出来ないことを示していた。何故なら私は剣を落とさない事に全ての力を注ぎこんでおり彼に攻撃を加える余力など全くなかったのだ。

荒い目の網で稚魚が掬えようか?動きもしない銅像が蜂を捕まえることが出来ようか?同じ時の流れを生きているとは到底思えない彼をどのように止めればよかろうか。私の中には一つの確実な道筋が見えていた。これだけ素早く動き続けていれば疲労が溜まるはずだ、それは確実に彼の体にまとわりつき大地へと縛り付けるはずだ。その一瞬に賭けることが唯一の光。私はただその時を耐えて待ち続ける。

次々と鋭い切っ先が空を切る音が耳へと流れ込んでくる。時間という帯を隙間なく塗りつぶしているかのような彼の剣撃も心なしか塗られていない箇所が増えているように感じる。私を生きて捕らえるための単調な攻撃ももはや気を配ることなく避けられるようになってくると私はその時をじっと待ち続ける。そして目の前に道が開いたのを私は見逃さなかった。そう、戦場は、戦うことは遊びではないのだ。

次の瞬間、私は空を仰いでいた。最小限の力で私は大地へと投げ飛ばされていた。故郷を、家族を守るための鎧の重さが私を大地へと縛り付ける。私の一撃は完全に読まれていたのだ。それどころか、彼の全ての動きが私の呼吸を捉え、心を覗き込み、そして罠の中へと導いていくための動きだったかのように感じた。あまりにも巧妙で精緻な細工で装飾された敗北への道、私は彼に畏怖を覚えていた。

私の剣は既に遠くに弾き飛ばされてしまい、私には何も掴むことが出来ない。ぞろぞろと集まってきた彼の部下たちは始めから彼の勝利を知っていたかのように淡々と私は拘束した。思えば、始めから私たちの負けは決まっていたのだろう。中央と刃を交えて人が死ぬよりは、たとえ不公平であっても他の地方よりも高い税金を納めて平穏を得たほうがいいと思っていたこと、それを勝ち取った平穏だと思っていたこと。戦う前から負けていたのだ。私の心は情けなさで埋め尽くされており、何も考えることが出来なくなっていた。


戦うものが持つべき高潔な心。騎士が持つべき錆びずに輝き続ける正義に対する信義。そんなものなど現実に存在していないことを私は知っていた。例え、位の高い者がそれを持っていたとしても血なまぐさい戦場に立つのは結局のところ飢えた獣達なのだ。金を得るために人の命を奪い、正規の報酬以外は攻め落とした街から奪い取る。食料、金銀財宝、女。それだけが彼らにとっての真実であり、正義などという空虚なものでは獣たちの欲望を満たすこと出来ないのだ。

しかしながら、彼らは違った。私を含め生き残っていた我が軍の兵は手厚い治療を受け、傷を癒すのための十分な食料が与えられた。彼らは、我が故郷から何も奪わなかった。民衆の食料や財宝には手を出さず、勿論女を犯したり、無辜の民の殺戮を楽しんだりすることもなかった。彼らの国の他の地方との不平等のない、これまでよりも軽い税になることを知った民衆たちは彼らを侵略者ではなく解放者のようにも感じただろう。

私も傷がいえるとすぐに解放され、妻と子供の下へと帰ることが許された。戦があったことを感じさせない賑やかな街並み、そして我が家の扉を開けた先にある家族の笑顔を見ると、敗北によって空虚になっていた心に何か暖かいものが満たされていくのを感じた。

聞けば、私が相対した騎士団は彼らの国の中でも最も強い部隊だったそうだ。団長であるあの美しい彼は、王の妾の子として生まれたそうなのだが権力への欲も無く、また嫡子からも不当な扱いを受けることなく、彼らの国の軍の正しさの、そして強さの象徴として扱われているそうだ。唯一度の敗北すら喫したことがなく、それでいて絵に描いたような正しき騎士としての姿を体現する彼らがそのように扱われるのは当然の事だろう。むしろ私でさえも彼と決闘を演じそして敗北したことを光栄に感じてしまうほどだ。


ある夜の事だった。私は真夜中に目が覚めてしまい、外を出歩くことにした。私はふらりと、彼らの兵営へと向かっていた。完全無欠とでも言うべき彼らであっても私の中にどこか信じ切れていない部分があったのだろうか、私は彼らが夜に何をしているのかが気になり兵営へと忍び込んだ。やはり戦場に身を置くものであるからこそ、初めて見るあまりにも完全すぎる、鑑とでも呼ぶべき彼らがどこか作りもののように見えてしまうのだ。

彼に敗北を喫してしまったとはいえ、私は取り分け強い部類にある男であることはよく知っている。衛兵たちの目を盗み歩いて回ることなど容易いのだ。冷たい夜風、鈴虫たちの祭、その中に奇妙な音が混じっていることに気づく。男を誘う声がするのだ、それは声を音として捉えたときの判断ではなく、そこに含まれる何かを察しての事だった。声を音として捉えていたら、男を誘う声と称することはなかっただろう。つまり、男がそういう声を上げているのだ。煌びやかで淫靡な、男が上げるはずの無い嬌声。私はその声に誘われるように灯りの漏れる一つの幕屋へと近づいて行った。


一糸まとわぬ彼がいた。筋骨隆々とした私たちとは正反対の、細身の、それでいて肉が密に詰まっている裸体を曝け出す彼が。その姿はあまりに蠱惑的であり、扇情的であった。何しろ、彼は服を着てはいなかったが白濁とした粘液を纏っていたからだ。噎せ返るような濃い精に塗れながら硬く反り立つ彼のそれに私は思わず見入っていた。

そんな彼の周りには屈強な彼に仕える男たちが並んでいる。そんな彼らを一人ひとり手招きし、口淫を施しているのだ。その表情は娼婦よりも男を誘うために作られており、何より彼自身がこの快楽の宴を楽しんでいるという事を示していた。戦場で相見えたときの美しさをそのままに、更に快楽の頬紅を塗り、口を淫靡に瑞々しく輝かせている彼に私は思わず男根を勃起させていた。

まるで何かの静謐な儀式のように整列した男たちが、彼に呼ばれるまま、硬くその男根を立たせ彼の口元へと近づける。それを甘い飴のように恍惚とした表情で舐め上げる。遠くからでも分かる長い舌が、捕食する前の味見でもするように絡みついている。彼が動くたびに、戦場で並ぶときには微動だにしなかった屈強な戦士は快楽で震えている。彼が貪るように咥え始めると、苦しくはないのだろうかと感じてしまうほど喉の奥までそれを飲み込み、そして一心不乱に精を絞り出す動きを始める。なんと淫らなんだ。白い肌を紅潮させ、男が逃げられ無いようにしっかりと腰に腕を回すとすぐに男は震え始めた。ああ、あの男は彼の口の中で果てたのだろう。彼が男に跪くように手振りをすると、接吻を始めた。舌と舌が交わり、二人で精を転がしあっている。そしてお互いにそれを分け合い飲み干すとまた新たな生贄が彼に捧げられる。

幾人と行為を終えるとこれらの儀式はまだ前菜に過ぎないという事を私は知る。彼が横たわると手招きをするのだ。呼ばれた男はそしてはち切れんばかりに硬く、青筋を浮かべて奮い立たった象徴を何の躊躇いもなく、彼の中へと挿入していく。一気にそれが飲み込まれると彼は背を反らせ嬌声を上げる。もはや女のようと例えることすらできない盛った獣の声を上げると、彼は逃げられないように足でしっかりと男を捕まえる。ぶつかり合う獣欲、子を為すことなどできない不毛な行為であるはずなのに、男は孕ませる為に彼に腰を打ち込み続ける。その度に彼は鼻にかかった男を誘う嬌声を上げ続けるのだ。宴が最高潮に達すると、彼の二つの穴は屈強な男に塞がれ、両手を余らすこともしない。そして誰もが彼に集まっていく。彼の足に舌を這わせるものがいたり、首や胸を舐め回すものがいたり、勿論、彼の象徴を一心不乱に貪る者もいる。ある時はその役が奪い合いになりそうにもなったりと、樹液に集まる甲虫達のようになっていた。


獣たちの声と、噎せ返る精の匂いで埋め尽くされた快楽の宴が終わると、男たちはそのまま力尽き息絶えたかのように横たわり眠りに落ちていった。その中で彼はまだ力尽きてはいなかった―――そう、その瞳はずっとその儀式を覗いていた私を射抜いていたのだ。恐らく初めから気づいていたのだろう。そして私が勃起していることに気が付くと口角を釣り上げる。何よりも美しい彼が、精に塗れながら、精を垂れ流しながら浮かべたその表情に私はこれまでの人生で感じたことがないほどの強い興奮を覚えた―――鎖が断ち切れる音がした。鎧が部分ごとにバラバラになり地面に落ちていく金属音がした。乾いた音を立てて剣が大地に落ちる音がした……。私のこれまでの人生になんらかの意味があったのだろうか。命を賭して故郷を守るという矜持、愛する家族を守るという鋼の意思、そんな無意味な過去は音を立てて崩れ去ってしまった。



私は彼に仕え始めた。家族を守るための鎧は脱ぎ捨て、故郷を守るための剣を手放した。今の私が纏う鎧は彼への崇拝。どんな鎧よりも硬く、それでいて軽い、魔法の鎧。私が手にするのは彼への欲望という剣。忠義、忠誠、そういった軟弱な鎧を抵抗なく斬り捨てる魔性の刃。今日も私は、彼と交わる事が出来るようになる日を夢見て戦場に立つ。

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