第14話結末

 ハイネの復讐は幕を閉じた。

 月夜の晩に、誰にも気づかれぬ静寂の中にクレアを屠った。

 復讐は何も生まないとはよく言うが、その意味を存分に理解する。そこに一切の後悔はなくとも、自己満足にも満たない。クレアを憎んでいるから、復讐したのだ。それ以上でもそれ以下でもなく、それに結果を求めているわけではなかった。ハイネの中に残された虚だけが、復讐したというただの事実に付いてきた結果なのだろう。

 ただの獣すら屠れるかということも疑わしい一太刀が、ハイネの緩やかな剣が抵抗もなくクレアを捉えた。曲がりなりにも友人を、その手に掛けようという背徳感がハイネの剣を緩めたのだろうか。断じて、あの決闘に無粋な遠慮は存在しない。実際はクレアの剣が手中から手放され中空へと弾かれた時点で決着は付いていたのだろう。吸血鬼の前に佇む、所詮人間が抵抗する術はなかった。

 生身の人間を殺すという行為に、ハイネの磨きあげられた剣技を披露するのはあまりに釣り合いが取れていない。

 あるいは、クレアの剣を弾いた一閃は、吸血鬼の力のままに見せた野蛮な剣技である。


 何よりも望み、思い描いた瞬間。

 誰もが憧れ、誰よりも憎んだクレアをその手で斬った快感。

 そこにハイネが今まで積み上げてきた人間として人間らしい実力は、一切も無かった。

 血の滲むような思いで、苦渋を舐めながらも、その才能に見合うために怠ることは無かったはずの努力をしてきた。いつしかクレアを超えるという揺るぎない目標も生まれ、成り代わり、その手で屠る瞬間を思い描いてきた。決して清純な努力とは言えないだろう。それでも、クレアと同様に皆が憧れるほどの実力を得たのだ。


 全て、ハイネが積み上げてきた全てを、ハイネという存在の全てを吸血鬼の力は否定する。

 永き因果を断つ復讐の中に、ハイネの努力を肯定する結果は待っていなかった。


 クレアへの憎悪こそが、ハイネの糧になったと言っても過言ではない。ハイネ自身それを否定するつもりはない。クレアへの憎悪こそ紛れも無く本物であり、ハイネの血の滲む努力がただの偽物に成り下がっただけだ。

 忌憚なく言ってしまえば、ハイネの存在理由を唯一つなぎ止めていたのはクレアの存在である。

 暗に人生さえも否定され、その上目標すら失ったハイネの虚無。

 否、吸血鬼の力に奪われたと言った方が正しいのだろう。この国に名声轟くハイネという存在の人生をかけた目標、その終幕があれほど淡泊であってよいはずがない。

 所謂物語の最高潮たる部分として、あまりに白けた見せ場だ。こんな演劇を見せられた客がいるのなら、苦情の一つもやむを得ないのだろう。物語のように運命が仕組んだ筋書きすらも、吸血鬼の血が簡単に破綻させる。


 淑女に与えられ、得たこの力は、命は必要だったのだろうか。

 感謝は当然している。だがやはり、それに疑問を抱くことは必然でもある。ハイネの復讐劇は断じて正しい結末だったとは言えない。客観的に見ても、無様な姿しか残らなかった。死の目前まで見据えたハイネに再び命を与える行為が、淑女が吸血鬼として正しい選択だったのか。取捨選択ですらないただの気まぐれと言ってしまえば、あるいはそんな表現があの淑女には一番しっくりくる。

 こんな終幕、淑女もこの程度の土産話には満足しないだろう。

 だが、こんな物語を淑女は選んでしまったのだ。気まぐれで入った劇場の演劇が面白いか面白くないのか、面白くなかったと評することはできても、それは客が決められることではない。例えどれほどの見事な伏線やお膳立てがあっても、最後が悪ければ後味も悪くなる。


 物語を書き換えることは所詮客には出来ない。

 どれだけ後味が悪くとも、演劇が終われば勝手に幕は降りる。脚本が悪いのか、演者が悪いのか、演出が悪いのか、あるいは素直に面白かったと受け入れるのか、客が受ける印象など人それぞれだ。こんな結末すらも一つの物語として、成立してしまっている。


 ハイネの人生の物語における分岐点は、無論吸血鬼の力なのだろう。

 そして物語を破綻させてしまったのも、他でもない吸血鬼の力なのだ。

 どこをどう改善すれば、満足たる作品に成り得たのだろうか。客が物語を書き換える力を持っていないのと同じく、運命が決めてしまった物語を改善することなど、例えハイネにも出来るはずがない。

 万人に受け入れられる物語には成り得なかったが、ここに終止符は打たれた。

 ハイネとクレアの物語は、クレアの死を持って、この闘技場に完結した。



 ◆



 夜の帳は降りたままだ。

 あの決闘が淡白と感じたように、やはりそれほどの時間の経過を示してくれない。


 国に残したものは、何もなかった。

 もとより、クレアとの因縁以外に、今のハイネに残していたものなど何一つとして皆無である。虚偽に塗り固められた地位や名声はこの国に捨て行く。幾つかのハイネの私物という意味でも、最早人間として持っていた全てが今のハイネには邪魔にしかなり得なかった。

 あるいは、ハイネという存在の名誉に献上された宝石や高貴な物品を、土産話の代わりに持ち帰ったほうが幾分か淑女も喜ぶかもしれない。否、ハイネでさえそこに価値観を見出せない今、ハイネ以上に長き虚無を過ごした淑女が喜ぶようなものと言えば、退屈を潰す玩具ぐらいの方が好まれるのだろうか。

 残すものも何もない、とはいえ晴れやかな気分にはなれなかった。残すものが何もないからこそ、この国にハイネという存在の象徴すら失う虚しさが、浅はかな思考を生み出していたのだろう。

 落ちるところまで落ちたものだと、ハイネは自虐的に思う。


 この国に、用はない。故に、これ以上居座るつもりもない。

 気まぐれに、醜い虚栄を一つずつ壊していくことも可能なのだろう。それも悪くはないかと、ハイネはクレアとの決闘を終えたその脚で歩きながらぞんざいに考えていた。

 吸血鬼として、人より長く生きることを強いられたこの肉体。気まぐれを果たすことなど、例えいつの時代だろうと同じである。少なくとも、ハイネとて真実も知らずに生きていた時間の方がまだ長かった。

 悪くはないが、今である必要もない。

 気まぐれな歩調は止まることなく、既に国から出ようとしている。


 いつもと何ら変わることのない夜更けだ。街行く人の影など皆無で、ハイネを呼び止める存在は現れなかった。呼び止められれば立ち止まっていたかといえば甚だ疑問ではあるが、それもまた気まぐれに、呼び止めた人物を切り捨てて行く可能性もある。邪魔だと感じれば切るだろう。気分が向けば話に乗るかもしれない。特別何かがある夜でもなく、こんな深い時間に人と出くわす可能性は低かった。

 自分でも何をするのか分からない危険性を孕みながら、街の中を闊歩する。


 クレアの血が付いた剣の代わりに、腰に下げたクレアの剣。

 訓練の中に、ハイネとの試合を重ね細かい傷が目立つが、よく手入れもされている。所詮無力を証明する清潔感は、ハイネだけが理解できる。

 誰も、何者も、吸血鬼の力に抗うことはできない。

 百年に一人と謳われたクレアでさえ無残に、同じく百年に一人として生きてきたハイネという吸血鬼を前に、その命を落とした。百年に一人の天才が命を落とし、また一つこの国に虚偽が生まれた。今のハイネが吸血鬼の力を奮えば、この国の王になることも可能だろう。そうしないのは、所詮気まぐれに過ぎない。

 あるいは淑女と同じく、虚しさ故か。

 吸血鬼の吸血鬼としての使命を終えてしまった虚しさと、ハイネのハイネとしての存在理由を失ってしまった虚しさ、似通った部分はいくつもある。

 時代の繰り返しが、この国の虚偽を固めていくのだ。

 真実を知り得る者だけが、この国の醜さを理解する。


 ハイネは最後に、クレアに問うた。

 どうすればいいか、と。

 答えはなかった。もとより、クレアに答えを求めることが、間違っていた。


 クレアをその手に屠り、漠然と、吸血鬼の居城に戻るのかと、考えていた。

 だが、吸血鬼の居城に戻り、成すことはあるのだろうか。意味の無いことも、また想像に容易い。

 答えも得られぬまま、物語は完結してしまった。

 後味の悪い、下らない物語。

 演者はクレアとハイネ、脚本が運命ならば、ハイネに吸血鬼の力を与えた演出は淑女なのだろう。

 何が欠けても物語は仕上がらない。だが、何かが欠けていれば、こんな後味の悪い物語にはならなかったはずだ。


 ハイネとクレアの物語は、この醜い国に完結した。

 物語を書き換えることは客には出来ない。


 物語の結末を書き換えられるのは、舞台上の演者だけだ。


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