第41話 無の殺戮
広い円状の闘技場の円周上に12人の参加者が並ぶ。
皆思い思いの武器を手に、開始の合図を今か今かと待ち望んでいた。
ユーマの前方には例の大男が。右にはタックが立つ。
ユーマは自らの指名と覚悟を貫くために、もう一度ルールを復唱し始めた。
「『地に伏したものを戦意喪失したとみなし敗北とする。また、地に伏したものへのトドメを禁止し、行った場合は失格とする。決闘の末死亡した場合、やむを得ない場合を除き保証はしかねる……』。ようするに、立ってりゃいいわけだ」
ギリ、と剣の柄を握る手を絞って、ユーマは真正面を見据えた。
深く深呼吸して瞳を閉じる。
周囲の音が一瞬で失われる。頭の先から足の先、毛細血管の一本一本その隅々まで知覚できる。頭に登った血液も次第に下りてきて、顔面が少し涼しいくらいに感じられた。
大丈夫……冷静だ。
ユーマはもう一度深呼吸する。
自分一人が勝ち抜くだけなら、およそ苦労はしないだろう。
だが、『一生懸命な人への手助けは惜しんじゃだめだよ、ユーマ』。
アリサの言葉が脳裏をちらついた。
俺が受けた依頼は大会を勝ち進むこと。
その依頼はこの国の安寧を維持するためなのだとしたら。俺は姉貴の救ったこの国を見捨てることは出来ない。
しかし、ユーマはもう一つ、大切なことを忘れてはいなかった。
それは――タックの存在だ。
タックはあんなにもルセリナを想っていた。
武闘会で決められた見知らぬ誰かが王となるくらいなら、ユーマはタックに勝たせてやりたいとそう考えていた。
しかし、今回は仕事だ。負けてやる訳にはいかない。
ならば、タックを死なせないというならどうだろうか。タックが生きて本気で武闘会を勝ち抜こうという意志があるならば、この一回を逃したところでいつか勝機はタックの元へ回ってくるだろう。
タックを生かす、そのためには……。
ゆっくりとまぶたを上げる。
ふと客席のマオと目があった。
どこにいるかなんて考えるまでもなく自然とマオの位置はわかった。
「よし、いっちょやるかぁ!」
剣を構えて吠えた瞬間、鼓膜を揺るがす低音が鳴り響いた。
「イアカ、トラ、エリフ!」
銅鑼鐘の合図の直後、ユーマは闘技場の中央へ手のひらを向けるや、破壊魔法を詠唱した。
人の頭より二回りは大きい火球がユーマの手の前で渦を巻いて形を成す。瞬きする間もなく火球は手元を離れ、闘技場の地面にあたり爆散。大量の砂利を弾き飛ばし、砂埃を巻き上げた。
「……イグニション」
囁くような鍵詞の詠唱。
『魔を断つもの』は赤黒い魔力を纏い、加速し始めた。
「クソ……! あの野郎、前が見えねェ!」
「どこから来る……!? 誰が来る……!?」
混乱する男たちの声を聞きながら、タックは消えたユーマの姿を前に更に混乱していた。
「あの人は一体何を……?」
「今何かが走っていった!」
「なんだ!? 誰だ! 何しようッてんだ!!」
そしてユーマは標的の目の前でその急所を狙うべく跳躍、砂埃を抜ける。
「ぬッ!?」
大男が驚愕し声を荒げた。
この混乱した状況の中で、不意打ちを仕掛けたユーマと目を合わせることが出来たのは戦士として上々だと言えるのかもしれない。だが、すでに刃が首筋を撫でるようにあてがわれている今、何もかもが手遅れであることは言うまでもなかった。
ユーマが着地するのを待って、大男の体が地に伏す。切断された首からは心臓の鼓動に合わせ、まるでおもちゃのように血液が吹き出て血を濡らす。弾き飛ばされた頭部はボールの用に宙を舞い、闘技場の隅に湿った音を立てて落下した。
――うおおおおおおおお!
観客のボルテージが急上昇し、ビリビリと肌が震えるほどの歓声が上がった。
「まずは一つ」
ユーマは血に濡れた頬を雑に袖で拭う。
見渡した闘技場には怖気づいた情けない表情が立ち並び、ユーマは嗜虐的な笑みを漏らす。
――ユーマさんは、怖くないんですか?
タックと目が合い、ユーマはその答えを胸中で唱えながら鼻で笑って顔をそらした。
死ぬのが怖いわけじゃない。殺すのが怖いわけじゃない。自分の覚悟がぶれてしまうことが怖いんだ。だから、俺は絶対に躊躇しない。
棒立ちする参加者を尻目に闘技場の隅へと歩を進め、大男の頭を拾い上げた。
「俺はどっちでもいい。降参してくれるなら無駄な運動をしなくて済む。かかってくるなら……全員こうなる」
頭を自らの顔の横に並べてニカリと白い歯を見せた。
「どっちでもいい。どっちでもいいんだ。ま、こんなガキにいいように言われるなんて……俺だったら耐えられないけどな」
「……野郎ッ!」
「タタキ潰してやる!」
「ふぅ、手間が省けて助かるぜ」
逆上して襲い掛かってくる男たちを見てニヤリと笑い、ユーマは手にもった頭を頭上高く放り投げた。
「おいでよおいで。イアカ、トラ、ディニ!」
魔法の詠唱とともに、ユーマを中心に竜巻が巻き起こる。
放り投げた頭が風に乗って更に高く打ち上げられた。
「その手には……うおっ!?」
ユーマの魔法を警戒していた男ら数人がユーマの詠唱を見て足を止める……が、ユーマにはソレすら計算の内。男たちの体は抵抗しながらも無情に竜巻へ引き寄せられていく。
同時に竜巻は、再度闘技場に砂の霧を生み出した。
ユーマの魔法の素質はそこまで高くない。
自分の魔力がこれで底をつきてしまうことをユーマは自覚していた。だからこそ、これで決着を付けてしまいたかった。
やがて、男たちがユーマの間合いまで強引に引き寄せられてくる。
一回の魔力で十人を斬るとなれば『魔を断つもの』の全開の威力が必要になる。しかし、初戦で力を使うということ事態そもそもイレギュラーだ。事実の漏洩がないように、そしてその様子を見られないために、ユーマはわざわざこんな砂を巻き上げるなどという回りくどい手段を使っているのだ。
魔力を控えた状態で斬ることが出来て、六人。四人は魔力なしに仕留める!
そしてユーマはもう一度鍵詞を唱えた。
「イグニション」
加速度を得た刃は周囲に引き寄せられた男たちの胴を薙ぎ払い切り裂いて進む。寸断できなくとも、刃は体内奥深くまで達し、死神の鎌のようにその細胞組織に破壊の限りを尽くしていった。
「……疾ッ!」
剣のまとった魔力が空中に霧散し、グンと手に持ったソレの重さが蘇ると同時にユーマは地を蹴った。
大地を舐めるかのような低姿勢で駆けるユーマは通り抜けざまに一人、喉元を裂く。
ゴボリと吹き出した血を浴びるより早く、ユーマは右方へと剣を放った。
「ぐが……っ」
片手で持つには大振りすぎるユーマの剣が無防備だった男の頭上に突き刺さる。ぐるりと男の眼球が回転し筋肉の硬直を失い始めた。
「あと一つ」
倒れかけた男の体を蹴って跳躍しつつ剣を抜き取る。空中に身を預けたユーマの視界には最後に残った男の驚きに目を見開く姿が写った。
その眼球には、無表情で剣を振り上げる自分自身の姿が克明に刻まれていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます