第40話 早まる鼓動
一回戦のAブロックは特に見どころもなく泥仕合で終わった。
それに反して観客が大いに賑わっていたのがマオには心外であった。
勝利したのは魔法使いと剣士だ。
剣士はもはやたまたま魔法使いの魔法から逃れられたから勝ち残ったに過ぎない。全ての功績はその魔法使いに対し与えられるものであったと言えよう。だが、マオはどうにも不満が残る試合であった。
それがマオが魔王だからこそ、その程度の魔法で決着を付けられてもつまらない、というわがままな感情であったのは言うまでもなかった。
反して観客たちにとって魔法というものは基本的に拝む機会がないからか、一回戦のAブロックから武闘会がとんでもない盛り上がりをみせているということも事実ではあった。
されどマオがいつまでも不満げな表情をしているわけではなかった。
Aブロック戦の不満を打ち消すほどの衝撃を、マオはBブロック戦で感じざるを得なかったからだ。
そしてBブロック戦終了の銅鑼鐘が鳴り響いた。
「あれだ。あやつだ……」
マオは闘技場に立つ長身の女性に釘付けになっていた。
Bブロックの勝者。圧倒的な剣技と体捌き、そして若干の魔法により数多の敵を薙ぎ払った女。
「やはりヒルダ様はお強いですなぁ」
「今年は誰かヒルダ様に勝てるんかねぇ」
「……ヒルダ」
己の魔力をまとったヒルダの姿を目に焼き付けるように見つめるマオ。
「ユーマは知っているのだろうか。どのようにやつと接触する気だ……?」
マオは不安げに、退場していくヒルダの背中を見つめ続けた。
闘技場の主賓席へたどり着いたヒルダは一礼してルセリナの背後に立った。
「ただいま戻りました。……お嬢様?」
「おぉ、ヒルダ殿。よくぞ戻られました」
「…………」
望まない返事が帰ってきたザンポへ向け一礼する。
ルセリナから出迎えの言葉が返ってくるのが常であったため、ヒルダは何か異常があったのかと思い無礼を承知でその顔を覗き込む。その視線は遥か階下の様子を捉えているようだった。
Bブロック戦が終わり戻ってきたのだから、現在会場で行われているのはCブロック戦のはず。
「…………」
見下ろしたヒルダには会場を朱に染めて立ち尽くす大男の姿が写った。
「ほぅ、Cブロックの勝者はキールズ家の代理人のようですな。確か名は……グオンと言ったか」
武闘会に於いて死亡者が出ることは少なくはない。参加者はそれを承知で闘技場の舞台に立っているし、参加の案内にはその旨をしっかりと記載していた。とはいえ、齢14の幼子にこのような光景を見せるのは酷であることは重々承知だ。しかし王女のために命を捨てて戦う伴侶の姿を、国のためにも見届けて貰わなければならないと、ヒルダは苦渋の表情でルセリナを甘やかそうとする自分自身を押しとどめた。
「あいつを……私はあいつを知っている」
ヒルダはもう一度ルセリナの表情を覗き込み青ざめた。
主賓席で震えるルセリナの様子は明らかに異常だった。唇がみるみるうちに青紫色に染まる。同公が見開き、額には玉のような汗が浮かんでいた。
「あいつを……私は……!」
「お嬢様!」
ルセリナは突然席から飛び出した。
知っている……? Cブロックのあの男を……? 一体なぜ。
「……今はそんなことを考えている場合ではない!」
ヒルダは己に一喝しルセリナの背を追い闘技場施設の通路へと走り出した。
6回目の銅鑼鐘がなった。くぐもった低音が控室に響き渡り、部屋の中の緊張の糸が一気に張り詰める。皆、各々の得物の感触を確かめるように、その柄を握りしめた。
はじめはなぜタックがルセリナにこんなにも肩入れしようとするのかわからなかった。挙句、路地裏ではタックは王室の心配すらもしていた。
その理由をタックは打ち明けた。
「ルセリナとは昔よく遊んでたんです。街のどこでも僕らの遊び場だった。でもあの事件があって、ルセリナは変わってしまった。いつにもなくから元気で見ているのが辛い時だってある。でもあいつは僕の友達なんです。あいつは今困ってる。だから僕がルセリナを助けるんだ!」
「……そうか。お前も本気なんだな」
ユーマは周囲の空気に流されることなく飄々として語りかけた。
「は、はい。でも……。ユーマさんは怖くないんですか? もう僕たちの番ですよ」
「怖い?」
震えた声で返すタックにユーマはキョトンとして問い返す。
怖いなんて考えたこともなかった。
命のやり取りなんて、ただ負けたら死ぬだけだ。いざ剣の応酬の最中にしても、頭の中はアリサとの鍛錬を思い出し続けているから恐怖を感じる余裕なんて無い。
それでもユーマはアリサの言葉を思い出し、怯えるタックに送った。
「『戦いの前に恐怖するのはいい。それは人間として普通のことだから。でも戦っている最中は恐れるな。常に思考し行動する。恐怖という感情が入り込む余地はないんだ』。姉貴の言葉だ」
タックは震えながら頷く。
「まずは一回戦。お互い二回戦に進めるように頑張ろうぜ」
「……はい」
ユーマがタックの背中を叩くと、まるで示し合わせたかのように控室の扉が勢い良く開かれる
「Dブロック参加者は用意を」
衛兵が無機質な声で言った。
ユーマは一人、覚悟を決めた。
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