第11話 追う者

「ここだ、エイラ。止めてくれるかな」

「わかったわ」

 白い魔導車がゆっくりと速度を落としていく。ある程度の減速を待って、ディータは魔導車から飛び降りた。

「あ、止まってから降りなさいよディータ」

「ご、ごめん……」

「ジーシーも飛ぶー」

「こら、やめんか」

 すかさずエイラの注意が飛び、ついディータは謝罪する。飛び降りたディータを見ていたジーシーも続けて飛び降りようとしたが、ダギムに襟を捕まれ止められていた。

 やがて、魔導車の速度が更に落ち、完全に停止する。前の操縦席からはエイラが、後ろの居住部からはダギムと少し落ち込んだジーシーが降りてきた。

「さて、ここで何があったのか……ですね」

 ディータの横に立ったダギムが言った。ディータたちが通って来たのは、王都エルドローグから随分と南下した山道だ。

 そこでディータ達の足を止めたのは、燃えカスと化した山小屋だった。

「ここで戦闘が起きたのは間違いない……。これだけの死体が転がっているんだもの」

 ディータは廃屋の周囲をグルっと回りながら言う。

 六つの死体と壊された家屋。ただそれだけであったなら、このあたりに住む人同士のいざこざということで片付けられてしまってもおかしくはない。大陸を守護する王都騎士団からすれば、それはあまり芳しくない事態ではあるが、魔王討伐の任を受けたディータ隊は例外だった。

 死体の編成が少し奇妙なのだ。

「これ、みんな魔術師よ」

「全員一撃でやられてる。でも一人だけ武器が違うみたい」

「余程の力を加えたのでしょうか……。一人だけ傷口が深いですね」

 それぞれが思ったことを口にしていく。

 わかったことは、襲いかかった魔術師達が皆返り討ちにあったということ。それと山小屋には二人以上の人間が居たということだった。しかも、山小屋の住人はなかなかの手練だったらしい。

「ふふ……」

 ディータは無意識の内に笑みをこぼしていた。

「あまりここには魔王の手がかりとなるものはなさそうです。行きますか? 隊長」

「……あぁ、うん」

 ダギムらが辺りの捜索を終えてディータの元に戻ってくる。

 全く別のことに思いを馳せていたディータは、ダギムの声に考えもせず首を上下する。とっさに腰に下げた『勇者の剣』を抜いた。

 『魔王を封印した剣』である『血を追うものブラッドチェイサー』は魔剣であると同時に、ある特殊な力を宿していた。それは、魔王の血を持つ者がわかる、というものである。

 剣を太陽にかざすことで、剣を抜いた本人にだけ見える光の筋。それが魔王の血を持つ者の居場所を指し示すものだった。

 魔王の力は王都騎士団の手によって何分かにされて大陸のあちこちにばら撒かれたため、『血を追うものブラッドチェイサー』によって映し出される光の筋はいくつも現れる。だが、その中でひときわ目立つ紅い色の線──それこそが復活した魔王の居場所に違いない。

 と、ディータはそう踏んでいた。

 そして紅色の光と、数ある白い光のうちの一つがほとんど一致した形で線として現れる。つまりそれは、魔王が自らの力を回収して回っているということに他ならなかった。

 そんなことは王都騎士団の誰もが承知している。あくまで魔王を直接追うのがディータの隊に任されたことなのであって、散らばった魔王の力を回収する使命を受けた隊も少なくはなかった。

「南東──マルステンかな?」

「じゃあ向かいましょう。追いつけるかもしれないわ」

 方角を大体把握し、その先にある街を予測するディータ。

 それを聞いたエイラはせっせと魔導車に乗り込んで出発の準備を始めた。それに続いてダギムも後部居住区へと乗り込む。

「ジーシー、どうした?」

「あー、ジーシー今行くー」

 死体の傷口を食い入るように見つめていたジーシーはダギムに促されるように魔導車に乗る。ディータは掲げた剣を鞘に仕舞い、喜びの表情を隠すようにその右手を顔面に当てた。

「……本当に、嫌な予感だ……」

 口元をこれでもかと歪ませて笑うディータは、マルステンの方角を捉えながら肩を打ち震わせた。

「……ディータ?」

 背後から見れば、それは泣いているようにも見える。心配に思ったエイラがその背中に声を掛けた。

「あ、ごめん」

 振り返って笑顔を見せるディータ。エイラは、早くしなさいよ、と急かして魔導車の中に頭を引っ込める。ディータは魔導車まで走って飛び乗った。

「さ、いくわ」

 ディータが魔導車に乗るのを確認したエイラは、一言告げて魔導車を動かし始める。山道の凹凸が魔導車を揺らすが、さして気になるほどではない。王都騎士団製の魔導車がそれだけ高いサスペンション性能を持っていることの証明でもあった。

「そういえば、隊長もこのあたりの出身と聞きました。よければこのあたりのことを教えて下さい」

「あ、うん。いいよ」

 ダギムは人一倍知識欲が高い。

 王都に居た頃は四六時中書庫にこもっていることもあったくらいだ。だが、もともと彼は真面目な性格で剣の訓練も怠らなかった。そんな彼が未だに第七号騎士の座に収まっているのは、単純に彼が昇号試験を受けなかったためだった。

 ともあれ、そんなダギムが質問している。ディータは迷うこと無く話し始めた。

「これから行くマルステンって街、そこが僕の生まれ故郷なんだ。そこで生まれて、そこで育った。僕を第三号騎士にした剣の腕も全部そこで学んだといっても過言じゃないと思う」

「ほう。そこには師がいるわけですか?」

「いや、もういない」

 腕の立つ剣の師がいることに期待感を膨らませたダギムの問いを、若干影が刺した表情のディータが否定した。

「僕には二人師匠がいる。引き継ぎ──みたいな感じで代わってしまったのだけれど。剣の基礎を教えてくれた師匠は、マルステンの街で起きたある事件を節目に街を出ていってしまった。それで僕は、別の師から教えを受けたんだ」

「ルキ・ヴァイス」

「……どなたでしょう?」

 話の途中でジーシーが口をはさむ。その名前に聞き覚えのないダギムは、更に問を重ねた。

「僕に剣以外の全てを教えてくれた人さ。怖いし、厳しいけどすごく強い」

「大陸史上最高の暗殺者」

 ジーシーが珍しく感情を押し殺した声で呟いていた。

「……興味深いですね」

 ダギムもよほど興味を示したようで、顎に手を当て、真剣な眼差しをディータに向ける。

「つまり、隊長は剣と暗殺の技術を鍛錬したというわけですか。なるほど、それなら隊長の剣術に独特な点が多いことも合点がいく」

「いやぁ、そんなつもりでやってるつもりはなかったんだけどなぁ」

 ディータは無性に照れくさくなって頭をかいて顔を隠すようにうつむいた。

「……でも、躊躇はなくなったかもしれない」

「…………? 今、なんと?」

「ううん、なんでもないんだ」

 うつむいたまま呟いた一言をうっかりダギムに問い返され、慌てるディータ。

 ダギムはあまり追求したような顔はしなかったが、ディータを見つめるジーシーの視線には真に迫ったような迫力があった。

「ど、どうしたの? ジーシー」

「ジーシーはなんでもないー」

 その視線に気がついたディータが声をかけるが、さっとジーシーは目をそらした。

「ふぅ……」

「あ、操縦代わるよ」

 エイラの疲れた声を聞き、ディータは立ち上がる。ジーシーの目から逃げ出すように、その場をあとにした。

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