第10話 闇にまぎれて

「ギャハハハハ! ちょろいもんだぜ、あの旅人」

「これだけありゃあ一ヶ月は食っていけるな!」

「にしてもあいつ、なんであの女を止めたんだろうなぁ。あの女、バッチリ気づいてたぜ?」

「ヒヤヒヤしたなぁ、殺されちまんじゃねぇかって思ったわ」

 ゲラゲラと笑い転げながら、少年たちが小さな小屋で金貨を撒き散らして喚いていた。

 夜も更けた時間だ。明かりのついた家屋などここしかない。

 少年たちは周囲の環境などさっぱり気にすることなく、騒ぎ立てていた。

「糞みてぇな顔してよぉ! 『大丈夫』だとさ!」

「見てた見てた! なにカッコつけてんだよアイツ」

「それで財布スられてちゃあわけねぇよなぁ!」

 ドッと少年らの笑いが込みあげた。

「……やれやれ、バカにされたもんだ」

 そんな様子を覗き見する影が、一つ。

 背負った剣が怪しく反射して、その顔が一瞬だけ光に照らされる。

 覇気の感じられない気怠げな顔が、眠気を増して更に生気を失っていた。

「さて、お金を返して欲しいが……どうするか」

 影に紛れる青年──ユーマは小屋の屋根にできた隙間から中を覗きこんで唸った。

 騒ぎ立てる少年の中にはもちろん、サイフをすった張本人もいた。昼とここまで差があるとは、人間とはすさまじいものだとユーマは静かに感心する。

 飛び込んで少年らを叩き伏せるのはコレといってわけない。だが、昼間少年を殺しかけたエミリアを止めた以上、暴力での解決は避けたいというのが本心だった。

 かといって、ユーマには特に考えついた策など無い。あるといえば、少年らが孤立したところで一人ずつ始末して──。

 そこまで考え、結局暴力沙汰か、と自分で笑うユーマ。

「一旦引くか? ──あら?」

 屋根から飛び降りようと立ち上がり、足に力を込めた瞬間、


 バキバキッ。


「嘘ぉ!?」

 ユーマの体は肉体の浮遊感を覚え、重力に逆らうこと無くそのまま落下した。

「かッは……!」

 背中から床に落下し、肺から空気が抜けて一瞬呼吸が止まった。自分で胸を叩いて無理矢理呼吸を再開させる。

「おい、なんだこいつ」

「上から落ちてきたぞ。バカか?」

「違う、見覚えがあるぞ……」

「わかった! 通りで俺達が財布スったかっこつけ野郎じゃねぇか!」

 少年は口々に言い、ついにはユーマの事を思い出したようだ。

(ひどい言われようだ)

 とりあえず立ち上がったユーマは服をはたいて乱れた服装を整えつつ、思った。

「おうおうおう! 何のようだてめぇ!」

「俺らの家にでっかい風穴あけてくれてよぉ!」

「金返してもらえると思ってたら大間違いだぞ!」

 口々に半端な山賊のようなことを言いながらまくし立てる少年ら。ユーマの背の剣は見えていないのか、それともユーマが完全になめられているだけなのか。

 どちらにしろ少年らの態度が気に食わないユーマは笑顔を浮かべたまま顔に血管を浮かび上がらせていた。

「あんまお兄さん怒らせっと怖ぇぞ?」

 剣に手を触れず、指をボキボキと鳴らして少年らに優しく世間の常識を教えようとするユーマの姿はひどく大人気なく、子供のようにも見える。

 少年らの誤算は、ユーマがその程度の挑発を無視できるほど器の大きい人間ではなかったということだった。


「…………」

 無意識からの覚醒。

 心の隅で突き動かされた小さな衝動を感じてユーマは我に返る。少し興奮し過ぎていたようで、ほんの少し前の出来事を忘れかけていた。

「あっちゃ~」

 見回した辺りには少年らが呻き倒れていた。無意識の中の自制心があったのか、幸いにも少年らのどれからも出血は見受けられず、ユーマは安堵の息を吐いた。

「ごめんごめん」

 ユーマは頬を掻きながら反省する。

 元はと言えば、わざわざ少年たちを伸すために深夜の街へ出歩いていたわけではない。もちろん、少年に奪われた所持金を取り返すということも目的の一つにはなっていたが、ただそれだけではなかった。

 ゴロツキ、チンピラ、不良少年……。

 この手のような下っ端で悪さをする奴には、必ずそれらを指揮するものがいる。ある種、トロールの群れと近いものだ。頭の良い指揮者の存在は集団を活かす。

 大悪は小悪を束ねる。

 ユーマの頭の中では、つまりそんなことが考えられていた。

 少年らの指導者とユシカ殺害の犯人との関連性を知りたかったのだ。が、それも骨折り損だ。全てはユーマが少年らを伸してしまったからにほかならないのだが、今のユーマにそこまで考える余裕はなかった。

 しかし、


 ──いやあああああ!


「なん……!?」

 ユーマが小屋を出て感じた肌寒さに見を震わせた時、街には恐怖の感情を真に表現したような女性の悲鳴がこだました。マオにも説明した通り、今この街で殺人は珍しくもなんともない。この街に滞在する上で、それは理解していなければいけないことだ。

 だが、ユーマにはこの状況──深夜、女性──に胸が痛くなるほどの心当たりがあった。

 小屋を飛び出て街の中心へ通りをかける。中央の噴水広場を横目に通り過ぎ、二つ先の角を左へ。

 最後にマルステンを訪れた時から街の構造に変化がなかったことが幸運だった。

 走りながら過去の記憶を呼び起こし、更に走る。そして、花屋だった家の角を曲がったそこには──

「ユシカ……!」

 無残に解体された女性の肢体があった。

 過去を思い出し、彼女の名を呟くユーマ。

 殺され方も、時間も対象も、ユシカの時と一致する。

 月明かりに反射して辺りに撒き散らされた血液がテラテラと光る。通り一面を染めるそれは、挑発的に揺られていた。

「……くッ……」

 ユーマは震えていた。

 繰り返された殺人を目の当たりにした悲しみからではない。

 殺した犯人の残虐性への憎しみではない。

 ただ、彼の中で渦巻いていたのは、犯人がまだマルステンにいると知った、純粋な喜びだった。

「また、悲劇が繰り返されてしまったか……」

「…………?」

 闇の奥からしゃがれた声と足音が聞こえ、ユーマは表情を引き締め、その方を伺う。

「アンタは──!」

 そこから現れたのは、ユーマにとって幾年かぶりに見る顔だった。

 そして、ある種トラウマを抱える相手でもあった。

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