第8話 姉の記憶
『姉ちゃん、俺も自分の剣が欲しい!』
マルステンを出て、キントの村に姉と住んでいた頃、幼いユーマはよくそう言ったものだった。
姉は本当になんでもできる人で、我流だったにもかかわらず、剣の腕は誰にも負けなかったし、魔法の素質も一流だった。彼女はそれだけにとどまらず、キントの村では鍛冶屋に出入りして金属加工の技術も身につけた。生活に使えるような──鉈や包丁、ナイフ等は自分で作ってしまう程だった。
そして、彼女はついに自らの剣を自分で作り上げた。
それが後の──ユーマの剣である。
「姉貴……」
不意に寂しさが全身を包み込んでそんな言葉が溢れてしまう。旅にでると言って出ていった姉貴は、ユーマに使い古した剣だけを送り返して蒸発した。
まるでユーマに『あとを追ってみろ』と言っているかのようだった。
だからユーマは鍛錬した。『姉貴よりも強く』、『姉貴よりも速く』と。
内心、魔王の支配する世界を旅して、一体どうするつもりなのだろうと考えた時もあった。
死ににいくようなものなんじゃないかと思った時もあった。
だからこそユーマは取り憑かれたかのように訓練を繰り返した。
山に入っては獣の群れを狩り、それを食事の糧にする。
そうした訓練の日々を重ね、少年から青年と呼ばれるような歳になった頃、魔王は打ち倒され暗黒の時代は終わった。
冒険の旅というものはその時代の幕引きと共に愚かな行為とバカにされてしまうようになったのだった。
(そんなもんクソ食らえ)
ユーマはついに飛び出すことのできなかったキントの村で一人毒づいた。始まった新たな時代が、姉の旅立ちを愚弄している気がしてならなかったのだ。
世間の目から逃げるように、ユーマはキントの村を出て、あの山小屋に移り住んだ。それが当時精一杯の世界への反抗だった。
王都を旅回りしている人間なんて旅商人くらいだ。一時はその集団に用心棒として雇ってもらうことすら考えたこともある。幸い、山小屋の横にある山道にはそういった人がよく通っていた。
だが、ユーマはそれをしなかった。
商人では世界を変えることはできない。
姉のした行為が否定されない世界に、時代を、人を変えてしまいたかった。
そんな時、マオが現れたのだった。
命を救われ、因縁が生まれたということもある。だが、それだけじゃない。
──こいつと一緒なら世界を変えることが出来る。
本気でそう思った。
『姉の旅を世界に認めさせ、それを更に追い抜く』。
どれだけ先に待っているのかも知れない姉を、いつか必ず追い抜いてみせる。
それこそがユーマの真の願いだった。
「……マ……ユー……マ……」
不意に、無意識の暗闇へ天からの声が落ちてくる。
そして直後に襲う、見上げた空に落ちる感覚。
そして──
「ユーマ!」
「…………っ」
明るい世界がユーマの瞳に直接攻撃を仕掛ける。
視界が一度ホワイトアウトして、再び景色が戻った。
体がゴトゴトと揺れる。どうやら、魔導車に上手く拾われたみたいだ。
ユーマは安堵の息を吐いた。
「で、エミィ。重い」
「ひどっ!」
伸ばした足の上に馬乗りになるエミリアを気怠そうな瞳で射抜き、告げてやる。エミリアは目にうっすら──おそらくは狂言だろうが──涙を浮かべてその場から飛び退いた。
実際はそこまで重いと感じる程ではなかったのだが、今の自分は病み上がりだ。エミリアには悪いが直接的に言葉を告げた。
「ひどいや! 聞いてよマオ! ユーマが……」
とてとてとマオに擦り寄っていくエミリア。
自分よりもはるかに幼く見える子供にすがりつくのはどうなんだ、とユーマは呆れ顔でその背を追う。すると、予想外にも振り向いたマオと目があった。
「…………?」
マオはユーマに対し、さも興味深いと言いたげな視線を送る。先ほどの戦いの疲れが残っていることと、荷台に揺られる心地よさも相まって、ユーマはついその視線を見なかったかのように受け流した。
どうせ大した話でもないだろうとくくり、再び瞳を閉じて、こんどこそ休養のための睡眠行動に移ろう──とするが、
「えぇい、無視するでない。寝るな! 起きろ! ど阿呆!」
「イテっ! 痛、いたたたた!?」
怒号と連続した暴力に見舞われ、ユーマの休息は妨害されることになる。
「一体なんだよ」
「うむ。病み上がりにすまんが、一つ二つ質問があるのだ」
マオがあまり芳しくない様子の表情を浮かべて隣に座る。
ユーマは怪訝そうな顔でマオに問うた。
「魔導車の操縦はどうしてるんだ?」
「心配ない。エミリアに任せてある」
「あいつの魔法素質、あまりないどころかゼロだぞ? それで大丈夫なのか?」
「動かしているのは私の魔力だ。操縦は誰でもできる」
「……ならいいが」
杞憂だったか、と木々が覆いかぶさる空を見上げていった。
生い茂る木の葉の間から光が指し、明暗のコントラストが生まれる。ふとした自然の営みに少々の感動を覚えながらユーマはマオの言葉に耳を傾けた。
「それで、質問というのは……お前の剣についての話なのだ」
「……剣? コレか?」
脇に抱えていた剣を目の前に出し、改めてその全貌を見ながら言う。
ユーマからすれば、それは何の変哲もない剣だ。魔石によって推進力を生み出すという少し変わった特徴を持った──ただそれだけの剣だ。
「その剣、どこで手に入れたのだ?」
「……は?」
何を言っているのだろう、とユーマは頭の中で考えて言う。しかし、チラリと見たマオの顔にふざけた様子は微塵もなく、ユーマの頭の中を更に混乱させるのだった。
「…………」
マオの視線がそれることはない。
この仕打ちに耐えかねたユーマは、ため息混じりに言った。
「こいつは姉貴からもらったものだ。作ったのも姉貴、最初に使ったのも姉貴。単なるお下がりってやつだ」
「姉……? お前の──姉か?」
「あぁ。そうだ」
頷くユーマ。
ユーマは記憶に残った最後の顔を思い出して、物憂げな表情を浮かべた。
「お前の姉は今、どこに?」
「わからん。何年も前に家を出て、それっきりだ」
「……そうか」
今度はマオが語尾を尻すぼみに弱めて言った。
「生きてるか、死んでるかもわからない。ま、こうして旅をしていればいつか出会うかもしれないだろ? そんなしょうもないことも少なからず期待しているわけだ」
「なるほどな。やはり私の思い違いだろうか……」
「何か言ったか?」
「いや、なんでもない。つまらないことを聞いたな」
マオが小さく何かを呟いたようだが、ユーマの耳には届かない。マオは最後に謝罪を告げて立ち上がると、再び魔導車の操縦席へと向かっていった。
「さて、少し眠らせてもらうとするか……」
背をもたれた格好から、荷台で横になって呟く。
すると、狙ったかのようにマオと交代でエミリアが飛び出てくる。
「ねぇユーマ! 何の話してたの!」
「……頼むから、寝かせてくれ」
ユーマはまだ当分に休息を得られそうになかった。
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