春の中に消えてしまう

浅木

君が、春の中に消えてしまう

 別れの季節に別れてしまう人々は春に魅せられたのだと思うし、出会いの季節に出会った人々は春とともに芽吹いたのだと思う。

 別れと出会いが同時に来る春は、気持ちがぐらぐらとする。別れに心は沈むけれど、新たな出会いには心が弾む。沈んで、弾む。弾んで、沈む。二つがあって、バランスがとれているのかもしれない。そんなことを考えた。

「メイよ、メイ。私たち、どこに行くんだろう」

「会社だよ。会社。凡人の私たちは凡人らしく、正しく道を歩まねば」

「会社に入ることが正しいということを証明しないと、私は納得しないよ、メイ」

「そんなことをのたまうから、落とされるんだ」

 三月。めぐりめぐる、春。何度目かの春。人生の岐路を迎える、春。私たちは就職活動にあけくれていた。メイに何度聞いても、会社に入ることの正しさは証明してくれなかった。証明しろ、ということは、私のワガママであり、屁理屈だ。証明なんてできっこない。けれども、証明させて、納得させてほしいほどに、私は就職活動にも会社に入ることにも意欲がとんと湧かなかった。

「メイ、私、君がいればいいんだよ」

「私と暮らすためにはお金がいるだろう。お金は会社に入って、働かないともらえない。だから、働くんだよ、サク」

「メイと暮らすためか」

「暮らしたいならね」

 朗らかに笑うメイ。メイは可愛い。女の子らしい、丸い体の線、短く切った髪を毎日コテで巻いているそうだ。白色の肌の上にほんのりと飾られたピンク色のチークも、他の人よりも愛らしく見える。就職活動のために買った、口紅が今、彼女の笑顔を一層惹きたてている。可愛い、可愛い、私のメイ。

「そうやってはぐらかす。メイはいつも確定的なことを言ってくれない」

「君が私を強く想っていてくれるから、言えないんだよ。無責任なことなんて言えないよ。サクの想いに失礼だろ。だから、ぼかして言うのさ」

「私のことはお見通しか」

「そりゃ、ね」

 ああ、また君は笑う。

 ねえ、君は次の春にどこにいるのだろう。私の隣かい。違うかもしれないね。私の気持ちを知っているのに、君は汲んでくれたことなんてない。

 けれど、そんな君が好きな私が物好きなのかもね。

 ああ、君は、春に連れ去られてしまうんだね。


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春の中に消えてしまう 浅木 @assi15

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