砂漠渡りの前夜 5



 仕事を終えたニミルがルゥロの部屋にやってくると、ルゥロは事の顛末(てんまつ)を全て話した。

 「お、いいね。次は砂漠かー」

 呑気にお茶を飲みながら言うニミルにルゥロは、仕事は大丈夫なのかと尋ねた。

 「国王の命令って言えば何とかなるでしょ」

 「それもそうだな」

 ニミルの答えに納得し、暗くなりつつある外を眺めた。

 「んーと、サラだったかな……。その子とは明日の朝、門で待ち合わせしてるんだよね」

 「クロス様が言うにはね」

 ルチルクルーツは国王が「罠だとしても行け」と言ったこと(正しくはルチルクルーツの問いに頷いただけ)がすごく気になっていた。

 何だか嫌な予感がする、と自分の胸の内に黒いものが渦巻(うずま)くのを感じていた。

 ルチルクルーツが不安そうにしているのを心配したのかセイテが優しく声を掛ける。

 「ルクル、大丈夫だよ。兄上もレックもニミルも強いよ。罠だとしても死んだりしないから」

 「特に俺はな」

 ルゥロが自分を指差しながらにかっと笑う。

 それでも不安は拭(ぬぐ)えないもので困ったように笑うことしか出来なかった。

 「でもルゥロが死んじゃうのが一番困るんじゃないの?」

 残る不安を隠すように言うとレックがルゥロの頭を小突(こづ)く。

 「面倒だから死ぬなよ」

 「分かってるって。俺も困ってるんだからな! 毎回毎回違う場所に飛ばされてさ……」

 やれやれと言った風に首を振るルゥロにルチルクルーツは首を傾げた。

 「本当にルゥロのって、どんな原理なんだろうね」

 「それは俺も気になってたよ。気付いた時にはそんな感じだったんでしょ?」

 揃ってニミルも首を傾げた。

 ルチルクルーツとニミルがルゥロと出会った頃にはルゥロは既にこうなっていた。

 一緒にいたセイテとレックが気付かない内に。

 と言うより、死んだら起こる現象なので二人はもちろん、当の本人もこうなるまでまったく分からなかった。

 暗殺される機会(きかい)が一度も無かったことは無いが、あの時、偶々(たまたま)、心臓を一(ひと)突(つ)きされるまで死んだことも大怪我(おおけが)したこともなかった。

 狙われたセイテを守った時に起きた現象。

 ルゥロもセイテもレックも、その場にいた全ての人間は、ルゥロは死んだと思った。だがルゥロは死ななかった。あろうことか、何処(どこ)かに消えた。

 死んだのなら此処(ここ)に死体があるはず。

 それを根拠(こんきょ)に国中を探し回った。

 ルゥロも家に帰ろうと必死で歩き回った。

 ルゥロが飛ばされた場所でルチルクルーツはルゥロと出会った。

 ルチルクルーツの住んでいた場所が精霊(せいれい)の森と言われている城の近くにある森だったお蔭でその時は無事に見つかった。

 ルゥロは帰るなり、両親から色々聞かれたが本人もよく分かっておらず、「刺(さ)されたと思った時には森にいた」と言った。

 一部は「刃物(はもの)恐怖症(きょうふしょう)が招いたのではないか」と言われているが、実際はよくわかっていない。医者に見せても「至(いた)って健康体」だそうだ。

 ルゥロはそれを聞いても動じることも無く、「刃物で刺されたという現実の方が怖い」と青い顔をしながら言った。

 え、そっち……、なんて誰もが思ったのだが本人には刃物で刺されたと言う方が重大なようだった。

 それからと言うもの、何度か殺されたがその度に飛んだ。国の何処かに。

 ルチルクルーツとセイテが初めてそれを目(ま)の当(あ)たりにしたとき、二人はひどく驚いたものだ。

 「初めて見た時はほんと驚いたね。刺されと思ったら消えるだもん」

 ルチルクルーツは胸に手を当て言う。

 「だよね。俺なんて思わずレックに掴(つか)みかかったしね。そのあと、鋏(はさみ)突きつけられたのは言うまでもないけど。真面目な話、死んだら飛ぶんだから死なないでよ」

 「はいはい」

 ニミルに注意され、半ば流しながら返事をする。

 「それにしても、国の王が一庶民の頼み事を聞くとはねー」

 不思議そうに言うニミルにルゥロも同感だった。

 これまでたくさんの頼み事はあったのだが、限界があるので全てを聞き入れたことは無い。特に砂漠化のことに関しては。

 食糧(しょくりょう)が足りないと言われてこちらが用意できるわけでもなく、寝床(ねどこ)をよこせと言われても用意できるわけもなく、少しでも砂漠の中で生きられる術を身に着ける為の手助けをすることしか出来なかった。

 「何か考えがあるのだろう。俺はそれに従うまでだ」

 完璧(かんぺき)な忠実(ちゅうじつ)ぶりを見せるレックにルゥロは感心した。

 「父上と母上は忙しいからな。それに丁度いいじゃないか」

 「まあねー。身体も鈍(なま)ってたし、楽しみ」

 ニミルはにやりと口を歪(ゆが)める。

 「そうだな。この間、町の外に行ったのいつだったっけ」

 「一か月前じゃない?」

 五人は砂漠への旅に十分に準備を整えた。

 最後に砂漠化した土地とはいえ、関門(かんもん)から一日分の距離はある。

 生半可(なまはんか)な気持ちで砂漠へ行くと死ぬのは分かっているので水分はたくさん用意した。

 そして、行くときに属性(ぞくせい)による温度(おんど)緩和(かんわ)を忘れないようにといつものように手を合わせて約束すると明日を迎えるため、眠りに付いたのである。

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