砂漠渡りの前夜 3


 ルゥロが店に出るなり、先程の人物たちの話を始めようとするのでレックは彼の首根っこを掴むと路地裏に引き込んだ。

 力任せに手を離されたルゥロは眉間に皺を寄せる。

 そんなルゥロに構わずにレックは言った。

 「お前、分かってるのか? ああいう連中に王子が城下町にいると知られたら面倒だ」

 正論を言われ、言葉に詰まる。

 レックの険悪な顔つきにセイテとルチルクルーツが遠くで見守っているのが分かる。

 「…さっきのは、俺が悪かった。だからそんなに怒るなよ」

 ため息をつきながら言うとレックは少しだけ表情を柔らかくする。

 それでも二度とあんなことはするな、と視線が突き刺さってくるがルゥロは冷や汗を垂らしながら無視する。

 「それにしてもあんな人たちが町にいるなんてねー。門番は何をしてるんだろうね」

 セイテが顎に手を添えて言った。

 確かにセイテの言う通りである。

 「だがだからと言って警備を強化すると怪しまれないか? ただでさえ、俺たちがいるってのに」

 「それもそうだよね。言ってしまえば、ルゥロが危機感を持てばいいだけの話だし」

 ルチルクルーツの言葉にレックが深く頷いた。

 ルゥロはいたたまれなくて視線を上にあげる。

 「あはは。それが兄上のいいところでしょ」

 セイテが笑って言うがレックはそう甘くない。

 「危機感(ききかん)を持つことは大事だからな。大体、ルゥロは危機感が無さすぎるどころか平気で路地裏とか、廃屋とか何処にでも行く。本当にもう少し…――」

 レックがつらつらと達者に喋ることは滅多にない。

 あると言えば、ルゥロが少しやりすぎた時くらいで。ルゥロはこれをレックの説教だと思っている。だが周りからすればレックの説教は鬼のような形相で主にでさえも刀を振り回すことだ。

 「よーし、わかった。そこまでにするんだ、レック。帰るぞ」

 ルゥロが呆れて淡々(たんたん)と喋り続けるレックの腕を掴んだ。

 路地裏を抜けるとようやくレックは喋るのを止めた。

 三人はやれやれと首を振りながら、これからの時間を潰すためにルゥロの部屋に向かった。

 食事処からこの国の王が住む城まで言うほど遠くはない。

 楽しく会話をしているとあっという間に城に着いた。

 ただいまと四人で言うが返事はない。

 ルゥロは出掛(でか)けているのかなと、気にも留(と)めずにセイテ達と部屋を目指していると客間(きゃくま)に明かりが付いていることに気が付いた。

 客が来ていたから返事がなかったのかと納得して再び歩き出そうとすると、床に散らばる何かに目がいった。

目を凝らしてそれをよく見る。どうやら砂のようだ。

 首を傾げ、もう一度客間を見た。

 (砂漠か…)

 ルゥロは視線を戻すと、先に部屋に行ったセイテ達を追いかけるために駆け出した。


 

 ルゥロの部屋は二階の東側に面している。城の裏には山があり、ルゥロの部屋からはよく見える。ごつごつとした岩肌が手に届く距離にある。

 ベランダに出ればそんな山と城下町を見ることが出来た。

 ルゥロはベランダの手すりに腰を掛け、客のことを話した。

「砂漠からの訪問者」

 ルゥロ達が砂漠からやって来た客を不思議がるのも無理はない。

 この国の三分の二を砂漠へと変えた砂漠化(さばくか)。

 あれからもう六年も経つのだな、とルゥロは物悲しい気持ちになった。

 当時は砂漠から何とか逃れ、助けを求める人々が城に殺到(さっとう)した。

ルゥロの両親――女王と国王は国中を駆(か)け回り、何とか場を治めたのだが今度は住処を無くした浮浪者(ふろうしゃ)が続出した。それらのほとんどは餓死(がし)することになったのだが、一部は族となり今も尚(なお)存在している。

浮浪者たちは砂漠化を免れた地域を襲撃(しゅうげき)するようになり、またたくさんの人が城にやって来た。中には王族を罵倒する者さえいた。

王だからと言って砂漠を消せる力があるはずがない。

全てが夢だったら――、そう思ったこともあった。

けれど、国民のために力を尽くす両親を見る度、自分もあんな風になりたいと思うようになった。

それからルゥロは友人たちと砂漠化を治す術を追い求めている。

「それにしても砂漠からのお客さんが何の用だろうね? 今頃、砂漠化を治せとか言う訳ないし…」

セイテの言う通りだった。

六年経って言いに来る怠け者などいない。

では、一体どんな用で来ているのだろうか?

ルゥロは真剣な面持ちで考察を始めた。

だが考えても、考えても検討がつかなかった。

まったくと言っていい程、予想がつかないのだ。

見かねたルチルクルーツが声を掛けるまでルゥロはずっと混乱していた。

「考えても仕方ないよ。それより、今度はどこに行くの? 砂漠?」

「確かにそろそろ砂漠へ行くべきだ」

レックがルチルクルーツに賛同する。

セイテも納得のようでルゥロは深く頷いた。

「じゃあ、砂漠にするか」

ルゥロ達は『砂漠化を治す方法を探す』と固く決意して以来、国中を探索してきた。と言っても行ける範囲が限られているので言うほどたくさんの場所を探してきた訳ではない。

その上、まずは砂漠を免れた場所からとなったので『砂漠化を治す方法を探す』ための砂漠への訪問はやっとのことである。

 ニミルを除く全員の意見が一致したので次の休みに砂漠に行くことになった。

 多分仕事が終わったら部屋に来るだろうから、ニミルにはその時伝えよう。

 次の目的地も決まり、皆の志気が高まるのを見てルゥロは台所に向かった。

 皆に紅茶淹れるためだ。

 ポットにお湯を入れ、沸騰するまで机に体重を掛けながら待っていると廊下の方から話し声が聞こえた。

 気になって廊下に顔を出すと客間の前で両親と客らしき人物が別れを惜しんでいるようだった。

 別れを惜しむほどの知り合いが砂漠にいたのだろうか。

 気になって覗く程度(ていど)だった顔がどんどん体も引っ張っていく。

 話し声が少しずつ大きくなり、会話の内容を何とか聞き取ろうと頑張った。

 「……はい、…とうございます…。ご迷惑を………せん。…いします」

 「……が気にすることは……よ。こちら………い。……」

 ……。

 ルゥロは思わず真顔になる。

 頑張ってみたのはいいものの、内容がまったく分からない。

 聞き取れるには聞き取れるのだが、肝心の内容が驚くほど分からなかった。

 これ以上聞き耳を立てたらバレるだろうと振り返ると目の前に黒い物体がいた。

 「…!?」

 驚いて目を見開いていると黒い物体から裁きの鉄槌が下される。

 「覗きをするようなやつに躾けた覚えはない」

 聞き飽きた声がそう告げる。

 ルゥロにとって救いだったのは振り下ろしたものがフライパンだったことだ。

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