砂漠渡りの前夜 2

 

待ち合わせ場所はいつもの場所。

城下町の一角にひっそりと開店している、レモンシャーベットがおすすめの食事処しょくじどころ

この食事処はルチルクルーツが見つけた、彼女の故郷をイメージした和風の店だ。全て木造で竹と呼ばれる植物が窓際に植えてある。

初めて入店したときルゥロ達は感嘆の息を漏らした。

所謂いわゆる和食を作っているようで、口にしたことのない味にルゥロたちはたちまち虜となった。ちなみにレモンシャーベットがおすすめなのはルチルクルーツが好きだからである。

 「今日はさ、何のために集まったの?」

 ニミルがそばを、音を立てながらすする。これが伝統的な食べ方なのだとルチルクルーツは興奮気味に語っていた。

質問を受けたルゥロは視線をレックに持って行った。

 「食事するため」

 「俺仕事抜けてきたんだけど」

 平然と答えるレックにニミルは苦笑いだ。

 「どっちにしろ、昼は食べてなかったんだろ?」

 「食べてないよ。でも、皆で食事するときはもっと前から言ってって言ってるじゃん」

 やれやれと言った風に首を振ると机の下ですごい音がした。

どうやら机の下でレックがニミルの足を蹴ったようだ。

 「みんなで食事するの楽しいよ」

 定食を食べ終わってレモンシャーベットを幸せそうに口にするルチルクルーツは笑顔だ。セイテも彼女と一緒にレモンシャーベットを頬張っている。ルゥロはこういうところを見ると甘やかしたくなる、と思って止めた。ルゥロの内心を読んだのか鋭い視線をレックが飛ばしてきたからだ。

 「そう言えば、ニミル。この間撮ってた、びでお? はどうなったの?」

 ごちそうさまとレモンシャーベットも食べ終わったセイテが頬づえをつきながら尋ねた。

 「ビデオ? ああ、自己紹介をしてもらったやつね。ちゃんと撮れてたよ。露店(ろてん)で買ったものだったから不安だったけど大丈夫だったよ」

 そう言って取り出した小型のキカイに皆興味津々だ。

数日前、ビデオカメラというものを買ったから自己紹介ビデオを撮ろう、と快くやって来たのはニミルだった。

いきなり現れ、各々からビデオカメラやそれに対しての反応を貰いながら撮って回ったのである。

 ニミルは初めて見たキカイに興味を覚え、買ってみたのが正解だったと言わんばかりの笑顔である。鞄からビデオカメラを取り出すと店主に許可をもらって、壁に映す。

セイテとルチルクルーツが身を乗り出して待っていると小さくキカイの動く音がする。それから壁に映るのはモノクロのルゥロ。背後から忍び寄って来たニミルにご立腹りっぷくのようだ。

 「すごいでしょー。俺も帰って確認に見てみたんだけど、ちゃんと動いてるんだよ? いやー、人間ってすごいね」

 感心して頷く彼の耳は尖っている。

ニミルはハーフエルフだ。その上容姿、能力などがエルフよりの為、思考も人間とは違う。ニミルはここまで造ってみせる人間に感心するとよく言う。

人間をめるニミルにルゥロは複雑だった。

確かに技術はすごいが少しやりすぎではないか、と少々思う。

人間は空を飛べない。だがその内に飛んでしまうのではないか。そしたらこの属性も意味がなくなってくるのではないか。

ルゥロは最近そんなことを思うようになった。

 「確かにすごいが、早く食べてしまわなくていいのか? 今日の休憩短いんだろ」

 ルゥロが尋ねると慌てたようにビデオカメラの終了ボタンを押す。

 「そうだったそうだった」

 残りのそばを勢いよくむと机にお金を置き、ビデオカメラを持って出て行った。ニミルが居なくなると途端とたんに静かになる。

ルチルクルーツとセイテは既に食べ終わっていた。

 「うまくいってるみたいだな、あいつ」

 ルゥロは彼が出て行った扉を見つめながら言った。

 ニミルは仕事でストレスが溜まると月に一度発散するためにルゥロの部屋を訪れる。散々不満を言い散らかすと彼は満足したように帰っていく。それが最近は減ったようで仕事がうまくいっているのだろうと安心した。

 「いいことだ」

 素っ気ないながらもレックも喜んでいるのだというのが分かる。

 本当によかったとルゥロは食事を終えると不意(ふい)に真顔になり、ニミルについて思うことをレックに聞いた。

 「ここ数年、ニミルの笑顔しか見ない気がするんだよな~」

 独り言のように言うとルチルクルーツはニミルを顔を思い出しているのかセイテと話すのを止めた。

 「うーん、いいことなんじゃないの? 私は三人がニミルと出会った頃を知らないし…」

 「俺たちと出会ってよく笑うようになった…って感じじゃない?」

 セイテの言葉を聞いてレックは頷いていたがどうも納得できない。

 ルゥロにはニミルの楽しそうに笑う笑顔が時々偽いつわりのように見えるときがある。それにセイテとルチルクルーツが話しているのを遠くから見つめては、悲しそうな顔をするのを見たことがあった。

 どこかすっきりしないことがある。

 (それに過去のことをルクルに話してないみたいだしな。一々話すことはないかもしれんが…。どうしたもんか)

 唸っているとレックが「考えすぎるのもよくない」と指摘してきた。

 「わかってはいるが、どうもなー」

 「兄上はすっきりしないことはすっきりさせるまで気が済まないタイプだよね」

 なんて笑顔でセイテは言うが、セイテもそういう所がある。特に本に関しては。

 「そういや、ルクル」

  ルゥロは少し白紙に戻してみようとあのことを聞いてみた。

 「あー、あれ? 言ってないかな」

 「わざわざ言う必要もない」

 「ほんとレックはニミルに冷たいんだから」

 セイテが困ったように笑う。

 「でも早く言った方がいいと俺は思う。仲間はずれにするとうるさいしね。それに、俺」

 うっとりしたようにセイテは言う。

 「ルクルのあの姿好きだよ」

 「あっちの方がルクルらしいしな」

 「しかもお前は、偶に呼び間違える」

 レックが痛いところを付いてくるので思わず顔を反らしてしまう。

 そう、ルゥロが変なところでばらしてしまう前に本人がニミルに話さなければ意味がない。否、意味がないことはないがニミルが仲間はずれにされたことに暴れる様が目に浮かぶ。

 「私も早めに言うように心がけるよ」

 ルゥロはルチルクルーツの言葉に頷いた。

 そこで会話が途切れる。

 レックに考えるなと言われたがどうもニミルのことが頭から離れない。目の前の食べかけの定食を意味もなく見つめた。隣のレックはいつの間にか食べ終わっていた。

 何もない時間がただ流れた。

 ルゥロが定食を食べ終わると思い出したようにルチルクルーツが言った。

 「最近小さい頃の夢をよく見るんだけど…」

 「悪い夢なのか?」

 夢は誰しも見るものだが、小さい頃の夢なんて滅多に見ることはない。

 それに非現実的な夢ならわざわざ言う必要もないのだがそういうわけではなさそうだ。

 「悪い夢…てわけではないと思うよ…。けど、嫌な夢かな」

ルゥロは数回瞬きするとレックと顔を見合わせた。

「嫌な夢?」

「…………」

尋ねるとルチルクルーツは黙ってしまった。

気まずそうに俯くと小さく頷いた。

「…よく分からないけど、誰かが死ぬ夢を見て泣いている夢―――。小さい頃、誰かが死ぬ夢を見たことがあるの。誰だが分からないんだけど、私はその子が死んだのを目の当たりにして泣いている。大事な人が死んだんだって……、お姉ちゃんに泣いて縋っていた」

ルゥロは首を傾げた。

「つまり誰かが死ぬ夢を見た小さい頃の夢を見てるってことか」

 レックがまとめてくれて助かったが混乱しそうだった。

 昔、ルチルクルーツから嫌な話を聞いたことがあった。ただの夢だとは思うが、この友人の中の誰かが死ぬ夢を見たことがあると言われた。

 誰かは分からないけど、確かにこの五人だと、彼女は瞳に涙を溜めながら言っていた。

 (昔…?)

 「何かの予兆かもしれないってこと?」

 「分からない。でも、夢のことを言っていれば何かが起こる前に止められるかなって」

 セイテとルチルクルーツが話をしているのを黙って見ていると、レックが耳打ちをしてきた。

 「数日前、ニミルも昔の夢を見たと言っていた」

 「ニミルも?」

 怪訝な顔をしたルゥロは嫌なものでも見るかのようにレックを見る。

 それは彼も同じようで二人して眉間に皺を寄せてしまった。

 これまでにないくらい頭を悩ませているとセイテがとても気になることを言った。

 「夢って現実的であればあるほど、現実が影響してるんだって」

 現実的。

 小さい頃の夢は確かに現実的だ。だが、現実が影響しているからと言って何故小さい頃の夢なのか。

 ますます分からなくなって途方に暮れる。

 いつもは気にならない夢が今日に限ってこんなに気になるとは。

 気持ちを切り替えようと湯呑に入ったお茶を一気に飲み干した。

 「……そろそろ帰るか」

 ルゥロは三人にそう言って立ち上がった。

 定食の代金を机の上に置くと足早に出口を目指す。セイテとルチルクルーツも同じように代金を置き、慌てて駆け出した。

 ルゥロが出ようとしたとき、丁度入って来た客の肩とぶつかった。

 「すみません…」

 謝罪を口にしながら相手を見て瞠目した。

 ぶつかった相手は城下町では見ない服装のうえに何故だか薄汚れている。訝しげに見ていると後ろから背を思い切り押される。

 「後だ」

 耳打ちされ、急いで店を出た。

 店を出る時、目線だけ向けるとこちらを見ながらひそひそと話す様子が伺えた。

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