第12話 初瀬と早雪の章 その12

 家に帰り早速占う。初瀬と早雪も気になっているのか占いの様子を眺めていた。出た卦を見て私は驚く。二つの魂の結びつきと重なり。出た卦はそれを指し示していた。私は二人に慌てて話す。

「わしと藤花の魂がくっついているだと?」

「そうだ」

 初瀬の言葉に私は頷く。

「二人は最早離れがたき仲になっているということでしょうか」

「否定はしないがどうやらそうらしい」

 私は早雪に言った。

「仲が良すぎるのも困ったものですわね」

「そしてこのままだと初瀬と私の魂が混じり合ってしまうとも出た」

「はてさてその時はどのような怪異になるのでしょう」

 どこか人ごとの早雪に初瀬がたしなめの言葉を発する。

「興味深そうに言うな。何とかして離れなくてはならぬ。藤花よ。なにか策はないのか」

「わからぬ。とりあえず調べてみるしか無かろう」

「急げ」

「わかっている」

 私は、怪異に対する対処方が記された書物が入っている行李を開け、色々と方策を探してみる。調べが終わったのは日も変わろうという時間になってからである。私は書物を持って座敷に早雪と初瀬を訪ねる。


「初瀬に早雪、いるか」

「おりますわ」

「うむ起きておる」

「書物が見つかった。ついでに薬もな」

 そう言って私は座敷に入った。

「薬とは何じゃ」

 初瀬の言葉に私は返す。

「おって説明する。まずは書物の話をしたい」

「わかった」

「書物のここだ」

「繋がった魂を切る方法とはまた今のわしたちに丁度合った題名じゃな」

 草書書きを難なく読みこなす初瀬にやや驚きながらも私は言葉を続ける。

「うむ。だが問題がある」

「どのような?」

「私が死なねばならぬ」

「それでは何の解決にならぬではないか!」

 初瀬の言葉に私は落ち着かせるように続けた。

「いや死ぬと言っても仮にといったところなのだ。それで体から魂が離れたところを鋏で断ち切る。手法としてはこのような物だ」

「それでそれがその仮死状態にする薬というわけですね」

「そうだ」

 私は早雪の勘の良さにうなずいた。

「しかし藤花がいなければ誰がその鋏を扱うのじゃ」

「それが問題よ。念のために聞く。早雪、この鋏をもてるか」

「申し訳ありませぬ。そのような導具は触れることも出来ませぬ。もし触れたなら早雪の指が崩れてしまいます。精緻な作業などはとうてい無理かと」

「そうか。良い案だと思ったのだがな」

 わたしは第一の案を早々に諦めた。

「申し訳ありません。でしたら帝都に救援を頼めばよろしいのでは」

「そうじゃ。それよ」

 早雪の言葉に初瀬が賛同する。しかし私はそれには否定的だった。

「うむ……。しかし私は脱落者だ。そんな私を救ってくれる術者がいるとは思えぬ」

「親族でも駄目か」

「一応手紙は書いてみよう。しかし間に合うかもわからぬ」

「こちらから向かうというのは?」

「あまり実家の敷居はまたぎたくないのだが」

「おぬしが生きるか死ぬかの瀬戸際じゃろう。えり好みをしている場合か!」

 のらりくらりと躱しているように見られたのだろう.初瀬がじれったそうに怒る。しかたない、私は真相を言った。

「もう一つ問題がある」

「何じゃ」

「初瀬。おそらく他人に任せた場合おまえは消されるぞ」

「なんと?」

 私の言葉に初瀬は案の定、驚いた声を出す。

「私はおまえが悪しき怪異でないことは知っておる。しかし他の物はそうは見まい。命を吸い取る悪しき怪異として滅せられよう」

 これが私が恐れる理由である。しかし初瀬は歯噛みしながらも言ってくれた。

「……それでも構わぬ。おぬしさえ無事ならば」

「……」

 その言葉には感謝してもし足りることはないが、私は初瀬を失いたくはなかった。

「とにかく旅だった方が良いのでは。術者の方も、きちんと話をすればもしかしたら話を聞いてくれるかも知れません」

 早雪も言う。早雪の言は恐らく正しいのだろう。しかしまだ問題がある。私は言った。

「さらに問題がある」

「まだあるのか」

 初瀬が困惑したように唸る。

「初瀬を切り離したとき、側に力の脈がないとどのみちおまえは消えてしまう。つまり初瀬を生かすにはこの場所で術を行うしかないのだ」

「つまり旅だったが最後、初瀬は消えてしまうと言うわけですね」

「そういうことになるな」

 早雪の言葉に私は頷く。

「それでも……かまわん」

 どこか呆けたように、諦めたように、そしてどこか悔しそうに初瀬は言った。そんな初瀬に私は言葉をかける。

「まあそう焦るな。他に方法があるやも知れぬ」

「しかし!」

 じれったそうに初瀬が叫ぶ。私はそんな初瀬を諭すように声を出す。

「時間もまだあろう。その間に何か良い方案が見つかるやも知れぬ」

「うむ……」

「私もおまえが消えるのは嫌だ。なんとかしたいと思う」

「わかった。待とう。じゃが急げよ。こんな気持ちで過ごすのは辛い」

 なんとか了解してくれたようだ。初瀬の言葉に私は頷いて答える。

「うむ。私とてそうだ。また少し調べる。結果が出たら教えよう」

「任せる」

 私は本を閉じて立ち上がった。二人の不安げな視線を背に受けて、私はまた奥の茶室に戻る。


 茶室に戻り再び書物をめくる。しかしそれ以上の記述はないようだった。私は諦めて本を閉じる。一体どうしたものだろうか。おそらくあの方法以外に魂を切り離す手管はない。ならばそれをどうやって自分一人で行うかだ。しかしやはり考えても考えても答えが出ぬ。自分の意識がないのにそのようなことを行うなどできようか。

「……」

 だがそこで一つ思いついた方法がある。意識のない物を動かす手管。それはいままで自分がさんざん行ってきたことと同じなのではないか。これをうまく使えば何とかなるやも知れぬ。私は若干の希望を胸に抱いて再び座敷へと向かった。


「久々津の術じゃと」

「うむ。それしかないと考えた」

 私は二人の顔を見回して言う。

「してどのように」

「早雪に協力して貰う」

「早雪に何が出来るでしょうか」

 私の言葉に不安そうな顔を見せる早雪。私は言った。

「意識のない私を操って欲しいのだ」

「というと?」

 首をかしげる早雪。

「つまり魂の抜けた状態の私を操り鋏を扱い魂の切断を行って欲しいのだ」

「そのようなこと早雪に出来るでしょうか」

「わからん」

 私は本当のところを言った。思った通り早雪の顔に困惑の表情が浮かぶ。

「わからぬでは困ります」

「だが初瀬を救うにはそれしかないと考えた。頼む早雪。私を操ってくれぬか」

 私は早雪に頼み込む。早雪は明らかに困惑の表情を浮かべた。

「藤花様の頼みはわかります。しかし早雪はそのようなこといたしたことはありませぬ」

「それはわかっている。だが頼む早雪。引き受けてはくれぬか。どうか私と初瀬の魂を断ち切ってくれ」

「わしからも頼む。どうかわし等の命、救ってくれ」

 初瀬も早雪に頼む。しばらくの沈黙の後、早雪はうつむいたまま小さい声で言った。

「……しかたありませんわね」

「おお、引き受けてくれるか」

 初瀬の顔がほころぶ。しかし顔を上げた早雪はまだ不安そうだった。私たちに向かって言う。

「しかし何が起きても早雪は責任が持てませぬ。もしかしたら二人とも失ってしまうかも」

「それも承知だ」

 私は言った。初瀬も声を出す。

「わしは自分が消されることは覚悟しておった。早雪に消されるのならばむしろ本懐じゃ」

「早雪は二人を失いとうはございませぬ」

 私たちの言葉に早雪は返す。私は安心させるように早雪に言った。

「だからこそだ。何、鋏は持って意識を失おう。おぬしは私の体を操り魂の繋がっている箇所を切断するだけだ」

「早雪がやらんというながら致し方ない。帝都に赴きわしが消えるだけよ」

「わかっております。この大任、引き受けることはかまいませぬ」

「おお、すまんの早雪」

「助かる、早雪よ」

 二人で感謝の言葉をそれぞれに言う。だが早雪の表情はまだ晴れなかった。不安そうに言う。

「けれど人の体など早雪は操ったことなどありませぬ。どうすればいいのやら」

「私が教えよう。なんなら期日をいくらか延ばしても良い」

「お願いいたします」

 ぺこりと頭を下げる早雪。いや頭を下げるのは私の方だった。声をかける。

「いやお願いするのはこっちだ。すまぬ早雪。おぬしに責任を押しつけるようなことをしてしまって」

「いいのです。二人のお役に立てるのであれば」

「では早速伝授しよう。大丈夫だ。そこまで難しい物ではない」

「お願いいたします、藤花様」

「頼むぞ早雪」

 私は早雪に言う。ではさっそく久々津の操り方を早雪に教えねば。


 そうして三日が経った。早雪は順当に久々津の方法を学んでいった。決行の日も決まった。間近に迫った新月の夜である。場所はいつもの五つ辻。占いで可能なだけ良い期日と場所を選んだつもりだ。あとは早雪に全てを委ねるしかない。とはいえまだ教えられることもあろう。私は早雪に自分の久々津の術の全てを教えるつもりで望む。

「この年になって新しい術を覚えるとは思いませんでしたわ」

「いつでも覚えようという気になればそのときが学び時だ」

 早雪の言葉に私はそう返した。それを聞いて早雪が微かに笑う。

「そうですわね。早雪も覚えとうございます。二人のために」

「そういってくれるとありがたい。では次に進もうか」

 休憩時間にそんな会話を交わしながら私は早雪に久々津の術を教え込む。そうしていよいよ明日に差し迫った夜。私は座敷で二人と話す。

「明日か」

「うむ」

 初瀬の言葉に私は頷く。次いで早雪に話しかける。

「早雪も準備はよいか」

「……」

「早雪?」

 私は呆けた様子の早雪に再び尋ねる。早雪は驚いたように私たちを見ると軽く頭を下げた。

「ええ、大丈夫です。すみません。少し気が抜けておりました」

 そんな早雪に私は声をかける。

「ここしばらく覚えることが多かったから無理もない。今日はゆっくり休め」

「はい」

「しかし、夜の呼ばれがないと少し寂しいのう」

「しかたあるまい。これ以上魂を繋げては早雪が苦労しよう」

 初瀬の言葉に私は言う。どうやら冗談だったようだ。初瀬は軽く笑って頷く。

「わかっておる」

「早雪も我慢いたしております。それになんだか覚えたことを忘れてしまいそうで」

「そこまで激しかったか」

 私が問うと早雪が頭を下げて言う。

「この体には激しゅうございます」

「うむわしもじゃ。しかし懐かしい。懐かしむのもあれじゃがな」

「うむ……」

 どこか懐かしむような気持ちが座敷を覆った。魂の縁を切られ初瀬が白壁に留まるようになってからはもうああいった夜は訪れることはないのだなと思う。そう思えばもう一戦ぐらいしておけば良かったかとも思う。

「まあ全ては縁よ。今日も一人で休む。初瀬と早雪よ。おぬしらも早く休むと良い」

 だがそれは良くない。色々と名残惜しかったが、私は座敷を辞し最後の夜を茶室で眠る。

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