第11話 初瀬と早雪の章 その11

 明け方早くに目を覚ます。二人はまだそのまま足を絡ませぴったりくっついたままだった。起こしてしまうかもと思ったが、私も夜を抜いたので腹を空かしている。そっと起き上がると二人とも目を覚ました。

「なんじゃ、もう朝か?」

「まだ……眠いです」

「すまん。もう少しで日が昇る。私は台所へ行く故、そのまま眠っていても構わんぞ」

「はい」

「……」

 早雪はそう返事し、初瀬は無言でまた眠ってしまう。山では二人ともよく働いてくれた。私は感謝の言葉を口中で呟くと台所へと向かう。


 台所で簡単な食事を作り、いただく。今日は貰った肉で一日過ごそう。私は山の衣装を洗って陰干しすると、座敷へと向かった。

「初瀬に早雪、おるか」

「おう、今起きた所じゃ」

「はい、起きました」

 返事を確認してから座敷に入る。そして私は二人に言った。

「座敷も布団を干すぞ」

 しかし二人とも布団から動こうとしない。珍しい。いつもなら喜んで布団を空けるのに。

「藤花よ。山へは明日向かうと言っておったな。今日はどうするつもりじゃ」

「無論、休むつもりだが」

「わしらも実のところ疲れておる。休みたいところなのじゃ」

「眠い……」

 確かに。早雪は昨日は夜通し火の番をしてくれたのだ。眠くなるのも無理からぬことであった。私は言う。

「では布団は干さなくて良いと」

「うむ、そうしてくれると助かる」

「ではそうしよう。こちらとしても手間が省ける」

「頼む。おぬしも休むが良い。なんあらここで一日過ごしても良いぞ」

「ふむ」

 確かに今日は用事もなかった。それに体は休息を求めていた。私は初瀬の提案に乗ることにする。布団の空いているところに座ると初瀬に言った。

「では、ここでのんびりするか」

「そうせよ。なんなら交わっても良いぞ」

「昼からか。おまえは元気だな」

「寝て、食って、交わる。そんな日があっても良いではないか」

「それもそうだな。だがまずは休ませて貰うぞ」

「わしの体を見てそう言えるのならば、そうするが良い」

 初瀬が挑発する。私はごろりと横になった。まずは休む。だが、その後のことはわからぬ。


 結局交わった。最初は初瀬だけだったのだが、やがて早雪も加わって三人になった。昼と夕に台所で肉を喰らい、戻っては眠り、また交わる。それだけで一日が過ぎていった。翌日は雨だったので同じように過ごす。結局私が山に行く決心をしたのはそのさらに次の日のことであった。

「いいかげん行かないとな」

「それもそうじゃな」

「ええ、さすがに怒っているかも知れませぬ」

 そんな言葉を交わしながら山へ向かう。山の獣道に入るとすぐに山の神が姿を現した。

「久しいな、人の子よ」

 表情の読めぬ山の神に向かって私は声をかける。

「山の神よ。怪異は消した。綻びも閉じた。教えてくれぬか。脈のありかを」

「いいだろう。人の子にしては良くやってくれた。代わりに脈の場所を教えよう」

「ありがたい」

「こっちだ。ついて参れ」

 そういって山の神は獣道を少し外れて歩き出す。私たちはその後を追った。脈のある場所は意外とすぐだった。もしかしたら山の神がまた力を使ったのやも知れぬが。小さな沼が視界に入る。水は澄んでおり、鏡のように散りかけの紅葉を反射していた。

「山の紅葉は見納めだな」

「そうですわね」

 私が言うと早雪が言葉を返した。私は先行していた山の神に尋ねる。

「ここか。力の脈がある場所は」

「そうだ。人の子よ。お前に力があるのなら詳しい場所はわかるであろう」

「そうだな。すまない山の神よ」

「案内するのはここまでだ。後はお前達に委ねよう」

 そう言って山の神は草むらの中に姿を消した。私は山の神が消えた方に向かって深々と礼をすると、占い道具で正確な場所を計ってみる。たしかにこの沼の傍らに力の脈があった。私は草をかき分けその場所に立つ。

「そこか」

「ああ」

 初瀬の問いに頷く私。これからが大仕事である。とはいっても端から見れば大した仕事には見えぬかも知れぬ。まず脈に穴を空ける。そのためには釘だろう。私は小さな釘を脈の露出しているところにあてがい、ゆっくりと押し込んでゆく。じきに脈は裂けた。次は繕いである。針と糸とで力が余計に出ないように繊細に繕ってゆく。後は漏れ出た力を白壁に引くだけである。私は釘に力を巻き付けると飴のように伸ばしてゆく。

「ほう、そうやるのか」

「初めて見ますわ」

 二人の感想を背に受けて、私は脈を伸ばしてゆく。持っているだけで実はかなり体力を消耗する。途中で何度か釘打ちをしながらこれを白壁まで持ってゆく。

「では出立するぞ」

「おう」

「いよいよですわね」

 私たちは元来た道を歩く。道がくねっているところでまた繊細に釘を打ち、針と糸で繕いまた伸ばしてゆく作業を続ける。傍目にはひどく地味な作業だ。しかし思ったより近場だったため今日中には終わりそうだ。私は目算をそう立て、作業を行う。

 昼休憩を取り、山を抜け、白壁に戻ってきた。ちょうど人気がない時刻だったので最後の作業を手早く行う。五つ辻のそばに最後の釘を打ち、作業は終わった。ここは針と糸で繕う必要はない。力がわき出すようにしないとならぬ。

「終わったぞ。あとは初瀬がここに住まうだけだ」

「おお。終わってみるとあっけないことじゃな」

「これで初瀬と一緒に住めますね」

 二人の言葉に私は答え、今までの労をねぎらった。

「ああ、いままでご苦労だった。早速だが初瀬よ、移ってくれぬか」

「わかった。しばし待て」

 私は言葉の通りしばらく待った。自分の魂から何かが離れてゆくような感覚がする。僅かな寂寥感。だがそれも一瞬のことだった。頭の側で初瀬の声がする。

「おや。おかしいの」

「どうした?」

 私は初瀬に聞いた。

「おぬしと別れられぬ」

「なんと。それはどういうことだ」

 初瀬の言葉に戸惑う私。初瀬は首を横に振る。

「わしにもわからぬ。とにかく離れられぬ」

「困ったな。それは」

「わしも困った。せっかく藤花が脈を引いてくれたのに」

「理由はわかるか?」

 私は聞いたが返事は芳しくなかった。

「いや、とんと見当がつかぬ。どうしたものか」

「とりあえず、なにが起きたか占ってみればいかがですか」

 横から早雪が口を挟む。

「おお、さすが早雪じゃ。藤花よ、占ってみてくれんか」

「わかった。一度家に帰ろう。だがその前にここを一度塞いでおこう」

 私は針と糸でこの脈を閉じる。万一誰もいないこの脈を狙って新たな怪異が住み着かないようにするためである。

「終わった。では帰ろう」

「うむ。しかし困ったのう」

「ああ、確かに」

 初瀬の言葉に私は頷き、家路を急ぐ。一体どうしてこのようなことになってしまったのだろうか。とにかく調べねば。

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