第7話 初瀬と早雪の章 その7

 目が覚めると初瀬の姿はなかった。やはり夢だったのだろうか。だが心はひどく落ち着いていた。体は実のところまだ痛むが、これならば怪異を退治に行けそうだ。私は身を起こしいつものように台所へと向かう。

「藤花様。おはようございます」

 行く途中で早雪と出会う。私も朝の挨拶を交わす。次いで初瀬のことを聞いてみる。

「初瀬ならばまだ眠っております」

「そうか。西の鎌鼬の件だが今日の午後には向かおうと思う。そのつもりでそちらも心得ていてくれ」

「かりこまりました。初瀬にも後で知らせましょう」

「頼む」

 やはり昨夜のことは夢だったのやもしれぬ。そんなことをぼんやり思いながら私は竈に火を入れ朝餉の準備をする。怪異退治に行くなら準備もきちんとしなくては。それは過去の自分と向き合うと言うことである。朝食の用意を急ぐ。

 

 やはり野菜だらけの朝餉をいただき、一息つく。そろそろ座敷の布団も干さねばならぬ。私は座敷へと向かった。

「初瀬に早雪、起きているか」

「おう。今目が覚めた所じゃ」

 中に問うと初瀬の声が聞こえてきた。私は静かにふすまを開ける。おとといの乱れた布団の上に初瀬と早雪が座って待っていた。

「……」

 私は無言で初瀬を見る。初瀬の様子はいつもと変わらぬ。しかし昨夜のことを口にするのはためらいがあった。まあよい、あれが夢か現かはいずれわかろう。

「布団を干すぞ」

 まず私は言った。無言であったが二人とも喜びの表情を浮かべる。意味などさほど無くてもそれは自分が大事にされているという証である。私は布団を運び縁側で干し始める。そのあとは畳を掃除した。初瀬と早雪はあまり語らなかったが、私のすることを楽しげに見ている。

「毎日でなくてすまなんだ」

 掃除を終えて二人に言う。

「良いのじゃ、おぬしにはおぬしの仕事があろう」

「時折、こうやって構ってくれるだけでも嬉しいですわ」

 初瀬と早雪は私の言葉にそう返してくれた。

 さて次は鎌鼬退治の準備である。私は茶室に戻ると布団を畳み、また行李を出した。息を大きく吸って吐き、開ける。昨日目にしたものと同じ物品がそこにあった。当たり前だ。息を落ち着かせ私は導具を一つ一つ取り出し、まずは綺麗にする。帝都で使っていた時からろくに補修もせずに放り込んできた物品である。詳しく見るとかなりの確率で痛んだり、使えなくなっていたりしていた。

 直している時間は無いし設備もない。そう判断し使えるものだけを持って行くことにする。幸い、使えるものだけでも十分に対処できそうだ。私は使う導具を選定し、汚れを払い軽く補修する。

 

 気がつけば昼前になっていた。食事もしっかり摂らなくては。私は台所にまた向かう。また根菜だらけの昼食であるが、怪異と戦う前はこれくらいのほうが体によいのかも知れぬ。終わったら何か精のつくものをいただこう。私はそう決め味気のない昼餉を食す。


 食器を片付け、導具を鞄に入れる。それで準備は整った。後は初瀬と早雪に声を掛けるだけである。私は鞄を手に提げ座敷へ向かった。

「おお、待ちくたびれておったのじゃ」

「……」

 ふすまを開けると初瀬は声を上げ早雪は無言で頭を下げる。そんな二人に私は言った。

「これから鎌鼬退治に向かう。もしかしたら死ぬやも知れぬ。準備はよいか」

「もちろんじゃ。おぬしにいわれるまでもない」

「人の仇なす怪異は早雪の敵にございます。支度は調えてあります。どうかこの早雪をお連れくださいませ」

 二人の言葉に私は頷き、言う。

「もちろん。三人で参るつもりだ。もはや我らは離れ難き間柄。違うか。初瀬に早雪」

「はい。それはもちろんでございます」

 初瀬は無言で頷き早雪は声で返事をした。こうして私たち三人は西の鎌鼬が出没するという山道に向かうことになった。


 目的地に辿り着く。ここも白壁とよく似た臭いがする。見れば大きく力の裂け目があちこち走っていた。ここまで大規模なものだとは思わなんだ。さてどうするか。私たちは山道をざっと歩いてみて作戦を練る。

「広い範囲にずいぶんな力が漏れ出てますわ。藤花様、いかが致しますか?」

「狩りをするぞ」

 早雪の問いに私は答えた。早雪の代わりに初瀬が首をかしげる。

「狩り?」

「狐追い、いや鎌鼬追いだ」

 私は作戦を説明する。といっても地味なものである。開いた力の裂け目をどんどん閉じて行き、怪異の動ける幅を狭めようという魂胆である。

「あの獣道、あそこに追い込む」

 私は脇の道を指さした。あそこにかなり大きな裂け目がある。それに決戦は本道でないほうが人目につかず具合が良かった。自分が怪異と関わる物であると言うことはなるべくここの人間には知られたくない。

「一旦退くぞ。準備をせねばならん」

「あいわかった」

「了解いたしましたわ」

 私たちは一度山道の分かれ目まで戻り、準備をする。まずはいつもの針と糸である。何通りかに切ってそれぞれの糸に針を通す。それと音である。私は手で持てる大きさの太鼓を準備する。これで針と糸とを操ると同時に怪異をいぶり出す。最後に怪異を倒す小さな鈴のついた槌である。私はそれを自分の短刀と共に腰に差した。

「では始めるぞ」

 準備を終え二人に言う。こうして鎌鼬狩りが始まった。私は裂け目のある地点に針と糸を置いてゆく。山道を端から端まで歩き亀裂があるところを見つける度にそれを置いた。

 息を吸う。吐く。これからが本番である。私は山道の中央に立ち太鼓をばちで叩き始める。針と糸は一斉に目覚めたように傍の力の裂け目を繕ってゆく。

「おお」

「これは見事な」

 二人から歓声が漏れる。紅葉に金糸が映えて確かに見応えのある光景であった。私は太鼓を叩き続ける。ごおっと風の鳴る音が遠くでした。どうやら追い立てられ始めたらしい。私は太鼓を一心不乱に叩く。しだいしだいに風の鳴る音は近づいてくる。

「藤花! 危ない!」

「藤花様!」

 二人の声がする。わかっている。私は山道から草の中へと逃げ込む。今は戦う時ではない。少し遅れて山道を風がものすごい勢いで走っていった。草が舞い土煙が上がって獣道の方に勢いよく吹き抜けてゆく。どうやら追い込むことに成功したようだ。私は山道に戻ろうとする。そこで早雪の声がした。

「まだ来ます!」

 その言葉に私は慌てて草の中に身を隠す、いや転がり込む。逆さまの視界にもう一つ、いや二つ、風が勢いよく走ってゆくのが見えた。これは一体。戸惑っていると逆さまに映る初瀬が声を出す。

「鎌鼬は三者一体。知らなんだか、藤花よ」

 そういえば聞き覚えがある。転ばす役。切りつける役。膏を付ける役。鎌鼬は三つのことを同時に成すと。しかしまさか本当に三体とは。これは気を引き締めてかからねばならん。

「なにわしらも三人よ。相手にとって不足はない」

 初瀬が声を掛ける。確かにそうだ。自分が気負っていても仕方ない。私は体を起こし今度こそ山道に戻る。早雪が傍に駆け寄ってきた。声をかけてくる。

「お怪我はありませんか」

「仔細無い。それよりも鎌鼬を追うぞ」

「はい」

「うむ、今のところ藤花の目論見通りに動いているようじゃ」

 初瀬の言葉に私は頷く。山道の向こうの獣道。そこに怪異の気配が色濃くあった。私たちはそこへと足を踏み入れる。

 

「……」

 風が舞っていた。空高くを舞っている。空の高くで三つの風がちぎった草や埃を軌跡にうねうねと舞い踊っているのが見えた。すでにここは異界である。

「怯えているか、混乱しているな。一気に仕留めるか。どうする? 藤花よ」

 初瀬の言葉に私は言った。

「まずは話し合おうと思う」

「無駄じゃと思うが」

「早雪も無駄と考えます」

 二人の言葉は事実らしく思われたが、それでも私は会話で解決する道を捨てたくはなかった。私は無言で風が舞っている方へ歩いて行く。初瀬と早雪はそんな私の背中に声を掛ける。

「まあ、おぬしのしたいようにすればいい」

「やれやれですわね」

 そんな言葉を背に受けて私は風に向き直る。そして大声で言った。

「鎌鼬の怪異よ。聞いておるか!」

 私が言うと舞っていた風が止んだ。いや、風がこっちに向かってくる。留まるか。それとも逃げるか、あるいは戦うか。一瞬の判断であった。

「藤花!」

「藤花様!」

 私はその場に留まる道を選んだ。風はそのまま私を突き飛ばしそうして切り刻む。鈍い音が胸に走った。さらに浮いたところを一撃、今度は背中に受ける。私はあっさり空を飛んで背中から落ちた。

「大丈夫か!」

「大丈夫ですか!」

「ああ、大丈夫じゃ。帷子を着けておる」

 私はむくりと起き上がった。だが致命傷は防げても衝撃はそのままだ。背中がひどく痛む。

「こざかしい。では動けなくなるまで吹き飛ばそう」

「ならば私はその足と手を切り刻もう」

「私は薬を着けるのを止めよう」

 鎌鼬が初めて声を出した。やはり三体か。そして話し合いは通じそうもない。だが。私は声を出した。

「聞け。鎌鼬よ。道に住まうな。広い場所に住め。さすればお主達を見逃そう」

「聞いたか弟等よ。こいつは馬鹿だ」

「聞いた。こいつは馬鹿だ」

「そもそも我らは道に住むもの。広い場所など願い下げじゃ」

 私の言葉はせせら笑われる。それは構わない。そのほうが心が痛まぬ。私は心を決めると身構えた。

「さあ、おぬしを殺してやる」

「そのまえに閉じた道を開けさせないと」

「滅茶苦茶に切り刻んでやったら、開ける気になるかも」

 その言葉と共に風が再び私目がけて向かってくる。

「それはどうかな」

 私は呟くと槌を持って迎え撃った。

「そんな槌で何が出来る?」

「やっぱりこいつは馬鹿だ」

「馬鹿だ」

 風が笑う。だが笑っていられるのも今のうちだ。私は槌を鎌鼬ではなく地面に打ち付ける。

「槌は土に通じる。呼び起こせ。土の力を」

 その言葉と共に目の前の土が隆起し鎌鼬を吹き上げる。先頭の鎌鼬は無言で遙か天に吹き飛ばされた。後続も土の壁に阻まれる。

「兄者!」

「兄上!」

 風が動きを止めた。あとは簡単である。私は槌で怪異のいるであろう場所を思い切り打ち付ける。衝撃音があった。一撃、続け様に二撃。後続の頭を叩き、砕く。どうと道に何かが倒れる音がした。

「ふむ、やはり鼬鼠(いたち)の類か」

 倒れ伏す怪異を見て私は言った。風をその身をまとって大きく見せていたのだろう。その本体はあっけないほど小さかった。だが、それもずぶりずぶりと消えてゆく。と風の鳴る音がした。私は慌ててしゃがむ。ほぼ同時に自分の首があったところをものすごい勢いで風が通りすぎていった。

「さすがは兄と慕われるだけはあるな」

 私は言った。

「やかましい! おのれよくも弟等を!」

 風がうねり叫ぶ。始めに土の壁で吹き飛ばされた兄はまだ健在だったようだ。弟の死を知って風が暴れ唸る。私は再び槌を持ち身構えた。

「もうそのような小細工など通用せん。天から舞い降りぬしの首をいただく」

「そいつはやっかい」

 私は口にする。事実戦法を変えられては確かにやっかいであった。どうしたものか。少し考え、決めた。私は槌をしまい腰に差した短刀で枯草をはらってゆく。草は風に絡まり相手のいる場所を教えてくれる。

「場所など知れたところで!」

 草絡む風が咆哮する。しかし狙いは別にあった。

「早雪、枯草に火をともせ!」

「はい!」

「何!」

 早雪が枯草に火を付ける。小さな火だったが、枯れた草には十分であった。火は風に煽られてどんどん大きくなる。そうして枯草を巻き込んだ風の怪異にも火が灯る。大きな悲鳴が辺りを揺るがした。だがそれで終わりではなかった。火に包まれながら風はまだその身を保っていた。風が唸る。大いに唸る。

「おのれ……だが最後にぬしだけは殺す。焼き殺してやる」

 同時に炎と化した鎌鼬が私の頭上に襲いかかる。

「危ない、藤花!」

 その声と共に初瀬の傘が飛んできた。私はそれを掴み、広げる。間一髪であった。ほぼ同時に傘を持った手に衝撃が走る、鎌鼬がぶつかったのだ。しかし初瀬の傘は衝撃と火の嵐を防いでくれた。そのまましばらく拮抗(きっこう)する。衝撃が失われると同時にやがて傘も燃え出した。だがここまで持てば十分だ。私は火のついた傘を手放した。燃えた傘がふわりと浮きそのまま地面にパサリと灼け落ちる。それは同時に鎌鼬の死でもあった。一瞬だけ大きな鼬鼠(いたち)の姿が見えたがすぐに炎に包まれる。

「藤花様。ここは焼け落ちます。すぐに綻びを閉じて退きましょう」

 早雪の声に私は無言で頷く。針と糸を出し、綻びを繕う。その間にも火はどんどん回り始めてこの辺り一帯を焼き尽くす勢いに燃え上がる。

「急いでくださいまし。これだけの炎、早雪ではどうにもできませぬ」

「わかっている」

 私は早雪の言葉にそう答えると急いで繕った。繕い終えると二人に言う。

「終わった。よし退くぞ。初瀬もいいか」

「……」

「どうした初瀬?」

 私は無言の初瀬に問いただす。

「わしの傘……」

 立ちすくんだまま呆けたように炎を見つめる初瀬。そんな初瀬に私は謝罪する。

「すまん。初瀬」

「……」

 だが初瀬は動こうとはしなかった。早雪が私の代わりに初瀬の傍に寄り袖を引っ張り言う。

「急ぎましょう。初瀬も気を確かに」

「……」

 それでも初瀬は動こうとしない。私も初瀬の元に駆け寄った。それでも動かぬ初瀬を見て私は早雪に言う。

「仕方ない。初瀬は私が抱えよう」

「お願いいたします」

 こうして私は初瀬を抱えあたふたと獣道から撤退する。異界は炎で閉じようとしていた。

 

 獣道から出ると信じられないように普通の光景が広がっていた。私は思わず息を吐く。自分が安全なところへ逃れてきたという安堵感。だが心配は別の所にあった。

「初瀬?」

 私は抱きかかえたままの初瀬に声を掛ける。だがやはり返事はなかった。

「傘が依り代であったか」

 どうすればいいのかわからないので私は仮説を呟いた。

「それはないですわ」

「早雪。わかるか」

 私の言葉に早雪は頷く。

「ええ、きっとあの傘は大事なものだったのです」

「そうか。初瀬、すまない」

「……いいのじゃ」

 私が初瀬の顔に手をかけようとすると初瀬がようやく声を出した。

「初瀬。大事ないか」

「もう、良い。下ろしてくれ」

「ああ、わかった」

 言われたとおり下ろすと初瀬はそのままゆっくりとへたり込んだ。初瀬は口を開く。

「すまんがしばらくこうしていたい。構わぬか」

「それは構わんが。本当に大事ないか」

「大丈夫じゃ。おぬしを守れて良かった」

「およそそうは見えないが」

 私が言うと初瀬は頭を下げた。

「そう見えたのならすまぬ」

「いや謝るのはこちらだ。おぬしの傘が無くば私は死んでいた」

「……」

 初瀬が黙りこくってしまったので私たちはしばらく待った。やがて初瀬はゆっくりと立ち上がる。そうして私たちを横目で見るとどこか諦めたように言った。

「もう、大丈夫じゃ」

「やはりそうは見えないが」

 私の言葉に首を横に振る初瀬。

「ここでこうしていても、できることは何もないことがわかったのじゃ。じゃから、もう良いのじゃ」

「そうか」

「おう」

 言葉こそいつもの初瀬だったが、やはり力がひどく抜けていた。だが初瀬の言う通りここでできることはもう無い。私は二人を伴い家に帰ることにする。


 家に帰る頃には日が暮れていた。私たちは玄関から座敷へ上がる。いつもの賑やかな行程とは程違う静かな帰り道だった。そうして初瀬は帰るなりふいと姿を消してしまう。

「大丈夫。傍にはおりますわ」

 早雪はそう言うが、私はやはり初瀬のことを気に病んでいた。導具をしまい、干していた布団を座敷に敷きながら私は考える。あの傘、やはり大事なものなのだろう。実に見事な女物の和傘だった。あれほどの物はこの町で手に入れるのは難しかろう。だが。

「明日は市でも覗いてみるか」

 私は誰ともなしに言った。明日は早起きして市へ向かおう。もしかしたら掘り出し物があるやもしれぬ。とにかく今日は夕餉を食べて休もう。夜のことは追々考えればよい。私はいつものように台所へと向かった。


 夕餉を食し、一休みをする。私は初瀬のことが心配でいつもの茶室ではなく座敷にいた。けれどもやはり初瀬は姿を現さぬ。私は早雪とぼんやり茶をすする。と初瀬がふいに姿を現した。

「藤花に早雪、話があるのじゃ」

「聞こう」

 私は言い、早雪も無言で頷く。

「あの傘のことじゃ」

「うむ。あのときはすまなんだ」

「いいのじゃ。藤花の命は我が命。失うわけにはいかぬ」

「……」

 初瀬の言葉に私と早雪は押し黙る。そんな私たちに初瀬は言葉を続けた。

「ただ、由来を聞いて欲しいのじゃ」

「わかった、聞こう」

 私は言った。早雪も無言で頷く。

「といっても、由来など無いのじゃ。誰か大事な人に貰ったものだとは覚えているのじゃが、それが誰かとか、その人がどんな顔をしていたとかはまるで覚えてないのじゃ」

「由来を探して欲しいと?」

 私の言葉に初瀬は目を閉じ無言で首を横に振る。

「ただ聞いて欲しかっただけじゃ」

「そうか」

 私は初瀬を見た。今日の初瀬はいつもよりも小さく見える。そんな初瀬が口を開く。

「藤花よ。長く生きることは様々なことを忘れるということじゃ。わしもそのうちおぬしのことをもわしは忘れるやも知れぬ」

「私はそれでも構わぬさ」

「そうか。だがわしはそれがひどく辛いことの様に思えるのじゃ」

 初瀬はため息をつくように言うと早雪が口を挟んだ。

「早雪にも覚えがあります。長く生きると言うことはいろいろな物を手にする機会もありますが、またそれらを置いてゆくと言うことでございます。まるで旅路のように多くは持ってはゆけませぬ」

 口を挟んだ早雪の言葉に初瀬も同意するように頷いていた。どこか重苦しい雰囲気の中、時だけが過ぎていく。私は茶を片付けた。後は寝るだけだが、どちらも今日は望んで無かろう。私は奥の茶室で一人夜を明かすことにした。布団を広げ、目を閉じる。戦闘の疲れもあり、あっさりと私は眠ってしまった。


 明け方目を覚ますと早雪が横にいた。ゆすってやるとすぐに目を覚ます。そして私に囁くように言った。

「ひどいですわ」

「なぜだ?」

 耳元に甘い息を吹きかけられ私の体が身じろぎする。

「初瀬はともかく早雪は望んでおりましたのに」

「そうだったのか」

「ええ。今からでも一戦いかがですか? 早雪は白壁の力が戻ったせいで淫蕩になっております。自分で自分を抑えられないほどに」

見れば衣服の下が濡れていた。おそらく自分で慰めていたのだろう。私は早雪の頭を撫でた。

「では一戦交わそうか」

「ええ、一戦とは言わずに何戦でも。早雪が果てるまで付き合ってくださいませ」

 こうして明け方に私と早雪は軽く交合を行った。

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