第2話 初瀬と早雪の章 その2
重宮藤花といえば、自分で言うのもなんだが、大昭の帝都では名うての退魔師にして占い師にして失せ物探し師であった。退魔の名門重宮家という出自と解決した事件の華々しさ、さらに言えばその自分ではみすぼらしいと思う外見さえも新聞社の耳目を引いた。新聞社は自分の活躍を様々な角度から書き立て、私もそれに乗って大稼ぎをした。金と名声で落ちぬ女はいなかった。
しかしあるとき些細な失敗をした。新聞はそれを大きな紙面で書き立てた。今度こそはと挽回しようと努めたがまた――今度はかなり大きな失敗をした。新聞はそれをまた大きな紙面で伝え、自分の不才をあげつらった。私はさらにそれを挽回しようとして空回りを続け、やがて紙面を割かれることも無くなった。
私は自分が新聞社の笛の音に乗せて踊る人形であることに今更気づいたが、全ては遅かった。すでにそのころには金も女も才能ですらも自分から離れてしまっていたのだ。最後に残った金をかき集めてここに逃げるように越してきたのがつい先日のことである。まさか早速事件に巻き込まれるとは。
と、夕餉の支度をせねばならん。私は袖口を縛ると麦入りの米をざるに取り流水で研ぎ始めた。都会育ちの自分には未だ手が痛む作業である。いまからこれを羽釜で焚く。朝取りのねぎを散らした味噌汁を作り、おかずは調達し損ねたので鰹節を削って醤油でいただく。あとは漬け物である。帝都では考えられない侘びしい食事であった。
奥の茶室で一人夕餉を食していると、あの二人の怪異のことが思い起こされる。食事は構わぬと言っていたが縁(えにし)は縁である。なるべく早く拠り所を探してやらねば。それも二人分である。私は食器を片付けるとしばし自分の占い道具を点検した。時が満ちるのは明日の午の時か。時を計り、道具をしまう。もう夜はすっかり更けていた。
さて、布団でも持って行ってやるかな。思い立ち来客用の布団を二人分用意をする。それを抱えて座敷へと向かった。大荷物である。一度布団を部屋の入り口に置き、明かりを持って戻ってくる。そして私は小さく声を掛けてから中へと入った。明かりで照らされた部屋は私が出て行ったときと何も変わらぬ。ただ二人の姿がないだけだ。座敷は火を消したようにしんと静まりかえっている。
「初瀬に早雪、どこにいる?」
私はいるはずの二人に呼びかけた。
「何事じゃ。藤花よ」
そう言って初瀬が闇からぬっと現れる。続けて早雪も現れた。
「とっても眠い。休ませてくれる?」
「そう思って布団を用意した。今敷くから少し待っていてくれないか」
「なんと」
「お布団、懐かしい」
私はお茶と茶菓子を載せていた卓を隅に片付けると布団を敷き始めた。初瀬と早雪は興味深そうな目つきで私のすることを見ている。やがて二人分の布団は敷き終えた。
「怪異にそこまでするおぬしはたいしたものじゃよ」
「お布団、お布団」
二人は布団に寝転がりそれぞれに感想を言った。
「では私はこれで引き下がろう。時は明日の午の時だ。それまでゆっくりするがいい」
私が言うと初瀬が声を上げる。
「まて藤花。布団を敷いてそれでしまいか? おぬしには欲というものがないのか?」
「何が言いたい?」
「簡単なこと」
初瀬の代わりに早雪が答える。そうして二人は私の前にちょこんと座り、口をそろえて私に問うた。
「初瀬と早雪、どちらと遊ぶ?」
「……」
しばらく二人を見比べる。しかし選ぶことなど出来ようか。私は答えた。
「無論。両方だ」
そうして明かりを消すと二人に覆い被さる。初瀬が楽しげに声を上げる。
「ふはは、男はこうでなくてはな! よいぞ、わしらを同時に相手できる力があるのならばな!」
「帝都ではこの程度日常茶飯事よ」
服を脱がしながら私が言うと闇の中初瀬が笑う。
「おう、言うた言うた。さていつまで持つか楽しみじゃ!」
「早雪もいる。すぐに終わる」
「さて、どうかな」
実際怪異二人を夜の相手とするのは初めてだった。私は新鮮な気持ちで夜を楽しむ。
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