童話
森の少年
その少年は森の奥深くで暮らしていました。
雪なような白い肌と、海のような真っ青な瞳と、森のような緑の髪の少年でした。
でも、少年は一人ぼっちでした。
記憶にないくらい昔から、ずっと一人で暮らしていました。
しかし、寂しいと思ったことはありません。それはたくさんの動物たちがいたからです。
歌をうたったり、川で遊んだり、いっしょに眠ったりして、まいにち楽しく暮らしていました。
ある日、一羽の渡り鳥からこんな話を聞きました。
「遠い海の向こうの大地に、きみと同じ姿の動物がたくさん暮らしているよ」
少年は目を輝かせ、その渡り鳥の話に聞き入りました。
自分と同じすがたをした仲間がないことに寂しいとは思いませんでしたが、自分に仲間がいたことを知ってとてもうれしくなりました。
それから少年は時々やってくる渡り鳥に話を聞くようになりました。
それは親鳥からヒナへ、何代にも伝わる話でした。
「その動物は最初ふつうのサルだったの。
そしてね、だんだん立って歩くようになり、火を使うようになり、
つぎつぎと新しいことを見つけていったの。
いまでは空まで飛んでしまうのよ」
「肌が黒かったり白かったり、
髪の毛が金色だったり、茶色かったり黒かったりするんだ」
大地を埋めつくすほどたくさんいること。
そして、自分たちのことを『人間』と呼んでいることも知りました。
「ああ、人間にあってみたい。いろんなことを話したい」
「きっと人間はうつくしくて、すばらしいんだろうなぁ」
少年は想像をふくらませ、太陽のような笑顔をこぼしながら動物たちにはなしきかせました。
「ぼくはね。会ったことがないけどね、人間がだいすきなんだ」
しかし、人間の話をしてくれていた渡り鳥たちが少なくなっていくのが、とても不安でたまりませんでした。
渡り鳥だけではありません、ほかの動物たちもだんだん減っていったのです。
「もうきみに話をしてあげられないんだ」
「ごめんね」
そのころから、少年のぐあいもわるくなっていきました。
「みんなどうしたの? なぜみんないなくなっていくの?」
「なぜ、こんなにくるしいの?」
少年はかなしくて、かなしくて、
くるしくて、くるしくて、
涙を流す日が続きました。
そして、その原因はあんなにあこがれていた人間たちにありました。
人間たちは海をよごし、
川をよごし、
森を切り倒し、
大地をよごしていったのでした。
少年の肌は暗くくすみ、目は輝きをうしなっていき、髪はつやをなくしていきました。
そう、少年は地球そのものだったのです。
少年は地球の海であり、森であり、大地だったのでした。
しかし、少年のぐあいはいっこうによくなりません。それどころか、悪くなるばかりでした。
そして、最後のときがやってきたのです。
少年は力なく動物たちに言いました。
「ぼくはね。人間が大好きなんだ」
しずかに、眠るように息をひきとりました。
木々はうなり、動物たちは少年のために吠え、涙をながし、草花は季節外れの花を少年にたむけました。
そのとき、多くの人間がこころになにかを失うのをかんじました。
「わたしたちはなにかとんでもないことをしてしまった気がする」
「なにかしなければいけないんだ」
気がつくのが遅すぎました。
もう、少年はいないのです。
人間たちはいっしょうけんめいがんばり始めました。
海をきれいにして、
森をきれいにして、
地球をもとの青く美しい星にしようとしました。
そして――
「人間? なんだいそれ?」
「知らないのかい? きみと同じ姿の動物だよ」
少年は生まれ変わったのです。人間たちがいっしょうけんめいがんばったおかげで、少年はまたあの森の奥深くで、元気に暮らしていました。
「ふーん、人間かぁ……会ってみたいな」
もう二度と少年がいなくなることも、地球が汚れてしまうこともありませんでした。
そしてまた、太陽のような笑顔をこぼしながら言いました。
「僕はみんながだいすきだよ」
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