最終話 思惑の重枠

イヴ×3の記憶の抜き取りが終わったようだ。

カプセルに付けられた端末画面にCOMPLETEのグリーンの文字が表示される。

部屋の上部に正三角形に置かれたモノリスがぼんやりと青く光りだす。

「抽出作業が始まりましたね」

「どうなるんだ?」

「イヴの源記憶以外をイヴ×3に戻しているのです、残ったオリジナルの記憶を比丘尼に移すためにね」

比丘尼は黙って部屋の中央の空のカプセルに入った。

「それでは、みなさん、さようなら」

エディがカプセルに近づいた時にはロックされていた。

「なんで……」

エディには理解できなかった。

リリスに言われたからなのか?

自分の意思はないのか?

「比丘尼は生きることに疲れたのですよ」

ユダがエディに話しかける。

「死ぬことが出来ないのです、消える方法があれば、それにすがる」

比丘尼はカプセル内で目を閉じている。

「間違っている!」

「これでいいんですよ、私は生きすぎたのです」

「それでも、あなたは望んだはずです。生きたいと!」

「やめて……」

「自分で望んだ結果から逃げるな!俺には解らないことばかりだ!お前たち不死を得たものは、なぜ簡単に命を奪い、命を捨てるんだ……生きたいと願い、死んでいく人達をどう見ているんだ、俺の目の前でこれ以上、命を粗末に扱うな!」

比丘尼は目を開くことはなかったが、頬には涙がつたっていた。

(生きたいんじゃないか……)

エディは、この理不尽をどこにぶつければいいか解らなかった。

ユダもハルも口を挟むことなくその場に立っていた。


沈黙の時、それを破ったのはリリスであった。

「比丘尼を惑わせないでくれないか」

「リリス……」

ゆらりと立ち上がるエディ。

「キサマがいなければ……」

「ふんっ!いなければなんだ?世界は平和だったか?違うね!ニンゲンは自分から自滅したさ、もしくはアダムのエサだ、繁殖に優れただけの出来損ない」

「だからなんだ……出来損ないで悪いか?」

「悪い!母なるイヴにまで愛想を尽かされるヒトの子よ、捨てられた遺伝子よ、100年足らずの時間で何かを学んだ気になるなよ!無限の意味を解さぬニンゲンが、群れるだけのニンゲンが個性を語るな!命に上下関係を持たせるのは貴様らの概念だろ?我は貴様らの概念では最上位にあるはずだ!下位のニンゲンをどう扱おうがお前らにだけは言われたくないね」

「……もういい……」

「なんだ?」

「もうしゃべるな」

エディは刀を静かに抜いた。

スーッと深く息を吸い込むと、一閃!リリスを水平に真っ二つに斬り払った。

ユダが一瞬遅れて視線をエディに移した。

(早い!)

「私はこれで失礼しますよ」

ユダは足早に部屋を後にした。

「ハル、イヴを頼む」

「はい、エディ、ユダを追うのですか?」

「あぁ、アイツも何か企んでいる」

「キリストの身体だと思います、場所は……」

「解る、ユダの匂いは追える」

エディはユダの後を追った。

コンもエディに付いていく。


ハルはモノリスへのハッキングを開始しながら

「リリス、もういいんじゃないですか」

リリスの上半身がムクリと起き上がる。

「エディを見逃して頂いてありがとうございます」

ハルがリリスに礼を述べる。

「我に剣を向けるとはな……」

「八つ当たりですよ、ただの」

「ニンゲンがか?我に八つ当たりか、フフフフフフフ」

「我を殺した、などと思ってはいないのだろうな」

「えぇ、殺せたとも勝ったとも思ってないでしょうエディは」

「見逃したということか?」

「さぁ、解りません」

「ふん、イヴは好きにしろ、我はまた身体を捨てる。しばしイヴの出来損ないを眺めてみることにする」

「そうですか」

「ユダにキリストを渡すなよ」

「エディがなんとかするでしょ」

「マスターを信じるか、機械のお前が」

計算カリギュレートを超えた幸運ラックを信じます」

「手は貸さぬよ、悔しいからな」

「はい」


ユダはキリストの身体の前にいた。

少し遅れてエディとコンが飛び込んでくる。

「まだなにか用がありましたか?」

後ろを向いたままユダはエディに話しかけた。

「ユダ、お前には最初から悪意を感じていた」

「私も何となくアナタが嫌いでした」

「キリストをどうするつもりだ?」

「……私は、この腐らないだけの肉の失敗作だそうです」

「不死ではないのか?」

「月の下、アダムの側では不死でしょうね、イヴとアダムの恩恵が無ければ傷は癒えない」

「そうか、ここなら殺せるということだな」

「そうなりますね、出来るならばですが」

「もう一度聞く、キリストをどうするつもりだ?」

ユダの返事は爪であった。

一瞬でエディとの距離を詰めてきた、エディの上着をユダの爪が切り裂いた。


エディとコンの波状攻撃を素手で受け止め、攻撃に転じる。

傷が癒えないだけでは傷を負わせなければ意味がない。

エディの刀はユダの爪に弾かれる。

コンの爪はかわされ、牙は届かない。

とはいえ、エディもコンもユダの攻撃をかわしてはいる。

しかし徐々に押されていた。

ユダの左右の爪がエディを追いつめる、刀でさばききれない猛攻、エディの気が緩んだ刹那、ユダの膝が脇腹に食い込む。

倒れるエディ。

コンがユダに飛びかかる。

ユダがコンの顎を蹴り上げる、仰け反ったコンの胸にユダの右腕が食い込んだ。

ギャンッ!

コンの胸に手を突っ込んだまま、その巨体を片手で持ち上げて床に叩きつけた。

床を這うエディ、瀕死のコン。

見下ろすユダ。

勝敗は決した。

「くそっ……」

這いつくばりながら刀を握るエディ。

「終わりだエドモンド」

ユダの右手がエディの背中に突き刺さった。

エディの身体がビクンッと1度波打って動かなくなった。


コンの息がゼェーゼェーと響く部屋。

ユダは血まみれの両手をビュッと払ってキリストの身体に触れる。

「そんなに憧れていたの?」

「私がキリストの傍らで、どんな思いで彼を見ていたと思う?リリス」

「羨望・嫉妬そんなとこじゃないのか」

「疑問だよ、私は自らの意思でアダムを拒んだ、すんなり受け入れ定着しただけの、この男に劣っているとは思えない」

「そう、どうするの?キリストを」

「そうだな、どうもしない……アダムに食わせてみようかと思っていたが、どうでもよくなった」

「そう、キリストはアダムを食ったとしたらどうなったと思う?」

「ふっ、比丘尼にイヴを移植したらどうなりましたか?」


「考えてみましょう」

ユダはそう言うと、屋敷を後にした。


ほどなくして、イヴ×3とハルが部屋に駆け込む。

コンもエディも眠っている。

死んではいない、血まみれではあるが外傷はない。

ハルは理解していた、リリスが処置したのだ。

おそらくは、キリストの細胞を定着させたのだ。

「エディ、また負けたのね、でも頑張ったわね」

イヴが眠るエディの髪を撫でた。

                         fin

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