第19話 不死の節

ユダの話は多少の憶測まじりであった。


リリスは地球に発生した思念体、目的もなくただこの惑星に在るだけの存在。

アダム・イヴとはまるで違う存在だという。

アダムもイヴも、突き詰めれば、『何処か』から来た『何か』であり生命体というカテゴリーから外れるものではない。

ただ、ニンゲンからすれば神にも等しい生命体であるわけだが。

リリスは違う、肉体を持たないただの意識、思考する意識である。

身体を持たないリリスにとって、アダムやイヴは興味の対象になっている。

結果には興味ないのだ。

ただ知的好奇心が行動の理由のすべてなのだそうだ。

例えるなら、カブトムシとクワガタのどちらが強い?

それを、アダムとイヴで試しているだけだ。

ガイドストーンを利用して、世界情勢を戦乱に導き、イヴ×3を東方の島国で作らせた。

ある時を境に、科学が急速に発展したのはリリスの導きによるものだ。

人工を間引いて偶発的に不死になった比丘尼を捉えたのもリリス。

最終的な目的は、イヴが失敗した完全な生命体キリストを作り出すこと。

全知全能の不死なる永遠の支配者の想像である。


「子供が考えそうなことでしょ、最強の生物なんて」

「リリスは遊んでいるだけだというのか?」

「真剣ですよリリスは、真面目に遊んでいます、ただスケールが子供のソレとは違うだけですよ」

「作った後のことなんて考えてません、きっと」

「作ることが目的だからか?」

「そうです、自分がいる場所で、外来種が2匹好き勝手したもんでカンシャクを起こしたんです。でもね、子供なもんで同じ土俵で一緒に遊びたいだけなんですよ」

(タチが悪い)

「そう考えると可愛いものでしょ?」

(本当にタチが悪い……)

「アナタも虫で遊んだことあるでしょ?ソレと変わりませんよ。遊ぶ側から遊ばれる側になったから文句を言うのも、どうでしょうか?」

解ったような、解らないような、相変わらず、この連中の話は腑に落ちないのである。

腑に落ちないまま歩き続けて突き当たった頑丈そうな扉の前。

ユダが、しゃべる柱に話かけると、すんなり扉が開く。

コンがエディに飛びついてくる。

無機質な広い部屋、3つのカプセルに各々イヴが閉じ込められている。

オレンジの液体に浸されて、眠っているようだ。

「いけませんね、分離が始まっている」

「強制終了します」

ハルが端末からアクセスを試みようとする。

「やめなさい!」

ユダがそれを静止した。

「危険です、ハル」

「なにが起きているんだ?」

エディがユダに問いかける。

「すでに統合が開始されています」

「止めなくていいのか?」

「中途半端に止めることは危険です、最悪3人とも廃人になりかねない」

あえてエディにも理解しやすいよう、言葉を選んだのであろう。

イヴの身体と人格は、人工的なものである。

廃人にはならない。

ただ、記憶・経験という部分が抜け落ちた胎児に近くなるだけである。

現在行われている過程は、身体からオリジナルの知識の抜き取り作業、3つのメモリーを個別に抜き取って、余計な記憶をフィルターで濾す、抽出された源記憶のみを比丘尼に宿すのである。

もちろん比丘尼は記憶も経験もすべて抜き取る必要がある。

アダムとイヴが偶発的に混ざり合った貴重な身体なのだ。

キリストは不滅の身体だけを残して消失している。

リリスやイヴ×3の身体のベースにはなるものの、イヴオリジナルのデータを入れても起動するとは限らない。

事実、リリスは幾度か人為的な人格を移植したがリブートしなかった。

そして自身すら弾かれたのだ。

比丘尼には融合させるナニカがあるのだ。

胎児の段階から融合して産まれたキリストより、後発的に取り込んだ比丘尼のほうが稀有な例なのだ。

リリスは、死に瀕していた比丘尼の生命への渇望、細胞レベルでの執着がアダムの細胞を積極的に取り込んだのではないかと考えていた。

結果イヴの出来損ないにアダムの欠片が付着し共存した状態の維持、これが比丘尼ではないか、1000年以上、死の淵ギリギリを維持し続けるナニカ、不確定要素はソコにあるのだ。

軟禁して観察するに、比丘尼には執着がない。

1000年以上生きながらえ、喜怒哀楽を無くしたかのような達観した性質を持っている。

自身の意思は持たず、在るがままを受け入れる。

だからリリスも監禁せず軟禁していたのである。

地下の小部屋で100年以上も。

キリストはその性質に2面性があった。

アダムの個人主義的な性質、イヴの調和的な性質、これは混ざりあうことはなく人格の交代という手段で突発的に入れ替わった。

この性質ゆえにリリスはマグダラとして生涯、付添、観察する必要があった。

比丘尼は違う、融合というよりは相殺したように思える。

しかし、廃人になっていないのだ。

比丘尼の人格はアダムとイヴの統治に成功したのではないだろうか?

打ち消したのではなく、統合人格として比丘尼が優位に立っているとしたら、

この点でキリストより比丘尼の方が器として相応しいと判断したのである。


ユダがここにきて邪魔をする理由はリリスには解らない。

プロトタイプキリスト。

中途半端な不死性と引き換えに自我を残したユダ。

したたかとも言える性質だから自我を残せた、リリスはそう考えていた。

眠るアダムの監視を命じたのは、手元に置きたくなかったからだ。

強すぎる自我は、いづれ持て余す。

何でも揃うこの地より、何にもない彼の地のほうが安心できる。

それが、今この地へ戻り比丘尼の隣にいる。

何が目的なのか?


アーカイバーHAL。

記録保管庫でありながら、ニンゲンをマスターとして行動する。

イヴ(S)の側に長くいたことで、余計な知識を蓄えたイレギュラー。

マスターでもないイヴ(S)に対する執着はアーカイバーのソレではない。


エドモンド・ナカムラ

HALの現マスター。

ニンゲンでありながらDNA改造により半獣人化している。

個体戦闘能力は高いが、優柔不断な性質により戦闘そのものに不向き。

しかし、イヴ(S)が執着する個体。


生物兵器

通称コンと呼称される、アメリカ軍開発の生体兵器。

ベースはキツネ。

個体戦闘能力は非常に高い。

ハント型の戦闘を好む。

イヴ(S)には服従、エドモンド・ナカムラには仲間という認識を持っている。


リリスはモニター越しに映るエディ達を眺めていた。

「ユダ、キリストの次は私を裏切るか?」

飲むでもなく、右手で燻らせていたワイングラス、濃い赤を放つワインが注がれたグラスを壁に叩きつけ、ソファから立ち上がる。

「攻略間近の最後の障害だな」

クスッと悪戯っぽく笑うリリスであった。



リリスの思惑どおりアダムとイヴは再び目覚めるのだろうか?

ユダは何を考えている?

次回 『思惑の重枠おもわく

何もしてないエディ、恥ずかしい勘違いを忘れ主人公に返り咲けるか?

黒歴史を塗り替えろエディ。

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